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韓流研究室

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硫黄島の滑走路下に初の遺骨発見「壕に多数あるとの説を裏付け、遺族の希望に」

★硫黄島の滑走路下に初の遺骨発見 
 「壕に多数あるとの説を裏付け、
  遺族の希望に」 
 道内遺族も進展に期待

 北海道新聞 2018/5/2(水) 6:03配信
 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180502-00010000-doshin-hok
 ioujima01.jpg
 
厚労省、近く公表へ
 1945年(昭和20年)の太平洋戦争末期の激戦から
73年たった今なお戦死者の約半数の1万人の遺骨が
見つからない硫黄島(東京都小笠原村)で昨年12月、
自衛隊滑走路の地中で遺骨が2柱発見されたことが
厚生労働省への取材で分かった。
生還者の証言などで滑走路下は多数の遺骨が
埋まったままとされてきたが、
実際に見つかったのは初めて。
硫黄島は北海道出身者も多く戦死しており、
道内の遺族は今後の進展に期待している。

 発見場所は、
滑走路(全長2650メートル、幅60メートル)の
中央部地下の通称「未探索壕(ごう)」
入り口から約50メートル進んだ地下16メートルの
通路上に、2人の手足などの骨があった。
身元特定につながる軍服などは
地熱で風化したとみられ、見つからなかった。
厚労省は近く調査結果をホームページで公表する。

これまで手つかず

 ioujima02.jpg

 島のほぼ中心に位置する滑走路は、
交戦中に米軍が造成し始めた。
戦後は自衛隊機が発着に使っているため、
手つかずだった。

過去に周辺の地下壕跡から多数の遺骨が
見つかったことに加え、米軍が戦死者を埋めたと
伝える生還者がいたため、調査を求める声は
従前からあった。
昨年12月に調査員が入ったところ、
今回の2柱が見つかった。


 過去に20回以上、遺骨収集に参加した
広島県硫黄島遺族会長の金井佳治さん(74)

「滑走路下に遺骨が多数あるという
 旧来の説を裏付ける画期的発見だ。
 遺族の希望になる」
と話す。

 戦死者約2万1900人のうち
遺骨が見つかったのは1万410柱にとどまる。
「散るぞ悲しき」の電文で知られる総指揮官の
栗林忠道中将や、十勝ゆかりのロサンゼルス五輪
馬術金メダリストのバロン西(西竹一男爵)も
行方は不明だ。

(引用ここまで)




★硫黄島  滑走路地区、
 遺骨収容2体のみ 初の大規模調査

 毎日新聞 2018年5月2日
 http://mainichi.jp/articles/20180502/k00/00m/040/103000c
第二次世界大戦の激戦地、
硫黄島(東京都小笠原村)の滑走路地区で、
政府による戦没者遺骨の調査・発掘が
今年3月まで6年にわたって行われたところ、
収容された遺骨が2体にとどまることが
明らかになった。


同地区では初めての大がかりな調査で、
生還者や遺族らが強く望み
多数の収容を期待していたが、
未収容の遺骨1万体以上には遠く届かなかった

政府は探査深度が10メートル超の
改良型地中探査レーダーを開発するなど、
今年度も積極的に調査を進める。

 ioujima03.jpg
遺族らが収容した遺骨。
戦後73年の今も膨大な遺骨が眠っている
=硫黄島(東京都小笠原村)で
2010年12月14日、栗原俊雄撮影

(引用ここまで)




硫黄島の滑走路下に初の遺骨発見の記事。
北海道新聞の
「壕に多数あるとの説を裏付け、進展に期待
毎日新聞の
「遺骨収容2体のみ」
大掛かりな調査をしたのにたった2体だけ、という記事。
この大きな違いに違和感を覚えませんか?

これまでの、遺骨収集の流れ


・米国の施政権下にあった昭和27年に、
 91柱の御遺骨が収集され、帰還

・日本返還後(昭和43年6月)以降から
 平成28年11月まで
 年に複数回の遺骨収集が実施されて、
 平成28年11月現在で127回実施

・第一次安倍内閣は国策として、
 遺骨収集事業を推進すべく予算計上

・麻生政権が引き継ぎ、
 滑走路の引き剥がしと調査を決定
 https://tsushima.5ch.net/test/read.cgi/news/1232693661/l50

・民主党に政権交代、2009年(平成21年)9月16日~
 鳩山政権で、この計画はSTOPする

・菅政権で、森喜朗元首相や
 栗林中将の孫・新藤義孝衆議院議員の働きかけを受け
 超党派の特命チーム設置と帰還プランを策定

・第二次安倍政権が
 滑走路移設に向けた調査費を計上





★【硫黄島】戦没者の遺骨帰還事業
 (硫黄島遺骨収集)、
 安倍首相は延長の方針。
 硫黄島の戦いと戦争とは

 2013年08月22日
 https://matome.naver.jp/odai/2137715868652529101


★「アンカー」硫黄島の遺骨帰還来年度開始
 &中国軍の監視強化へ!
 硫黄島で安倍総理“土下座”の意味と
 新たな障壁

 ぼやきくっくり 2013.09.26
 http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1447.html
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★戦没者の遺骨収集の推進に関する法律案
 http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g18901040.htm


★硫黄島の戦い
 戦没者遺骨収集推進法が成立

 2016年03月26日
 http://blogos.com/article/169063/


★「遺骨収集法施行 
  戦没者の身元特定は進むか

 NHK(時論公論)2016年04月06日
 http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/241825.html


★<そこが聞きたい>
 戦没者遺骨収集推進法1年 
 日本遺族会会長
 (自民参院議員)水落敏栄氏

 2017年5月15日
 https://mainichi.jp/articles/20170515/org/00m/070/006000c




「コンクリートから人へ」
例えスピーチライターの原稿だったとしても
何故、
鳩山由紀夫は遺骨収集事業に冷淡だったのだろう。


★戦没者ご遺骨の帰還事業は
 「国の責務」

 2014-07-20
 http://b-co811.hatenablog.com/entry/2014/07/20/032017
  ioujima20140720145602.jpg

(引用開始)
長年ご遺骨収集に携わる野口健さん
発信されてきた事の方が何倍も説得力があります。
(中略)
一方、日本政府の態度は非常に冷たい。
遺骨収集は国家事業としては行なわれていないし、
予算も先に述べたとおり、
アメリカと比べものにならない。
管轄のトップである歴代厚生労働大臣も、
言葉では
「遺骨収集は国の責任できちんと取り組むべき」
というにもかかわらず、アクションはなにも起こさない。

 自民党政権末期になって
ようやく心ある代議士の方々に
議員立法を提出しようという動きが出てきた。

だがそれも、
民主党に政権交代してからは
頓挫【とんざ】している。


民主党はどちらかというと、遺骨収集には無関心。
二〇〇九年十月、鳩山由紀夫首相(当時)に、
遺骨収集に対する政府の姿勢を問う
公開質問状を提出したが、その返答も、
非常に無味乾燥なものだった。


(中略)
僕の活動の中で最も理解されにくいのが
戦没者の遺骨収集だろう。
一般的に遺骨収集は遺族会や戦友会が行う
というイメージがある。
つまり戦争関係者または高齢者による活動だと。
30代でこの活動を始めたため
偏った思想の持ち主ゆえの活動か、
とうがった捉え方をされた
のかもしれない
が、
この活動には実にさまざまな意見が寄せられた。

 ある学校での講演会での出来事。
講演の最後に遺骨収集について話した。
子供たちは食い入るように聞いてくれたが
講演終了後に教師から
「あの戦争の話は余計でした。
 戦争に関しては意見が分かれます。
 教育現場で意見の分かれる話をされては
 困ります」
と一言。
こういった展開は一度や二度ではない。
一部にせよ戦争をタブー視し、
議論することさえ避けたがる教師の姿に
あぜんとさせられた。

 そのくせ、ことある度に
「戦争は絶対にダメ」と言ったりする。
戦争を子供たちに伝えようともせずに
いくら「戦争はダメ」と言ったところで
その言葉に
どこまでリアリティーがあるのだろうか。


 また
「あの戦争は絶対悪。
 日本軍も絶対悪。
 絶対悪の日本軍の中に
 日本兵も含まれる。
 アジア諸国への
 戦後補償も十分ではない状態で
 日本兵の遺骨収集を行うのは
 あの戦争を美化することにつながる

といった意見までも。

フィリピンや沖縄で遺骨収集活動を続けてきたが、
あの薄暗い洞窟の中、
いまだに野ざらしにされている
ご遺骨や遺留品の姿に
戦争の残酷さや無念さを
理屈抜きに感じる。

フィリピンでの活動で気がついたことは
海が見渡せる周辺の洞窟の中から
多くのご遺骨が発見される。
またその海の方角が日本であったり。
多くの兵士が最後の最後に
祖国日本に思いを寄せ
自決していったのではないだろうか。
 そしてこうも思う。

国のために戦って
亡くなっていった兵士たちに対し
冷たい国はいずれ滅びていくだろうと。


(全文はリンク先で)


★今も硫黄島に眠る日本軍の英霊達
 2006.12.19
 http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-category-31.html


★福島瑞穂議員が千鳥ヶ淵で
 戦没者を映画の死者の軍団に例え
 「地中から蘇らせ、
  力を合わせて安倍政権と戦う」と大暴言

 2017 08 16
 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-5092.html




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ぼやきくっくりさんが書き起こした
2013年の関西テレビ「アンカー」
青山繁晴の“ニュースDEズバリ”の中で、
このような記述がある。

”当時レギュラーコメンテーターだった
 室井佑月さんが
 「(遺骨収集にお金を使うよりも
  今働いても全然貧しくて苦しくて、
  生きていくのが精一杯っていう人たちに、
  私は使ってもらいたい」と言ったところ、
 ヤマヒロさんはこう返したんです。

 「僕はね、それはね、違う問題だと思いますね。
  硫黄島以外にも、戦地で命を落とした人が
  たくさんいて、帰ってきてないと。
  私自身も一人いますけれども、母方の叔父が。
  また、もちろん戦後だいぶ経ってから
  僕は生まれてるんで会ったこともないけれど、
  母親はこの60年以上、
  ずっとそればっかり言ってます。
  それを考えると、硫黄島はあの滑走路の下に
  確実に多くの人が眠ってるわけだから、
  日本政府の責任において、
  60年経とうが100年経とうが、
  わかってる人だったら、その責任において、
  戻すのは当然だと思います。
  お金がいくらかかっても。
  だから、それと今いる人たち、若者達で
  職がない人たちを救えっていう話とは、
  僕は同列に捉えてはいけないんじゃないかな、
  とは思いますね」”


検索すると、団塊世代の反アベ界隈のHPには
「無駄な公共事業」と言う表現で批判する向きもある。

共産党支持の室井佑月氏も、団塊サヨクの人達も
戦死した親族は存在しないのだろうか?

父の兄・一郎さんは、独身のまま出征し
弔う妻も遺児もいない。
3年前に実家の墓の耐震工事をした際、
祖父が建立した一郎さんの墓石をそのまま残した。
墓石には、一郎さんが戦死した日と、
フィリピンの小島の名前が刻まれている。
骨壺には、
真綿に丁寧に包まれた出征前に残していった、
爪と数本の髪の毛だけが入っていた。
祖父母が、どのような思いで骨壺に納めたのか
伝えられる子孫は、
甥や姪である私たち兄弟しかいない。
一郎さんが、確かに生きて、
戦死していったあの戦争の悲惨さを、
子供達に伝える使命。

遺骨収集作業に参加した野口健さんが言うように
”戦争を子供たちに伝えようともせずに
 いくら「戦争はダメ」と言ったところで
 その言葉に
 どこまでリアリティーがあるのだろうか。”


教科書で学ぶだけよりも
プラカードを掲げてデモ行進をするよりも
今も、地下や野ざらしのままのご遺骨を
祖国に戻そうという固い意志と
リアルな戦地を知ることこそが
「戦争をしない」と
強く心に刻まれるのではないだろうか?

父が寝たきりになってから、代理で参列するようになった
護国神社での戦没者慰霊祭。
亡くなった父の代わりに、今年の夏も参列する。
式の後に、護国神社で頂く氷砂糖を
一郎伯父さんの位牌にお供えしながら
祖父母や父の思いを噛みしめる。
未だに祖国に戻れぬ多くの遺骨に思いを馳せながら…

兄や私の子供達が、
この思いを引き継いでくれるように
墓参りに、必ず一郎伯父さんの話をして
墓地の奥にひっそり佇む、
地元から出征して戦死した若者全員の名前を刻んだ
慰霊塔にも花と線香をお供えして、その死を悼む。

これが、私と兄の「反戦」の仕方。



★硫黄島 戦後未だ!
 (硫黄島遺骨収集帰還事業に参加して)
 第五話(その1) 硫黄島見聞録

 http://www.jpsn.org/report/iwo-to/10638/


★抑留死亡、新たに550人分 
 シベリア地域、延べ5万5000人に

 産経新聞 2018.4.6
 https://www.sankei.com/life/news/180406/lif1804060041-n1.html







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