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陸上自衛隊トップ、東日本大震災の発災からわずか30分で下した決断、辞任覚悟の出動命令

★陸上自衛隊トップ、
 辞任覚悟の出動命令

 東日本大震災の発災から
 わずか30分で下した決断

 日経ビジネス 2018年3月8日(木)
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20150302/278140/022300001/?n_cid=nbpnbo_twbn
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2011年3月11日、東日本大震災が発生した。
多くの死者を出した一方で、
約1万9000人が救助され命を長らえた。
その7割を救助したのが自衛隊だ。
生存確率が高いと言われる、発生から
72時間の間に3万人を一斉に動員したことが
大きく寄与した。
ただし、この展開の陰には、
ある陸上自衛隊幹部の
辞任を覚悟した決断があった。
当時、陸上自衛隊の幕僚長を務めていた
火箱芳文氏に話しを聞いた。
(聞き手 森 永輔)


2011年3月11日、午後2時46分。
三陸沖を震源とする大地震が日本を襲いました。
死者約1万6000人、負傷者約6000人、
行方不明者約2600人(2011年9月11日時点)に及ぶ
大惨事に発展した。

 こうした中、自衛隊は「10万人体制」を展開。
約1万9000人を救助しました。
救助された約2万8000人(2011年3月20日時点)の
7割に相当します。
これは、自衛隊が発災から72時間で3万人近い
部隊を現地に集めたことが効を奏したから。
その背後には、火箱さんが辞任を覚悟で決めた
「即動」が大きな役割を果たしました。


火箱:当時、私は陸上自衛隊(以下、陸自)で幕僚長
 (以下、陸幕長)*を務めていました。
 救助部隊を少しでも早く現場に急行させるため
 各部隊に出動を命じました。
 災害に遭った人の生存確率が高いのは発生から
 72時間と言われています。
 危機的瞬間には手続きの万全さより
 迅速・実効性ある行動が勝ると思い、
 この間に大量の部隊を送り込むことが
 最も大事と考えました。


―でも、陸幕長は部隊の指揮権を
持っていないのでは。


火箱:おっしゃるとおり、
 陸幕長は陸上自衛隊の部隊を指揮する
 権限を持ってはいません。
 自衛隊の部隊を指揮するトップは統合幕僚長
 (以下、統幕長)です。
 統幕長は、東北地方をカバーする東北方面隊の
 総監など、陸自に5人いる方面総監に命令を発する。
 陸幕長の役割は兵站、人事、教育、防衛力整備を司り、
 フォースプロバイダーとして統幕長の命令に応じて
 措置することです。
 ちなみに、統幕長は
 海上自衛隊では自衛艦隊司令官に、
 航空自衛隊では航空総隊司令官に発令します。
 また災害派遣時は原則的には、
 都道府県知事からの要請を受けて出動します。

 ただし、緊急時には自主的に防衛大臣から
 統幕長に災害出動命令を発することができます。
 しかし、それを待つこともしませんでした。
 午後3時前という時間のことを考えました。
 3月ですから、すぐに暗くなります。
 それに、いったん隊員が帰宅してしまうと、
 再び召集するにはさらに時間がかかる。


(中略)
阪神・淡路大震災の言われなき批判をそそぐ

―なぜ、そのような決断ができたのですか。

火箱:一つは、1995年に起きた
 阪神・淡路大震災での苦い経験です。
 「自衛隊が現場に到着するのが遅かった」
 と批判を受けました。
 我々としては言われなき批判なのですが、
 我慢するしかなかった。


―言われなき批判とは。

火箱:当時は、災害が起きても、
 都道府県知事からの要請がなければ
 部隊を派遣してはならない、とされていました。
 当時、第3師団はすぐに
 姫路や福知山の部隊などを
 神戸に向かわせていました。
 しかし、要請がないので神戸に入ることはできず、
 手前で待機することになった。

 そうこうするうちに道路は渋滞し、要請が出た時には
 動きが取れない状況に陥っていたのです。


(中略)
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(中略)
―幼な子を抱いた母親のご遺体が…

 各隊員のレベルで見ても頭が下がる行動が
たくさんありました。
3月の東北の水は氷のように冷たい。
それでも腰まで水につかり、行方不明者を
手作業で探す者。
自分の食事を被災者に差し出す者。
みな泥だらけ、汗まみれ。
それでも風呂には入れない。着替えすらできません。
夜はごろ寝です。


こうした環境ですから、
隊員の健康には心と体の両面で注意を払いました。
毎日、幾つものご遺体を目にするのです。
中には、幼な子を抱いたまま亡くなった
母親の遺体もある。
 宮城県石巻市の大川小学校では、
ランドセルが隊員の目に入った。「
ここか!」と思いヘドロをかき分けて捜索すると、
子供さんの遺体が上がってくる。
そうした光景が自分の家族と重なる。
その悲しみがどんどん心の中にたまっていく。


 なので、
隊員たちに気持ちを吐き出すよう勧めました。
夜、班長を中心に車座になって、
その日にあった出来事を話す。
ある時はみなで祈る。
ある時はみなで泣く。

それだけでも気持ちが変わります。
 
(全文を是非、リンク先でお読みください)




【言われなき批判】に晒され続けながら
黙って耐え、
「国民」を守るために、
命を掛けている自衛隊の皆さん。


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大震災、火山噴火などの
大規模自然災害だけでなく
領海・領空侵犯にも、365日、日夜監視を続け
一触即発のスクランブル発進のために
今も誰かが待機している事だろう。
私達の日常を守るために。

ひたすら、頭が下がる思いで感謝する。





批判ばかりして
恩知らずな人にはなりたくないから

いつまでも忘れないで感謝する。


★トモダチ作戦、
 米兵はシャワーすら浴びなかった

 第3回 一等陸佐 笠松誠氏
 2015年3月10日(火)
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20150306/278346/


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私も…
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ダニエル・カールさんは
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福島のデマを払拭する為に、
日々、Twitterで正しい情報を
英語で発信している。
感謝、感謝、感謝…





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Comments 2

マザー

自衛隊さんの活躍があるからこそ、私たちは安心して暮らせるのですよね。
本当にいつもありがたいと思っています。

2018-03-10 (Sat) 09:24 | EDIT | REPLY |   

弓取り

日本を守ろう

一部メディアや言論人や活動屋は、人倫にもとるおぞましいデマを垂れ流し続けます。
デマと風評による殺人を行っているのです。
こんな反日「日本人」は、とっとと日本から出ていけとしか思いません。

2018-03-10 (Sat) 11:41 | EDIT | REPLY |   

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