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韓流研究室

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とくダネ!「日本ボクシング連盟・山根明会長の経歴が謎だ!まるで消されたかのよう」⇒韓国の新聞に詳しく紹介

★とくダネ!「まるで消されたかのよう」
 小倉も首をひねる山根会長の経歴 
 ボクシング経験はあったのか、謎を追うと...

 J-castニュース 2018/7/31
 https://www.j-cast.com/tv/2018/07/31335106.html
都道府県連盟の会長や理事長、歴代五輪代表選手ら
333人に告発された日本ボクシング連盟の
山根明会長(78)

日本ボクシング連盟では「会長」「強化委員会委員長」
「ナショナルチーム監督」という役職に就き、
さらにアジアボクシング連盟常務理事も務める。
アマチュアボクシング界では絶対的権力者だ。

しかし、
その経歴は謎に包まれている。
司会の小倉智昭も
会長以前の経歴がまったく分からない。
 まるで消されてしまったかのよう
と首をひねる。
とくダネはその権力の謎に迫った。

分かったのは「もめ事を収めた実績がある」こと
2011年の会長就任時から7年の付き合い
という元秘書に、山根会長のボクシング歴を聞くと
「やっていないと思うのですが...」とはっきりしない。

一方、ボクシング取材歴40年以上という
共同通信社の津江章二編集委員は
「私の持っている古い年鑑にも載っていないので
 はっきりとは言えないのですが、
 プロボクシングの経験はあるようです。
 ある関係者に聞いたら
 『やっていた』と話していた」
と話す。

2011年、連盟の会長就任時に連盟が出した
「会長、山根明の経歴及び人間像について」という文章では、
「当時の近畿連盟は皆さまご存じの通り
 約20年間組織内部紛争により
 正常な連盟活動ができていない状況でした..
 .(中略)、それらを一掃したのが
 近畿連盟理事山根明。
 地方連盟の痛みも身を持って経験を積まれた
 人物ゆえに改革路線が実行できます」とある。
要するに、
もめ事を収めた実績をアピールしているのだろうか。
いずれにしてもそれ以前の具体的な経歴は
謎のままだ。


さて、問題となっている会長の
「連盟の私物化」だが、そのひとつが「奈良判定」だ。
もともと奈良県の連盟の出身である山根会長は
奈良の選手をひいきにし、審判に圧力をかけ
判定を操作していたという疑惑だ。
さらに、2011年からは
山根会長の息子が奈良県ボクシング連盟会長を
務めており、日本ボクシング連盟でも
要職についているという。
都内のボクシング指導者は
「跡を継がせるつもりだったようだ」と明かした。


小倉
「スポーツ連盟の会長が世襲って、
 誰が考えてもおかしい」

中江有里(女優・作家)
「私物化としかいえない。
 むしろ一番避けなければいけないことです」

(引用ここまで)




会長以前の経歴がまったく分からない。
  まるで消されてしまったかのよう


またまたまたぁ…
マスコミの皆さんは本当に知らなかったのかなぁ?
ワザと経歴を紹介しないんじゃないの?
韓国の「スポーツソウル」や「聯合ニュース」に
詳しい経歴が紹介されていますけどwww


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★日本ボクシング界…在日コリアン出身会長の
 不正判定と横領疑惑に揺れる

 08月01日 11:35
 https://news.goo.ne.jp/article/skorea/sports/skorea-44439.html


★元在日同胞の日本ボクシング連盟会長
  山根明(文甲明)に
 不正判定+横領疑惑ニダ!

 特定アジアニュース 2018年07月31日
 http://specificasia.blog.jp/archives/1071838769.html
(引用開始)
■ <アシア競技の話題> 
 日本ボクシングの韓国系大物

 聯合ニュース 韓国語 1994/10/06
 https://sports.news.naver.com/general/news/read.nhn?oid=001&aid=0003825753
韓国系の山根明(56)
日本ボクシングを動かしている。

カザフスタンやウスベクスタンなど
旧ソ連5か国で韓国系のコーチングスタッフや
選手たちが第12回アジア競技大会に出場し、
話題になっているが、
該当国の競技連盟の意志決定に
深く参加している韓国人は山根が唯一だ。


韓国名が文甲明である山根氏は、
広島市中区スポーツセンターで開催中の
ボクシング競技運営本部長だ。
(中略)
今は大阪で自動車ディーラー会社である
(株)アティックオートを経営する実業家
成長した彼は、
解放後(第二次大戦終戦後)に祖国に戻り
三千浦国校(?)を卒業し、再び大阪に戻った
が、
当時の時代状況により学校の入り口にも
行くことができないまま、あらゆる風霜を
すべて経験しなければならなかった。

早くにボクシングに目を開いて
平和クラブを運営した父親の文鳳基氏(80)
強権で15歳の時にウエイトリフティングから
ボクシングに転向(?)した山根氏は、
3年後から近畿地方体育館を巡礼するほど
名声を博したことが、スポーツ界の大物に
成長した決定的な契機だ。

(中略)
しかし、彼は釜山に住んでおられる
老母蘇斗理氏(74)と
弟の文伸穂氏(釜山浦ホテル代表)
などを
懐かしむ平凡な韓国人でもある。


(引用ここまで)




山根明こと文甲明氏(78)は
終戦後の1945年8月以降に
韓国慶尚南道三千浦(現在の泗川市)に戻っている。
1945年10月に三千浦の港から下関に向う船に密航した
マルハン創業者・韓昌祐(ハン・チャンウ)氏と同じ出身地。

1950年から始まった朝鮮戦争。
山根氏が三千浦の学校を卒業後、祖国を離れ…
再び大阪にやってきたのは、何年頃なのでしょうか?
聯合ニュースには
”当時の時代状況により学校の入り口にも
 行くことができないまま”

と記載されていますが、
マルハンの韓昌祐会長が
兄が経営するパチンコ店の手伝いをしながら
法政大学に通えた時代ですよね。

作家の伊集院静氏の父親も
韓国の慶尚南道の生まれで、
13歳のときに母親から下関行きのフェリーの
片道切符を渡され、一人で日本に渡ってきた。
彼の自伝的小説には、当時の様子が描かれている。


★伊集院静「お父やんとオジさん」で知る
 韓国・朝鮮[1]

 https://blog.goo.ne.jp/dalpaengi/e/19cf5a8e7835ce7a48eeb79817d3e085
(引用開始)
朝鮮人労働者たちがどのような経緯で
日本にやってきたか、小説の中から拾ってみます。
 「ボク(直治)」の「お父やん」高山宗次郎は、
朝鮮半島南部の村(現慶尚南道泗川(サチョン)市
昆陽面)の貧しい農家の三男
でした。
子供の頃から近所の小作農の手伝いに
出されたりしていました。
食べていくのがやっとの暮らしの中で、
13歳の時に親から片道切符を持たされ、
先に日本に来ていた次兄を頼って日本に渡ります。

(中略)
宗次郎が要子に求婚した頃、
要子の父・金古昌浩は塩田で働く労働者たちを
束ねていました。
彼もやはり慶尚南道の三千浦出身の朝鮮人です。
(略)
彼は若い時から朝鮮と日本を往来し、
労働者の斡旋もするようになります。
そして大正の終わり頃幼い要子たちを連れて
日本に渡ってきます。
また、彼の「人柄を頼って、大勢の労働者が
朝鮮や九州各地からこの町に移ってきた」
そうです。
父の方針で、
要子は女学校に、弟の吾郎は名門中学に通いますが、
半島の出身で日本の学校に通う子どもはこの町には
他にいませんでした。

(引用ここまで)


★伊集院静「お父やんとオジさん」で知る
 韓国・朝鮮[2]

 https://blog.goo.ne.jp/dalpaengi/e/1ebc354f48906fe384e204a43cc91b9d
「ボク」の「お父やん」宗次郎も、母要子の父金古昌浩も
朝鮮半島南部の村から日本に渡ってきても
自らの努力と才覚で地歩を築いていった人物でした。

 金古の日本での生き方と、終戦後の思いは、
要子の視点から次のように描かれています。
「二十年、父は日本人とともに生きてきた。
 朝鮮から大勢の人たちを連れてきて、
 仕事を覚えさせ、日本の姓名を与え、

 日本人として生きることを自分にも課してきた。
 日本人労働者とは、給与、待遇の面で差はあったが、
 会社側と交渉し少しずつ改善もしてきたし、
 強制的に労働させたことは一度もなかった。

 ・・・・父は持前の粘りと人柄の善さで
 理想の職場をつくったと自負があったはずだ。
 ・・・・日本人と諍いを起こしたり、不平不満がある
 人たちに父はいつも言い聞かせていた。
 「たしかに最初は属国の民だったが、
  新しい法律でわしたちは新国民として
  迎え入れられているんだ。
  わしは祖国を捨てて服従しろと言ってるんじゃない。
  日本は東亜をおさめている国だ、
  ここには祖国と違って仕事がある、
  家族を持ってもいい、生まれた子供たちは
  日本の教育も受けられる。

  わしたちは新しい国民なんだ」
 
・・・このような<光復>以前に日本に来た
朝鮮人の苦闘の物語を読むと、
「強制連行」とか「親日派」をめぐる議論の
底の浅さを痛感します。


(引用ここまで)


伊集院氏の、女学校出のお母様は
子供達の教育に熱心だったようで、
教養を身に付ける事も大切にしていたのでしょう。

https://dot.asahi.com/wa/2015030400086.html?page=1
”母は美しい日本語が書けるようにと
 姉たちには習字を徹底して教えた。
 まだ学校にあがらない私には
 覚えやすい俳句を口で聞かせてくれました。”





★アティックオート株式会社
 https://baseconnect.in/companies/90805c56-e66e-4615-8cf0-2b02d8b7ebc1
 大阪府大阪市淀川区木川西1-5-28

 代表者;山根昌守
 

★第30回オリンピック競技大会
 2012/ロンドン

 https://www.joc.or.jp/games/olympic/london/sports/boxing/team/yamanemasamori.html
 ボクシング
 チームリーダー
 山根 昌守 (やまね まさもり)
 所属
 アティックオート株式会社


★「タダで引き抜きはダメ」・・・
 アマチュア引き抜き防止策
 「村田ルール」が7/1スタート

 2013年07月02日
 http://boxing-revolution.doorblog.jp/archives/29039904.html
アマチュアを統括する日本ボクシング連盟の
山根明会長(73)が27日、
プロによる無断の 引き抜き防止策として
新ルールを7月1日にスタートさせることを明かした。
「アマチュア規則細則」を設定。
プロがアマ選手を勧誘する際に
同連盟の承認が必要となり、
またプロ転向時には選手強化寄付金(移籍金)の額を
同連盟が精査する
などの条件がつく。

(引用ここまで)




★近大ボクシング部監督を諭旨解雇 
 女子部員にセクハラ

 朝日新聞 2017年8月2日
 https://www.asahi.com/articles/ASK825453K82PTQP00G.html


★村田諒太も犠牲者
 「日本ボクシング連盟」のドンを告発

 週刊文春 2017年8月2日
 https://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20170802/Bunshun_3563.html
こう証言するのは、会長の元秘書で、
昨年まで連盟の理事を務めた澤谷廣典氏(54)だ。

「今年7月中旬、
 近畿大学ボクシング部の男性監督(29)が
 女子部員にセクハラを行っていたことが発覚しましたが、
 この監督は会長の孫婿です。
 近大ボクシング部の監督はOBが務めるのが慣例ですが、
 会長の口利きでOBでもない孫婿が就任したのです」
(澤谷氏)

 別のボクシング関係者も次のように証言する。

「ロンドン五輪決勝で、村田選手のセコンドが、
 山根会長の命令によって、
 突然、会長の息子に替わったのです。

 彼は指導者はもちろん、
 ボクシングの経験さえないはずです。
 村田は『なんでこんな素人がセコンドにつくねん』と
 怒っていました」


(引用ここまで)




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