「済州海女」単独ユネスコ登録、世界は海女の元祖は「日本海女」認識かも

★『済州海女』がユネスコに登録されるが、
 『日本海女』が‘元祖’を主張している。
 世界の人々が『済州海女』を見て
 『日本海女』を思い浮かべるかも
 知れないニダ!

 特定アジアニュース 2016年11月04日
 
http://specificasia.blog.jp/archives/1062202266.html
<カードニュース> 済州海女、
ユネスコ登録が終わりではないでしょう
(聯合ニュース 韓国語 2016/11/04)

済州海女(チェジュヘニョ)、
ユネスコ登録が終わりではないでしょう。

我が国がユネスコ人類無形文化遺産登録を申請した
『済州海女文化』が『登録勧告』判定を受けました。
登録勧告は覆る場合が殆どなく、
済州海女文化は韓国の19番目の人類無形文化遺産
になることが有力です。
数千年間、苦しそうなスムビ音(磯笛?)を吐いて
ムルジル(「ムル=水+ジル=~する。仕事。」)をしてきた
済州海女
済州島は10年余り前から済州海女の人類無形文化遺産
登録を準備してきました。
この過程で最も大きな脅威として認識されたのは
日本の海女、『アマ』でした。

済州海女=テワク(フクベ、発泡スチロールなど作った
浮力道具)に重い石を吊り下げて固定させた後、
一人で海産物を採取する。


日本アマ=樽(磯桶、浮樽)にロープをつなげて作業したり、
主に夫婦が2人1組を成し、1人が舟の上でロープを引き寄せ、
他の1人がムルジルを行う。


済州海女文化は
新石器時代の水遊びから始まった

というほど歴史が深いです。
済州海女の潜水技法は海外に輸出されたりもしました。

ところが、済州海女から技術を伝授された
日本『アマ』が自分たちが‘元祖’という
主張をし始めました。

私たちが海女文化は当然韓国のものと考えて
安住する間、日本は組織的に動きました。
その代表的なことが2013年にフランスメディア
『ル・モンド』の『アマ』集中報道です。
フランス,パリにはユネスコ本部が位置しているので、
偶然と見るには難しい事件でしょう。
ルモンドの報道の翌年である2014年、日本,三重県は
『アマ』を無形民俗文化財に指定しました。
以後、日本はユネスコ登録を目標に
『アマ』を‘マーケティング’してきました。

(続きはリンク先で)




マーケティングの問題ではなく、
歴史的資料の質の問題だってば!


『済州海女』と『日本海女』
この時点で疑問に思う人は多いだろう。


「アマ」という呼称は、日本では
女性の海女だけでなく、男性の海士
魏志倭人伝に出てくる潜水漁法をしていた倭人である
海人族も海部(アマ)、古くは白水郎と書いて(アマ)

しかも、

■海女の分布
岩手県久慈市小袖海岸、
千葉県南房総市白浜町、
石川県輪島市、
福井県坂井市三国町、
三重県鳥羽市、
三重県志摩市、
徳島県美波町、
福岡県宗像市鐘崎、
長崎県壱岐市、
熊本県天草市、
韓国済州島


■全国海女風習分布図
 amaimg_1.jpg


戦前から
海女が少なくなった日本に韓国済州島の海女が
出稼ぎにやってきた。
(貴重な現金収入なので、ロシアにも出稼ぎに)
だから韓国が「海女の元祖は済州島」と思い込む。
では・・・何故、
韓国には済州島だけしか海女文化が無いのだろう。


>済州海女文化は
 新石器時代の水遊びから始まった


★海士・海女分布と磯ノミ分布 
 安曇と倭人

 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/55199456.html
全国的には、海人(あま)は海に住む人全体を指す。
古代の頃は、安曇族が束ねていた。
現在でも信州の安曇野や愛知の渥美などは、
海人たちが移住し、住み着いた根拠を示す地である。
男女とも同じように従事していた。
平安時代から分業化がはじまったと推定される。
男は、船に乗ってカツオ漁など沖合漁業に出る。
女は子育てしながら、地場の磯で生業として海の採集生活を
営んでいた。

潜水漁法の歴史は、縄文時代からあることがわかっている。
それは、遺跡の頭蓋骨に軟骨がでていることから示される。

(中略)
海士を一文字にした
「塰」という和製漢字(合字)があり、
鹿児島県種子島の塰泊(あまどまり)という
地名に用いられている。

中国の水上生活者を意味する「蜑」(たん)、
「蜑家」、「蜑女」という表記を用いて、「あま」と読む例が
近世の文書に見られる。例えば、『南総里見八犬伝』に、
「蜑家舟」と書いて「あまぶね」と読む語が登場する。

(引用ここまで)




★海女(海部、海士)について
 http://veeten.cool.coocan.jp/yaponesia/ryoshi/ama.html


★中国の倭人伝が示す倭国
 http://www.max.hi-ho.ne.jp/sundaymorning10/pindex.html


★倭人=水人=白水郎
 海の道・貝の道・倭人水人白水郎考
 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/53543273.html


★倭人と刺青
 http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1277.html


★【黥面文身】について
 http://www.geocities.jp/ydna_d2/geimenbunshin.html
 geimenbunshin.jpg
 (左)縄文人が鯨面文身をした土偶
 (右)ジャラワの男性(1930)


★安曇氏の経歴と分布
 http://azuminorekishi.sakura.ne.jp/siryou.pdf


日本全国の素潜り漁を行っている地域と
安曇氏族の分布の関連が興味深い。


★安曇族(阿曇)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/55199535.html


★信濃安曇族の変遷
 http://www.geocities.jp/silverassoonas/azumisi.htm


★伊勢の白水郎の 
 朝な夕なに 潜くとふ 

 万葉歳時記 一日一葉
 http://blog.livedoor.jp/rh1-manyo/archives/29938377.html




韓国の海女の6割が済州島で
それ以外は半島南部の海岸線に点在するのみ。
その理由は


★朝鮮半島の倭と日本列島の倭
 http://blog.goo.ne.jp/dogs_ear/e/99966d9deb33daa2ab8224cfef65b589
   wa769f580a3a4ade034a7fdad3eea6d547.jpg
中国歴史書のいうところによると、
朝鮮半島南部の沿岸部と島嶼部一帯には、
紀元前のかなり早期から倭人が住みついていようである。

3世紀に現地調査した記録による『三国志』韓伝によれば、
倭人は辰韓で産出する鉄を韓人やワイ人に混じって
採掘していたという。また、朝鮮半島の倭人居住地帯に
近いところでは、辰韓人の男女は倭人と同じ文身をしており、
馬韓人にも文身をする者がいたという。
※『倭人の来た道』でも触れているが、
これらの倭人については、九州から半島へ進出した倭人と、
長江河口から九州を目指して海へ乗り出した中で、
五島列島をすり抜けて朝鮮半島に漂着した人たちが
混じっていたことを想定する。
両者は半島に渡った時期もルートも違うが、文身をする習俗と
長江流域民族の言語は共通する。

同族と分かることから、比較的簡単に融合したものと思われる。

実は、朝鮮半島南部域は、縄文晩期から「倭人」の影響が
及んでいたことが判明している。
それを証明することになったのが、中国浙南の石棚墓群である。

(中略)
  wa69f7f31ffec5ac9b04464eb0eb84ea64.jpg
半島南部の韓人は基本的に海洋民ではなかったことと、
黒潮の支流になる対馬海流の流れが速いこともあって、
韓人が積極的に海船で出かけた様子はない。
そうしたことから、九州からもたらされた物や文化が
多かったろうことも無視できない。
また、朝鮮半島からの物や文化のほとんどは、
倭人と呼ばれた水人の手で運ばれたものと思われる。
縄文から弥生時代にかけて日本列島にもたらされた
稲作を含む大陸文化の多くは、これまで考えられてきた
朝鮮半島経由ではなく、図で示した通り長江河口からの
直接渡来だったと私は考えている。

(続きはリンク先で)


★日本と済州島(オロモルフ)
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/saisyuu.htm
2.済州島の伝説
(略)
李朝初期に編纂された『東国奥地勝覧』
『高麗史』に、次のような神話が
書かれているそうです。

 昔、島の中心のハルラ山の麓の地面が
 急に膨れあがって三つの穴があき

 その穴から一柱ずつ神が現れた。
 神々は島に女性も家畜もいなかったため
 寂しい思いをしていたが、ある日、
 東の浜辺*に大きな木の箱が流れ着いた。
(*:済州島の真東わずか200キロが五島列島です)
 あけてみると中に石の箱があり、その中から
 老人と三人の女神と家畜や五穀の種が出てきた。
 老人は語った。
 「自分は日本の神の使いであるが、
  さきにこの国を開くため、神の子三人をおつかわしに
 なったところ、配偶者がいなくて困っているときこしめされ、
 更にこれら三人の女を送って大業をなさしめようという
 思し召しである」
 そして老人は雲の中に姿を消した。
 三人の男神は喜んでこれらの女神と結婚し、田畑をつくり
 子供を産み増やして、済州島を栄えさせた。

 
この三つの穴の伝説の地は、観光名所になっているそうです。

この伝説は、
呉善花さんも初期のエッセイの中で語っています。
呉さんは済州島の生まれで、
若いころからこの伝説を聞いていたそうです。
(韓国のある新聞では、
 この伝説が気に入らないので、
 三人の女神は百済王の姫だという話に
 すり替えているそうです)


(引用ここまで)



済州島に残る伝承は、ハルラ山の噴火と、
日本から運ばれた家畜や五穀の種で
田畑を作り栄えることが出来た
『日本書紀』における済州島の古名忱弥多礼(トムタレ)
の歴史なのだろう。

この神話では、
済州島には女性がおらず、日本の神の使いが
島に3人の女神を遣わした
というのだから
「済州海女」が「日本海女」の起源では無いですよねwww

旧石器時代の日本産黒曜石の伝搬ルートでも
証明されるのではないかな。
神津島産の黒曜石が本土で発見されたり
日本産出の黒曜石が、大陸や朝鮮半島・ロシアまで
伝搬されていたり・・・

 kokuyouseki_2016110501564666d.jpg
 http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn1/001honnronn_09_1kokuyouseki_umi.html



日本を出し抜いて、
「済州島海女」をユネスコ登録しようとしている韓国。
しかし、
魏志倭人伝などに見られる倭人と海女の歴史を観れば
「日本の海女」の歴史と「済州島海女」は切り離せない。
日本政府はきっちりとユネスコに期間内に反論しないと
中国のように、韓国に「端午の節句」を登録されて
本来の歴史的ルーツを盗まれてしまう。

歴史問題には、政治的配慮なんて要らない。

倭人と、日本の海女の歴史なくして、
「済州島海女」は語れない!




政治 ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

韓国は、昔からユネスコを歴史改竄のために利用しているそうです。

韓国がユネスコに迷惑をかけまくっている件 - 日韓問題(初心者向け)
http://ch.nicovideo.jp/ooguchib/blomaga/ar673777

韓国が日本の伝統文化の起源を捏造して申請し、それにユネスコがお墨付きを与えるというやり方だそうです。

No title

韓国人女性画家の贋作を本物と信じて購入した韓国国立美術館が、画家本人が本物否定しても、贋作者が贋作告白しても、本物と言い張り、ついにフランスの鑑定機関が贋作認定という結果に。
https://mobile.twitter.com/Che_SYoung/status/795182685148712960

美術館の今後の処し方は不明ですが、この件を報じた東亜日報は歯切れが悪いですね。
フランスの鑑定機関の贋作認定を報じつつも、疑っているような気配を匂わせているのよね。
http://japanese.donga.com/List/3/05/27/775030/1


自分が一度信じたことを疑い前言撤回するには、相当のヤバイ覚悟が必要なお国柄らしいですね。
プロフィール

あや

  • Author:あや
  • 韓流に嵌った母と義母の為に
    韓国情報を調べていたら・・・
    韓流ブームに仕掛けられた
    怪しい罠に気付いてしまった。
    韓流の闇と、利権や陰謀
    仕掛け人を徹底研究!
ランキング
ランキングに参加しています!
最近のコメント
最近の記事
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
ブログ内検索