【韓国】世界初の強制動員被害国である韓国の被害記録を世界記録遺産に登録推進へ

★【韓国】
 世界初の強制動員被害国である
 韓国の被害記録を
 世界記録遺産に登録推進へ

 厳選!韓国情報 2016年10月06日
 
http://gensen2ch.com/archives/66287896.html
■イ・ミョンス、日帝強制動員世界遺産登録出る
dtニュース24(韓国語)
http://www.dtnews24.com/news/article.html?no=401748
国会安全行政委員会所属イ・ミョンス議員(セヌリ党)が
日帝強制動員&平和研究会、アルゴー人文研究所と
共同で7日、国会議員会館2階第9懇談会室でシンポジウム
「日帝強制動員の歴史、世界反戦平和の資産
-世界記憶遺産登録推進戦略」を開催する。

また、世界初の強制動員被害国であるわが政府が
被害事実を調査して集大成した
日帝強制動員関連記録物の世界記録遺産登録
ための具体的方案を提示する席を用意する。

シンポジウムとソウル地域現地踏査で構成された
今回の行事は、国内最高の専門家たちの発表と
討論を通じて世界遺産の意味と昨年、釈然としない
理由で登録申請できなかった
日帝強制動員関連記録物登録戦略、
アジア太平洋戦争遺跡の活用方案な
どを
深く議論する予定だ。

最初の発表者、アルゴー人文社会研究所
オ・イルファン代表研究委員は
‘世界遺産と記録・記憶遺産の現況’という発表を通じて、
世界文化遺産の概要、世界記録遺産の基本概念と
現況、世界記録遺産の地域別、国家別、記録物の
形態別分布と現況、特に‘負の(Negative)遺産’の
概念と現況などについて調べる。

引き続き日帝強制動員&平和研究会ホ・グァンム研究委員は
‘なぜ世界記憶遺産なのか
-日帝強制動員記録登録の意味と推進戦略’
という発表を通じて強制動員関連記録物登録の意義と
登録のための戦略を具体的に提示する。

三番目の発表者の韓日民族問題学会チョン・ヘギョン学会長は
‘記憶遺産を越えて-韓半島、アジア太平洋遺跡活用方案’
という発表を通じて、アジア太平洋戦争遺跡の
文化コンテンツ活用方案
を提示することになる。
(後略:他の参加者紹介)

▼セヌリ党イ・ミョンス議員が7日、国会議員会館で
 日帝強制動員の歴史を世界記憶遺産登録するための
 シンポジウムを開催する。(資料写真)
  cb7b1aa8-s.jpg

(引用ここまで)  




国家総動員性による徴用ですから、
朝鮮人だけでなく
日本人も、併合中の台湾の人達も徴用されました。
当時は「日本国民」ですから!
(だから、内地居住の朝鮮の方も参政権が有り
 地方や国の選挙に立候補し当選する人もいた)

戦地への徴用は赤紙召集、
労働者の動員は白紙召集です。
この他に、学徒動員があります。

私の母の兄は、学徒動員で北海道に行きました。
何カ月も毎日毎日、
北海道では防空壕と道路を作る作業をしたそうです。
伯父は、ガリガリに痩せて帰ってきたそうです。
でも、サヨクの人達から「強制動員」とは言われませんね。


★【白紙召集】前線も銃後も総動員の
 大東亜戦争【産業戦士徴用】

 http://写真週報.com/number80-s14-8-30/
  kuso80cover.jpg




★朝鮮日報の驚くべきコラム
 http://blog.goo.ne.jp/hasechu3/e/68ff5364116fa71e3d038b3146f042aa
(引用開始)
「1944年頃の九州の炭坑では、
 朝鮮人の月収は150~180円と高給でした。
 当時の巡査の月給(45円)の3~4倍で、
 大卒事務系初任給(75円)の2倍以上でした」
と言われていますが、これも強制労働でしたか?

終戦前の7ヶ月間だけ、朝鮮人にも徴用がありました。

(中略)
1965年に「朝鮮人強制連行の記録」を出版した
朝鮮総連の活動家、朴慶植という人物が、
強制連行を捏造しました。


朴慶植の「朝鮮人強制連行の記録」は、
鎌田澤(沢)一郎の著書「朝鮮新話」
320ページを一部引用しています。
   kusoimg_2.gif

「朝鮮新話」の、
「但(ただし)総督がそれまで強行せよと命じた
 わけではないが、上司の鼻息を窺ふ
 朝鮮出身の末端の官吏や公吏がやつてのけたのである。」

の部分を、わざと省いたのです。

   kusoimg_3.gif

(全文はリンク先で)


兵庫生まれで元キリスト同信会伝道者
藤尾正人氏のコラムより

★<朴慶植君> 君子のまじわり
 http://www.t3.rim.or.jp/~fujio/YUZURIHA/pak.html
初めて朴君の名を知ったのは、
東洋大学文学部史学科のあるゼミで、
顔を合わせたのが最初だ。
「出来る人だな」という印象を持った。
ある時停留所までの道で「生活がたいへんでしょう」と聞くと、
「同胞の関係で仕事もあります」とのこと。
それは一九四七年ころで、ああそうか、
かえって敗戦後の東京では、朴君のほうが
いろいろルートがあるのかと感心した。


たしか、一九四九年晩秋のころ、
駿河台のアテネ・フランセの中級のクラスでまた
彼と顔を合わせて、「わが党の士ここにあり」の感を深くした。 
そのあと音信がとだえたが、一九五五年冬長野市で開かれた、
第四回日教組教育研究集会の「差別と人権分科会」
席上で出会った。私は日教組が招待してくれて、
広島大学の長田新先生と同宿、同室だったが、長田先生と
出かけたその分科会で、立ち上がって熱心に話している
朴君を見た。
当時東京の在日朝鮮人学校は都立になっていて、
それを今のように各種学校に移そうとした時期で、

朴君はそれを訴えていたのだろう。

東京に帰り、十條の彼の勤める朝鮮高校の門をくぐると、
キム・イルソンの胸像や、北朝鮮の旗がひらめいていた。
(引用ここまで)


藤原氏はキリスト教無教会主義のお一人で
2002年10月27日に、同じ無教会派の
SEALDsのリーダー・奥田愛基君が通った
キリスト教愛真高校で創立記念講演をしています

http://www.t3.rim.or.jp/~fujio/KINKYOU/kinkyou02.html




★「朝鮮人強制連行実数
 カウントプロジェクト」の提案

 『むくげ通信』185号/2001年1月
 飛田 雄一
 http://www.ksyc.jp/mukuge/185/hida.htm
強制連行に関する調査研究は、1960年代の
朴慶植『朝鮮人強制連行の記録』(未来社、1965)
を嚆矢とし
、70年代には「朝鮮人強制連行真相調査団」による
全国的な調査が行なわれ、いくつかの書籍も出版されている
(金英達・飛田雄一編
 『朝鮮人・中国人強制連行・強制労働資料集1994』
 1994、神戸学生青年センター出版部、巻末文献目録参照)

(中略)
最近私は、日朝国交回復に関連するブックレット
(明石書店)の強制連行の項目を担当することになって
朝鮮人強制連行に関するこれまでの記述を
あらためて読みなおしてみた。  

(引用ここまで)


★人と出会い、現場と向き合う
 ~飛田雄一さんに聞く、
 私とキリスト教と多民族・多文化共生~

 日本クリスチャンアカデミー
 関東活動センター
 http://www.academy-tokyo.com/program/2016/09/pg-382.php
神戸学生青年センター館長である飛田雄一さんは、
在日外国人の権利獲得をはじめとした様々な運動に
関わり続けてこられた1 人のクリスチャンです。


(引用ここまで)
 http://www.taminzoku.com/news/kouen/kou0308_hida.html
 

様々な運動とは・・・
★富坂キリスト教センターの出版物
 http://www.tomisaka.jp/publication/book.htm
脱原発社会と未来世代への責任研究会
沖縄における性暴力と軍事主義研究会
•日本軍の慰安所制度とたま子さん(川田文子)
天皇制と軍事主義
 沖縄の「慰安婦」問題から考える
(山下明子) 
•日本キリスト教協議会と「慰安婦」問題、
 そして沖縄との連帯 第39回総会を検証する(大嶋果織)
•沖縄戦から70年「辺野古新基地」問題と軍事主義(安次嶺美代子) 
•沖縄社会を拓く 戦後70年、女たちの活動と歩み(山城紀子)

(中略)
《論説》
キリスト教と天皇制 TCC編
 「キリスト教と天皇制」プロジェクト概括と展望・
 ・・・・(片野真佐子)
•キリスト教と天皇制プロジェクトと土肥昭夫先生
 ・・・・・(原 誠)
•共同討議〈キリスト教と天皇制〉・・・・・(上中 栄)
•天皇制とキリスト教研究会に参加して・・・・・(松岡正樹)
•学際的研究会「キリスト教と天皇制」設立の意図
 ・・・・・(鈴木正三)

(中略)
北朝鮮の食糧危機とキリスト教
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亡命者インタビュー (飛田雄一


【書評】「富坂だより」22号
 http://www.tomisaka.jp/tccnl/td22.htm#publication
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1992年NCC代表団が北朝鮮のピョンヤンを訪問し、
家庭礼拝に参加した

(左から3番目:鈴木正三TCC総主事〔当時〕、
 中央:辻教団議長)

(中略)
『北朝鮮の食糧危機とキリスト教』は
1997年前後から明らかになっていった
北朝鮮の食糧危機に驚いて、
富坂キリスト教センターで始めた
「朝鮮食料危機 支援ニュース」活動から始まった。
(中略)
(3)これからわれわれがすべきこと

ところが、日本の状況は拉致問題一色で、
餓死のニュースはどこを見てもありません。
しかし、資料集の年表を見てもらえば分かりますように、
拉致事件が起こって約20年間、政府は知っていたのに
沈黙していたのです。そして社会問題になってから
政府はこの問題を突然取り上げるようになり、
丁度阿部政権の時代に、この拉致問題を梃子に
日本を急激に「国民保護法」などで軍事国家化に
誘導したのです。
そして、その流れの中で北への食糧支援を法的に
完全ストップさせました。


たしかに、北朝鮮と日本の間には2002年の
日朝ピョンヤン宣言で明記された第二次世界大戦の
賠償問題と国交正常化問題が横たわっています。
そして、
戦前の歴史には朝鮮半島から日本へ強制拉致した
巨大な問題が未解決なのです。

北朝鮮から見て、
この賠償問題と国交正常化を経ずして、
現在の拉致問題を解決できる道はない
と考えるのは当然でしょう。

(中略)
そこで、われわれは提案したいのです。
拉致問題は圧力と対話の両輪で解決できる問題ではない。
あくまでも人道問題として解放させるべきである。
政治化させ、政治に利用してはならない。しかし、同時に、
国家賠償と国交正常化交渉を早期に妥結させるべく、
政府はもっと努力すべきである

この両者の解決なくして拉致問題の解決はないからである。
しかし、再発している食糧危機に対しては、
政府レベル、民間レベル共に、人道問題として、
工夫して食糧支援を再開する。
実はそれによって全体の流れを和解に持っていくことが
可能になると考えるからである。

(引用ここまで)

西早稲田界隈のキリスト教社会派の方々が
「アベ政治を許さない」運動に参加する理由
よく解りますね。
北朝鮮は、かつて「東洋のエルサレム」と呼ばれたほど
各国の宣教者が、数多くの教会を建て、信者も多数。
金正日の「チュチェ思想」は、
元々はプロテスタント一家に育った彼の思想の中に
キリスト教の影響が大きいので、北朝鮮シンパの中に
日韓のキリスト教徒が多数存在するのだと思います。



★姜尚中 「キリスト教・植民地・憲法」
 (『現代思想』 1995.10)
 http://homepage1.nifty.com/fujikikaku/zainichi/kan_sanjun/199510_shiso06.htm
(6)キリスト教の完成としての象徴天皇制
(中略)
ただ戦後彼は一貫して
文化天皇制に対する思い入れがあります。
だから、象徴天皇制というのは矢内原にとっては
天皇制の完成形態なのです。

一時期の国家天皇制というのは、アブノーマルで、
象徴天皇制というのは日本のキリスト教のあり方と
調和しているという考えでしょう。

それはキリスト教と矛盾しないと思われてたのでしょう。
(中略)
その中で戦後憲法、象徴天皇制、敗戦国のもっている
罪に汚れているということをバネにしての
平和主義という、キリスト教でいうコンバージョン

これは内村に通じていますし、ドイツでいうとフィヒテに
つながっています。
内村は晩年、終末論的考えが強くなります。
日本は滅亡する、日本の軍国主義は滅亡までいくんだ。
そして日本が滅亡するということは
世界にとって救済につながる、という考えです。

これは選民思想の裏返しです。
そこに強烈なナショナリズムが見えるんです。

それは国権的ナショナリズムではなく、
もっとキリスト教的な内的に純化された、旧約聖書の
選民思想に現れてくるような、自民族、自国民が
犠牲の羊になることによって世界が救済されるという思想です。

内村は最後までこれをもっていました。
(中略)
ナショナリズムの普遍性と内的な純化は
戦後平和主義の精神的支えになっています。
その限りでは無教会の流れというのは、
戦後民主主義の中である面でうまく、というよりは
無教会が考えたようなある種の理想状態というのが
敗戦を通じて戦後民主主義の中に実現したのです。
内村がいうように、
日本の滅亡で
世界が救われるわけですから

戦後民主主義の中で
日本は唯一の平和憲法をもって
これだけ罪の汚れの中で再生する

ということなのです。


(引用ここまで)



 
国民徴用令は、
日本本土は1939年(昭和14年)7月から
朝鮮では、1944年(昭和19年)8月8日に、
国民徴用令の適用を免除されていた朝鮮人にも実施する、
とした閣議決定がなされ、1944年9月より実施。
1945年8月の終戦までの11ヶ月間実施される。
日本本土への朝鮮人徴用労務者の派遣は
1945年3月の下関-釜山間の連絡船の運航が困難に
なるまでの7ヵ月間であった。

では、
京都大学の新聞検索システムを見てみましょう。
(関西から九州までの新聞タイトルのみ)
【密航】という検索ワードを入力すると
該当件数は、734件です。

気になった新聞タイトルを抜粋してみました。


★戦前日本在住朝鮮人関係
 新聞記事検索1868-1945

 http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~mizna/cgi-bin/shinbun/shinbuns.cgi?midashi=%CC%A9%B9%D2&shinbun=&local1=&local2=&bunrui=&_ymd=no&year1=&month1=&beforeyear=&beforemonth=&afteryear=&aftermonth=&karayear=&karamonth=&madeyear=&mademonth=&perpage=100&page=6
364『憧れの内地へ、が生む密航の悲劇
   /玄海を越える月百名の潜航者
   頭を悩ます取締当局』

 大阪毎日 1934/11/22 朝鮮 〔5/6〕 釜山・朝鮮 【渡航】

464娘まで売って密航/二組=四十七名門司で取押え
   /哀れ・船室に鮓詰め//当局も舌を巻く
   /鮮かな密航船の手際/内地人が中心に暗号連絡』

 大阪毎日 1936/3/15 北九州 〔5/3〕 門司・福岡 【渡航】

468女学生に化け/鮮人酌婦が密航
   /七日宇部署から送還』

 大阪毎日 1936/4/8 山口 〔5/8〕 宇部・山口 【渡航】

507『六十余命の密航朝鮮人/うち廿名検挙』
 大阪毎日 1936/12/23 山口 〔5/5〕 下関・山口 【渡航】

516志佐町へ上陸した百余名の大密航団
   /八十余名は発見送還さる

 大阪毎日 1937/1/7 長崎 〔5/3〕 北松浦郡・長崎 【渡航】

573四百廿余名の密航鮮人/内地へ続々と侵入
 福岡日日 1938/1/30 〔1/2〕 ・福岡 【渡航】

583『朝鮮人の密航団/きのふ男女数十名姪浜から
   二回に分れて上陸(早良炭坑、赤坂炭坑などに潜入)』

  大阪毎日 1938/3/15 福岡 〔5/10〕 福岡・福岡 【渡航】

587炭山景気に憧れて白衣の群ラッシュ
   /密航鮮人もその反映
  (飯塚署管内に6000余居住)』

 大阪毎日 1938/3/22 北九州 〔5/9〕 飯塚・福岡 【渡航】

603『密航鮮人七十名が上陸/また南田平海岸に』
 大阪毎日 1938/5/29 長崎 〔5/12〕 平戸・長崎 【渡航】

606『警官隊が乗込み密航船内で大格闘/船は沈没、
   百余名の密航者警備船に救はる』
 大阪毎日 1938/6/8 朝鮮 〔5/8〕 釜山・朝鮮 【渡航】

613『密航鮮人六十名/八幡署に捕る』
 九州日報 1938/8/18 〔1/7〕 北九州・福岡 【渡航】

624『六百余名の密航鮮人を斡旋/ブローカー遂に検挙』
 大阪毎日 1938/10/14 北九州 〔6/11〕 折尾・福岡 【渡航】

641『五百人を密航させ五千円を捲あぐ
   /密航船坐礁、船長逃走』

 大阪毎日 1939/1/21 朝鮮 〔5/9〕 北九州市若松区・福岡 【渡航】

642 『持てあます密航鮮人(南田平海岸に208名上陸)』
 大阪毎日 1939/1/22 長崎 〔5/12〕 北松浦郡・長崎 【渡航】

644.『九十余名の鮮人が密航
   /五十余名を検挙す(宗像郡岬村)』

 福岡日日 1939/2/3 〔1/7〕 ・福岡 【渡航】

656『海上活劇演じ密航発動船拿捕
   /平戸署殊勲の大捕物(今まで一千余名上陸)

 大阪毎日 1939/4/12 長崎 〔5/10〕 北松浦郡・長崎 【渡航】

657.『密航半島人の激増/きのふ五十余名姿を晦す
   /今春すでに二百五十名(唐津署)

 大阪毎日 1939/4/28 佐賀 〔5/7〕 東松浦郡・佐賀 【渡航】

666密航者百廿名送還
 大阪毎日 1939/6/7 朝鮮 〔5/12〕 釜山・朝鮮 【渡航】

696全面的検挙は困難/県の密航鮮人狩り
   /今後は取締りを厳重に』

 中国 1939/11/30 〔〕 ・広島 【渡航】

710『半島人百廿余名乗る/密航船伊万里へ
   /上陸してが発覚・検挙』

 大阪毎日 1940/1/20 佐賀 〔5/9〕 伊万里・佐賀 【渡航】

730『密航鮮人脱走/汽車で護送途中(13名中の1名)』
 大阪毎日 1940/6/28 山口 〔5/10〕 下松・山口 【渡航】

734『内地密航増加/釜山水上署で厳罰』
 大阪毎日 1943/6/15 朝鮮 〔4/9〕 釜山・朝鮮 【渡航】




さて、
「世界初の強制動員被害国である韓国」
というイ・ミョンス議員(セヌリ党)達ですが
戦後、GHQの手配した帰還船に乗らずに
日本に居残った人達は、その後どうしたかというと・・・


★北朝鮮帰国事業
 http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/34172780.html
【特集】北送から50年―対談 坂中英徳・姜昌萬 (上)
9万3340人が「地上の楽園」を夢見て海を渡った

(中略)
―北朝鮮帰国者問題とは何だったのか。
 坂中 北朝鮮帰国事業は東西冷戦時代の産物だった。
帰国した在日コリアンの97%は南(韓国)出身者と
日本生まれだが、北朝鮮を「祖国」ということにして
彼らを拉致・連行したものだ。

在日韓国人は韓国に自由に帰国できたが
それを金日成指示の帰国運動で北朝鮮に「帰国」
するように仕向けた。

1958年7月、金日成はソ連の臨時代理大使との会談で、
「日本在住のすべての同胞が
 自ら祖国に帰ってくるよう勧めている」
と語っている。
朝鮮戦争の最中、ソウルを占拠した北朝鮮軍は、
韓国人研究者や技術者9万6000人を北朝鮮に連行した。

姜 それと同じことを8年後に在日コリアンにした。

坂中 
しかし、約200人の帰国者が日本に舞い戻っている
という事実は、まやかしの帰国運動に起因する問題が
現在に至るまで存在していることの何よりの証拠。

(中略)
坂中 
ぼくの田舎の中学校でも日教組の先生
在日コリアンの生徒を呼んで
「北朝鮮に帰るように」と勧めていた。
当時、ジャーナリストも文化人も共産主義シンパが
多かったから

「韓国はダメだが、北朝鮮はいい国だ①」と言っていた。


姜 
「南朝鮮は米国の支配下で貧しい国。
 北朝鮮は工場がたくさんあって発展した国」
という宣伝の大合唱だった。

坂中 
日本人の先生に感化された子どもが親を説得する。
「北朝鮮に帰ろう、帰ろう」と。


(中略)
姜 
日本に生活基盤をしっかり築いていた人たちも帰った。
資産を売った人は一部いるが、
ほとんどの人は朝総連に寄付した


坂中 祖国愛という一面もあったのでしょうね。

姜 
それもあったでしょう。
ただ、7割ほどの人はよりよい生活を求めて
帰って行った
のだと思う。
残りの3割は祖国再建のために身を捧げようと
思って帰ったのではないか。
それに、しばらくすれば日本に帰れると信じていた。

(中略)
坂中 
70年代後半になると、北朝鮮当局の指示で
帰国者から50万~100万円単位の現金を送って
ほしいという手紙が日本の家族に届くようになる。
金を送ればいいところに住まわせてやるが、
送らなければ収容所行きだと。
そのときに家族が団結して「そんな理不尽な金は送らない」
という態度を示さなかったから、
在日コリアンは北朝鮮政府に「身代金」を脅し取られる
存在に変わり果てた。

姜 
総連の支部単位で○○支部はいくら、○○支部はいくら
という割り当てがあった。


坂中 
金正日に「人質政策はカネになる」と印象づける
ことになった。
政府首脳に億単位の金を送る人まで現れた。

姜 
今も北朝鮮の人質政策に唯々諾々と従って
巨額の身代金を送っている商工人がいる

坂中 
在日朝鮮人を厄介者と見ていた日本政府も
「北朝鮮に帰りたければどうぞ」と、帰国を容認した。
在日コリアンの中には
生活保護受給者や共産主義者が多かったから
渡りに船だった。

もっとも国際法上、帰国を止めようとしても
止められなかった⑤のだが。


姜 
とにかく、在日コリアンから身代金に反対する
動きは出なかった。
その点、日本人拉致被害者家族は違う。

坂中 
拉致被害者家族は全員の救出を目指し、
団結して問題の解決に当たっている。
一部の人は帰ってきたが、全員の帰国まで
活動を続けることで一致している。


(続きはリンク先で)


強制動員された!強制連行された!

確かに、戦中「朝鮮人狩り」が行われましたよ。
密航して山奥などに逃げ込む多数の密航朝鮮人を
山狩りをして探し出し、半島に強制送還する為にね。

娘を売ってまで
密航の手数料を工面して日本にやってきた。
これは、戦後の「北朝鮮帰国事業」で
帰国した在日コリアンの97%は南(韓国)出身者
日本生まれだというのに、サヨクの喧伝に騙されて
7割の人が「よりよい暮らしを求めて」北に帰国したように
戦前の密航者も、戦中の炭鉱景気に魅了されて
「よりよい暮らしを求めて」、海峡を渡って来たのでしょう。

北海道で、
「強制連行」の調査や慰霊碑建立活動をしている
朝鮮総連系の活動家のお父様は、
民間募集で炭鉱に出稼ぎに来たのですが
日本の共産主義者と共に労働争議に加担して
大暴れをしたために解雇されて釜山に戻ったが
「北海道汽船」の鉱夫募集のポスターを見て応募!
再び日本に舞い戻って来て

「強制労働させられた」という・・・

姜尚中の解説する
「日本が滅亡するということは
 世界にとって救済につながる
 自民族、自国民が
 犠牲の羊になることによって
 世界が救済される
 日本の滅亡で世界が救われるから、
 戦後民主主義の中で
 日本は唯一の平和憲法をもって
 これだけ罪の汚れの中で再生する」

という、キリスト教的思想による平和活動って・・・
もうね、怒りを通り越して
呆れて・・・溜息しか出ないわ。







★なぜロスやパリで
 日本軍性奴隷の話が流布するのか
 (鄭大均)

 続・慰安婦騒動を考える
 http://ianfukangaeru.blogspot.jp/2014/04/blog-post_6.html









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次から次に湧いてきますよね こういうビジネスしかできない民族なんでしょうけど(日本にいる腐れ左翼も) 日本は兎に角毅然とした態度をとるしかないのでしょうけど、これに同調しようとしている日本のこれまた腐れ左翼議員(○産党、民○党ほか)がいらない事をしないか心配です
プロフィール

あや

  • Author:あや
  • 韓流に嵌った母と義母の為に
    韓国情報を調べていたら・・・
    韓流ブームに仕掛けられた
    怪しい罠に気付いてしまった。
    韓流の闇と、利権や陰謀
    仕掛け人を徹底研究!
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