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韓流研究室

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マンチェスター市立美術館が絵画《ヒュラスとニンフたち》を撤去。非難が殺到⇒「MeToo」運動の行き着く果ては?

★マンチェスター市立美術館が
 ウォーターハウスの《ヒュラスとニンフたち》
 を撤去。非難が殺到

 美術手帳 2018.2.2
 
https://bijutsutecho.com/news/11562/
イギリスのマンチェスター市立美術館が、
J. W. ウォーターハウスの
《ヒュラスとニンフたち》(1896)

一時的な撤去に乗り出し、騒動となっている。

 bijyutu01.png

昨年、ニューヨーク・メトロポリタン美術館に
展示されているバルテュスの《夢見るテレーズ》に
対して起こった撤去要請運動
が記憶に新しいが、
今回は美術館側の自主的な撤去が行われたようだ。

 問題となったのは《ヒュラスとニンフたち》。
これは、ギリシャ神話から主題を得た作品で、
若々しい裸のニンフたちがヒュラス国王を
池の中に誘う場面を描いたもの。


同美術館では同様の作品が数点「美の追求」と
題されたスペースに飾られているが、
女性を「受動的な着飾り」や「ファム・ファタル」とする
「非常に時代遅れ」な表現である

当該学芸員クレア・ギャナウェイにより注意書きが
なされていた。


今回同館は、セクシュアリティな表現
公共の場において飾るべきか否かが
議論される現代において、
「裸の少女たち」が描かれた同絵画は
人々に討論を促す作品のひとつである
として
撤去に乗り出した。

 撤去後、ソーシャルメディア上などで
多くの反応が見られたが、
いずれも美術館側の対応は
あまりにも清教徒的で
行き過ぎた行動である、

との否定的な意見が目立つ。
しかし同美術館は
ヴィクトリア的幻想に打ち勝とう!の文言を
ブログ上に投稿し、非難を一蹴。
ギャナウェイは
「この撤去はけっして強制的な圧力で
 作品の自由な鑑賞を制限するものではない」
「現在美術館は、ジェンダー、人種、
 そしてそれにまつわる表現について
 複雑な問題を抱えていおり、
 私たちはその問題について、
 積極的に議論したいと考えている」

としている。

また同時に、この決定は
昨今活発化している「MeToo」や
「Time’s up」運動の影響も大きい

と語り、議論活発化のために
美術館の来訪者に対して、同作品が飾られていた
スペースに自らの意見を書いたポストイットを
貼り付けるように促しているが、
その多くが非難の声となっている。
またツイッター上では、
セクハラや性差別に対しての抗議運動の要素を
都合良く利用した、単なる独善的行為だ
との
指摘も多く見られる。

(続きはリンク先で)




関連記事
★「いかがわしい」バルテュス作品、
 展示に非難で署名9000人 NY

 AFP 2017年12月6日
 http://www.afpbb.com/articles/-/3154396


★Painting of naked nymphs removed
 from Manchester Art Gallery
 to provoke debate about women in art

 http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/art/news/manchester-art-gallery-removes-waterhouse-nude-naked-nymphs-painting-hylas-girls-times-up-metoo-a8190606.html?utm_content=buffer9c607&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer




★ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
 http://www2.plala.or.jp/Donna/waterhouse.htm


★絵画の中のギリシア神話
 第009話 ヒュラスの話

 https://greek-mythology.jimdo.com/絵画の中のギリシア神話/ヒュラスの話/




女性を「受動的な着飾り」や「ファム・ファタル」とする
「非常に時代遅れ」な表現である…か? 

Femme fatale。
男にとっての「運命の女」、
男を破滅させる魔性の女。
女性の美しさに魅入られる男の心理は…時代遅れ?

《ヒュラスとニンフたち》だけでなく、
J. W. ウォーターハウスの描く女性達は、
古典の衣装を纏いながらも、
私には「受動的な着飾り」などとは感じられない。

上記サイトの女性も感じたように、
心を奪われたら最後、
その身を滅ぼしても触れたいという
ヒュラスの衝動を、コントロールして
彼を「受動的」にさせてしまう”あやかし”の表情...。

何故、学芸員クレア・ギャナウェイは
「ヴィクトリア的幻想に打ち勝とう!」
と言ったのかというと、


 bijyutu05.jpg
 J. W. ウォーターハウスのThe Lady of Shalott

この絵画は、英国ビクトリア朝時代(19世紀)の
詩人・アルフレッド・テニスン(1809-1892)の
作品の一場面。

 
★シャーロット姫
 http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/Subjects/shallot/shalott.htm
(引用開始)
アーサー王は、5世紀ごろ実在したとされる
ブリトン軍の武将である。
1484年にマロニーによって、まとめられ、
出版されたアーサーの物語は、
中世風騎士物語であり、騎士道の世界に
重点を置くものであった。
英国の王室の直系という王族崇拝も含み、
エリザベス朝の時代まで信じられていた。

しかし、
ピューリタン革命で王権崇拝が崩れ、
清教徒は王家にまつわる物語を弾圧した。


アーサー伝説が再び、息を吹き返すのは
19世紀になってからである。
詩人アルフレッド・テニスンが「シャロット姫」を書いた。
以後、
世紀末まで、画家たちは、この主題を好んで描いた。

英国は産業革命での功利主義がはびこっていたが、
それに反発するように、中世主義が復活したのである。

(続きはリンク先で)


・・・そして、今また
ピューリタン革命の弾圧が始まる。





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この作品を
単なるエロにしか見えずに不快に思う人達
一定数いるなら撤去は当然という
”法哲学”大学講師の呟きに
フェミやジェンダーの怖さを感じる。


★MeToo系運動によりマンチェスター美術館が
 「ヒュラスとニンフたち」(ウォーターハウス)
 を撤去

 https://togetter.com/li/1195755
”現地では批判的な意見が多数とのことだけど、
 このへんのアカデミックヌードは
 明らかにエロ目的で描かれたわけだし、
 現代でもそうやって消費する
 阿呆がたくさんいるわけなので、
 
 セクシズムと言われたら
 どうしようもないんでないかな。”


”こんな骨董品はさっさと売っ払って、
 若いアーティストの作品を
 展示すりゃいいんですよ。#世代間闘争史観”


”境界が明確に引けるとかそんな話ではなく、
 不愉快に感じる人が一定数いるものを
 公共空間に展示することの是非の問題です。”


(引用ここまで)


今の時代の価値に合わないからと
「さっさと売っ払って、
 若いアーティストの作品を
 展示すりゃいい」
という思想は、
次の時代の価値観によっては、
その「若いアーティスト」の芸術作品は、
ポイ捨てされてしまうんだよ。

何故に、ソッチに行っちゃうかなぁ…

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http://jj57010.web.fc2.com/rireki.html
 



★エマ・ワトソンとフェミニズム論争
 https://togetter.com/li/1088274
”エマ・ワトソンさんが美白の化粧品のCMに出て、
 フェミニストに叩かれたという話があって、
 なんでかなと思ってたら、
 なんでも白人の彼女が美白化粧品のCMに出るのは
 「白い肌を至高とみなす白人優越主義」
 がうんたらかんたら、というので
 頭がくらくらした記憶がある。”


(中略)
エマ・ワトソン
『フェミニズムとは
 それで他の女性を
 叩くための棒じゃありません』


(続きはリンク先で)




フォーミュラーのFグリットガール廃止を導いた
フェミ団体の運動を皮肉った画像。
HOOTERS(フーターズ)で働く女性たちの横で、
「女性は飾りじゃない」
というプラカードを掲げるフェミニスト。


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自分の美貌を武器に仕事をして、
次のステップへのチャンスを狙うグリットガール達が
「私達は、自分の意志でこの仕事をしている。
 誇りをもってやっている。仕事を奪うな!」と怒っている。


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「こんな仕事をしている女はバカに違いない」
と思い込んでいるフェミ団体の女性差別

「多様性を認めろ!寛容こそリベラル!」という
リベラルを自称する人達が
自分達が”不快なもの”をポリコレで叩くという
実に不寛容な、Wスタンダードの実態。

F1グリットガールへの圧力は、
昔、日本で行われた「平等教育」を見ているようだ。


★何の平等か
 http://www.tamagawa.jp/graduate/educate/column/detail_13615.html
平等とは「有様」の等しいことを言うのではなく、
「権利」の同等性を言うのである。
それゆえ、平等教育に際し
最初に押さえておかねばならない事は、
「有様」は万人異なっている
自然法思想に基づく「権利」は皆同じである
ということを明確に理解することである。
これを怠ると
運動会の徒競走は順位がつくので
 (つまり不平等になるので)
 足の速い人はゴール前で足踏みして
 遅い人を待ち、
 みんな一緒に(平等に)ゴールしましょう

というような「有様を同じ」にしようとする教育が
為されたりすることになる。

*NHKクローズアップ現代
 「競争のない運動会
 ~順位をつけない教育改革の波紋

 (1996年6月11日放送)参照。


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★金子みすゞ
 ~短命の童謡詩人が残したもの~

 http://2444424.blog58.fc2.com/blog-category-4.html
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この作品を読んで、
ベジタリアンは不思議に思うかもしれない。
「かわいそう」なら食べなければ良い。
だから私は肉を食べないのだ、と。

でも、かわいそうと書いた彼女は、
「いただきます」と手を合わせたら、
バリバリっと目刺しを食べてしまう。
それは、生きるために必要なことだからだ。
どんな動物であっても、
他の生命を奪って自らの命を後世へ繋いでいく。

当たり前のことだ。
だからこそ、
食べられる命に感謝を忘れてはならない。
それこそが、「いただきます」の意味である。

当たり前のことの中に思いを馳せる大切さが、
そこにある。

(引用ここまで)




★”MeToo”や”Time's Up”運動
 「男女平等の為に男支配を絶つ!」
 その次は?
 ⇒運動に便乗する行き過ぎ革命

 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-5378.html




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Comments 4

弓取り

なんであれ、カルト化すると破壊に走る

崇高な理念を実現しようとして、カルト化し過ぎた統一運動は、運動の敵を想定して攻撃します。排除の行動です。攻撃が目的になってしまう。

その圧力に屈した公的な機関。
>マンチェスター市立美術館が絵画《ヒュラスとニンフたち》を撤去。
明らかに、カルトの攻撃に配慮し過ぎた敗北行為です。

そもそも、制作の時代背景が違うのだから、男尊女卑に見える要素はあります。はっきり言って、昔から家の外の「社会」は男が作って男が運営してきたのですから、家の外の制度は自ずと男に有利に、男の居心地に配慮されたものになってます。男の私も、それは認めざるを得ません。

ウォーターハウスや美少女画家マズローなんかの絵は、たしかに男の目線、男の鑑賞を意識されて描かれていると思いますが、意図的なものではないでしょう。きれいな女性や理想化された少女を描くにしても、こうあってほしい」になりますわ。
宗教的な禁忌が薄れれば、男が描く女性は、どんどん裸身になっていきます。今後、イスラム社会でも騒動が起きることでしょう。
そして、ドラマのポイントは、しばしば女性が男の価値観や社会的立場を揺るがす要因にされます。
(可哀そうですけどね。ファムファタルというより、社会を知らない女性の価値観が出ただけかも知れません。)

若いときに、シェークスピアなどを読んでて気づいたのは、女性が悪いみたいだな、ということでした。たぶらかす魔女は、文字通り女性だし。
そう感じると、他のドラマ類でも、トラブルの原因は、反道徳や欲得とともに、女性に男が翻弄されるケースが多かったと思います。男が創作を担えば、自然とそうなります。同性愛の芸術家が、男を色っぽく創作することもありますけどね。こういったことは、男尊女卑とかの思想ではなく、時代背景の中で生きた個人の限界とでもいうべきものだと、個人的には思っています。

そうであっても、この絵画など過去の産物に対する批判や自粛などは、的外れです。批判するのなら、むしろ対象は残さねばなりません。「この頃の男どもは、こんな女性像を理想としていました」とわかるようにね。
女性はそれを見て、やっぱり男は昔から女の裸が好きなんだね、いつまでもお母さんのお乳を理想化して恋い焦がれるものなのかしらね、と笑ってあげればいいです。まともな神経の男だったら、ぐうの音もありますまい。

ウーマンリブだか、フェミニズムだか、男への復讐だかが、女性の解放の名のもとに攻撃性を高めると、これまでの男のポジションに女性を置け、身勝手な男がするように我々女性も傍若無人に振る舞うぞ、とかになるようでは、男女の「共生」には一歩も近づかないでしょう。既存社会の限られたパイの奪い合いになるだけです。愚かなカルトです。

自分から、どうだとばかりに悪趣味に裸になる女性は、動物のメスの生態に近づくだけです。日本にもいる似非フェミニズムの赤い活動家たちですね。ほんとに愚かで醜い。
男でも、節制して鍛錬された男が色気をかもしたりするそうです。女性だって恥じらいや節制が身に着いていたり、自己演出なりができる女性のほうが、だんぜん魅力的で美しいわい。

2018-02-04 (Sun) 23:09 | EDIT | REPLY |   

銀の鈴

いい加減にしろ

あ~、こんなんやってたら、殆どすべての芸術、完全アウトです(呆)

2018-02-05 (Mon) 03:25 | EDIT | REPLY |   

山葵

一昔前なら、こういう論争で左派・リベラル派は「表現の自由を守れ」と主張する側だったんですけどね。ヘイトスピーチやポリティカル・コレクトネスの問題でもそうだけど、今ではすっかり左派・リベラル派のほうが「言論・表現の自由」を弾圧する側ですね。

「国家権力による規制はダメだけど、市民団体がやるなら許される」なんて主張、おかしいでしょ。そういうダブル・スタンダードが平気な人達に権力を持たせたら、法の下の平等も平気で無視するでしょう。

この決定を「清教徒的」と批判している人達も本当は、これが保守的な価値観に基づいた決定じゃない事くらい、わかってるでしょ。フェミニスト批判が怖くてできないから、遠まわしな表現で批判してるんじゃないですか?

2018-02-05 (Mon) 07:43 | EDIT | REPLY |   

都民です。

>女性を「受動的な着飾り」や「ファム・ファタル」とする「非常に時代遅れ」な表現である

 ニンフたちがヒュラスを誘い込むのは、彼女たちが彼を獲得したいという意志によってそうするのであり、受け身云々というのは女性が弱者であるという偏見に基づいた言い掛かりと言えましょう。などと、言えばフェミの皆さんは納得するのでしょうか。バカバカしい限りです。絵を鑑賞するのに、そのようなくだらない理屈はいらないと思います。

 最近は、サヨク・アベのせいだ~!・フェミのワールドワイドなご活躍を拝見していると、道であったら目を合わせてはいけない類の人達だと思えてなりません。恐ろしい・・・:;(∩´﹏`∩);:

 それにバルテュスの作品は、発表当時も少女のポーズに批判はありましたが、それは彼の個性であるし、他の作品でも少女を描いたものはありますし、それに夫人の裸体を描いた絵も芸術性の高い作品だと思います。だいたい、裸体がいかがわしいというなら、ギリシャ・ローマからの作品のほとんどを展示でき無くなりますよね。

2018-02-05 (Mon) 08:11 | EDIT | REPLY |   

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