韓流研究室

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佐野美術館でお雛様見学と、ちょっと早い雛祭りご膳

今日は、午前中に三島市の佐野美術館で、
 それはそれは見事な、お雛様を見学しました。

【佐野美術館のおひなさま
 大きな雛人形と小さな雛道具

 平成29年2月25日(土)~平成29年4月2日(日)
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 http://www.sanobi.or.jp/tenrankai_current/

享保雛、古今雛、御殿雛、有職雛から
極小の芥子雛人形・・・
八丁堀名物と謳われた「仁杉家の雛道具」などなど
職人技の極至と言える江戸の雛道具の数々に
思わず鳥肌が立ってしまいました。

個人所有のお雛様は撮影が禁じられていますが
それ以外は撮影OKなので、記念に・・・

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■二代目 原舟月 (古今亭原舟月)
 通称は金太郎。
 没年  天保15年(1844)8月27日

 明和5年(1768)、神田丸太河岸の材木問屋の次男として生れ、
 奉公先からの使いで十軒店の人形店を熱心に見学しているときに
 声をかけられ、13歳で初代舟月に入門。
 初代は狩野派の絵師であったが彫り物にも才覚を発揮し、
 主に根付の彫り物細工が多かった。
 二代目舟月は、当時の古今雛と言われた雛人形の制作に
 没頭し、日本橋に店を構えて相当繁盛したようです。

 初代と舟月は
 幕府の倹約令
 「八寸より大きい雛人形を造ること、華美を禁止する」の
 お触れに違反して、八寸雛を製作して江戸を追放され
 京都に移り住む。

 二代目舟月も、罰金刑と雛人形の没収を受ける。
 江戸追放の初代と共に京都に同道することを懇願するも
 師匠の初代舟月がそれを許さず、江戸に残った。

 江戸の古今雛には、原舟月などの人形師が
 比較的早くから、ガラス製の玉眼を用いていた。
 京都製に玉眼が入るのは幕末からだという。

・仏師の技法を用いた玉眼
 玉眼とは木彫像に用いられる水晶製の眼。
 眼球の部分をくりぬいて頭部内の内ぐりと貫通させ
 内側から凸レンズ状の水晶の裏に瞳を描き、
 後ろに綿か紙を当てて白眼の部分とし
 全体を当て木で押えて竹釘で留める。
 彫眼に対して独特な写実的効果をあげる。
 仁平1年(1151)の銘をもつ奈良長岳寺阿弥陀三尊像を
 初例とし、平安時代末期に始まり鎌倉時代以降、
 時代の写実的な美意識に支えられて盛んに用いられた。
 中国には同様の技法は知られない。


■大正時代の「御殿飾り」雛
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屋根は、なんと檜皮葺(ひわだぶき)である。
京の紫寝殿を模して作られた御殿飾り。
檜皮葺の屋根は、当時の最高級品として
上流階級層に人気があった。

家一軒よりも高額だったという贅を尽くした雛道具は、
人形からお道具まで、細部のこだわりがお見事で
一体、どれだけの職人が制作に関わったのだろう!?

昔の資産家は、娘の為に「最上の品」を求め
職人達は、それに応えるべく究極の技を磨く。
技の限りを尽くすことで、伝統美が継承されてきた。
魂を込めて作られた雛道具は、嫁入り道具として
婚家でも、桃の節句に華やかに飾られことだろう。


■有職雛(小直衣雛)
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小さな小さな雛道具は、ただ小さいだけでなく
実に精巧に作られている。
漆塗りのお道具や、人形の衣装、
文箱に納められている書本や百人一首のカルタ
貝合わせ等々が、本物同様に細部まで描かれていて
見えない所まで隅々に、職人魂を感じる。

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江戸の職人たちの技術の結晶が
「青い眼のお人形」の返礼としてアメリカに渡った
美しい日本人形の技に活かされている。

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八丁堀名物「仁杉家の雛道具」の仁杉家は、
江戸時代は八丁堀の与力。
後に日本橋区の区長や東京市議会議員を務めた
仁杉英(旧名五郎八郎)の生家。
江戸時代、人々は雛祭りの季節になると
八丁堀名物の雛人形を見るために仁杉家を訪れたという。

仁杉家の家宝の雛道具一式は、
その後様々な人の手に渡り、流転の末
フロリダのコレクター、エーベル夫妻が購入する。
日本に里帰りできたのは、
古人形収集家の伊賀上まり氏の熱意によるものだという。


★仁杉家の雛道具  
 http://www7b.biglobe.ne.jp/~hitosugi/hina.html




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今夜は少し早いけれど、皆が揃ったので
雛祭りのお膳を作りました。

■松花堂
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・刺身 (鰹のタタキ、大トロサーモン、つぶ貝)
・天婦羅 (竹の子、蓮根、タラの芽)
・白和えと菜の花の辛し和え
 菱餅蒲鉾、合鴨のスモーク、ローストビーフ他
・煮物 (竹の子、南瓜、人参、平茸)


■ちらし寿司
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■オードブル盛り合わせ
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蛤を買い忘れてしまったので、
大粒アサリのお味噌汁・・・とほほ。
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■桜餅と干菓子
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干菓子は、先週、沼津の御用邸公園で購入した
旧御用邸の建物に残る「釘隠し」を模したお品。
お洒落なので、お勧めの逸品です!

茶器は、超お気に入りの
NIKKO「ウィロー(柳)パターン」 山水 朱の茶呑蓋付。

ニッコー陶器は1908年、旧加賀藩主である
前田家や当時の有力者が、金沢で
日本硬質陶器株式会社を創業したのが始まり。
1915年発売のNIKKOを代表する「山水」シリーズは
中国の悲恋をモチーフにした絵柄は、
日本でも「比翼連理」
(翼をならべて飛び、枝を交えるということ)といわれ、
愛の極地をたとえた言葉として使われている。

昔、祖母が購入して大事にしまい込んでいた品を
私が結婚する時に、勝手に花嫁道具にしてしまった(笑)

見て、触って、大切に使う。
そして・・・娘に引き継ぐ。

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佐野美術館で拝見した雛人形の素晴らしさは、
江戸時代の職人達の、
古来の伝統技術を引き継いできた技巧の妙。
なんと美しい文化だろう・・・

江戸時代、幕府による度重なる奢侈禁止令によって、
大型の雛人形の制作が禁止された反動で、
江戸時代後期には、芥子粒のように小さいという意味の
【芥子人形】の流行りが起きる。

上野池之端には【七澤屋】という名店があったという。
文政七年(1824)の『江戸買物独案内』の雛人形の項には
「小細工手遊物類 雛人形小間物類 
 下谷池之端 七澤屋仙助」
という記載が残っている。

高級玩具店として、江戸の人々から「贅沢屋」と称された同店は
江戸名物詩にも登場する、一寸の屏風や爪程の膳椀や皿鉢など
極小の品々を販売していた。
一品が二十両、三十両をするモノもある超高級品なので、
得意客は大名家が専門だった。
明治六年(1873)のウィーン万国博覧会に、この七澤屋の
人形や玩具が数多く出品され、有効賞牌を受賞する。
この記録を最後に、名店【七澤屋】は幻となっている・・・


★江戸七澤屋 芥子雛道具の隆盛
 http://kirara.cyber.kyoto-art.ac.jp/digital_kirara/graduation_works/detail.php?act=dtl&year=2015&cid=554&ctl_id=156&cate_id=9


★江戸の歳時記 3月 雛祭り
 http://www.norenkai.net/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E3%81%AE%E6%AD%B3%E6%99%82%E8%A8%98%EF%BD%9C3%E6%9C%88-%E9%9B%9B%E7%A5%AD%E3%82%8A/


★江戸買物獨案内
 (えどかいものひとりあんない)

 蜀山人が推薦文を書き、北斎がイラストを描いた
 江戸の人気のショッピングガイド

 http://www.edoshoten.jp/annai/


★雛がなければ始まらない江戸の春
 https://www.kyugetsu.com/dolls-histry-and-tradition/dolls-histry-and-tradition_01


★和宮ゆかりの雛と人形
 https://www.rekihaku.ac.jp/outline/publication/rekihaku/128/witness.html
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七澤屋製と推測される三棚
(左より書棚・厨子棚・黒棚)


各棚の文箱の中には、
絵巻物や書物、百人一首のカルタなどが
納められていましてね、
どうやって作ったのか・・・極小の品なのに
細かな文字や絵が本物そっくりに描かれているの。

鳥肌が立つ程の、極小の鮮やかな絵が・・・

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こちらの極小のギヤマン食器も七澤屋製



★虎屋のお雛様
 http://www.artgene.net/detail.php?EID=11351
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★雛段ストーリー
 ひな祭り文化普及協會
 http://hina-matsuri.jp/lern_story06.html




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★子どもの日とジェンダーフリー
 http://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2005/05/post_13be.html


★男女共同参画に関するQ&A
 http://www.gender.go.jp/kaigi/renkei/handbook/pdf/3.pdf
「ジェンダー・フリー」という用語を使用して、
性差を否定したり、男らしさ、女らしさや
男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、
また、家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、
国民が求める男女共同参画社会とは異なります。

例えば、児童生徒の発達段階を踏まえない
行き過ぎた性教育、男女同室着替え、男女同室宿泊、
男女混合騎馬戦等の事例は極めて非常識であります。

(引用ここまで)


長女が公立の小学校に通っていた時、
体育の授業はプール授業でさえも、男女同室着替え
林間学校の際には、バンガローで男女同室宿泊・・・
(説明プリントには記載が無く、
 行事終了後に子供達の証言で発覚した)
母親たちが頑張って、学校に猛抗議しましてね
女子は保健室や空き教室で着替え、
林間学校も、翌年から男女同室宿泊廃止になった。

最大のきっかけは、塾やお稽古事などで
他学校の人達と交流する機会が多い場を通じて
ある学校の高原教室で、男女同室宿泊中に
男子児童達にイタズラをされた女子がいて
「学校が不祥事を隠している」
という噂が飛び交ったこと・・・


★<体育着替え>公立小学校の6割強で
 男女同室 文科省調査

 2006年06月30日
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=165104&id=8159485


★「ふりーせる保育」?どう思いますか
 2004年05月17日
 http://plaza.rakuten.co.jp/hisahito/diary/200405170000/


★狂気のジェンダーフリー
 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/3867/page032.html


今、愛国教育や教育勅語がどうのこうのと
バッシングしているサヨクの皆さん。
左翼思想で行った極端なジェンダーフリーは
「男らしさ、女らしさ」を完全否定の性差否定教育。
こんな状況だったから、
次女は保守的な私立学校に入学させた。
極端なジェンダーフリーに対する反動だった。

右も左も、極端に偏り過ぎてはダメでしょう。

結婚しない男女が増えてくると、
少子化問題と共に、桃の節句や端午の節句といった
伝統文化と、それを支えてきた職人の衰退が懸念される。

これだけの震えるほどの素晴らしい文化が
廃れてしまっては困る・・・。





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Comments 1

銀の鈴

す、すばらし過ぎる…

佐野美術館に行かれたのですね! う、うらやますぃ~~。

あの美術館は、内容の濃い企画展をやってくれるだけでなく、コレクション自体も質が高く、たいそう充実しとりますわな。小さいながらも世界有数の施設だと、私は思っとります。はぁ~、地元の方々がうらやますぃ~~。 日本は、つくづく洗練を極めた職人芸の国ですわなぁ。

し、しかも! 色あざやかな松花堂! ちらし寿司! オードブル! 和菓子のデザート! あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ゴクリ。目の毒だわぁ(私はダイエット中でして)。いまどき、これほど見事な伝統料理を作るご家庭が、世間にどれほどあるんだか。

こうやって美しいものを愛でる心情、美味しいものを感謝して味わう心情、こうした伝統文化を育み、我々に伝えてくれた先人たちに思いを馳せる心情。これぞ日本!ですわな。

子供たちを健全なおとなに育て上げるためのすべてが、ここにあります。再び、またとない目の保養を、心からありがとうございました!

2017-02-27 (Mon) 23:13 | EDIT | REPLY |   

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