韓流研究室

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サヨクの首相靖国参拝差し止め訴訟却下

★首相の靖国参拝、憲法判断せず 
 大阪地裁、請求を棄却

 朝日新聞 阿部峻介 2016年1月28日
 
http://www.asahi.com/articles/ASJ1W71W1J1WPTIL03B.html
 安倍晋三首相による2013年12月の
靖国神社参拝で精神的苦痛を受けたとして、
国内の戦没者遺族765人
安倍首相と国、神社に1人1万円の慰謝料を
求めた訴訟
で、大阪地裁(佐藤哲治裁判長)は28日、
原告らの法的利益の侵害は認められない
と請求を棄却した。参拝が憲法の政教分離原則に
反するかは判断せず、今後の参拝差し止めを
求める訴えも退けた。
原告側は控訴する。

 安倍首相の参拝には東京地裁にも
国内外の633人が提訴しており、
今回が初の司法判断となった。

 安倍首相は13年12月26日、
礼服姿で公用車に乗り、戦没者約246万人が
合祀(ごうし)されている靖国神社へ参拝。
宮司の出迎えを受けて昇殿し、
「二礼二拍手一礼」の神道形式をとり
「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳。
私費で10万円の献花料を納めた。

 判決は、小泉純一郎氏の首相当時の参拝を
めぐる訴訟で原告の訴えを退けた最高裁判決
(06年)に沿い、
人が神社に参拝する行為は他人の信仰や
 生活を圧迫・干渉する性質のものではない

として首相の行為であっても同じと指摘。
原告らが不快の念を抱いたとしても、
個人の利益侵害として直ちに賠償を求めることは
できないと判断した。

 39都道府県や台湾に住む20~80代の原告のうち、
戦没者遺族の原告らは首相参拝で一層苦しんだと主張。
判決も、首相の参拝が原告らの内心・信教の自由や
身近な人の死を悼む方法を自ら選ぶ自己決定権に
「大きな影響を及ぼす」と認めたが、個
人の信仰を妨げるものではないと述べた。

 原告らは、集団的自衛権の行使容認などを進める
安倍首相の参拝は「戦争の準備行為」で、
憲法前文がうたう平和的生存権の侵害とも主張したが、
判決は
平和的生存権は理念的・抽象的な権利で、
 賠償請求の根拠にならない
とした。

 小泉参拝8訴訟では
福岡地裁(04年)と大阪高裁(05年)が「違憲」と判断。
これについて、今回の判決は
「その後の社会情勢や国民の権利意識の変化によって
 裁判所の判断が変わることもあり得る」と述べ、
首相参拝への憲法上の評価は時代状況に影響される
との考え方も示した。

(引用ここまで)

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★首相靖国参拝憲法判断せず
 原告の差し止め請求棄却
 -法的利益侵害認めず・大阪地裁

 時事通信 
 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201601/2016012800058
 (引用開始)
萩生田光一官房副長官は28日の記者会見で、
判決について、
「国の主張が認められたものと承知をしている」
と述べた。
首相が参拝に公用車を使用したことに関しては、
「警備上の問題だとか、緊急対応の問題などを考えると、
 公用車以外の車で移動するということは想定できない」
と話した。

(引用ここまで)


■東京新聞
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201601/CK2016012802000253.html
 原告は二十~八十代で、大学生や会社員、
 主婦のほか戦没者の遺族、
 在日コリアンらも参加。





関連記事

★首相“靖国参拝”提訴 宗教家や韓国人
 日本テレビ 2014年4月21日
 http://www.news24.jp/articles/2014/04/21/07249683.html
安倍首相の靖国神社参拝は、憲法の定める
政教分離の原則に違反し信教の自由を侵害
している
として、宗教家や韓国人ら273人の
原告が提訴。
去年12月の参拝で精神的苦痛を被ったとして
安倍首相と靖国神社、国に対し、
1人あたり1万円の慰謝料を求めた。

訴えを起こしたのは、
キリスト教徒や仏教徒などの宗教家のほか、
韓国に住む韓国人20人など計273人。

(引用ここまで)


★靖国神社は「人間の尊厳を抹殺する
 侵略の象徴」―「安倍靖国参拝訴訟」始まる

 週刊金曜日 2014年10月17日
 http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=4747
昨年12月26日の安倍首相靖国参拝の報に触れた
北海道から沖縄までの日本人と在韓の韓国人ら
273人が原告となり
、今年4月に靖国神社への
参拝の違憲確認、参拝の差し止め、慰謝料1万円
の支払いを求めて提訴。
国と首相に加え、参拝受け入れに積極的な役割を
果たした靖国神社を被告に加えた。

(引用ここまで)


★安倍首相の靖国参拝差し止め訴訟に
 中国人254人が参加=
 「弁護士が逮捕されたかな?」
 「中国で指導者を訴えられるだろうか」

 ―中国ネット
 レコードチャイナ 2015年7月19日(日)
 http://www.recordchina.co.jp/a114390.html




>安倍首相の参拝は「戦争の準備行為」

こんな言い掛かりを付けては
靖国神社を潰そうとする。
この人達を見ると、非常に不快で
精神的苦痛を感じます!
反吐が出そう・・・

あなた方こそ、
戦争責任を取っていないではないか。
『シベリア抑留』こそ、
ナチスのユダヤ人迫害と同様の犯罪行為であり
抑留ではなく拉致、捕虜ではなく奴隷!
戦争行為をしていない民間人を死に追いやった。
しかも日本人共産主義者達は
ソ連に協力し、自ら多くの同胞を虐待し
死に追いやった戦争犯罪を糾弾されるべきだ。
ソ連と共に日本人を虐殺した罪を隠して
日本国民に謝罪しないでいる連中に
『平和』を語る資格は無い!


★『異国の丘』とソ連・日本共産党(第1部)
 シベリア抑留問題から見た「逆説の戦後日本共産党史」
 http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/siberia.htm
(引用開始)
その年はもう十月に地面が凍り始めている。
日本人は早期帰国を期待し戦わずしてソヴィエト部隊
に投降したが、虜囚となった最初の数カ月で、
南洋の激戦地よりも多いくらいの人員を失ってしまった。
特にひどくやられたのが、いわゆる民間人抑留者である。
彼らは街頭からそのまま拉致された。
真夜中に寝床からたたき起こされ、あるいは、工場の
作業場から引っぱられ、貨車に詰め込まれたり、
隊列を組んで歩かされて、北へ北へと追いやられた。
民間人は兵隊より倍も年を食っているし、
衣類・靴も悪かった。
シベリアの厳冬にそぐわないものしか
身につけていなかった


(中略)
1991年ソ連崩壊後、ソ連機密資料に基づく
ロシア人研究者3人によるシベリア抑留実態が、
初めて暴露された。
それらは、マルクス主義政党が、この刑法解釈どおりの
「心理状態」で、日本国民の約6万人から9万人にたいし
“未必の故意によって
 零下40度のシベリア極寒(マローズ)殺人”
を犯し、
『強制労働死、餓死、凍死』させたことを証明した。
権力を握ったソ連・マルクス主義者たちは、
約60万人日本国民をシベリア拉致する行為によって、
10%前後の『強制労働死、餓死、凍死』が発生する
かもしれないと思いながら、
6万人程度なら死んでも仕方がないと認めて、
ソ連機密資料が暴露した“とても生存でない”ような
装備・施設・マローズ環境に拉致した。

(中略)
東アジア対策の一環として、
日本革命の中核となる日本共産党を支援・強化
するために、約60万人もの軍事捕虜を
「日本共産党支援者、または帰国後の入党者」
にすることだった。
日本共産党がもち上げられ、捕虜の考え方や
 行動の全体的なイデオロギー化が始まった』

(ヴィクトル・カルポフ『スターリンの捕虜たち』P.128)。

『あらゆる宣伝は、
 日本共産党に率いられた日本人民の
 民主主義勢力
の発展を呈示する
 ことに向けられた』

 (同、P.227)。以後、引用は『スターリン捕虜』と略す。

(中略)
    nkimage010.gif
     「反ファシスト大会」 
    スローガンは、「平和・民主主義・民族独立」
    という日本共産党の行動綱領、
    議題は「スターリンへの感謝決議文」の可決、
    1949年4月の地方大会
    (『スターリンの捕虜たち』P.224)


(中略)
第1、ソ連共産党による「ダモイ」時の
日本共産党支援方針強化と「日本共産党入党運動」


(略)スローガンは天皇島に敵前上陸
『代々木(日本共産党本部)の旗の下に集れ』
『日本の共産主義革命の達成に全力』

などである。『日本新聞』は、日本共産党の『アカハタ』
記事を広く転載した。この指令後、ラーゲリ政治局は、
捕虜全員にたいし、「日本共産党の行動綱領」
(1947年12月21日第6回大会改定)の宣伝と
教育を強化した。

    nkimage011.gif
    「日本共産党入党運動」と講習会のひとこま 
   上の板壁に「わが民族を破滅から救う共産党」の
   スローガンが掲げられている。
   左側写真は片山潜。後方左右の壁は、
   「天皇制打倒、人民政府樹立」
   「万国の労働者団結せよ」の垂幕
   (『アルバム・シベリアの捕虜収容所』朝日新聞社、
    1990年、P.34、絶版)。

 
(中略)
御田重宝『シベリア抑留』(講談社、1986年)が、
彼自身の抑留体験と綿密な取材を通じて、
日本人抑留者側からの「民主運動」と
人民裁判という名のリンチ
の描写と分析
(P.204~288)をしている。
ラーゲリ政治部の指令を受けたアクチブ・専従者が
帰還直前の抑留者たちにしたことは、
「感謝署名運動」と「入党資格審査運動」だけではない。
彼らは、ナホトカ人民裁判を開き、
旧軍将校らや「民主運動」に消極的な者を「反動派」と
きめつけ、人民裁判というリンチを加えた。
『ダモイ』のためには、アクチブ・専従者が要求する、
どんな学習・インター合唱・リンチもするという
“ダモイ民主主義”の嵐が吹きすさんだ。
この『ナホトカ人民裁判』の異様な精神状況については、
多くの抑留者が、痛恨の思いを込めて記している。
なぜなら、『人民裁判』の場で、“つるし上げ”の批判発言
をしなかったら、それだけで『反動』とされてしまう雰囲気
だったからである。
そして、いったん『反動』と見なされると、『ダモイ』が
取り消されるケースも多かったからである。

日本の帰還船を目の前にして、
“船に乗れるかどうかという恐怖”の実感
は、
私を含めて第三者ではとうてい理解できないであろう。


(中略)
第2、「ダモイ」舞鶴港での「赤旗梯団」の行動
(略)
天皇島に敵前上陸
という合言葉が引揚船を包んだ。
舞鶴港には、日本共産党が事務所を設け
熱烈歓迎した。引揚者は、『国際青年の歌』を歌い、
『歩武堂々、笑顔も見せず、スクラムを組んで上陸』した。
彼らは、『代々木(日本共産党本部)の旗の下に集れ』
と叫び、特別仕立ての復員列車に乗っても、
停車のたびに労働歌を歌いつつ、
引き戻そうとする母親を振り切ってデモをした。

(全文はリンク先で)

(第2部)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/siberia2.htm
(引用開始)
7、代々木、他での集団入党と
  多額の共産党カンパ問題

(略)
日本共産党は、舞鶴に共産党事務所を設け、
「駅前仮入党受付」をするとともに、連日機関紙
「アカハタ」で熱烈歓迎、入党よびかけのキャンペーン
をした。それだけでなく、1949年6月、日本共産党
中央委員会書記局は各地方組織あてに
「帰国兵の歓迎指令書」(マッカーサー文書・記録
グループ5)を出した。

(略)
2、共産党カンパ運動とカンパ額の推計、
  時価約21億7千万円


 ナホトカでの「ダモイ」民主主義運動、
舞鶴での行動を通じて、65203人全員が、
表向きの日本共産党支持者になっていた。
厚生省援護局は、舞鶴港で、帰還者全員に
応急支援金」として一人一律1000円を支給した
(『援護五10年史』P.56)。

「帰郷一時金」として、帰郷距離に応じて、
1000円から3000円を支給したのは、1950年1月
からである。(『援護五10年史』P.57)。

33隻のアクチブ・専従者は、
全員に「日本共産党入党」を呼びかけた。
 それだけでなく、
「共産党へのカンパ」を半ば強要した。
ある引揚者は次のように証言している。
『東京で100円、
 代々木へのカンパとしてとられ、
 岡山でも85円とられた。
 これが共産党への手切れ金である』

(御田重宝『シベリア抑留』P.280)。
いったい、日本共産党は、33隻65203人から、
どれだけの額のカンパを受け取ったのか。

(中略)
11、抑留期間中、ソ連共産党から日本共産党への
   108億円以上の資金援助問題


(全文はリンク先で)



★楽苦画飢25
 シベリア抑留死亡者遺児の会
 http://blog.goo.ne.jp/naga1937/e/0ba673ab472591a17549e33e0ba09a60
 f8cc36afca7d833a18ecb3151b05cd46.jpg
将校行李を担いだ集団は翌日人民裁判が開かれ
将校は自己批判を強いられ後で
渦巻きデモの中心に立たされ
デモに揉まれ顔は青ざめている。
デモは入所の新しい隊が先頭に始められ
帰国順序もバラバラであった。

(楽苦我記)
帰所後私達にも集合が掛かる、
全員集合で皆統制がとれて機敏である、
違反するとダモイが遅れる事も有り得るので
命令は守られて居る

(中略)
私達の集合前の宿舎前広場に円陣を作り
将校を中央に立たせ人民裁判であり、
私達の集合はその周囲を取り巻き
専従の民主化委員がアジり将校当番の当事者に
発言を促し、私達もそれに合いの手を入れる、
終わりには将校に自己批判を迫る、
次に控える儀式は
ナホトカ名物渦巻きデモである。(後略)

(解説)
数千人で30分近くやるとある。
殆ど全てのシベリア抑留記に民主化運動と出て来る、
洗脳教育、共産思想化のことだが、
何故「民主化」と云うのか不思議でならない。

(引用ここまで)


★ソ連収容所における
 日本人捕虜の生活と死

 http://www.page.sannet.ne.jp/mhvmhv/shiiborutohoukoku.html
  nk0905Chokukou.jpg




★異国の丘 
 シベリアのストックホルム

 http://blog.livedoor.jp/taezaki160925/archives/30544115.html
(引用開始)
質問;共産党をどう思うか
(第1高砂丸引揚者の吉田)
汽車のなかで東京関係者は全員入党申込を
書いたが、いまは裏切り者となるかも知れぬ。
共産党は引揚者を利用していると思われ、
きらいになった。

(略)
同僚3人も上野駅頭のデモは余り極左的に
やり過ぎたともらした。
歓迎の日の丸を破って棄てたようなことは
後悔している。
(略)

質問;これからどうする積りか
(吉田、千代田)
引揚者が真剣に考えていることは
日本を早く再建することで、
ソ連ではその方法として共産主義をわれわれに
教育した
が、帰って家族、親類の者から聞く実情
とは相当へだたりがあるので
これからジックリ考えたい。

(中略)
高杉一郎は「極光のかげに」の中で
「ことに
 『スターリン大元帥に対する感謝署名運動』と
 『日本共産党入党資格審査運動』が展開される
 におよんで、虚構は虚構を生み、
 恐怖は恐怖を生んでいった」
と書いている。
さらにナホトカ人民裁判というものがあった。
これは少しでもソ連当局主導の「民主運動」
前向きでない抑留者を吊るし上げてリンチするもので、
最悪の場合、日本への帰国を取り消される事も
あったという。

無論、ここで言う「民主運動」とは
ソ連の体制を賛美して、
日本の体制をけなすための運動である。


(引用ここまで)



20150915_seald.jpg
「アベ政治を許さない反ファシスト・デモ」 
スローガンは、
 「平和・民主主義・沖縄独立」
 「天皇制打倒、国民連合政府樹立」


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「反ファシスト大会」 
スローガンは、
 「平和・民主主義・民族独立」
 「天皇制打倒、人民政府樹立」



彼らの言う「民主主義って何だ!」

ソ連兵に拉致され、
極寒の大地で奴隷扱いで強制労働させられた
シベリア収容所内の日本共産党の
思想洗脳スローガンと全く同じ・・・

井和夫委員長の叔父・志位正二氏は
職業軍人で、関東軍情報将校だったが、
終戦後のシベリア抑留期間中の1948年4月に
ソ連諜報員となり、共産主義革命のための
特殊工作員としての訓練を受ける。

1948年11月シベリアより復員し、
1953年11月に外務省アジア局調査員となる。
戦後の外務省アジア局が売国的な活動をするのも
思想洗脳を受けた工作員の巣窟だったから・・・


だから、サヨクは大嫌い!

私の祖父母は、政府から支給される
「戦没者遺族に対する特別弔慰金」から
地元の遺族会で建立した『忠霊塔』資金を出し
フィリピンで戦死した一郎さんの為の
位牌や墓石を購入した。
年に一度、遺族会のバスツアーで
皇居へ行き、靖国神社に参拝した。
静岡の護国神社にも、遺族会仲間と行っていた。

特別弔慰金を引き継いだ父も、
忠霊塔の補修費用や清掃活動、
靖国神社と護国神社への参拝に費やした。

結婚をせず戦死した一郎さんには子孫がいないから
父は亡くなる直前まで、
兄に一郎さんの供養を頼むと懇願していた・・・。

祖母は生前、
首相の靖国参拝を批判する報道を見る度に
「兵隊さんが
 靖国で会おうと亡くなられたのなら
 お国には、靖国神社を参拝する責任が有る。
 きちんと供養する義務があるよ。
 (反対する報道に)
 これじゃ、一郎が浮かばれないよ・・・  」
と、涙を浮かべていたのを覚えている。

実家の菩提寺は、本堂の棚に
跡取りがいなくて供養できなくなった
戦死者の位牌
を預かって下さっている。
年々、ご位牌の数は増えている・・・

子供がいないので預ける人ばかりではない。
東京などに出て行ったきりの子供達に、
家を継ぐ事を拒否された年老いた親が、
泣く泣く、菩提寺に預けるのだという・・・。




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