孫正義、朴槿恵大統領に4600億円対韓融資の考え示す

★ソフトバンクグループの孫正義社長
 「4600億円を対韓投資へ」 
 表敬訪問した朴槿恵大統領に

 産経新聞 2016.10.1
 http://www.sankei.com/economy/news/161001/ecn1610010002-n1.html
ソフトバンクグループの孫正義社長は30日、
韓国・ソウルで朴槿恵大統領を表敬訪問し、
あらゆるものがネットワークにつながる
「モノのインターネット(IoT)」や人工知能(AI)などの
分野で、今後10年間に5兆ウォン(約4600億円)を
目標に対韓投資を進める考えを示した。


 朴氏が、韓国はこれらの分野に力を入れているとして
連携を提案、孫氏が応じた。朴氏は
「韓国企業とソフトバンクグループが協力すれば、
 相乗効果が得られる」
と述べた。

 朴氏は若者の就職難問題を念頭に、
同グループの海外子会社などでの就業支援を要請、
孫氏はインターンシップや起業家育成などで協力する
意向を示した。また半導体分野での協力も約束した。


聯合ニュースによると孫社長は29日にはサムスン電子の
李在鎔副会長とも会い、IoTや半導体などの分野での
協力について話し合った。(共同)
.



孫正義も
ロッテ創業者の辛格浩(シン・ギョクホ、 日本名:重光武雄)
と、ソックリな道を歩んでいますね。
日本で儲けた金を、せっせと韓国につぎ込む。
菅直人元総理など日本政界に働きかけて儲け、
朴槿恵大統領など韓国政界に働きかけ、利権を手に入れる。

孫一族も、ロッテの辛一族も、
日本に来てから戦後のドサクサを経て
大金を手にするまでの経緯が
極めて怪しいのも共通点。



★あんぽん
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 (佐野 眞一著、小学館)

 孫家は、
韓国南部の大邱(テグ)近郊の辺鄙な集落にいたが、
作物が育たず、困窮を極めたため、
孫正義の祖父の時代、密航のようにして来日している。

そして、
九州の朝鮮人集落に落ち着き、そこで養豚業を始める。
さらに豚小屋の奥では酒を密造した。
そこで、生まれた孫正義の父、
安本三憲も養豚と密造をするのだが、
さらに貸金業、パチンコ業へと転身し成功をおさめる。
一方の母方の李家も、
同じく朝鮮からやって来た渡来者で、
その二世として孫正義の母親・玉子が生まれた。

 激しい人物であるが、才覚のある三憲は、
やがて成功をおさめ鳥栖の御殿と呼ばれる邸宅を建てる。
兄弟親族を雇い入れ、事業を広めるのだが、
やがて骨肉の争いがおこる。
玉子の弟武雄も三憲の下で働いていたのだが、
横領の疑いで「半殺し」にされて放逐される。
武雄は、三憲に恨みを抱き
「三憲を呼び出して川に叩き込んだ」
という。佐野眞一は三憲と武雄それぞれに会って
「半殺し」の目に遭ったのか、「川に叩き込まれた」のか
インタビューをするが、全く違う答えが返ってくる。
非常に激しい言葉で、ののしりあっている一族で、
まるで梁石日の「血と骨」を地で行くようである。

三憲と玉子が結婚して生まれた次男が孫正義である。


★『あんぽん 孫正義伝』より 
 パチンコ屋と釣堀&北朝鮮は天国

 http://new22nozawa.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-ef72.html
 son.png
   孫正義氏の父・孫三憲氏



★「カリスマ」と孫正義伝と 
 ソフトバンク天才経営者孫正義の
 戦略と生き方!ブログ連載1

 2014年02月26日
 http://blog.goo.ne.jp/midorikawa-0012000/e/ff561153c56c8f75c66806b780389b19
(引用開始)
佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落で幼少期を過ごした。
豚や羊と一緒に生活する非常に貧しく不衛生な場所
であったが、
「今だから言えるが密造酒も家で作っていた」と
週刊ポストのインタビューで述べるとともに、
父親の三憲が
密造酒製造販売と消費者金融・パチンコ業で
大成功
し、長じてはパチンコ店数十店舗を所有し、
高級車を何台も保有するほどの裕福な時期もあった
ことも明らかにしている。

また、現在韓国で暮らしている父親の孫三憲も
一時期、金融業や密造酒を家業としていたことを
明らかにしている。

孫家は父親の方針の元、将来は韓国大統領を
目指すよう教育されるなど非常に勉強熱心な家風であった。
「足が汚水につかるような場所で苦学して」
部落を出て成功した。
現在はパチンコ店の経営から退いている三憲は
パチンコは客が必ず負けるものであるので好きではない

と佐野眞一に述べている。

(中略)
孫正義氏は貧しい在日韓国人三世の子供として生まれ、
父親のパチンコ・チェーン起業等でサポートを受けながら、
いままで語られてこなかった物語(豚の糞尿や残飯まみれ
のバラックで育ち、
発明品を担保に一億円借りる
(シャープ社の当時の幹部が焦げ付き覚悟で
 金を孫正義に貸した。発明品の自動翻訳機を
 そのまま採用した訳ではない)
)で育った。
 
いままでの孫正義氏の伝記は
貧乏人から億万長者に、というシンデレラ・ボーイの
綺麗事に終始した感がある。マンガも同じだ。

(中略)
孫家と日本との関わりは三代前まで遡る。
孫の祖父の孫鍾慶(ソン・ジョンギョン)が朝鮮の
大邱(テグ)近郊から小作農として対馬海峡を渡って
日本にやってきたのは、一九三〇年代のことだった。

間もなく、祖母の李元照(イ・ウォンゾ)が
朝鮮の江原道(カンウォンド)より日本にやってきた。
やってきた……
というより強制労働者として連れてこられたのだ。

当時の韓国人・朝鮮人人種差別の映画は
「にあんちゃん」「パッチギ」「血と骨」であろう。

 北朝鮮の拉致事件のとき、孫正義は
「北朝鮮の拉致連行は、
 許せない悪いことですよね。
 でも過去には、そのずっと大規模なことを
 日本がやっていたんです。
 私たちの先祖は、何万人規模で強制連行されてきて、
 炭鉱や鉄道づくりに働かされたんです」

 
……その発端は百年前(一九一〇年)の日韓併合にあります。
「そうですね。
 彼らは自分から望んで日本にやってき
 た訳ではありません。キツイいい方をすれば、
 いわば鎖に繋がれて、日本にやってきた。
 でも悪いことをした訳じゃない。
 日本の軍部の人や、手先となった韓国の人が、
 突然、村にやってきて、銃で脅して、
 泣きながら連れてこられた。
 それって今風にいえば拉致じゃないですか。

 被害者はわすれない。加害者は忘れますがね。
 でも僕には日本へのそういう被害者意識はない。
 在日三世ですからね」

(中略)
(「あんぽん 孫正義伝」佐野眞一著作 
 小学館 二十~二十八ページ) 


おやまあ
姜尚中氏の生い立ちの苦労話とソックリだわwww
(地元の同級生からは嘘つき呼ばわりされていたが)
姜尚中自伝と元慰安婦のお婆さんと吉田清治の証言と
ロッテやマルハンの創業者の立身出世話を足したような
孫正義氏の自伝。

お爺ちゃんは小作農?
別の自伝では「両班」の出身だからプライドがあって
商売は向いていないとか何とか書いてあったけどwww




お金絡みで一族が内紛というのもソックリだ。
孫正義氏の祖父も、マルハンの創業者も
密航で渡日して、その後大儲けをしたが
ロッテの創業者・辛格浩もおそらく密航者だろう。


★ロッテ重光武雄伝
 http://blog.livedoor.jp/santama55/archives/64680572.html
「在日」の英雄・ロッテ重光武雄伝
―前川恵司 (文芸春秋1987年)


重光氏の出身地は韓国慶尚南道。
18歳の時に日本に渡り、
働きながら早稲田実業などで学ぶ。

そして戦後間もない頃、進駐軍が持ち込んだ
チューインガムに目を付け、友人らとガム工場を設立。


★ロッテの創業秘話
 2011-06-16
 http://ameblo.jp/kayano55/entry-10924994566.html
1922年韓国生まれ。1942年に関釜連絡船で来日。
苦学して1946年早稲田
韓国から日本へ渡った在日1世の重光(辛)さんは、
荻窪でドラム缶と油でポマードつくり、その後石鹸に移り
次に新大久保に移り、当時輸入規制の対象であった
天然チクル の輸入解禁を国に働きかけ、
チクルを使用したチューインガム の製造販売を始めた。
当時は社長自らリヤカー にガムを積んで移動販売を
していたらしい。そんな中、スペアミントガム と、
それに続いて発売したグリーンガム が現在まで続く
大ヒット商品となる。
その後、工場を東京都新宿区 の新大久保駅 付近に移す
(現在の新宿工場)。
1950年にロッテ新宿工場が操業を開始すると
雇用を期待した本国の朝鮮人や在日朝鮮人などが更に集まった。
簡易宿所も増え、1960年代には一時東京では山谷と並ぶ
寄せ場となっていた。」
(中略)
太平洋戦争のさなか、さまざまなアルバイトを
しながら大学に通っていた重光が、
在学中 (46年3月卒業)に事業を始めるきっかけと
なったエピソードがある。

「辛(重光)氏自身が語っているところによると、
 日頃からつきあいのあった“ハナミツ”という
  質屋を営む老人から、
 6万円を出すから工場をつくって不足している旋盤用の
 油を生産してみないかと申し出があったという。

 それで工場を始めるわけですが、いくら親しくなっていても、
 その当時の在日の置かれている立場を考えれば、
 日本人がポンと大金を出すとは考えにくい。
 しかも、辛氏はまだ学生ですよ。
 眉唾としか思えないんですがね」
(韓国紙記者)

戦時中と現在の貨幣価値を公務員の初任給や
消費者物価で比較すると、少なくとも1500倍以上。
となると、当時の6万円は9000万円以上ということになる。
日本人か韓国人かは別にしても、それだけの額を
借用書1枚で20代前半の学生に出資するとは、
にわかに信じられない。
また、ハナミツなる老人についても、質屋だったこと以外、
具体的なことはほとんど語られていないのである。

(引用ここまで)


★辛格浩ロッテ会長、文学徒から半世紀で
 40兆ウォンのグループに育成

 中央日報 2009年05月11日
 http://japanese.joins.com/article/108/115108.html
辛格浩(シン・キョクホ)会長は1940年代、
無一文で日本に渡り
半世紀で40兆ウォンのグループを築いた。
(中略)
辛会長は22年10月4日、慶尚南道蔚山
(キョンサンナムド・ウルサン)で5男5女の長男として
生まれた。
青年の辛格浩は42年、
関釜連絡船に乗って日本に渡り、新聞・牛乳配達などを
しながら文学徒の夢を抱いた。


早稲田大に通った辛会長は、日本人の友人の勧めで
カッティングオイル生産工場を設立し、事業家の道に入った。
爆撃で工場は全焼したが、崩れた軍需工場で
石けんを作って再起した。
(中略)
辛会長が日本で成功を収められたのは
誠実さと信頼感があったからだ。
創業の初期、辛会長の誠実な性格を信じて
5万円を出資した日本人投資家は、
稼働前に工場が爆撃で灰になっても辛会長を
最後まで信じたという。

当時、会社員の平均月給は80-100円程度だった。

(引用ここまで)

★ロッテ会長ら韓国に巨額資金を不正送金、
 金融当局が分析中

 韓流研究室 2014-09-24
 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-3273.html


★ロッテ
. 重光会長、逮捕免れる 
 毎日新聞2016年9月29日

 http://mainichi.jp/articles/20160929/k00/00e/030/113000c


金曜日の【ミヤネ屋】に朴一教授が出演して
ロッテの裏金疑惑の捜査のメスについて解説していた。
日本で儲けた金で韓国政府に賄賂を渡して
便宜を図ってもらいながら韓国で大財閥になっていった
経緯を解説していたが、
抜けている部分は、
ロッテは日本でも政界に癒着して大企業になっている




孫正義氏も、蓮舫党首と同じように
「日本に帰化」した事になっているが
実は二重国籍だったのでは?という疑惑・・・


★ソフトバンクの孫正義社長は、
 公文書偽造で日本に帰化したのなら
 帰化は無効になる

 2015年03月12日
 http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/b346e07d4322d75eb4880fee2ef90f25




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