浅田真央引退会見

★【浅田真央引退会見】速報(2)
 「5歳から26歳まで続けて来られた。
 全てがスケート中心の生活。
 私の人生です」

 産経新聞 2017.4.12
 http://www.sankei.com/sports/news/170412/spo1704120016-n1.html
--達成感は

「私はソチ五輪を最高の形で終えられました。
 体も気持ちもまだまだやれるという思いがあって、
 復帰しました。自分が挑戦してみて、
 気持ちも体も自分の気力も全部出し切ったので
 いまは挑戦して何も悔いがありません」

 --全日本選手権を振り返って

「最後になるのかなという気持ちは
 ソチの世界選手権ほどではなかった。
 トリプルアクセルに挑戦して終えられたのは
 自分らしかったかな」


★【浅田真央引退会見】速報(3)
 代名詞のトリプルアクセル 
 「なんでもっと簡単に
 飛ばせてくれないのって感じ」
 「新たな一歩。
  前を向いて進んでいこうって」

 産経新聞 2017.4.12
 http://www.sankei.com/sports/news/170412/spo1704120019-n1.html
--悔やむことは

「決断するにあたって、すごく悩みました。
 でも後悔がなかったので、
 それだけやり尽くしたんだと思います」


(中略)
--代名詞であるトリプルアクセルへの思い

「私は、伊藤みどりさんのような選手に
 あこがれてきました。
 トリプルアクセルは自分の強さでもあったけれど、
 悩まされることも多かったです」

--子供たちと接する様子が印象に残っている。
 日本や世界の子供たちにかける言葉は

「私は小さい頃から本当にスケートが大好きで、
 その気持ちでスケートを続けてきました。
 なので、大好きな気持ちを忘れないでねって。
 以前にもスケート教室やったことがあるんですが、
 また機会があったらやってみたいなと思います」

--日本が世界でもフィギュアが強い国に
   なったことへの思い。今後のスケート界のために

「小さいころは伊藤みどりさんをはじめ、
 素晴らしいトップスケーターの方がいました。
 そうなりたいと思って試合を続けてきました。
 シニアになってからもたくさんの素晴らしい
 スケーターの方々といっしょに滑りました」

「たくさん応援してくださった方、
 メディアの方も取り上げてくださるように
 なったおかげで、いまがあると思います。
 これからの選手の皆さんには、
 刺激をし合いながら、高め合いながら
 過ごしてほしいなと思います」


★【動画あり・浅田真央引退会見詳報】
 爽やかな表情も最後は涙 
 「フィギュアは本当に私の人生」 
 「2月に決断した」 
 「恩返しできる活動をしたい」 
 結婚の予定は「ないです」

 http://www.sankei.com/sports/news/170412/spo1704120027-n1.html




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零れる涙を隠そうと背を向ける浅田選手
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★“先輩”伊藤みどりさん
 「トリプルアクセルに
  挑戦し続けてくれてありがとう」

 デイリースポーツ 4/12(水) 14:38配信
 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170412-00000066-dal-spo


★理想求め 跳び続けた 
 銀盤のフェアリー 真央(上)
 得点よりも3回転半

 日本経済新聞 2017/4/12 2:30
 http://www.nikkei.com/article/DGXMZO15195380R10C17A4UU8000/
まるでうつしみの人でないような。
浅田真央というスケーターを、バンクーバー五輪
銅メダルの高橋大輔は「妖精のよう」と語り、
10年以上振り付けを担当したローリー・ニコルも
言い添える。
「真央は羽のように軽く氷上を跳ねる。
 こんな選手は見たことがない」

 2005年秋、ニコルが浅田のために初めて
振り付けたのがチャイコフスキーの「くるみ割り人形」。
バレエに出てくる「金平糖の精」そのままの愛らしさで、
15歳の浅田が国際大会を制した姿は衝撃的だった。
翌年2月のトリノ五輪で金銀銅メダリストとなる
選手たちを押しのけて。

 何が良かった? どんな演技をしたい? 
何を聞かれても浅田は
「トリプルアクセル(3回転半ジャンプ、3A)」。
無邪気に跳ねまわる妖精に世界は魅了され、
年齢制限で五輪に出られないことを嘆いた。
この「3Aこそ自分」
という姿勢はついに変わらなかった。

 浅田が
世界ジュニアを制した04―05年シーズンに
採用された新採点方式では、
一つ一つの技に加点・減点が明示されている。
多くの選手がルールを研究し、
得点を稼げるプログラムを作った。

(中略)
ルールを攻略し、勝つために
 自分のスタイルを変える人は多い。

 浅田選手は信念があり、
 スタイルを確立したからこそ、
 世界にインパクトを与えた」

とトリノ五輪金メダリストの荒川静香。

 浅田デビューから10余年、
3Aを試合で跳んだ女子は2人いるが、
毎試合挑む選手はいない。

女子のジャンプ技術は頭打ちで、
細かい得点を稼ぐ勝負になり、
一般に分かりにくくなっている。


 その状況が
「来年の平昌五輪後に変わるかもしれない」
と小林芳子・日本スケート連盟フィギュア強化部長。
既に中学3年の紀平梨花は3Aを跳び、
エフゲニア・メドベージェワ(ロシア)は4回転を
視野に入れる。


 理想を求めた浅田は、
そのいちずさゆえに愛された。
銀盤を去るときを悟ったのもまたいちずさゆえ。
26歳になった妖精は跳べなくなり、
理想を追えなくなっていた。
五輪の金メダルは手にできなかったけれど、
浅田が追い求めた3Aが標準となる時代
そこまで迫っている。


(引用ここまで)




★真央の3回転半、両刃の剣 
 佐藤コーチ「我慢すれば…」

 http://www.asahi.com/articles/ASK4C5GNRK4CUTQP035.html


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山田満知子コーチ
「真央が若い力に負けたという
 言い方はやめて」訴える。(略)
「時代の流れでフィギアスケートが
 違う方向に向かっている。
 その中でもがき苦しんで、
 流れに充分ついていってよく頑張った。」

ルールが毎年のように変わり、近年では
ジャンプの回転不足やスケート靴の歯の向きを
厳格に判定する。
今の若い選手は、最初から新たなルールで
育ってきた。
「真央が始めた頃は
 そこまで必要とされなかった。
 3回転ができるようになってから
 言われだして苦しんだ。」


まさに、この部分ですよね。
トリプルアクセルを跳べる選手が
浅田選手しかいない現状で、ルールを変える。
浅田選手がクリアすると、更にルールを変える。
執拗に「エッジの向きが違う」とか
回転が少しでも足りないと大幅減点のリスク。

男子選手達が4回転を跳べるようになると
ルールが更に変わり
パトリック・チャンも苦労して4回転を習得し
4回転が飛べないと勝てなくなると
やがて「新4回転時代」が到来する。
羽生結弦選手でさえ、若手の技術向上に
4回転アクセルの練習もしているという。

若手の女子選手が、浅田真央を目標とし
練習を積み重ねてトリプルアクセルを習得する。
女子の「3T時代」も目前だろう。
トリプルアクセルの連続ジャンプが勝敗を分ける
女子にもそんな時代がやってきた時、
誰もが、浅田真央選手が開こうとした固い扉を、
時代の先駆者を、思い起こす事だろう。

跳べない選手のためのルールを戦略的に攻略し
ジャンプの向上を諦め、演技力に拘るスタイル。
浅田選手も、
自分のスタイルを変えたなら勝てただろう。
バンクーバー五輪の時も、ヨナ贔屓の海外記者
「浅田が3Tに拘るのは馬鹿げている」と批評した。

しかしそのスタイルは、いつか表彰台が遠ざかる。
男子選手に起きた流れが、女子にもやって来る。

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今年の世界選手権でエフゲニア・メドベージェワ選手が
歴代最高得点を記録した時の技術基礎得点は62・33
浅田真央選手のソチ五輪のフリーの演技の
技術基礎点の合計は66・34

あの美しいジャンプやスケーティングと表現力を
もってしても、である。
如何に、
キム・ヨナに与えた228.56点という記録が
底上げされていたかが、
メドベージェワ選手の技術によって証明された。


純粋な競技とかけ離れた「政治」の中で
もがき苦しんだ浅田選手だったが、
次世代のスケーターに与えた影響は大きい。


扉に手を掛けた伊藤みどり選手
扉をこじ開けた浅田真央選手。
ソチ五輪では、遂に、開け放された扉から
新たな伝説が始まるのだろう。
羽生結弦選手が、現行ルールの戦略的攻略から
「新4回転時代」に対応すべく進化し続けようと
限界に挑戦するように。
進化する事を阻まれていた女子選手達も
勝敗が拮抗する得点差を抜け出すために
表彰台に上るために。




最後の最後まで、凛として
率直な心を語った引退会見だった。
(メディアの執拗な嫌がらせに
 苦言を呈する事も無く・・・)


残念だったのは、質問する記者の多くが
フィギュアスケートに知識の少ない記者達で
スポーツ専門ライターが、
ちゃんとした質問をして欲しかったこと。

以前、中田英寿選手がイタリアに移籍した時
現地取材に押しかけた記者達が
サッカーの知識も何もなく
神聖な練習ピッチにズカズカ入ってきて
チームの仲間達に迷惑をかけたり
パパラッチのようにプライベートを追いかけ
質問に答えなければ「生意気」「天狗になってる」
と中傷記事を書いたりしていた。
(日本でプレーした当時も、嘘八百書かれ
 全身湿疹が出るほど精神的に追い込まれ
 以来、生放送かスポーツライターとしか
 話さなくなった。)
本当に、日本の記者は低レベルだ。


■ひがくぼきみお‏ @higakubo
 https://twitter.com/higakubo/status/852002722924474368
  しかし司会があえて
 「最後に浅田真央選手を
  送り出せるような質問を」
 「質問に自信のある方」
と言ったのに、
 結婚とか、台湾とかが出たのは残念。
 あのタイミングは多くのファンの気持ちを
 代弁する質問であるべき。

 記者の人としてのレベルが問われる。
 スター選手の引退会見を取材する記者は
 学んで欲しい😐


★浅田真央が引退会見 
 司会が困惑する記者の
 「おふざけ質問」にネット騒然

 2017/4/12 15:00 しらべぇ
 https://netallica.yahoo.co.jp/news/20170412-51299512-sirabee




浅田真央選手が戦ってきたのは
自分への限界という世界だったのだが

日本では、メディア言論だけでなく
国内のイデオロギーにカブレた頭のヘンな連中
心無い中傷にも、よく耐えてきたと思う。

例えば、この人↓

kannoxTSugqC.jpg
https://twitter.com/noiehoie/status/851996341056286720

菅野完
「浅田真央、膝痛いんか。かわいそうに。
 矢でもうけたのか。」


深夜倶楽部‏ (韓流好きの人らしい)
安倍に頼まれて
 国民に森友を忘れさせるため、
 この時期を狙って
 引退したと思われます…(;'∀') 



★【浅田真央会見・ネットの反応(3)】
 「赤旗」記者
 キム・ヨナさんについて質問 
 「並べないで」「最低」と波紋広がる

 産経新聞 2017.4.12 12:53
 http://www.sankei.com/entertainments/news/170412/ent1704120011-n1.html




★浅田真央のブログでの立派な引退文…
 ただ一節だけ気になる部分がある

 サンスポ 2017.4.12 05:00
 http://www.sanspo.com/etc/news/20170412/amk17041205000001-n1.html
(引用開始)
その中で「私のフィギュアスケート人生に
悔いはありません」との一節だけは気になった。
本当にそうなのか。
小欄はあの2014年ソチ五輪SPの16位という
極端な成績だけはどうしてもひっかかる。

 こんな話を聞いた。
ソチでは初めて採り入れられた団体戦のあと、
女子シングルまで10日近く空いた。
その間、
浅田はタラソワ・コーチのいるモスクワでの
調整を希望した。
ところが、スケート連盟はソチの近くに確保した
リンクでの練習を指示。
これがSPの失敗の元にもなったという。


 連盟がリンクを視察したのは夏で
避暑客用に整備されていたが、
冬は手入れがなく落ちた天井のサビなどで
エッジが刃こぼれ状態に…。
SPの後、佐藤コーチが応急措置として
砥石で研ぎ感動のフリーにつながった。


「エッジは氷との唯一の接点。
 五輪なら用具の専門家を同行させるべきで、
 真央には悔やんでも悔やみきれない
 SPだったろう」
とある関係者。

 浅田は引退が現実味を帯びた先月も
エッジの手入れをしたという。
スケーターのたしなみ。
引退してもアイスショーで滑るだろう。
どこからも縛られず
本当の自分の気持ちを出せる、

これからの方がずっと楽しいのではないか。

(引用ここまで)



こんな下衆な人達がいる中で
最後の最後まで
今まで、本当に有難うございました。





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被害甚大

引退会見の記者の質問が、アホまる出しだった…という苦情は当然ですわな。確かに、ため息もののアホですた。スポーツジャーナリストが、他ならぬスポーツについて、シロウトも呆れるくらいに無知蒙昧なんですから。

でもねぇ。

私は連中を擁護する気なんぞ、毛頭ないんですけどね。あれでも上出来なほうだったんですわ。まぁ疑いようもなくアホではあったものの、少なくとも、悪意に満ち満ちた質問はなかった。顰蹙を買ったのは、糞尿赤旗(おっと!)くらいでそ。逆に言えば、それほどに彼女の現役時代は、マスメディアのどす黒い悪意に晒され続けたってことですわ。

思えば、加速度的におかしくなって行くルールとその運用を前に、決して怯まず諦めず、あくまでも正道を貫いて、見事に自己を鍛え抜き、とうとう完成にまで導いた、気高き、気高きアスリートでしたなあ。

あ、ついでに言っときますと、浅田選手がどう戦略を練ったところで、結局のところ、絶対に勝てませんでしたよ。だって、初めっから組織ぐるみでそう仕組まれていたんですから。まぁ、唯一対抗できたとすれば、それはアイツらを上回る山吹色の(ゲフンゲフン

山田コーチや佐藤コーチのような、専門家の中の専門家は、皆わかっておられるんでしょうなぁ。一体、何が原因で、あの時代に甚だしくフィギュアが歪められていたのかを。

バンクーバーの結果を見て、タラソワコーチが泣いていた理由も含めてね。

プロフィール

あや

  • Author:あや
  • 韓流に嵌った母と義母の為に
    韓国情報を調べていたら・・・
    韓流ブームに仕掛けられた
    怪しい罠に気付いてしまった。
    韓流の闇と、利権や陰謀
    仕掛け人を徹底研究!
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