韓流研究室

ARTICLE PAGE

今井絵理子さん立候補表明会見

★今井絵理子さん立候補表明会見 
 主なやりとり

 朝日新聞 2016年2月9日20時30分
 
http://www.asahi.com/articles/ASJ296KL0J29UTFK01F.html
今井絵理子さんが9日、自民党本部で行った
参院選立候補の記者会見での主なやりとりは
次の通り。

「21歳の時、息子が『聴こえない』という
 障害をもって生まれてきた。
 私は歌しか知らないで生きてきた。
 息子に出会い、
 同じ境遇のお母さんたちに出会った。
 障害をもつ子どもたちにも出会った。
 障害に関して皆さん、
 知らないことがたくさんある。
 それをまず知ってほしい


「お母さんたち、障害をもっている子どもたちが
 明るい希望をもてる社会づくりをしたい。
 政治は希望だと思う。
 息子が大きくなったとき、
 この国に生まれてよかったと思ってもらえるよう
 頑張っていきたい」

――なぜ、自民党から立候補するのか

「山東(昭子・参院議員)先生から誘いを受け、
 山東先生の人柄や思いに共感し、決めた」

――普天間飛行場の辺野古移設問題を含め、
   沖縄の将来をどう考えるか


「基地の負担を軽減したいということは、
 皆さん共通の思いだ。自分の目で見て、
 沖縄の方々の声を直接聞いて、
 真剣にとりくめたらなと思う」

――タレントでも発信はできる。なぜ、政治家か

「より自分の思い、お母さん方の声を
 実現できる場だと思ったからだ」

――SPEEDの活動は今後どうするのか

「両立させ、歌い続けていきたい。
 歌の力も役に立つと思う。
 国会に支障が出ない限り、続けていく」

――いつから立候補を考えていたのか。
   SPEEDの他のメンバーの反応は


「(自民から打診を受けたのが)1月18日だった。
 ずっと考えていた。悩み、家族とも話し合った。
 息子や同じ境遇の子どもたちのことを思うと、
 何かしなければいけないと思うようになった。
 他のメンバーは
 「エリが決断したことだから、私たちは応援する」
 と言ってくれた。それがこの(自身の)笑顔に
 表れていると思う。メンバーのみんな、ありがとう」

――息子さんの反応は

「『ママ、手話をたくさんの方々に広めてほしい』
 と言ってくれた。
 その言葉が(立候補を決意する)
 一つのきっかけになった」


――以前、ツイッターで安全保障関連法案に
   反対とも読めるつぶやきをした。真意は


「私は沖縄出身。唯一の地上戦があって、
 たくさんの県民が犠牲になった。
 二度と戦争はしてはいけない。
 平和を守らなくてはいけない。
 しかし、
 平和を願うだけでは守れないのも現実だ。
 一昨日、北朝鮮のミサイルが飛んで
 沖縄の上空を通過したとき、緊張が高まった。
 万が一のための備えは必要だ。
 戦争をするためではなくて、平和を守る、
 皆さんの生活や命を守るために必要なことだ


――沖縄選挙区選出の島尻安伊子・
   沖縄北方担当相と選挙でどう協力するか


「島尻先生とはまだ会ったことはない。
 今日立候補を決意したので、
 今後についてはみなさんと相談して進めていきたい」

(引用ここまで)











★今井絵理子さん、参院選出馬会見 
 立候補のきっかけになった
 息子の言葉とは?

 The Huffington Post 2016年02月09日
 http://www.huffingtonpost.jp/2016/02/09/imai-eriko_n_9192104.html
(引用開始)
■「お母さんたちの声を聞いて、
   自分なりの政策を作りたい」


立候補を決意した具体的な理由については、
「障害者に対する差別や問題は、
 “知らない”というところから生まれるんだな
 と気づいたんですね。
 皆さんに、より多く目を向けて欲しいという
 思いからです」と
話した。
取り組みたい内容については、
(障害児を持つ)お母さんたちは、
 皆さんが知らないところで
 一人で苦しんだり困ったりすることが
 たくさんあります。
 お母さんたちの声を聞いて、
 自分なりの政策を作りたいなと思います

と語った。

立候補のことは、
小学5年生の息子とも話し合った。
負担をかける面がある可能性についても
告白したというが、息子からは
「ママ、手話をたくさんの方々に広めてほしい」
と言われたと紹介した。
その言葉が、
立候補のきっかけのひとつになったという。

今井氏は、
「日本という、大きくて素敵な社会に、
 自分が携わって良いのかと悩みました。
 しかし、息子のことを思ったり、
 息子と同じ境遇の人のことを思うと、
 何かをしなくてはいけないと思うようになった」

と決意を示した。

(引用ここまで)



★今井絵理子「たいせつなともだち」の
 手話ムービーを実演!&イベント出演情報

 2011年11月30日
 http://blog.livedoor.jp/joechang/archives/1501924.html



私が手話を学ぶきっかけは
阪神淡路大震災の時だった。
聴覚障害の人達が避難所生活の中で
食事の配給などのアナウンスが聞こえず
困っているというニュースに
市が主催する「手話教室」に週1回半年間通った。
応募した人達も
「イザという時に、少しでも役に立ちたい」
という同じ思いからだった。
実際に聴覚障害の人達から話を聞くと
日常生活に色々な面で苦労している。
聾学校の教育の歴史や内容を聞いて
子供達の大変さも知る事ができた。
今まで”知らないこと”があまりにも多くて
知ろうとしない社会を変えなければならないと
痛感した。

「知る」=「理解する」
今井さんが発信する言葉の力に期待したい。




>二度と戦争はしてはいけない。
 平和を守らなくてはいけない。
 しかし、
 平和を願うだけでは守れないのも現実だ。


真直ぐな言葉です。
本当に、そう思います。

こちらが、どんなに平和を守りたいと思っても
日本だけではどうにもならない問題が有ります。
憲法9条の理念と、現実との乖離問題もあります。


★憲法9条とは?
 問題点も簡単にわかりやすく!

 https://japanandworld.net/archives/3026






>「沖縄の人間は全て
  辺野古移設に反対しなければならない!」
 というファシズム的な狂気


普天間基地が危ないと言いながら
基地反対派の市民団体が行ってきた
矛盾した抗議活動にも如実に表れている。


★【揺らぐ沖縄】児童の安全より
 反対運動優先か 
 基地隣接の小学校移転

 2010/1/11(月)
 http://blogs.yahoo.co.jp/tncfn946/23057680.html
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)
に隣接し、ヘリ墜落など事故の危険にさらされてきた
同市立普天間第二小学校(児童数708人)で、
これまで2回、移転計画が持ち上がったが、
基地反対運動を展開する市民団体などの抵抗で
頓挫していた
ことが9日、当時の市関係者や
地元住民への取材で分かった。
市民団体などは反基地運動を展開するため、
小学生を盾にしていたとの指摘もあり、
反対運動のあり方が問われそうだ。(宮本雅史)

 普天間第二小は、
昭和44年に普天間小から分離。
南側グラウンドが同飛行場とフェンス越しに
接しているため、基地の危険性の
象徴的存在といわれてきた。

 移転計画が持ち上がったのは昭和57年ごろ。
同小から約200メートル離れた基地内で
米軍ヘリが不時着、炎上したのがきっかけだった。

 当時、宜野湾市長だった
安次富(あしとみ)盛信さん(79)によると、
それまでも爆音被害に悩まされていたが、
炎上事故を受け、小学校に米軍機が墜落しかねない
との不安が広がり、移転を望む声が地域の人たちから
沸き上がったという。

 安次富さんらは移転先を探したが
確保できなかったため米軍と交渉。
約1キロ離れた米軍家族用の軍用地のうち
8千坪を校舎用に日本に返還することで合意。
防衛施設庁とも協議して移設予算も確保した。


 ところが、市民団体などから
移転は基地の固定化につながる
などと抗議が殺到した。

安次富さんは
「爆音公害から少しでも遠ざけ
 危険性も除去したい」と説明したが、
市民団体などは
「命をはってでも反対する」と抵抗したため、
計画は頓挫したという。


 同市関係者は
市民団体などは基地反対運動をするために
 小学校を盾にし、子供たちを人質にした

と説明している。

 その後、昭和63年から平成元年にかけ、
校舎の老朽化で天井などのコンクリート片が
落下して児童に当たる危険性が出たため、
基地から離れた場所に学校を移転させる意見が
住民から再び持ち上がった。
だが、やはり市民団体などに
「移転せずに現在の場所で改築すべきだ」と反対され、
移転構想はストップした。


 当時市議だった安次富修前衆院議員(53)は
「反対派は基地の危険性を
 訴えていたのだから
 真っ先に移転を考えるべきだったが、
 基地と隣り合わせでもいいということだった」

と話す。別の市関係者も
「多くの市民は基地の危険性除去のために
 真剣に基地移設を訴えたが、
 基地反対派の一部には、
 米軍の存在意義や県民の思いを無視し、
 普天間飛行場と子供たちを
 反米のイデオロギー闘争に利用している
 可能性も否定できない
と指摘している。

(引用ここまで)






今まで、歌手と社会活動をしながら
シングルマザーとして子育てをしてきた今井さんが
彼女なりの視点で政治に参加する事は良いと思う。
実体験に基づいた障害者に対する問題の提議は
とても重要な仕事だと思う。

本来の社会運動とは何なのか
これを機会に考えて欲しい。


★本質からずれる日本の社会運動
 -香山リカの奇行から考える

 アゴラ 石井 孝明
 http://agora-web.jp/archives/1666390.html
(引用開始)
哲学者のニーチェは物事の認識について、
「樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら。
 それは果実だと誰もが答えるだろう。
 しかし実際には種なのだ」と例えを使った。
この言葉通り、枝葉の現象にとらわれずに
問題の本質を考えること、
そしてそこから生まれる結果を考えることを、
社会問題に向き合う際に、
私たちは心にとめるべきだ。
そして結果の充実を目指す建設的な対話や
取り組みを重ねなければならない。
人生は短く、時間や金など投じる資源は
限られているのだから。

(全文はリンク先で)



日本赤軍活動家の元カノってのもいるけどね・・・
 
  tujimoto000a5400.png
 http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/42965936.html
 


何故、この人が上から目線???
あなたも電波芸者の括り。




 

政治 ブログランキングへ
スポンサーサイト

Comments 3

トマト

民主党を見てれば、ただ賢くてもね…鳩山菅緒方ほかを見てれば今井さん立候補に文句を言えないと思うんだけど…今井さんは小さい時から仕事をしているしそれに子供さんの事もあるからしっかり現実をみて決めたんだと思う。去年出した左翼的メールからよく変わったな~って 本当に頑張ってほしいです

2016-02-10 (Wed) 06:19 | EDIT | REPLY |   

敦子

【山東昭子先生、三原じゅん子先輩、菊川 怜先輩、今井絵理子先輩などは、谷垣家と家族ぐるみの長い長い付き合いなんだと思います。】

【山東昭子先生、三原じゅん子先輩、菊川 怜先輩、今井絵理子先輩などは、谷垣家と家族ぐるみの長い長い付き合いなんだと思います。】

今井絵理子ちゃんと呼ぶよりも、私よりも年上だから、今井絵理子先輩と呼びますけど、

茂木茂充先生が「山東昭子先生から今井絵理子女史を紹介された」とおっしゃっているけど、今井絵理子先輩は小さなとき芸能生活のために沖縄県から首都圏へ上京されてから、谷垣禎一先生のお嬢様や亡くなられた奥様と長い長い間お知り合いであり、お友達であり、谷垣家と家族ぐるみの付き合いをしているのだと思います。

多分、今井絵理子先輩だけでなく、山東昭子先生、三原じゅん子先輩、菊川 怜先輩も、谷垣禎一先生のお嬢様や亡くなられた奥様と長い長い間お知り合いであり、お友達であり、谷垣家と家族ぐるみの付き合いをしているのだと思います。

だから、谷垣禎一先生も茂木茂充先生も、今井絵理子先輩の性格だけでなく、山東昭子先生の性格、三原じゅん子先輩の性格、菊川 怜先輩の性格も理解されているのだと思います。

それと、谷垣禎一先生は、日本人女子にとって、安定感と安心感がある日本人男子という感じですからね。

2016-02-11 (Thu) 11:59 | EDIT | REPLY |   

弓取り

すり替え転倒ロジックのぱよくの面々

朝鮮半島でも地上戦がありました。韓国からすれば、北朝鮮、中共シナ、ソ連が敵で、韓国には自国の基地もある。米軍もまだ駐留している。フィリピンは米軍基地が撤退したら島嶼・海域を侵略されました。
ベトナムでも地上戦がありました。東南アジアは独立運動に関連して地上戦がありました。今後、これらの国々が要所要所の軍事基地をなくすとは思えない。

護国守備にも独立平和を維持するにも、軍事基地が必要と考えるしかありません。地上戦を経験した土地であれば、なおさらではなかろうか。
ただ情緒的に戦争はいやだいやだで戦地化を免れるなら、世界は一瞬で平和になる。

沖縄だけ米軍基地はいらない、その代りに日本軍に駐留してほしい、とかならわかるけど。
あると逆に狙われて危険とか侵略されるかのような「露出度の高いマナーもコンプライアンスも欠落した平和主義」の人たちの思考がわかりませんね。まるで逆だと思う。

日本が原爆被爆国だから、近隣国の核の開発・保有するのは黙認しますという9条教の信者もわけがわかりません。

2016-02-12 (Fri) 01:17 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply