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<天皇誕生日>一般参賀に5万2300人!平成に入り最多。「皆さんの祝意に深く感謝」

★「皆さんの祝意に深く感謝」
   一般参賀、平成で最多

 産経新聞 2017.12.23 12:00
 http://www.sankei.com/life/news/171223/lif1712230035-n1.html
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天皇陛下の84歳の誕生日を祝う一般参賀が
23日、皇居で行われた。
陛下は午前10時20分ごろ、皇后さま、皇太子ご夫妻、
秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さまとともに、
宮殿・長和殿のベランダに並んで立ち、
参賀者に笑顔で手を振って応えられた。
 陛下はマイクを通じ、
「晴れ渡った空の下、誕生日に当たり、
 皆さんの祝意に深く感謝いたします」

と謝意を述べた上で、
「この一年もさまざまな出来事がありました。
 寒さに向かう今日(こんにち)、
 台風や豪雨により被害を受けた地域の人々、
 また、東日本大震災など過去の災害により、
 いまだ不自由な生活を送っている人々のことを
 深く案じています。
 今年もあとわずかとなりました。
 来(きた)る年が国民皆にとり、
 少しでも穏やかな年となるよう願っています」

とあいさつをされた。

  koushitu17122311020011-p1.jpg


(続きはリンク先で)


★<天皇誕生日>一般参賀に5万2300人 
 平成に入り最多

 毎日新聞 12/23(土) 20:10配信
 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171223-00000059-mai-soci





★陛下、昼食会で首相をお気遣い 
 祭主の黒田清子さんもご慰労

 産経新聞 2017.12.23 06:00
 http://www.sankei.com/premium/news/171223/prm1712230017-n1.html
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天皇陛下は21日、安倍晋三首相や閣僚、
副大臣ら40人を皇居・宮殿に招き、
小食堂の「連翠」で昼食会を催された。
安倍首相が招待されたことへのお礼を
述べたのに続き、
陛下は
「国民のために日夜、
 国務に精励されてきたことを、
 誠にご苦労に思います」
と慰労された。
 
陛下と首相ら閣僚との昼食会は年末の恒例行事。
陛下の譲位日が平成31年4月30日に決まってから、
首相と食事をともにされる初めての機会で、
皇太子さまも陪席された。
陛下は安倍首相に「忙しいんじゃないですか」と
声をかけられていた。


(中略)
両陛下は同日、皇居・御所を訪れた
長女の黒田清子さんと懇談された。
伊勢神宮で15日から12月の月次祭が執り行われ、
黒田さんが祭主として五穀豊穣(ほうじょう)や
国民の平安、皇室の弥栄(いやさか)を
祈願したことをねぎらわれたという。



(続きはリンク先で)




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★国民食の魚、天皇陛下が紹介
 退位惜しむ声-タイ

 AFP 2017年12月1日
 http://www.afpbb.com/articles/-/3153806
天皇陛下は皇太子だった1964年にタイを訪れた際、
当時のプミポン国王に食料不足対策として
ティラピアの養殖を勧めた。
ティラピアはその後、タイの食卓に欠かせない
国民食となり、外国にも輸出。

タイでは、国の経済を支えるほどまでに定着した
ティラピア導入のきっかけをつくった陛下の退位を
惜しむ声が広がっている。

 魚類学者でもある陛下は
タイの風土に合うティラピアを紹介。
プミポン国王は翌65年に日本から贈られた
50匹を宮殿で1万匹まで繁殖させ、国内に広めた。

(続きはリンク先で)




今日は、昔購入した
【思い出の昭和天皇】という本を読み返した。
昭和天皇第一皇女の東久邇成子さんのご子息や
秩父宮勢津子妃殿下、高松宮久子妃殿下、
第二皇女の池田厚子さん、寛仁親王殿下の
昭和天皇の思い出のエピソードが綴られている。

ご家族思いで、
夏休みをご一緒に過ごす外孫の皆さんとの思い出。
特に若くして亡くなられたご長女・東久邇成子さんの
幼いお子さん達への祖父としての慈しみの日々など。


昭和天皇は板チョコがお好きで、
一般参賀などの長時間の行事の後のご昼食で
弟君の妃殿下方がお持ちしたチョコレートを
嬉しそうに召し上がっていた思い出や

お子様方の家を訪問しても、警護の人達のご負担を考え
決して時間を延長する事はなさらなかった事。

神事や皇室行事にお召しになる束帯は、
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ご不浄に行くこともままならない構造
三笠宮寛仁親王殿下は婚礼の儀の数週間前から
水分の摂取を控えるトレーニングをされていたそうですが
昭和天皇はお小さい時から訓練をされていて
水分をお取りにならないで長時間過ごされていたとか…

外孫のお二人が
「お祖父さまは、周囲に気を使って
 自由な事をされない。
 ストレスの解消は、植物研究に没頭される事」
だったと語っていました。

終戦後、昭和天皇がご巡幸をされた時の
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皇宮警察の護衛官が退任のあいさつに訪れた際
”車が群集の真っただ中に立ち往生したり
 陛下が国民にもみくちゃにされたり
 泥水の中を歩かれたり、戦前では考えられない光景に”
寛仁親王殿下が
「警護は、さぞ大変だったでしょう?」と聞かれると
護衛官の方は
「大変ではありましたが、
 危険を全く感じませんでした。
 現在の方が、余程危険を感じます。」

と答えたという。

皆さんの共通の思い出が
昭和天皇は、ご自身のお立場を考慮し
「公平無私」を常としていたということ。


こうした皇族の方々の思い出話を読みながら
宮内庁が厳重抗議したにもかかわらず
先日の週刊新潮
『天皇陛下「心残りは韓国…」 
 安倍官邸に恨みつらみ
』という記事の
http://gensen2ch.com/archives/73615362.html
侍従職関係者の打ち明け話というものが
如何に、悪質な週刊新潮による創作だと
確信してしまう。





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