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韓流研究室

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利休は朝鮮人?日朝友好促進大田区議員連盟・公明党古山まさ子議員の茶会の愚

大田区のオモニ達と区議員がお点前など体験
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2011/01/1101j0204-00001.htm
茶道で日朝交流

お茶の歴史について聞き入る参加者ら

「大田区新春日朝女性たちの国際交流お茶会」が1月25日に大田区の池上梅園聴雨庵で行われた。

 日本の伝統文化である茶道を体験する「お茶会」には大田区の女性同盟のオモニたち18人と
日朝友好促進大田区議員連盟古山まさ子会長(64)をはじめとする大田区議会女性議員(超党派)
ら7人が参加した。

 古山会長の呼びかけで催されたお茶会は、茶道の裏千家茶道教授・菊池宗津さん(65)ら
9人らの指導の下に行われた。

 参加者らは「茶の心得のお話」、お点前、お抹茶の立て方、作法などを学んだ。

十数年、草の根交流
     korea20110204j002.jpg
      習いながらお点前を体験する参加者ら
 女性同盟大田支部は10数年前から大田区議女性議員らとの文化交流をはじめとする
交流を活発に行ってきた。今回の催しはその文化交流の一環として行われた。

 これまでにチマ・チョゴリの試着会や在日朝鮮人運動の勉強会、また食文化に対する
交流として伝統的な薬飯、チヂミ、朝鮮春雨の料理講習会など朝鮮の文化を知ってもらう
さまざまな行事を行い交流を深めてきた。

 その他にも金剛山歌劇団公演の観覧、映画上映会なども行いまた学校の公開授業や行事にも
参加した議員らは朝鮮学校への理解も深め、これまでに東京第6初級学校の図書室に本を寄贈し、
子どもたちには防犯ベルを贈った。

 古山会長は
「長年にわたる交流を通して朝鮮や在日朝鮮人の文化、歴史をたくさん学んだ。
 今度は日本の伝統文化に是非触れて欲しかった」と語った。

 会長は「日本人、外国人に関係なく大田区民が快適に住ごせる街作りを目指している」と話し

「在日の方々は大田区民の一員として
 立派に生きているのに
 辛い思いをしてじっと耐えている。
 そんな思いをさせないためにも
 草の根の交流を通して
 すべての大田区民が理解し合い
 共生していくことが大切だ」
と訴えた。

 また
「無償化問題でも朝鮮学校だけが外された。
 大田区は独自に助成金を出しているが
 決して途切れてはいけない。
 今後も無償化問題についても
 都議らともに呼びかけて行きたい」
と語った。

和気あいあいの雰囲気
     korea20110204j003.jpg
      聴雨庵の庭で記念撮影

 この日に行われた茶道体験ではまず講師の菊池さんから日本のお茶の歴史について聞いた。

 菊池さんは
「中国からの影響も大きかったが
 千利休からは朝鮮の影響が圧倒的に大きい。
 それは利休が好んだ
 楽茶碗からも知ることができる」

と指摘した。

 また同氏は
千利休の法名は宗易(そうえき)。
祖父が千阿弥と名乗ったことから
その名をとって千姓としたとされている。
そのため出自は朝鮮半島だとする
説もあると述べた。


 次に茶道の一つである「真」、「行」、「草」の三種類のお辞儀と客がお互いを尊敬しあい、
おごらない気持ちで接するという「和敬静寂(わけいせいじゃく)」精神について学んだ。

 続いてお点前が行われた。

 昼食を楽しんだあと茶筅を使って抹茶を立て、飲み方の作法などについても学んだ。

 李琴順(67)さんは
「茶の作法やそこに息づく精神を学びとても感銘を受けた」と話し、また茶の作法や
 千利休について、そのルーツが朝鮮半島と関わりがあることを知って、驚いた。
 日本の伝統文化や歴史の根がどこにあるか習えた」と感想を述べた。

 金道任(70)さんは
「お茶は昔から好きだった。
 こうして日本の方々とお互いの文化交流を通して理解を深めることが大事。
 3,4、5世が住みやすい街作りに一役買えれば」
と朝・日交流の大切さを語った。

 交流会の実行委員でもある大田女性同盟の責任者である鄭姫善さん(41)は
「初めての体験でとても楽しかったし、お茶の心得を聞いて勉強になった」と感想を述べ
「茶への文化が朝鮮半島に繋がっていると知って興味深かった。
 子どもたちにも体験してもらいたい」と話した。

 また「若い議員らと若いオモニたちが交流ができて楽しく過ごせた。次回は朝鮮の文化を
体験してもらえたら。交流を続けることで民族教育への差別解消につながれば良いと思う」
と述べた。

 菊池さんは
「茶道を通して国際交流している。今日は在日コリアンと楽しいひと時を過ごせた。
 みんなも大変喜んでいる」と述べた。また、参加者には講師から扇子がプレゼントされた。

 この日、弟子の一人が手作りで完成させたちりめんつるし飾りがつるされ、交流の場を一層
華やかにした。(文と写真=盧琴順)
[朝鮮新報 2011.2.4]


はあ?
この裏千家茶道教授・菊池宗津さんとやらは、何といい加減な事を仰るのだろう。
裏千家の師範の免状を持っていても、茶道の歴史をご存じないのだろうか?
>千利休の法名は宗易(そうえき)。
 祖父が千阿弥と名乗ったことから
 その名をとって千姓としたとされている。
 そのため出自は朝鮮半島だとする説もあると述べた。

どういう根拠で「千姓だから朝鮮半島出身」というのか・・・

千利休は、干物問屋『ととや』と納屋(倉庫)貸し業を商う田中家に生まれました。
当時の堺は、15世紀後半からの日明貿易で栄え、16世紀後半になると明だけではなく、
朝鮮・琉球・東南アジアとの交易も盛んになっており、しかも、そうした貿易商の多くは
茶人でした。朝鮮や東南アジアの工芸品は、直接現地に行っては安価に買い付け
それを茶道具に見立てては、高値で売りさばくという方法で富を築いていきます。
利休の実家は、堺の有徳者(有力商人)で構成された会合衆の中でも納屋衆(倉庫業)の
10人として、訴訟の評定などの役割を担っていたらしい。

『千利休由緒書』には、
「一、利休先祖之儀は、代々足利公方家に而御同朋に而御座候。先祖より田中氏にて御座候。
 就中利休祖父は、田中千阿弥(初専阿弥と号す、大祖は里見太郎義俊の二男田中五郎義清が
 末孫なりと云。)と申候而(以下略)」
とあります。

「書院茶」の作法を確立させた能阿弥とともに足利義政の同朋衆として仕えていました。
当初は、阿弥と号していたんですね。
この同朋衆は、一遍の起した時衆教団に、芸能に優れた者が集まったものが起源とされ
時宗を母体としているために阿弥号を名乗る通例がある。
阿弥号であっても時宗の僧であるとは限らないのですが、利休の祖父・田中千阿弥は、
新田里見氏の一族田中氏の出身であると、利休の曾孫である江岑宗左の『千利休由緒書』に
よる記載されで、正確なところは解らないからと言って、即「朝鮮人」説を捏造するのは
愚の骨頂であります。
堺の有徳者による会合衆36人の中でも、有力者の納屋衆10人の一人に選出されるという事は
単なるぽっと出の成金の大商人というわけではなく、教養のある人徳者だったのでしょう。

>千利休からは朝鮮の影響が圧倒的に大きい。
 それは利休が好んだ
 楽茶碗からも知ることができる

あ~あ~、楽茶碗が何たるかを上っ面だけ学んだのでしょうか?

当時の李氏朝鮮は、儒教を重んじるために仏教を徹底的に弾圧しました。
僧侶は白丁の身分に落とされます。奴婢よりも下の最下層民ですよ・・・
当時の朝鮮では、緑茶はごく限られた人しか飲んでいません。
韓国で『茶』といえば、とうもろこし茶とかゆず茶とか、茶という名は付きますが
茶葉は使用していません。日本と違い、庶民には全く浸透していないものです。
韓国人と結婚し韓国に住んでいる高校時代の同級生は帰国する度
「あ~~~、おいしい緑茶が飲みたい!!!!
 ティーバッグで緑茶を飲むなんて、どうしても駄目・・・」と愚痴を言っていましたっけ。
そんな韓国が近年、日本の茶道の起源は韓国とインチキ説を唱え
「韓国茶道」なるものを捏造し
koreaimg894e55aezikbzj.jpg
やかんにトイレットペーパーなどという醜悪な"茶道具"を使っていたかと思えば
最近では、外国人にアピールするために韓国茶道検定試験などというものを行い
koreaNISI20100509_0002716691_web.jpg
金属のやかんに、トイレットペーパーに、お次は水筒(象印製だったりして?)・・・
こりゃ、もの凄い伝統文化だわ!

能阿弥に書院茶を学んだ村田珠光は、当時庶民のあいだに伝わっていた地味で簡素な
「地下茶の湯」の様式を取り入れ、さらに大徳寺の一休宗純から学んだ禅の精神を加味して、
精神的・芸術的内容をもつ茶道を作ります。
村田珠光が他界したあと、武野紹鴎が唐物の茶器のかわりに日常雑器を茶の湯に取り入れ、
「わび茶」を完成させ、単なる遊興や儀式・作法でしかなかった茶の湯が、わびと云う精神を
持った「道」に昇華していきます。
天文7年(1538)、利休は17歳の頃に北向道陳について茶を習い始めました。
道陳は堺において武野紹鴎と並び称された茶人で、利休は彼から書院茶を
習ったと思われます。
その後道陳の紹介で武野紹鴎のもとへ弟子入りするのは、天文9年、利休19歳の頃のことです。

さあ、この『わび茶』を更に変化させた、禅の要素をとり入れた茶禅一味の思想を取り入れ
確立させたのが『草庵の茶の湯』です。
その過程で茶器も唐物(中国製)中心から、高麗物(朝鮮半島製)や和物(日本製)がよしと
されるように価値観が変わっていきます。
16世紀以来、茶道具として好まれた唐物茶器の多くは、天目、珠光青磁、唐物茶入、呂宋茶壺など
主に中国南部の民窯で焼かれた非主流のものです。堺の貿易商が現地で買い集め、日本で売る・・・
有名な茶人の「これは名品」とお墨付きがあれば、戦国大名も大商人も我も我もと買い集める。
そのような流れで、『草庵の茶の湯』が目を付けたのが朝鮮の高麗茶碗。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BA%97%E8%8C%B6%E7%A2%97
高麗茶碗といっても高麗時代の骨董品ではなく、日常雑器として使われていた物です。
日本側が「茶碗」と呼称しているだけで、茶道具として使われていたのではありません。
だって、その頃の朝鮮に「茶道」なんて存在していませんから・・・
飲茶と茶道は違いますもの・・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BA%97%E8%8C%B6%E7%A2%97
天正16年(1588年)の『山上宗二記』には、
「唐茶碗はすたれ、当世は高麗茶碗、瀬戸茶碗、今焼茶碗がよい」
という意味の記述がある。
ここで言う「瀬戸茶碗」は今日の美濃焼、今焼茶碗は楽茶碗に相当すると考えられている。
ここには、中国の官窯の磁器のように器形、文様ともに整ったものよりも、作為のないもの、
ゆがんだものをよしとする美意識の転換がみられる。

朝鮮半島の人々は、自らの陶磁は中国陶磁と同様に高い技術をもって精緻に作られたものが
その主流であるとみなしている。

そう、朝鮮では非主流のものを日本の茶人が「不完全の美」として珍重したのですから
『千利休からは朝鮮の影響が圧倒的に大きい。』という菊池なんとかさんの説は
矛盾していますね。

楽茶碗とは、
文政13年(1830)序の『嬉遊笑覧』に
「豊臣太閤聚楽にて朝鮮の陶師をめし利休に其法式を命じて茶碗を焼せらる、
 是を楽焼といふ、聚楽の字を分て印となす、その陶師を朝次郎と称するは
 朝鮮の一字を取たる也、その子孫今に栄ふ」、
天保8年(1837)『茶器名形篇』に
「楽焼家系譜 飴也。朝鮮人来朝して楽焼の祖となる。妻は日本人飴也。
 没後長次郎幼少に依て母の剃髪後茶器を造て焼たる尼焼と云。
 母迄は楽焼とは不言。住所上長者町西洞院東え入北側。」
とあるように、瓦職人であった長次郎が千利休に見出され、聚楽第内で千利休好みの茶碗を
焼成し、はじめ「今焼」とよばれたり、聚楽第で製陶したことから「聚楽焼」と呼ばれましたが
秀吉より「樂」の印字を賜り、以後家号として「樂」を用い、樂焼の名で呼ばれます。

朝鮮出身の瓦職人が焼いた「楽焼」が利休に影響を与え好まれたのではなく
利休の注文する通りの製法で焼いた利休好みの器を作っていたのが朝鮮出身の元瓦職人!
これがどうして「朝鮮の影響が圧倒的に大きい」になってしまうのでしょう。
利休がオーダーしたのは、手とへらだけで成形する「手捏ね」と呼ばれる方法。
利休らが好みを反映して、歪んで厚みのある形状が特徴です。
ろくろを用いず、手捏ねで成形したあと、鉄や竹のへら、小刀で削って形をととのえ、
素焼し、釉薬をかけて、内窯と呼ばれる家屋内の小規模な窯で焼かれ、釉薬の色から、
黒楽、赤楽、白楽などの種類があります。

初めて楽茶碗が登場するのは、『松屋会記』
天正14年10月13日朝、中ノ坊井上源吾茶会にて使用された「宗易形ノ茶ワン」

そう、楽茶碗は紛れも無く、「名物否定」「道具否定」「鑑賞否定」した
利休の茶の湯の最終形です。
権勢を誇るために名物狩りをした信長が本能寺の変で果てたように、
茶道具に名物や伝来を求める行為は、愚かで浅はかで、儚い・・・
純粋に茶と向き合うという利休の晩年の思想には邪魔なのです。

利休が愛した"高麗の花入れ"は、それが朝鮮伝来のものだったからではありません。
その無骨で歪んだ不完全な花入れが、最も茶花に、例えば朝露に濡れた朝顔を引き立てるから。
利休の考案した楽茶碗は、朝鮮出身の瓦職人が作ったから愛したのではなく
それが最も、茶の緑に映えたから・・・

利休の茶の湯の最終形は、「政治」の否定です。
裏千家茶道教授・菊池宗津さんが、朝鮮の人々に捏造説をリップサービスするような
政治色の強い茶会ではなく、ただただ純粋に、邪念を排除した「茶と向き合う」形だと
私は思うのです。

さて、この利休朝鮮人説を拡散している連中はどういう人達なのか?
●なにわ人物伝 -光彩を放つ-
 大阪日日新聞 2006/04/22
 http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/naniwa/naniwa060422.html
 千 利休
 ”茶聖”に万巻の伝記  三善 貞司(地域史研究者)
 (引用開始)
 千阿弥は朝鮮から日本に移住した豊かな教養を身につけた文化人だとの説もある。
 利休の茶室の構造は朝鮮の民家に酷似しており、茶道具も高麗ものが極めて多いのも、
 この血筋だそうだ。
 (以下略)

★大阪日日新聞のオーナー・吉岡 利固
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%B2%A1%E5%88%A9%E5%9B%BA
 民主党に政権交代した途端、自民党からさっさと民主党に移り落選したは
 田村耕太郎は娘婿で元部下。

 ■日本海新聞のコラムでの捏造報道
 吉岡は日本海新聞でコラムを書いているが、2008年7月1日のコラムで
 「「ろうそくデモ」に見る韓国の先進性」と題して、BSE問題で途絶えていた米国産牛肉の
 輸入再開に反対する大規模デモをコラムで書いた。
 その中で、「ろうそくを持って行進する人々は実に整然としている。黙って歩き、時折拍手
 するだけ。よく見ると老若男女が入り交じっているだけでなく子供までいる。
 行進の両サイドを警察官が並んで規制してはいるが、そのわきから出入りは自由で警察側も
 参加者に対し無用な威嚇は一切しない」と報道している。

 しかし、現実にはデモ隊は警察と徹底的に対峙しており、鉄パイプを手にしたデモ参加者たちが
 石や割れた瓶、鉄の破片などを機動隊に投げ付けるなどの暴力が頻発している。
 機動隊のバスが全焼する事件も発生し、放火の可能性も指摘されており、騒然としている。
 中央日報などの新聞社が襲撃される事態さえ発生している。

 そういった誤った認識を元にして、韓国人の民度を賞賛し、
 デモが起こらない日本を「二流国」と批判した。

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おやおや、日本がお嫌いな韓国マンセー体質の、民主党・仙谷さんと同郷の徳島出身のお方・・・ 
一方の、地域史研究者・三善貞司さんとは
http://osaka.cool.ne.jp/popli/miyoshi.htm
 元府立池田高校の国語教師

 ■経歴 1931年大阪生まれ
 1991年3月府立池田高校定年退職。同年4月から、大阪成蹊女子短大、堺女子短大で講師として
 古典講座を担当。2002年3月末退職し48年の教員生活を終える。

 大阪市教職員組合東部支部では、 コリアタウン人権研修でのフィールドワークスポットを
 紹介するためにコリアタウン界隈散策本『猪飼野・コリアタウンウォーク』を出版している。
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三善先生、高麗のモノが多いのは当時の茶人の"流れ"です。
「唐物(中国製)は豪華で技工も素晴らしくパーフェクトだけど
 高麗モノの丼みたいな器は、分厚くて歪んでいて不完全な形で、
 あのB級っぷりが味があって良いよね!」というブーム。


しかも、日本の茶人のオーダーで釜山の倭館で焼かせた高麗モノの"井戸"まであるのだから!
利休の茶室の構造は朝鮮の民家に酷似?
何を根拠に言っているのかしら・・・

そして、28年間女子高校で教師をしてから公明党議員になった
日朝友好促進大田区議員連盟古山まさ子会長に呼ばれてやってきた裏千家茶道教授・菊池宗津さん 

それから、
●千利休は朝鮮人? キタァァアアア━━━(*゚∀゚*)━━━ッ!!!!!
 http://blog.goo.ne.jp/kentanakachan/e/dd9d194c76fed302b2f360acdf46bd2f
 「あまり知られておらんが、今日のあの洗練された日本の茶の作法は
  千利休に負うところがおおい、そして、利休は朝鮮系2世ないし3世なのである。
  千というなまえは、韓国語ではCh'onとローマ字でかかれるんだ。」

 あの韓国関連ブログマーモットでのコメント欄である。
 コメントしているのは多分韓国系アメリカ人ではないでしょうか?
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ええええええええ????
「祖父が千阿弥と名乗ったことから
 その名をとって千姓としたとされている。
 そのため出自は朝鮮半島だとする説もある」
の、千姓=朝鮮半島出身の根拠が
 は、韓国語ではCh'onとローマ字で書く
 Japanese. Sen’s last name would be Korean Romanized as Ch’on.
 千は韓国語読みでチョンだから・・・朝鮮系ってこと????
 これ、今年一番笑えたわwww
 チョン・リキュー
 イ・チロー
 キム・タク
 朴・イケメン
かよ!

「世の中に茶飲む人は多けれど 
 茶の道を知らぬは 茶にぞ飲まるる」
 千利休

裏千家16代家元・坐忘斎宗室さん
このようなオバチャンの茶の湯は、裏千家の面汚しなのでは?

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Comments - 8

DUCE

(#゚Д゚)ヴォケ!

ウリナラ国はいちいち自身が注目を集めるために文化を強調している。おとなしく自己満足だけで済ますと言う発想がないのです。よその国に良い国と言う印象を持たれないと自己満足もできない。そうした発想だけでも自分とは相容れません。しかも、そうした目立ちたがりのためにいんちきを頻発させる所なんかは救いようがないです。

2011-02-06 (Sun) 07:36 | EDIT | REPLY |   

名無しさん

朝鮮人キモイ。

2011-02-06 (Sun) 10:23 | EDIT | REPLY |   

名無しさん

韓国式に唖然!!立ち膝って・・・流石税関でチマチョゴリ脱いで服に着替える、お手軽さ、恥のなさ(求める方が馬鹿でした)侘び寂のかけらもないですね。お茶のお手前も着付けも自分で出来る私には許しがたい事です。あんまり頭にきたので、古山まさ子に抗議メールしました!途切れなく自分のポケットマネーと創価から朝鮮学校の補助出せば良いんです。毎日平常運転とはいえ、あまりに絡んでき過ぎです。
本当にウンザリですが、管理人様にはいつも情報ありがとうございます。楽しみにしておりますが、最初に訪問した時は、管理人様の主張がどの部分かわかりませんでしたが、
最近は、慣れてきて、猫と一緒にナイナイ!です。

2011-02-06 (Sun) 13:02 | EDIT | REPLY |   

翡翠にゃんこの母

口伝 利休の正体

お茶の世界の口伝です。

利休は、明智光秀です。

秀吉は、同然知っていた。

2011-02-06 (Sun) 13:03 | EDIT | REPLY |   

名無しさん

朝鮮を見てると
伝統や文化、歴史がないと惨めな思いをするんだなと教えられる。
だから、日本の文化を必死で奪いながら、本元である日本文化を潰しにかかっているんですね。
伝統、歴史、文化、皇室はお金では買えませんからね。
日本人とはなんとも贅沢な恵まれた民族です。

2011-02-06 (Sun) 17:20 | EDIT | REPLY |   

韓国茶道検定試験

韓国の食文化にトイレットペーパーが欠かせないものであることは理解できました。(^_^;)

ここ、試験に出そうですね。

2011-02-06 (Sun) 18:40 | EDIT | REPLY |   

うふ

菊池宗津さん 嘘はいけない

裏千家へ電話しました。

裏千家では、朝鮮云々などいっさい言っていないそうで
困惑していました。

誰ですがそういうデタラメを流しているのは、と訊かれたので
菊池宗津さんのお名前を教えて差し上げました。

大体、お茶は中国から禅僧が持ち帰って、それを精神文化の
域にまで高めたのは日本です。

お茶の本場中国でさえ茶道が中国起源とか図々しいウソは
言ってないのに、菊池さんいけないですね、何か
浅くさらっと読んだエセ知識を披露してしまったのか。

大体、朝鮮半島では緑茶の栽培じたいが稀少であったのに。
気候と土質を考えてご覧よ、本当に愚かな人。

2012-07-03 (Tue) 14:03 | EDIT | REPLY |   

とおりすがり

ねつ造、パクリ、泥棒、厚顔の国から?

ツイッターみて三国の友好茶会(上の写真も含めて)見ました。そして大田区の議員がというのが出てたので読みましたら、えっ!と思いこの議員はどういう人かなと調べているうちにここにたどりつきまた。あちらにはこんなでたらめ書いて本当に嫌だとツイッターしました。
あなた様のご意見を見てホッとしました。そうですよね、ありえない。茶をやってる普通の人は茶の精神(和、おもてなし、友好)を大切にしているので、リップサービスがお得意です。でも学問に裏打ちされた真実を知るべきですよね。
私は、お茶もやってるし、嫌韓ブログ見て近頃彼らのねつ造とか大嫌いなので、こんなでたらめは絶対許せないと思ったのです。詳しい歴史ありがとうございました。これからあの二人を調べに行ってきます。

2013-05-20 (Mon) 23:07 | EDIT | REPLY |   

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