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阪神・淡路大震災から21年

★阪神・淡路大震災から丸21年 
 各地で深い祈り

 2016/1/17 05:50神戸新聞NEXT
 
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201601/0008728780.shtml
 
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6434人が亡くなり、3人が行方不明になった
阪神・淡路大震災は17日、
発生から丸21年となった。
追悼行事は昨年より減少したものの、
地震発生時刻の午前5時46分には各地で
多くの人々が亡き人を、あの日からの歩みを思い、
被災地は深い祈りに包まれた。

 神戸市中央区の東遊園地で開かれた
「1・17のつどい」では、参加者が亡き人の名前を
刻んだ銘板をなで、追悼の象徴となる竹灯籠の
ともしびに生前の面影を重ねた。
竹灯籠は形作る文字が今年初めて公募され、
「1・17」の上部に「未来」の文字が浮かんだ。

 神戸の街を見下ろすビーナスブリッジ
(同市中央区)ではトランペットが奏でられ、
北淡震災記念公園(淡路市)では参加者の歌声が
響き渡った。追悼行事を取りやめた地域でも、
公園の慰霊碑などに手を合わせる人の姿があった。

 今年3月には東日本大震災の発生から5年となる。
東北から訪れた遺族らも鎮魂と復興への思いを
共有した。(高田康夫)




今朝は、5時に起床して準備。

午前5時46分
西の方角に手を合わせて黙祷・・・。

日本列島の歴史は、自然災害の歴史。
古の昔より、
地震や津波、火山の噴火、台風、洪水など
数々の自然災害に見舞われ多くの被害に遭った。

母の実家でも
1707年の富士山の「宝永の大噴火」で
屋敷も田畑も墓地も、降り注ぐ火山灰で
全て焼失したそうだ。

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 http://www.cbr.mlit.go.jp/fujisabo/jimusyo/fujiazami/fujiazami_66/fa66-1.html

宝永4(1707)年10月4日、
東海から紀伊半島・四国にかけて巨大地震が襲った。
これは東海・東南海・南海の連動地震で、
マグニチュードは8.4と推定されている。
この巨大地震とそれにともなう大津波は、
甚大な被害をもたらした。
49日後、この大地震に連動して、
宝永4年11月23日(1707年12月16日)
午前10時ごろ、富士山が大噴火したのだ。


母の祖先達は
火山灰で埋まった土地をひたすら復興した。
祖父は母たち兄弟を仏壇の前に座らせ
代々言い伝えた話を聞かせたそうだ。
「掘っても掘っても、
 砂利と砂しか出てこない荒れ地を
 毎日毎日、必死で耕した。
 屋敷は焼けて、
 ご先祖さまのご位牌は見つからなんだが
 墓地を掘って掘って、何とか墓石を見つけ出し
 今の墓地に残したのだよ。

 今、こうして
 米や野菜が獲れるようになったのも
 皆が安心して暮らしていけるのも
 ご先祖様のお蔭なんだから絶対に忘れるなよ。」


災害と復興の記憶は消してはならない。
母方のご先祖様達も、
代々日記に残し、屋敷内に石碑も建立し
子孫に”記憶”を伝えようと努力した。

災害の被害と、復興への道筋
危機管理や問題点などなど
あまたの記憶を残し、伝え続けることが
犠牲になった人々への最大の供養になると思う。

阪神・淡路大震災から21年、
東日本大震災から5年、
絶対に風化させてはいけない。




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