韓流研究室

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皇后陛下のご養蚕、蚕に桑の葉を与える伝統行事「ご給桑」

★皇后さま 皇居で
 蚕に桑の葉与える「御給桑」

 NHK 5月24日 11時43分
 
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160524/k10010532811000.html
 kousitu6ed112ea.jpg

皇后さまは、皇居で育てている蚕に
餌となる桑の葉を与える
「御給桑」(ごきゅうそう)と呼ばれる
行事に臨まれました。

皇室では、明治時代から毎年、
歴代の皇后が蚕を育てています。
皇后さまは、24日午前、
皇居の紅葉山にある蚕の飼育施設
「御養蚕所」で、国産の「小石丸」などの
蚕に桑の葉を与えられました。
皇后さまは、体長が6センチほどに成長した
蚕を見て「大きくなりましたね」とか、
「病気は出ませんか」などと担当の職員に
話しかけながら桑の葉を丁寧に蚕の上に
かぶせ、蚕が葉を食べる音に
耳を傾けられていました。
蚕は順調に育っていて、
今週末から来週にかけて繭を作り始める
ということで、
採れた生糸は外国の賓客への贈り物などに
使われます。

(引用ここまで)



★紅葉山御養蚕所
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%85%E8%91%89%E5%B1%B1%E5%BE%A1%E9%A4%8A%E8%9A%95%E6%89%80


★島村と「宮中ご養蚕」との
 関わりと錦絵

 http://blog.goo.ne.jp/whtomioka/e/05abda99d48ec46af6a0400e0d0a9894


★蚕種「小石丸の生まれし家」
 http://www.avis.ne.jp/~torebi/koisimaru.html

 


★皇后陛下のエピソード
 蘇る天平の宝

 http://royal.must-reading.info/main/kogo6.html
(引用開始)
皇后陛下が担われていらっしゃる
伝統文化の継承とは、ずばりご養蚕です。

古くは日本書紀に
「天皇欲使后妃親桑以勸蠶事」
という記述があります。
西暦462年に雄略天皇が后妃に
桑を摘ませてご養蚕を勧めようとされたと
書かれていて、皇室においてかなり古い時代
からご養蚕が根付いていた証左です。

米や果物などにさまざまな品種があるように、
実は蚕にも品種があります。
皇后陛下もいくつかの品種をお育てになって
おられますが、今回取り上げるのは
小石丸(こいしまる)と呼ばれる
奈良時代から続く日本古来の在来種

大正天皇の皇后である貞明皇后陛下
(ていめいこうごう)がまだ皇太子妃だったころ、
東京蚕業講習所(現・東京農工大学)を
視察になられた際に献上された品種です。

貞明皇后陛下から香淳皇后陛下(こうじゅんこうごう)に
引き継がれた小石丸のご養蚕は、
やはり美智子皇后陛下にも受け継がれました。
現在も皇居内にある紅葉山御養蚕所で
毎年春から初夏に
「掃立て」「給桑(きゅうそう)」「上蔟(じょうぞく)」
「繭かき」といったご養蚕の各作業をされて
おられるのです。

(続きはリンク先で)




★皇后陛下のご養蚕
 http://blogs.yahoo.co.jp/meiniacc/44549366.html
(引用開始)
宮城内にある紅葉山御養蚕所は、
木造二階建ての簡素な造りで、
桑園は宮城内に3カ所、
赤坂御用地に1カ所あります。
毎年200キログラム以上の繭を生産していますが、
この量は大きな養蚕農家に匹敵する収穫量です。
皇后陛下は2カ月弱の蚕期中、
「養蚕始めの儀」「養蚕納めの儀」「給桑」「上蔟」
「初繭掻き」のほか、まぶし編み、桑とりなど、
20回以上のお出ましがあります。

明治38年から飼育されている
「小石丸」という品種の蚕があります。
これは繭形が美しく、飼いやすいけれど
収穫量が少ないのが難点です。
この品種を維持していくべきか否かを、
皇后陛下にお伺いしたところ、
「残しておきたい」というお言葉があり、
現在も飼い継がれています。
この小石丸がのちに、
正倉院の絹織物を復元するのに
役立つことになりました。


皇后陛下がご養蚕に携わっているお写真を
見ることがあると思いますが、
あのときの服装は、写真撮影用に着替えているのです。
作業でお出ましになるときは、ズボンをはいたり
作務衣などを着たり、一般の人の服装と変わるところは
ありません。


上州(群馬県)は養蚕の地としても知られました。
明治4年、境町島村の田島武平氏らが、
手ほどきして以来、数多くの上州人(群馬の方々)が
養蚕にかかわってきました。
御養蚕所で奉仕したことのある人々でつくるのが
紅葉山会。
会員およそ200人のうち50人以上が群馬県人です。


(引用ここまで)




★初繭掻
 2013年 05月 30日
 http://lisacerise.exblog.jp/18873495/
(引用開始)
ご親蚕のニュースで、
皇后陛下が学習院初等科3年生の時の
眞子さまに宛てたお手紙のことを思い出しました。
このお手紙、穏やかな時を分けて頂いたような
気持ちになって、とてもほっこりとするのです。
昭憲皇太后の時代から代々伝えられてきた
ご養蚕というお仕事のこと、
一緒に蚕に桑の葉をやった思い出が綴られています。

↓以下参考のため引用------------------------------
読売新聞日曜版
2012年(平成24年)3月18日付
皇室ダイアリー No.139 皇后さま

孫に伝える「ばあば」の手紙

 しゅりしゃり、かさかさ、しゃりしゅり。
 皇居深くに立つ紅葉山御養蚕所で
何万頭もの蚕が桑をはむ音は、
どこか楽しげなリズム感を紡ぎ出す。
皇后さまが育まれ、その高質の絹糸が
正倉院宝物の復元に使われる
日本純粋種「小石丸」
たちの食欲は
特に旺盛だ。

古民家のたたずまいの養蚕所が震える
気がするほどの輪唱で食べ続ける。

 今、皇居・三の丸尚蔵間館で皇后さまの
喜寿を記念した特別展、
「紅葉山御養蚕所と正倉院裂復元のその後」
が開かれている(4月8日まで。月・金は休館)。

 小石丸で復元された正倉院宝物など
約30点を鑑賞でき、皇后さまが、自身で作った
伝統用具「わらまぶし」を使うなどして
作業される様子もパネル展示されている。


 図録を手に取ると、
温かなサプライズに出会える。
皇后さまが、小学3年生だった頃の眞子さまに
送られた手紙が載っているのだ。
「眞子ちゃんは、
 ばあばがお蚕さんの仕事をする時、
 よくいっしょにご養蚕所にいきましたね」

とはじまる孫への手紙には、
養蚕が、
「眞子ちゃんのおじじ様(天皇陛下)の
 ひいおばば様の昭憲皇太后様」
の時代から代々伝えられてきたことや、
一緒に桑の葉をやった思い出が
つづられている。


例年なら4月末頃に桑摘みが始まる。  
(編集委員 小松夏樹)

続きはリンク先で




母の嫁入り道具の一つに
祖母の織った反物で仕立てた着物が有ります。
昔は、自宅で蚕を育て糸を紡ぎ
機織り機で織っていたご家庭も多かったでしょう。

白川郷を訪れると
合掌作りの家の中に、お蚕様の部屋や
機織りの道具が展示されていて
幼い頃に祖母から聞いていた昔話の道具を
実際に見て懐かしく思いました。

母から子へ、祖母から孫へ・・・
伝統文化は伝え続けなければ
瞬く間に失ってしまうのです。
一度失ってしまうと、元に戻すのは
とても困難な作業なのです。

日本人が忘れてしまいがちな
日本の歴史や伝統文化を守り、
伝承されている人々。

皇后陛下と紅葉山会の皆さまに感謝・・・


★古墳時代の技術 機織り編
 http://donatama.exblog.jp/21548089/


★神衣祭 
 かんみそのまつり

 https://kotobank.jp/word/%E7%A5%9E%E8%A1%A3%E7%A5%AD-1157438
伊勢神宮恒例大祭の一つで,
皇大神宮および荒祭宮に
和妙(にぎたえ)(絹),荒妙(あらたえ)(麻)の
御衣を奉る祭り。
神祇令によれば,
孟夏(4月),季秋(9月)の2回行われ,
〈此れ神服部(かんはとり)等,斎戒潔清にして,
参河の赤引神調(あかひきのかんつぎ)の糸を以て,
神衣を織り作り,
又麻績連(おみのむらじ)等,麻を績みて
敷和衣(うつはたのみそ)を織りて,神明に供す,
故に神衣と曰ふ〉(《令義解》)とある。
応仁の乱以後,一時廃絶したが,
1699年(元禄12)再興され,
明治以降は5月と10月の14日に行われている。
(引用ここまで)


★神御衣の素材 
 和妙(にぎたえ)の奉職 /
 神服織機殿(かんはとりはたどの)神社

 http://isesimako.jugem.jp/?eid=469




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