韓流研究室

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東日本大震災5年、殉職された多くの方々に哀悼の意を込めて

★津波にのまれた父を思う…
 6歳の女の子は
 一度も髪を切ったことがない
 「パパがなでた髪かもしれないから」
 
 産経新聞 2016.3.11 10:30
 http://www.sankei.com/affairs/news/160311/afr1603110017-n1.html

髪に宿るパパのぬくもり

 宮城県塩釜市・高橋心陽(こはる)ちゃん(6)

 死者、行方不明者合わせて1万8千人を超えた
東日本大震災は、発生から11日で5年となる。
歳月は流れ、
変わるものと変わらぬものが交錯する被災地。
人々は胸にさまざまな思いを宿し、
復興に向けて歩みを進める。

       ◇

 「幼稚園で一番長いんだ」。
お尻まで伸ばした髪をなびかせ、ほほ笑んだ。

 宮城県塩釜市の高橋心陽(こはる)ちゃん(6)は、
これまで一度も後ろ髪を切ったことがない。
東日本大震災が起きたのは1歳の時。
津波のことも、
消防団員として避難を呼びかけながら
亡くなった父、昌照(まさてる)さん=当時(37)=

のことも、ほとんど覚えていない。

仙台市の自宅にあった家族写真は津波で流された。
「パパがなでた髪かもしれないと思うと、
 切れないんです」。

母の陽香(はるか)さん(42)にとって、
心陽ちゃんの髪は夫のぬくもりを残す大切な思い出だ。

(中略)
「こっちには来るな!」

 「おむつが欲しいからそっちに行くね」
「こっちには来るな!」。平成23年3月11日、
仙台市宮城野区の消防団に所属していた昌照さんは、
自宅に戻ろうとしていた陽香さんを電話で制止し、
保育園に長男の真心(こころ)君(8)と心陽ちゃんを
迎えに行くよう指示。これが最後の会話となった。

 昌照さんが乗っていたポンプ車は自宅から
約150メートル離れた場所で大破して見つかったが、
連絡はとれないまま。
13日に避難先で知人と再会した陽香さんは、
思わず泣き崩れた。「パパがいないの」。
傍らでは子供たちが不安そうに見つめていた。
「もう泣けない」。涙をこらえた。

 夜、おぶっていた真心君がつぶやいた。
「パパ、死んだんだよね」。思わず否定した。
「パパ、生きてるから!」。
自分に言い聞かせていたのかもしれない。
息子は背中で泣いていた。

同月30日、
自宅近くのがれきの中から遺体が見つかった。
作業着の胸と肩には家族3人の名前をつなげた
「真心陽香」の刺繍(ししゅう)。
肌は土色になっていたが、確かに昌照さんだった。
死因は頭部損傷。ヘルメットには亀裂が走っていた。

 昌照さんは最後まで住民に「逃げて」と呼びかけ、
消防団仲間に「家族を逃がせ」と促していた。
夫らしい行動だったと思う。

火葬を終え、骨壺に「心陽より軽いよ」と語りかけた。

(中略)

「なんでパパが
 死ななければならなかったんだ!」。

今年1月、真心君が突然、布団で泣きじゃくり、
枕をたたいた。
震災後、自分から父の話をすることはなかった。
父の記憶を封じようとしているのかは分からない。
葛藤が垣間見えた瞬間だった。

 髪を伸ばし続けてきた心陽ちゃんも時々、
「切りたい」と言うようになった。
「心陽に決めさせようと思いつつ、
 迷っている私がいる」と陽香さんは話す。
 
(全文はリンク先で)



●迫る津波を前に命がけで
 水門を閉めた消防団員たち
 253人の犠牲者を生んだ
 重すぎる「社会構造の矛盾」

 2011年10月11日
 http://diamond.jp/articles/-/14354
今回の震災で死亡したり、行方不明となった
消防団員は、総務省消防庁が9月に行なった
調査で253人になる。
内訳は、
岩手県が119人、宮城県が107人、福島県が27人

消防団員は、普段は自営業を営んだり、
農林水産業に従事している。
火災や地震などの自然災害があれば、
いち早く現場に駆けつけ、
人命救助や消火、復旧作業などを行なう。


 東北3県で犠牲になった消防本部の職員は
27人であるのに対し、団員は253人。
団員は非常勤特別職の地方公務員であるが、
1人につき年間で数万円の報酬しか支給されない。
災害や火事などの1回の手当は、
1500~3000円ほどだ。

 彼らが3月11日、命をかけて行なった
災害救助活動の後には、
さらなる試練が待ち構えていた。
今回は、消防団員の活動やその課題を
採り上げることで、「大震災の生と死」を考える。

 津波が来ることはわかっていた
 だが、逃げることはできなかった

(中略)
釜石市の防災課によると、
市は震災前の時点で140ヵ所ほどの水門を管理し、
そのうち消防団は77ヵ所を担当していた。
震度4以上の地震が起きたときや、
津波注意報・警報が発令されたときは、
団員がそれらの水門を閉めることになっている。

(全文はリンク先で)


●大震災で公務中に亡くなった
 消防団員の遺族に支払われる
 弔慰金が大幅に削減される事態に。

 2011年06月23日
 http://blogos.com/article/13983/


●被災地から 消防団(3)
 逃げるのだって任務

 2014年03月04日
 http://www.nishinippon.co.jp/feature/fire_company/article/73426




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 枯れ草に覆われた津波浸水域で
 行方不明者の捜索をする消防団員たち
 =福島県浪江町で2015年3月11日



私の父は、消防隊員だった・・・

子供の頃から、母は
「お父さんは、
 イザという時には出動しなくちゃいけない。
 だから、災害が起きたら
 私たちだけで乗り切らなくてはいけない。」

と、いつも自分に言い聞かせるように言っていた。

我が家が、台風で床下浸水した時も
父は緊急出動してしまい
残った家族だけで後片付けをした。
近所で火事が起きた時、
通夜から戻ったばかりの父は
礼服のまま消火活動に入って、
びしょ濡れでスス混じりの喪服と
泥だらけの靴で戻って来た日もある・・・

消防団員は、わずかな報酬を受けるだけの
ボランティアなのだ。
それぞれの仕事が終わった後の夜に集合して、
消火訓練や講習もある。
地域防災の担い手としての責務を負う。
自ら志願して、地域防災の要として
奮闘して下さっている。

高橋心陽ちゃん(6)と真心君(8)の幼い兄妹が
「なんでパパが
 死ななければならなかったんだ!」

と堪えきれない哀しみを抱えている・・・
納得できないだろう。
避難誘導をしていなけれれば、
今頃家族揃って過ごしていたかもしれない。

せめて
あなた達のパパの避難誘導によって
救われた命を誇りにして欲しい。

「自分の町を、自分の手で守る」
強い使命感で、
今夜も、住民の知らない所で、
地域は、こうした人達によって守られている。

東日本大震災では、
自衛官・警察官・消防官・消防団員・市職員・
教師・医療従事者などなど・・・
多くの人達が、職務を全うする為に
自己を犠牲にして命を落とされました。

どうか、どうか、
彼らの事を忘れないでいて欲しい。
遺されたご家族の為にも、
どうか忘れないでいて下さい。



●東日本大震災で殉職された方々
 http://tsuitou.com/fallen-hero/


●東日本大震災と殉職
 兵庫県こころのケアセンター
 副センター長 加藤 寛
 http://www.hemri21.jp/columns/columns020.html
(引用開始)
東日本大震災が阪神・淡路大震災と大きく
異なる点の一つは、殉職者の多さである。
発生時刻が平日の昼間の時間帯であり、
地震から津波襲来までの時間に、防災マニュアル
どおりに防潮堤や水門を閉めたり、
住民の避難誘導や情報収集などにあたったりした
多くの人たちが亡くなった。
消防隊員・消防団員262名、警察官25名、自衛官2名
のほかにも、役場の職員、教職員、医療機関や
介護施設の職員などを含めると、
数百人の尊い命が奪われた。


災害救援者が業務を通して経験する
心的外傷(トラウマ)体験を、惨事ストレスという。
生命の危険を感じる現場活動、悲惨な遺体を
扱うこと、過酷な環境での作業などが、
その典型的な状況であるが、
同僚の殉職はとりわけ大きな影響を、
現場に居合わせた同僚のみならず、
職場全体に大きな影響を及ぼすことが知られている。  


●震災の殉職消防団員らを慰霊 
 天皇陛下、退院後初の公務

 2011/11/29
 http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2901D_Z21C11A1CR0000/
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●天皇陛下
 「国民が心を一つに寄り添って」 
 おことば全文

 朝日新聞 2016年3月11日
 http://www.asahi.com/articles/ASJ3C3T3SJ3CUTIL00J.html
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(一部を引用させていただきます)
5年前の今日、東日本を襲った巨大地震と
それに伴う津波により、2万人を超す死者、
行方不明者が生じました。
仙台平野を黒い壁のような波が非常な速さで
押し寄せてくるテレビの映像は、
決して忘れることができないものでした。
このような津波に対してどのような避難の道が
確保できるのか暗澹(あんたん)たる気持ちに
なったことが思い起こされます。
また、何人もの漁業者が、船を守るために
沖に向け出航していく雄々しい姿も
深く心に残っています。

 このような中で、
自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする
国や地方自治体関係者、さらには、一般市民が、
厳しい状況の中で自らの危険や労をいとわず
救助や捜索活動に携わったことに
深い感謝の念を抱いています。


 地震、津波に続き、
原子力発電所の事故が発生し、放射能汚染のため、
多くの人々が避難生活を余儀なくされました。
事態の改善のために努力が続けられていますが、
今なお、自らの家に帰還できないでいる人々を思うと
心が痛みます

(中略)
 あれから五年、
皆が協力して幾多の困難を乗り越え、
復興に向けて努力を続けてきました。
この結果、防災施設の整備、安全な居住地域の
造成、産業の再建など進展が見られました。
しかし、被災地で、また避難先で、
今日もなお多くの人が苦難の生活を続けています。
特に、年々高齢化していく被災者を始めとし、
私どもの関心の届かぬ所で、
いまだ人知れず苦しんでいる人も
多くいるのではないかと心に掛かります。


 困難の中にいる人々一人ひとりが
取り残されることなく、一日も早く普通の生活を
取り戻すことができるよう、
これからも国民が心を一つにして寄り添って
いくことが大切と思います。


 日本は美しい自然に恵まれていますが、
その自然は時に非常に危険な一面を見せることも
あります。この度の大震災の大きな犠牲の下で
学んだ教訓をいかし、国民皆が防災の心を培うとともに、
それを次の世代に引き継ぎ、より安全な国土が
築かれていくことを衷心より希望しています。

 今なお不自由な生活の中で、
たゆみない努力を続けている人々に思いを寄せ、
被災地に一日も早く安らかな日々の戻ることを
一同と共に願い、
御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。
 
 
(全文はリンク先へ)





東日本大震災から5年。
日本国民が、犠牲者を悼み黙とうを捧げる。
海外でも、日本と共にに犠牲者を悼んでくださる。




こんな日に、
狂ったサヨクは五月蠅く騒いでデモ。
殉職した同僚を悼み慰霊をしたいのに、
こんな連中の騒がしいデモの警備に
当たらなくてはならない警察官の皆さん・・・

こんな日に、
毎年、便乗デモなんて狂気の沙汰だ。
静かに亡くなった方々を哀悼できないのか!
人でなし!



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http://hantenhangenpatsu.hatenablog.com/

>全国一斉黙祷反対!
 ヒロシマナガサキフクシマの責任取れ!
 天皇制いらない!



呼びかけ*反戦反天皇制労働者ネットワーク

賛同団体:
*改憲阻止!労働者・市民行動
*関西単一労働組合
*参戦と天皇制に反対する連続行動
*全関東単一労働組合*戦時下の現在を考える講座
*立川自衛隊監視テント村*
千葉高教組市川支部「ひょうたん島研究会」
*天皇制を考える会:静岡*排外主義にNO!福岡
*派兵反対実*反安保実行委員会*反原発ジグザグ会
*反原発・たねがしま
*反戦反天皇制労働者ネットワーク
*反天皇制運動連絡会
*「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会
*兵庫反天皇制連続講座 *福岡合同労働組合
*フリーター全般労働組合*労働運動活動者評議会
*労働者共闘


●排外主義にNO!in 福岡
 イオWebマガジン
 http://www.io-web.net/2010/06/blogers-ksetan/

 


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2016-03-12 (Sat) 13:20 | EDIT | REPLY |   

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