韓流研究室

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増上寺でも 油まき事件

★増上寺でも
 液体がまかれたような跡 東京

 NHK 4月5日 11時50分
 
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170405/k10010937661000.html
徳川将軍家の菩提寺(ぼだいじ)として知られる
東京の増上寺で液体がまかれたような跡が
見つかり、警視庁は、成分の分析や防犯カメラの
解析を進めるなどくわしいいきさつを調べています。

警視庁などによりますと、
徳川将軍家の菩提寺として知られる東京・港区の
増上寺から、5日午前8時半ごろ
「門などに
 油のようなものがまかれている」

という内容の通報がありました。

警察官が確認したところ、液体がまかれたような跡は、
国の重要文化財に指定されている三解脱門や
本堂がある大殿と呼ばれる建物など
境内の複数か所で見つかりました。

寺には夜間も出入りできるということで、
警視庁は、これらの成分の分析や防犯カメラの
解析を進めるなどして詳しいいきさつを調べています。

同様の跡は、
都内では明治神宮でも見つかっているほか、
今月に入って世界遺産に登録されている
京都市の下鴨神社や、那覇市の首里城でも
見つかっています。

増上寺を訪れた近所の80代の男性は、
「家族の具合が悪いのでお参りに来ました。
 誰がやったのかわからないが、
 いつもお参りする寺なので、とても腹立たしいです」
と話していました。


文化庁長官「ひどい憤り」

東京・港区の増上寺の被害を受けて、
文化庁の宮田亮平長官は5日夕方、現地を訪れて、
国の重要文化財で今回液体がまかれた
「三解脱門」の被害状況を寺の関係者から
説明を受けながら確認しました。

視察を終えた宮田長官は、
多くの人が心のよりどころにしている
 寺や神社を傷つけることについて、
 ひどく憤りを感じている。

 今後、再発しないように対応を
 検討していきたい」
と話していました。

(引用ここまで)




>多くの人が心のよりどころにしている
 寺や神社を傷つける


一連の被害は、神社仏閣と首里城。
被害に遭わない宗教施設は
何故、狙われないのでしょう?



★液体まき再開
 村上 密 Blog  2017年04月04日
 http://maranatha.exblog.jp/25670193/
世界遺産の神社や仏閣
液体がまかれる事件が再開された。
2年前も春だった。挑発的だ
私のところへはいろいろと問い合わせが
始まった。まだ検討もつかない。
情報が集まるのを待っている。


★乗っ取り
 村上 密 Blog  2012年04月30日
 http://maranatha.exblog.jp/17887021/
 

★神社仏閣油かけ
 紀藤弁護士が注視する韓国のバック

 東スポ 2015年6月3日
 http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/406519/




去年の犯人は、
韓国の宗教集団と密接な繋がりがあった。
今回の犯人像は、まだ不明。

一連の犯行は、
一般の日本人には到底理解しがたいのだが
宗教的深層心理の一例として、
下記のサイトを参考までに紹介する。
そう思っても「やらない人」と
「犯行を繰り返す人」の差異として・・・


★「イスラム国」は全く支持しないが、
 彼らの偶像破壊はわからぬでもない

 https://blogs.yahoo.co.jp/judahephraim/13050633.html


★神社油かけ事件速報の感想
  https://blogs.yahoo.co.jp/judahephraim/13269972.html


★偶像棄損事件 聖霊の油注ぎ
 https://blogs.yahoo.co.jp/judahephraim/13278874.html




多くのキリスト者の偶像崇拝批判を見るにつけ
つくづく、一神教の人々は”大変”だなあと
思ってしまう。
私は、日本の神社仏閣への”油注ぎ”事件同様
ISの異教徒の宗教施設破壊に心を痛める。
キリスト教の教会が同じ目に遭っても心が痛む。
新興宗教の施設であっても、
異教徒が破壊しようとすれば憤る。
法律で禁止されているからとか、そんな理由ではない。

誰もが、宗教の自由があるのなら
破壊的なカルト教団や、攻撃的な宗教でない限り
「他人は他人、私は私」、何を信じようが自由だ。


原始、人間は
過酷な気象条件の中生きなければならなかった。
死も、もっと身近なものだった。

1960年、アメリカの人類学者ラルフ・ソレッキらが、
イラクのシャニダール洞窟遺跡から
9体のネアンデルタール人の骨を発掘した。
彼らには、既に死者を大切に葬る習慣があった
丁寧に埋葬された墓の土を分析していくと、
たくさんの花粉や花弁が確認されたのだ。
ムスカリやノボロギグなどの少なくとも8種類の花が
埋葬に使われていたことが判明した。

死者を悼む生命感を持っていたのだ。
http://bbs.jinruisi.net/blog/2010/03/764.html

更に、ネアンデルタール人は介護もしていた。
http://blog.goo.ne.jp/aqacompass/e/d6f31a5ab02a6d3505a5b2bd9762622f


暗黒の夜の闇は危険と隣合わせで
過酷な冬は食料の確保も困難だった。

人間は炎を手に入れ、狩猟や農耕の合間に、
太陽や月や星に祈る。
どうか、我らを死の恐怖から守ってください。
どうか、天災や飢饉から守ってください。
どうか、怪我や病を治してください。

様々な地での、原始宗教は
祈る対象は漠然としていて
「神」という名前なんか無かったはずだ。
純粋に、ただ純粋に、
生きぬくために、自然に祈ったはずだ。

どうか・・・どうか助けて下さいと。
何日も何日も雨乞いをして、ようやく雨が降った瞬間
祈りが届いた!と、最大限の喜びを感じ
何かの力の存在を確信したのだと思う。

祈りの方法が違うだけで
宗教の始まりは、どの地でも同じだと思う。



★神籬、磐境とは
 http://www.nippon-bunmei.jp/amanoiwakura-t4.htm




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