韓流研究室

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障害者殺傷容疑者の父の学校保護者の皆さんへ

★障害者殺傷 容疑者の父
 「息子がとんでもないことを」

 NHK 8月3日 17時46分
 
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160803/k10010620301000.html
相模原市の障害者施設で入所者が
刃物で刺されて19人が死亡、26人が
重軽傷を負った事件で、
逮捕された植松聖容疑者の父親が
「息子がとんでもないことをしてしまいました。
 申し訳ございませんでした」とするコメントを、
勤務先の学校の保護者向けの説明会に寄せました。

植松容疑者の父親は
東京都内の学校で教員を務めていて、
2日開かれた保護者向けの説明会
コメントを寄せたということです。
コメントは
校長が父親から電話で聞き取ったということで、
「息子がとんでもないことをしてしまいました。
 申し訳ございませんでした」
と話していたということです。
保護者からは
子どもに事件のことを
 どのように説明すればいいか分からない

などといった意見が出たということです。
学校では2学期が始まる前に再度、
保護者向けの説明会を開くことにしています。


被害者の母「犯人を許すことはできない」

亡くなった入所者の40歳の女性の母親が、
弁護士を通じて現在の心境をつづったコメントを
出しました。
この中で、母親は
「非常に悲しいし、つらいです。まだ信じられません。
 娘の魂が安らかに眠ってほしいと願うばかりです」と、
娘を失った悲しみをつづっています。
また、「犯人を許すことは絶対にできません」と、
容疑者に対する思いも記しています。

(引用ここまで)



自分が親として感じることは、
どちらの立場も・・・とても辛いです。

核家族化が進み、尚且つ少子化、
植松聖容疑者は、一人っ子で
郊外の住宅街で3人家族で育った。
一人っ子であることが
事件に影響したとは全く思わない。

ただ、
新しい生命の誕生や、命の終末期や、
大切な人を失う心の痛みの経験値は
現代社会では圧倒的に減少している。


昔は、お葬式は葬儀社任せではなく
自宅で全てを執りおこないました。

母方の祖母は、寝たきりだった舅の世話を
幼かった母や叔父にも手伝わせたそうです。
朝、お湯をいれたタライと手ぬぐいを
曽祖父の寝床に弟と運ぶのが、母の役目だったそうです。
大人がやった方が、はるかに早いのですが
祖母は敢えて、娘と息子に手伝わせたのです。
毎朝、寝たきりのお爺ちゃんに朝の挨拶をして
人肌に温めたお湯に浸した手ぬぐいを固く絞り
曽祖父の顔を拭いてあげるのが母の役目だったのです。
声を出す力も無くなっていた曽祖父が、
顔を拭いてあげると嬉しそうな表情を浮かべる
のを
毎朝楽しみにしていて、母は今でも思い出すそうす。

危篤状態から親戚中集まって、其々声を掛け
その最期を自宅で看取ったものです。

曽祖父が亡くなった朝、
祖母はいつものように母と叔父に
「朝の挨拶をして、顔を拭いてさし上げなさい」
言ったのだそうです。

実家の祖父は私が三歳の頃に亡くなったのですが
祖母は私が中二の頃から寝たきりだったので
母が祖母の介護をする時は、私も手伝いました。
母が外出する時は、私が母の代わりに
祖母の下の世話や床ずれしないようにと
身体の向きを変えたり、お白湯を飲ませたり、
母の介護の見よう見まねをしていました。
夜中に、疲れて眠る母を起こさないようにと
受験勉強中の兄が祖母のオムツを替えることも
よくありました。

通夜の準備は近所の家々も集まって手伝います。
お線香を絶やさぬように、遺族は
一晩中交代で亡骸の隣で過ごしたものです・・・。

昔は
初七日まで毎晩、近所の人達が遺族宅に集まり
お念仏を唱えてくれました。

「浜下り」といって、
死者の使用した茶碗を持って遺族宅を出て
海岸に下り、茶わんを割った後
その場で酒を酌み交わし、
お重に詰めた一口大のご飯を食べ
再び家に戻る葬送の儀式もきちんとしていました。

以前にも記載しましたが
沖縄地方の「ハマオウリ」という浜下りの習慣は
沖縄や奄美地方の独自文化ではなく
府中大国魂神社や諏訪神社など本土各地にも残る
先祖霊(死者の魂)と触れる習慣と繋がります。
母の実家は山奥なので、海に通じる川に行って
「浜下り」の儀式をしていたそうです。

沖縄地方や徳之島などで行われる「浜下り」行事は
日本人の、生者と死者との魂の交流の根源
死生観の根源なのだと思います。


★にぎやかに先祖を迎える
 =井之川浜下り=

 http://www.tokunoshima-town.org/kikakuka/chose/koho/photonews/140816hamaori.html
井之川集落で8月16日夕方、
伝統の「浜下り」が行われました。
井之川の海岸沿いには、大勢の住民や
帰省客が集まり、にぎやかに夕方の時間を
過ごしました。
前日に浜に建てたヤドゥイ(仮小屋)には、
墓を同じにする親族などが集まり、
持ち寄った一重一瓶で宴を催し、
先祖の霊を迎えました。

海岸線には、一族ごとのヤドゥイやゴザが並び、
親戚や友人を交えて和やかなひと時を過ごしました。
波打ち際では、その年に生まれた新生児に
初めて浜を踏ませ健康を祈願する、
ミーバマクマシ(新浜踏ませ)が見られました。

(引用ここまで)


★井之川 浜下り・夏目踊り
 http://www.kagoshima-kankou.com/event/12320/
古来、徳之島で稲作が行われていた時代より
行われてきた浜下りは、稲の収穫期に
ニライカナイから神様を迎えるため続けられて
きた伝統行事である。
現在、稲作はほとんど行われていないが、
徳之島に残る伝統行事や伝統芸能は
稲作と関係するものが多く、
農業や伝統行事において
協働することがユイワクやユイの考えに
繋がった
のではないかと思われる。

浜下りで行われる夏目踊りでは、
集落の家を1軒1軒訪ねて踊り明かす、
という鹿児島県指定無形民俗文化財である。


★ニライカナイ
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%82%A4


★常世の国
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B8%E4%B8%96%E3%81%AE%E5%9B%BD


★盛り塩(もりしお、もりじお)
 縄文人のページ
 http://blog.goo.ne.jp/huvy52g1s7/e/04ed2e2ee6222c0c142a19103af5f3d7
(引用開始)
日本由来
盛り塩の由来は神事・葬送儀礼から来たのでは
ないかとする見方がある。
葬送儀礼では葬式後に塩を撒く風習があり、
又神道の方では神棚に盛り塩を供えると言った
風習がある為である。
これは塩が清浄や生命力の更新といった
意味合いがあるからである。

日本では『古事記』に
海水で禊ぎ・祓いをした記載があり、
これを潮垢離(しおごり)と言う。

(続きはリンク先で)


★縄文時代の死生観
 http://www.lcv.ne.jp/~mine4141/jyoumon/siseikan/siseikan.htm




子どもに事件のことを
 どのように説明すればいいか分からない
 

小学生のお子さんを持つ保護者には
「自分の学校の先生の子供が
 あのような残酷な事件を起こした」事を
説明するのは、本当に困難だと思います。
容疑者の両親だって
子供を凶暴な殺人者に育てようとした訳ではなく
子供の幸せな人生を願って育ててきたのだと思う。

もうすぐ「お盆休み」ですね。
山に海に遊園地に海外に、レジャーを楽しむ
ご家庭が多い事と思います。
でも・・・
何故「お盆」という風習があるのかを、
お子さん達に説明していますか?
何故、夏祭りに「盆踊り」を踊るのか
お子さん達と考えた事はありますか?

私の住む地域は、「7月盆」なので
実家で盆棚を造り、
 bonillust_shizu.gif

ご先祖様達の位牌と父の位牌を並べ
盆提灯や盆灯篭を並べる準備を手伝いました。
子供の頃、祖母に教わったように
茄子と胡瓜で、牛と馬を作り方を
姪達や娘達に教えました。

去年亡くなった親戚の家が新盆を迎えるので
親戚一同が集まって法要の準備をお手伝いし
飲食を共にしながら故人を偲びました。

父が亡くなって、もうすぐ丸三年。
哀しみは薄れるどころか、日々、父を思い出します。
生前、もっとこんな事をしてあげればよかった。
父が生きていたら、こんな時にどうしただろう?と、
父の遺品を眺めながら思い出します・・・

故人を丁寧に弔うという事は、
「死」と真剣に向き合う事、「生きる」意味と向き合う事。
命とは何かと、真摯に向き合う事です。


保護者の皆さんが実家に帰省する際にも、
親族の「死」に直面する経験の少ない子供達に
親として、伝えることが出来る筈です。

このような事件を防ぐ、
直接的な方法ではないかもしれないけれど
「伝える」努力は惜しまないで下さい。
命の尊さは、教科書では教えきれません。
死を悼む親の姿勢を、子供達の心に焼き付けて下さい。

どうか、
お子さん達と一緒に「考える」機会を持ってください。

父が亡くなる一週間前、
介護士さんが父に
「毎日来てくれる奥さんに
 有難うって伝えたいよね」
と促してくださって
父が力を振り絞って、小さく頷いたことが
今でも忘れられません。
あの日、父が母に想いを伝えられたのも
病院で懸命に介護をして下さった
看護師さんや介護士さんのお蔭だと、
今でも本当に感謝しております。

取り留めも無くダラダラと感じた事を
UPしてしまいましたが
この事件に限らず、
子供達が命の尊さと真剣に向き合える
社会になることを祈るばかりです・・・







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