漢字を廃止した韓国はすでに手遅れ、日本ももはや廃止は不可能=中国

★漢字を廃止した韓国はすでに手遅れ、
 日本ももはや廃止は不可能=中国

 サーチナ 2016-09-12
 
http://news.searchina.net/id/1618590?page=1
韓国は現在、文字の表記においては
ハングルを使用しているが、
かつては漢字を使用する国だった。
しかし、韓国では独立以降に
ハングルを専門的に使用すべきという論調が高まり、
1970年代から漢字教育が廃れ始めた。
今でも漢字の使用を復活させるべきという主張もあり、
韓国は使用する「文字」をめぐって
ずっと揺れ動いてきたと言えよう。


 漢字は中国で生まれた文字であり、
日本でも漢字が使用されているが、
日本では漢字の使用を廃止したことはなく、廃止すべき
という論調が高まったことはないのはなぜなのだろうか。

 中国メディアの今日頭条はこのほど、
日本にも平仮名やカタカナがあるのに、
なぜ日本人は韓国人のように漢字を廃止しようと
しなかったのか
と疑問を投げかけた。

 記事は、日本にもかつては
漢字廃止論者がいたことを紹介する一方、
漢字の廃止は文字の廃止にとどまらず、
 漢字にかかわる文化を捨て去ることにつながる

との見方があったことを紹介。
偏った愛国心だけで漢字を捨て去ることは
大きな損失だと指摘し、
一度漢字を廃止した韓国は
 後悔してもすでに手遅れ
であると論じた。

 続けて、中国で生まれた漢字という文化は
「すでに日本人の生活に深く浸透している」と主張したうえで、
日本人の「漢字愛」は近年拡大を続けていると主張。
書道教室や漢字能力検定協会などの存在を挙げたうえで、
漢字が1つの産業となっているうえ、
日本人の「骨の髄まで」漢字が浸透した今
日本人はもはや漢字を捨て去ることは不可能なのだと論じた。

 漢字廃止論は漢字を使用していた中国を除く国でも
存在した論調だが、廃止しなかったのは日本だけとされる。
韓国は漢字を廃止して事実上ハングルに統一したほか、
ベトナムも漢字は使用されなくなっている。

(引用ここまで)


★「日本人は韓国人より賢い選択をした」
 文字は文化、韓国の漢字廃止は
 「民族を滅ぼす」に等しい―中国ネット

 Record china 2015年4月22日
 http://www.recordchina.co.jp/a106818.html




★呉音・漢音・宋音(唐音)
 http://www.geocities.jp/johannes_schiffberg/kanji.html


★漢字と日本人
 http://www.hi-net.zaq.ne.jp/bupef907/books320.htm


★大和言葉を壊さずに
 漢字の便利さを取り込んだ
 漢字かな混じり文

 http://web.kansya.jp.net/blog/2012/06/1282.html




★漢字廃止論
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%AD%97%E5%BB%83%E6%AD%A2%E8%AB%96
(引用開始)
■朝鮮民主主義人民共和国

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では、
漢字は法律上廃止されており、朝鮮語用の文字である
チョソングル(韓国での呼び方は「ハングル」)だけが
用いられている[11]。
(中略)
かつてレーニンは、
ローマ字の採用は東洋民族の一革命であり、
 民主主義革命の一構成分子である

と述べているが、ローマ字同様表音的なチョソングルへの
全面的な切り替えによって、
この「革命」に乗ったとも言える。

■ベトナム

ベトナムでは20世紀に至るまで、公用文では
漢文が用いられ、民間ではベトナム語の表記のため、
漢字と固有語を表すチュノムの交ぜ書きも行われていた。
19世紀末にフランスの支配よるフランス領インドシナの
植民地化以降、フランス・インドシナ総督府により、
ベトナム語のアルファベット表記であるクオック・グー
(ベトナム語: Chữ Quốc Ngữ / 𡨸國語?)の普及が
進められる一方で、1919年の科挙廃止などにより、
漢字(およびチュノム)教育の重要性は、
次第に低いものとなっていった。
初めは、フランス人が作ったクォック・グーに
抵抗感を持っていた有識者、独立指導者層も、
国民教化のための手段として、クォック・グーを受け入れ

1945年のベトナム独立時に、漢字に代わる公用文字として
クォック・グーが正式に採用された。
(中略)
しかし、ベトナム語の中には漢字語(「漢越語」)の
影響が強く残るほか、一般生活の中でも、
冠婚葬祭や仏事や旧正月など、伝統行事の場に
おいては漢字がよく用いられる。

(引用ここまで)


★池上彰さん、さようなら
 http://blogs.yahoo.co.jp/koichi_cojp/33695678.html
(引用開始)
明治に入ると
福沢諭吉が著書で、漢字をいきなり廃止するのは
難しいので、使用制限をかけよととなえる(『文字の教え』)。
これが今日に続く「常用漢字」「当用漢字」の根本思想ですね。

文部大臣の森有礼が英語を国語にしようととなえる。
わが国の最も教育のある人々および最も深く思索する
人々は、音標文字に対するあこがれを持ち、
ヨーロッパ語のどれかを将来の日本語として採用する
のでなければ世界の先進国と足並みをそろえて
進んでいくことは不可能である。


その他、これまた文部大臣であった高田早苗
(もと早稲田大学総長)も、
国語を英語にせよととなえた一人である。
これらの思想にもとづき設置されたのが国語調査委員会だ。

明治三十五年、政府は国語調査委員会を設置、
調査方針は
「文字ハ音韻文字ヲ採用スルコトゝシ
 叚名羅馬字等ノ得失ヲ調査スルコト」

この国語調査委員会が後の国語審議会であります、
今は何て言うのか知りませんが。

基本理念は漢字廃止→ローマ字又は叚名であるわけですね。
この時の漢字廃止論者の大物は、
上田萬年、大槻文彦、芳賀矢一らである。

明治三十五から敗戦後の昭和二十一年にかけて
政府は漢字廃止案を何度も出している。
ことごとく廃案になったのは、
橋本進吉、山田孝雄、森鴎外、芥川龍之介ら著名人の
反対にあったからである。

(中略)
戦後国語改革が成功してしまったのは、
知識人が地方に疎開して分散し
政府に圧力を加えられなかったこと。


政府や改革論者がGHQの力をたくみに利用したこと。
敗戦は文化の敗北であったという気運が蔓延していたこと。
などが主な理由でしょうか。

なお漢字廃止の気運を高めたのは、
新聞各社だ。


読売新聞の昭和二十年十一月の社説に面白い記事がある。

漢字を廃止するとき、
われわれの脳中に存する封建意識が促進され、
あのてきぱきしたアメリカ式能率に
はじめて追随しうるのである。
文化国家の建設も民主政治の確立も
漢字の廃止と簡単な音標文字の採用に基く
国民の知的水準の昴揚によって促進されねばならぬ。


(引用ここまで)

★戦前日本語改革史考
 http://www.marino.ne.jp/~rendaico/gengogakuin/gengokenkyu/nihongoron/senzenkanaco.htm
(引用開始)
現在の漢字廃止論

最近の漢字廃止論は、主に障害学、識字研究に基づいて
行われており、議論は初期のものとは全く異なった
枠組みに移行している。

主な論者に、あべ・やすしましこ・ひでのり らがある

(引用ここまで)


★ことば/権力/差別
 言語権からみた情報弱者の解放

 [編著者]ましこ・ひでのり
 http://www.sangensha.co.jp/allbooks/index/192.htm
少数者/情報弱者の言語権とはなにか────。
はなしことば/かきことばとしての
現代標準日本語の支配的現状に疑問をもたない
多数派日本人
と、
その社会的基盤に知識社会学的再検討をくわえる。
自明性のもつ権力性・差別性に社会学/
社会言語学から根源的な異議をつきつける注目すべき論集。

(引用ここまで)


■ましこ・ひでのり
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%93%E3%83%BB%E3%81%B2%E3%81%A7%E3%81%AE%E3%82%8A
中京大学国際教養学部教授。
日本解放社会学会理事
 http://sociology.r1.shudo-u.ac.jp/liberty/taikai/taikai32.html
法政大学沖縄文化研究所国内研究員。
沖縄大学地域研究所特別研究員兼務

一橋大学法学部卒業。一橋大学で田中克彦に出会う。
エスペラント普及運動に関わる。


■田中克彦
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E5%85%8B%E5%BD%A6
専門は社会言語学。モンゴル研究も行う。
言語と国家の関係を研究。一橋大学名誉教授。

はじめモンゴルの社会主義革命を支持する立場からの
著述を行っていたが、その後左翼的立場からする
言語論を
多く執筆

漢字の多用は『書き手の知識のひけらかし』及び
『言葉の力の貧困さ』の証明」と言いきって、
中国の簡体字や、
漢字を廃止したベトナム・南北朝鮮を見習って
日本は漢字から脱却したうえで
長い時間をかけてでも仮名もしくはローマ字による
日本語独自の表現を追求するべきだ
、と主張している。

(引用ここまで)


社会主義革命を支持する立場から、
北朝鮮のように、レーニンの
『ローマ字の採用は東洋民族の一革命であり、
 民主主義革命の一構成分子である』
の言葉に
乗っかるようなサヨク社会言語学者が
自分の氏名の漢字表記まで否定しているのに
漢字を多用して、「漢字廃止論」や「人間解放」を
論じているのは実に滑稽だ。


かんじという けんりょくしゃのひょうきを すべてひていして
にんげんのかいほうを じつげんしたらいかがなものだろう?





漢字廃止論者らの
「かんじをはいしした
 べとなむ・なんぼくちょうせんを みならって
 かんじからだっきゃくして かなもじにする」
事が、
文化国家の建設や民主政治の確立となり
国民の知的水準が高揚すると・・・

今の韓国を見ていると、そうは思えんのだが・・・






★漢字とカナの読み書きの
 脳活動の違い

 http://www.zebra.co.jp/handwriting/kakikata/shoji/kanji.html
 kanji_img_shoji_01.gif
「読む」という行為でも
漢字とカナでは脳の回路が異なります。
カナ文字を読む回路は、
視覚野→左角回→ウエルニケ領野であり、
漢字を読む回路は、
視覚野→左側頭葉後下部→ウエルニケ領野となります。

また「書く」回路も
カナでは、ウエルニケ領野→左角回→体性感覚野となり、
漢字では、ウエルニケ領野→左側頭葉後下部→視覚野→
左角回→体性感覚野となります。


更に詳しく
★脳は文字をどこで読むのか?
 北海道大学研究論文
 http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/24369/1/4_P13-21.pdf




前回、日本人の美意識について考えてみました。
http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-4398.html

その中で、日本人の母語と脳の使い方と
美の感性の関連性についての一例を紹介しました。


”虫の音や雨音を
 日本人は人の声と同様に言語脳(左脳)で
 聞いているのだそうだ。
 この特徴は、世界でも日本人とポリネシア人だけで
 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=156169
 西洋人は虫の音を機械音や雑音と同様に
 音楽脳で処理する。
 中国人や韓国人も西洋型を示すそうだ。
 さらに興味深いことは、
 日本人でも外国語を母語として育てられると西洋型となり、
 外国人でも日本語を母語として育つと
 日本人型になってしまう、というのである。”


「蝉時雨」という表現が、まさにそれですね。

この脳の働きは
日本語は一語一語(一拍一拍)に母音が必ず伴う
言語だからと言われています。
日本人の脳は
言語(母音・子音)、情動的な人声(喜怒哀楽の声、ハミング)、
虫や動物の鳴き声、波や雨音、邦楽器音などを
左脳で受容する。
「西欧近代」思想に染まった人々は、
この日本人の脳活動を異質な物として考える。
欧米列強に近づくには、西欧の言語もしくは
漢字を廃止してカナやローマ字にすれば
欧米の理性と合理的思考が身に付くと考えた。
よく日本人の思考回路を
「ガラパゴス」と卑下する風潮があるが
『続日本人の脳』という本の中で
角田忠信氏と渡部昇一氏の対談が掲載されている。
渡部氏は、日本語を
「原始のしっぽ」という言葉で表現している。
日本語こそ、最古の「普遍」言語の姿を残すものでは
ないかと提起している。
原始、人間は初め皆、日本人的な脳の使い方を
していたのではないか?
他民族の侵略や支配、固有言語を持った「宗教」の襲来などで
原始の言語(=脳の使い方)という「しっぽ」が断ち切られ、
新言語に切り替わっていったという。
日本人と日本語とは、その「原始のしっぽ」を残す
稀有な民族であり言語ではないか・・・という事らしい。

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=9484


今年もまた、ハロウィーン騒動の季節がやってきますが
去年記事にしたように、
ハロウィーン(Halloween)も、元は古代ケルト人の
収穫感謝祭であるサウィン祭(サウン、サワーン)を、
古代ローマやキリスト教などが取り込んだ原始宗教行事。

http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-3853.html


古代人が、厳しい自然と向き合いながら
導き出した素朴な原始宗教の原形だから、
遠く離れた「原始のしっぽ」を残す日本にも、そっくりな行事が残る。

他民族に支配され、固有言語も文化も失った民族。
侵略され滅ぼされ、地球上から消滅していった民族。

そんな中で、人類の発祥の地・アフリカから
東ユーラシアに移り住んだころのもっとも早く
分岐した古い系統である縄文人達が、
日本列島に流入する他民族と接しても、ゆるゆると融合し
現代の日本人の遺伝子の核ゲノムに15%も残る
大古の「血」が、原始のしっぽなのだろうか・・・


★ 国柄探訪:漢字と格闘した古代日本人
 http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h13/jog221.html




中国の人達とは全く違う「漢字」の認知能力。
言語脳は環境に左右され、文化や感性を形成する。
世界観、人間観、自然観にも違いが生じる。

日本人は
表意、表音文字である日本語の漢字と
カナを読むとき、脳は全く異なる認知・認識を行う。
日本人が、漢字を視覚的には右脳で認知し、
左脳でルビを読みとり、意味を解析する。

例えば、「空蝉(うつせみ)」という言葉。
 dscn6812.jpg

元々の意味は「現(うつ)し臣」が語源で
この世の中に身をおく人間は、
蝉の抜け殻のように、仮の姿で儚いものだ
という意味の人生観から、
万葉集では、空蝉・虚蝉・打蝉という表記の漢字を
当てているのではないか・・・という説がある。


「虚蝉之 代者無常跡 知物乎
 秋風寒 思努妣都流可聞」


 大伴家持

”うつせみの、世は常なしと、知るものを、
 秋風寒(さむ)み、偲(おも)ひつるかも”

http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/three/m0465.html

この世は儚いものと知ってはますが、
秋風が寒く 亡き人を思い出します・・・


和語に漢字を当てながらも
基層となる言霊は失わない。

夏の名残りの蝉の抜け殻に
この世の人間の儚さを現して
涼しさを感じる秋風に
肌を温め合った亡き妻を偲んで
想いがつのってしまう歌。

和語に読み下すと
現代に生きる日本人にも心情が理解できますね。

明日は彼岸の入り
「彼岸」は仏教用語で有るものの、
仏教国には無い日本独特の「彼岸会」という信仰。

http://iroha-japan.net/iroha/A05_zassetsu/03_higan.html

彼の岸にいる亡き祖父母や父を偲ぶ・・・


言葉は生き物だ。
文字は単なる意思伝達の記号で
未来は全く違う形に変わってしまうのだろう。
でも、
古(いにしえ)に生きた人々と、時空を超えて
同じ心境を共有できる漢字と仮名の融合ツールは
素敵だと思うのですよ。



「秋の野に 咲きたる花を
 指折り(およびをり) かき数ふれば
 七種(ななくさ)の花
 萩の花 尾花葛花 撫子の花
 女郎花 また藤袴 朝貌(あさがお)の花」

 万葉集  山上憶良


秋の七草の「萩」という漢字は、
hagi6703d4fb.jpg
「萩」の漢字は、
万葉集の時代にはまだ無く、
平安時代になってから日本人が創った和製漢字、国字です。

万葉集で一番多く詠まれた植物で、
「芽子」という漢字を当てています。
古い株の根元から新芽が良く芽吹くことから
「生え芽(はえぎ)」が「はぎ」に転訛したと言われます。
秋の豊穣とか命(いのち)の証として
愛されたのでしょうか。
秋風に揺れる姿が、秋を代表する花として
平安の人々が風情を感じたのでしょうね。

日本漢字の「萩」の花は
中国では「胡枝子 hú zhī zǐ」です。



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左は女郎花(オミナエシ)、右は男郎花(オトコエシ)

女郎(をみな)は、万葉集では「乎美奈」と表記があり
女性一般をさす「をんな」に転じた言葉。
元々は、美人や佳人を指していました。
「万葉植物辞典」での、”オミナエシ”の漢字表記は

・乎美奈弊之
・佳人部為
・美人部思
・姫部志
・姫押
・娘部四

先に「をみな」という大和言葉が有って
輸入した漢字を当てていたことが解ります。

茎がか細くすっと立っていて
黄色い小さな花を咲かせる方を「をみなえし」
茎がごつく、毛も生えていて
白い花が少し大きい方を「をとこえし」
名前を付けて呼んでいたのです。

「女郎花」は、万葉集に14首、
その後百年以上も後に編纂された古今和歌集にも
17首と、秋の風情を感じて愛でられた花です。

万葉集では

「吾郷尓 今咲花乃 娘部四
  不堪情 尚戀二家里」


 わが郷に 今咲く花の オミナエシ 
 あかぬ情(こころ)に なお恋けり


現代語訳;
私の郷に咲いている女郎花(おみなえし)のような
可憐なあの娘のことを、
耐えられないほど恋しく思う。
きれいになったあの娘のことが・・・恋しい。



古今集では 
朱雀院の女郎花合によみてたてまつりける 右大臣

「をみなへし 秋の野風にうちなびき
 心ひとつを 誰によすらむ」


現代語訳;
女郎花は、秋の野を吹き過ぎる風に靡いて、
一心に誰に思いを寄せているのだろうか・・・



昌泰元年(898)に、宇多上皇主催の
女郎花合(おみなえしあわせ)に出詠した
藤原時平の詠んだ歌。
女郎花合とは、女郎花の花と歌とを持ち寄って
勝負を競った貴族の歌比べという粋な遊び。 



男(をとこ)と女(をんな)
「をとこもすなる日記といふものを、
 をんなもしてみむとてするなり」で始まる、
平安歌人・紀貫之による
架空の女性に成りすまして仮名文字で綴った
【土佐日記】があったね。


tosa11_2.jpg
http://1000ya.isis.ne.jp/0512.html
(引用開始)
貫之が『土佐日記』で試みたことは、
たしかに擬装である。それも二重三重の擬装であった。
 しかしながら考えてみればわかることだとおもうが、
日本人が日本文字をどのようにつくったかといえば、
これは漢字を柔らかくくずして草仮名にしたり、
漢字の一部を取って片仮名にしたわけである。

"中国的なるもの"を意識して、
初めて"日本的"なる檜皮葺き白木の建築様式に
気がついたわけだった。

唐絵があって初めて倭絵をつくれたわけなのだ。

 実は擬装は「日本」をつくりだすための、
「日本」というのがおおげさならば
「くにぶり」(国風)をつくりだすための、
必要不可欠とはいわないが、
きわめて有効な世界像装置だったのである。
おそらく貫之はそこに気がついた。
そして「言霊さきはふ国」に、
いまだおこっていない和語和文和字の表象様式
つくりだしたいと考えたのである。
 
『土佐日記』とは、そのための装置だった。

(引用ここまで)



中国的なるものを上等とする世界から
日本という「くにぶり」(国風)をつくりだすための
壮大な仕掛けかぁ・・・


★紀貫之が土佐日記に隠した秘密とは?
 ~女性のフリは暗号だった!

 http://www.geocities.jp/yasuko8787/140828.htm


やまとうたは人の心を種として、
よろづの言の葉とぞなれりける




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それぞれの言語の価値は使用する文字によって大きく変貌すると言っても良く、発音や意味の段階で変化がなくても、その中身は大きく変化する事は避けられないでしょう。
我が国の場合でも漢字がなかったら、日本語の規模を大幅に小さくしないと、まともに使いこなせない事態になりますよ。

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近現代の日本語環境に於いて、漢字の使用に関しては、規制をテクノロジーが追い越したのかなと私は考えています。日本語の電子化に貢献した幾多の企業や研究者の努力には頭の下がる思いです。
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あや

  • Author:あや
  • 韓流に嵌った母と義母の為に
    韓国情報を調べていたら・・・
    韓流ブームに仕掛けられた
    怪しい罠に気付いてしまった。
    韓流の闇と、利権や陰謀
    仕掛け人を徹底研究!
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