韓流研究室

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大分県「六曜は差別」騒動とヘイトスピーチ規制問題

★大安・仏滅など「六曜」掲載 
 冊子の配布見送り

 大分合同新聞 12月25日
 
http://www.oita-press.co.jp/1010000000/2015/12/25/002003944
佐伯市は市制10周年を記念して作った冊子に
「大安」や「仏滅」などの「六曜」を掲載していた
として、25日に予定していた市内全世帯への
配布を見送った。

科学的に証明されない迷信を信じることが
差別的行為を助長することにつながる

との指摘があるため。
約2500万円かけて作製したが、
配布中止などを含め今後の方針を検討している。

 市が作った冊子は「10年ダイヤリー」
(A5判・400ページ)。2016年から25年までの
日記を書くスペースや市内の懐かしい風景の写真、
市の10年間の歩み、方言、文化財、防災情報
なども掲載している。
市民の便宜を図る目的で六曜も入れたという。
5万冊作製。
 市内全世帯(約3万3600世帯)に配り、
残りはふるさと納税の謝礼品、関係者への
記念品などに使う予定だった。
21日に外部の人から六曜の問題を指摘されて
配布を差し止めた。
 六曜とは、一般のカレンダーなどに記載されている
暦注の一つ。
先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の6種あり、
結婚式や葬式などに結び付けて使うことが多い。
 しかし、人権問題を担当する市社会福祉課
「科学的に証明されない迷信を信じることは、
 自分の考えに従わずに周りの人の意見に
 流される」
と問題視。
「市民に啓発する立場として、
 市の発行物への記載はよくない」としている。
 
六曜をめぐっては、
2005年、大津市の職員互助会が発行した
職員手帳に記載。
人権団体からの指摘を受け、
発行済みの約3800冊を回収した例があるなど、
公的機関の発行物に記載しないことが多いという。

 県人権・同和対策課
「六曜に従って行動することは
 科学的な根拠に基づかない
 迷信・因習の一つとして考えている」
と説明。
県が毎年発行している県民手帳は1995年から
六曜を記載していない。
 西嶋泰義市長は
「配布を見合わせることになり、市民の皆さんに
 大変迷惑を掛けることとなり申し訳ない」
と話している。

(引用ここまで)

★六曜は迷信」差別を助長? 
 大分でカレンダー配布中止

 2015年12月26日 09:33 朝日新聞デジタル
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3778074
大安、仏滅といった「六曜」を記載していたとして、
大分県の佐伯市、杵築市、臼杵市農業者年金
協議会(同市の農業者年金受給者で構成)、
国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会
(県や国東半島周辺の6市町村で構成)の4者は
25日、それぞれ作製していた
来年のカレンダーなどの配布を中止した。

 いずれも
「六曜は科学的根拠のない迷信や慣習であり、
 ひいては差別を助長しかねないが、
 作製後に気づいた。
 公的な配布物としてふさわしくないと判断した」
と説明している。

 県によると、毎年発行している県民手帳には
1995年版から六曜を掲載していない。
人権教育のために作製した資料には
「同和問題の解決を阻む迷信・因習」
に六曜を挙げている。


 佐伯市は同日から、
市内の全約3万3600世帯を対象に
「10年日記帳」を配布する予定だった。
約2500万円をかけて5万冊を作製していた。

(引用ここまで)



★【続報】六曜記載の記念誌 
 おわびの文書を添えて配布へ 
 市長が陳謝「人権問題を含んでいる。
 今後、職員の人権研修を強化していく」
 大分・佐伯市

 保守速報 2016年01月07日
 http://hosyusokuhou.jp/archives/46501201.html
 2ba695c4.png

佐伯市が差別を助長するおそれがある
と指摘されている「六曜」が記載されていた
として、合併10周年の記念誌の配布を
取りやめた問題で、佐伯市の西嶋泰義市長は
おわびの文書を添えた上で、当初の予定通りに
記念誌を配布する方針を明らかにしました。

佐伯市は合併10周年の記念誌を作製し、
先月、市内の全世帯に配布するため準備を
進めていましたが、
差別を助長するおそれがある
と指摘されている大安や仏滅などの
「六曜」が記載されていたため

急きょ、配布を取りやめていました。

6日の定例記者会見で西嶋市長は
配布を取りやめたことについて
「多くの方に心配をおかけしました。
 市民のみなさんにおわび申し上げます」
と陳謝しました。

その上で、
「『六曜』については
 人権問題を含んでいることを
 あらためて明言することをもって、
 あえて私の政治的判断として
 配布させて頂くこととしました」

と述べました。

市長の方針のもと、佐伯市では
▼今回の件で混乱を招いたことへのおわびと
▼「六曜」が迷信に基づき
 差別を助長するおそれがあることを
 明記した文書とともに、
来月上旬までに記念誌を配布するということです。

佐伯市は
「今回の問題を教訓に今後、職員の
 人権研修を強化していく」としています。

佐伯市によりますと、この記念誌をめぐっては、
これまでに67件の意見や要望などが市に寄せられ、
▼配布の中止を求めるものが
▼そのままの状態で配布することを
 求めるものが60件あった

ということです。

(続きはリンク先で)

注)NHKはリンク先を削除


★六曜
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%9B%9C
(引用開始)
一般的なカレンダーなどにはこれまで
広く用いられてきた。しかし、行政をはじめと
する公共機関が作成するカレンダーでは使用せず、
掲載を取りやめるよう行政指導を行っている機関
もある。これは、根拠のない迷信であること、
無用な混乱を避けるなどの理由による。
また、部落解放同盟では
「六曜のような迷信を信じることは
 差別的行為につながる恐れがある」
などの理由から、積極的な廃止を求めている。

こうした背景などから、2005年には
大津市役所が作成した同年度版職員手帳に
六曜が載せられていたために、
部落解放同盟の抗議を受けて回収され、
全て廃棄処分されるという事件
も発生している。

(引用ここまで)



★職員手帳に「六曜」記載 
 部落解放同盟県連合会が問題指摘、
 市回収へ (毎日新聞)

 2005年03月17日
 http://blog.livedoor.jp/shimbunwatch/archives/16585668.html 
(引用開始)
日本古来から伝わる風習は差別なのだろうか?

これに関して筆者が最初に感じた疑問は、
記事が掲載された半年ほど前に遡る。
実家で滋賀県草津市の広報を何気なく
読んでいたところ、人権啓発コーナー
驚くようなお知らせがあった。

「葬式やお通夜で配る清めの塩は
 穢れ思想の表われで、
 塩を配るような人は差別者です。」

「六曜は差別に繋がることであり、
 六曜から結婚式などの日取りを決める人も
 差別者と見なされます。」


このような趣旨のお知らせが書いてあるのである。
我が目を疑わずにはいられなかった。
こんなことを本気で
広報担当者は思っているのだろうか?
日本の伝統文化の全否定。
正直、薄気味悪さを感じた。

そして、大津市のニュースである。

部落解放同盟の滋賀県連合会の主張は、
次の通りである。

◾根拠のない迷信に従うことは、
 部落差別を支える考えと重なり、
 差別の再生産につながる。
◾友引に葬式を出さないことは
 死についての穢れ意識によるものであり、
 部落への忌避感、排除につながる。
◾死んだ人が穢れているというのはおかしい。
◾行政は六曜の廃止について、
 啓発・説明をするべきである。


(続きはリンク先で)



★六曜は差別
 http://tottoriloop.miya.be/blog/2011/08/28/%E5%85%AD%E6%9B%9C%E3%81%AF%E5%B7%AE%E5%88%A5/
滋賀県では「六曜は差別」ということに
なっておりまして
、草津市の人権センターにも
このようなパネルが掲げられております。
(中略)
なぜ、六曜が差別や人権侵害につながるのか
説明してあるのがこのパネルですが、
これを読んでもよく分かりません。
そもそもカレンダーには六曜だけではなくて、
七曜が盛大に書かれているわけで、
「日曜日が安息日」というのも何の科学的根拠も
ないのですが、単に突っ込みやすいから
突っ込んだだけのように思います。

本当のところを説明しますと、
同和対策が行われた時代というのは、
とにかく「これが差別だ」といちゃんもんをつければ
金がもらえたので、「被差別者」の方々はそれこそ
目を皿のようにして「差別」というものを探して
いました。
六曜というのも、90年代にその中で
槍玉に挙げられたテーマです。

そういう経緯がありまして、もし市役所の手帳に
六曜が書かれたのがそのまま放っておかれると、
過去に「六曜は差別だと」主張した人々の人権…
ではなくてプライドが侵害されてしまうのです。

そこで「二度とメンツを潰すようなマネをするなよ」
ということでこのようなパネルが掲げられている
というわけです。

(全文はリンク先で)



「六曜」が差別につながる・・・

科学的ではない迷信だから
それを信じる人は差別者!
なんとまあ、強引な理論でしょう・・・

そもそも、
「1週間は7日である」という西洋暦
キリスト教やユダヤ教を信じる人にとって
7日ごとに安息日を設け
(宗教によって安息日の曜日は違う)
安息日には礼拝をする習慣だった。
この人達の宗教では7日間が1サイクルなのです。
これに、科学的根拠はありますか?

昨年、実家の姪が結婚したのですが
招待状を頂いてから、大安の日曜日に
ご祝儀を持参してお祝いの言葉を伝えました。
我が家だけでなく、親戚、義姉の両親も
吉日を選んで馳せ参じます。
二人の前途を祝して、お目出度い口上の
ご挨拶をするのですから
迷信だと解っていても、わざわざの日に
ご祝儀をお届けする無礼などできません!
これが・・・差別主義者の行為ですか?
縁起を担いだら差別主義者なのか?

だったら、神社のおみくじも街角の占い師も
差別を助長するのか?
お葬式に清めの塩を配るのも差別だから止めろ?
じゃあ、お相撲さんが土俵に塩を撒くのも
差別主義なのか????

「六曜」の迷信が比較的新しいからと
ターゲットにされているようだけれど
昔から「暦注」という日時や方角によって
吉凶を占う文化が有ったからこそ、
明治政府の新暦への変更によって
暦屋さんが編み出した庶民にも解り易い
吉凶占いだったとしても、
「暦注」文化の下地が有ったからこそのブーム。

友引にお葬式を避けるという考えも、
親しい人を続けざまに失くしたくはないという
気遣いだと思うのよね。




★清めの塩、盛り塩の意味
 http://www.keizo-in.jp/清めの塩-盛り塩/
(引用開始)
仏教では死を穢れとみませんが、
神道では死を穢れとみます。
神道で死を穢れとみるのは、
死者に対してではなく、
死という事象が穢れている
というような意味合いです。
ちなみに、浄土真宗では清めの塩を使う
必要はないとも言われています。

清めるということは穢れを祓うということ、
つまり穢れは「気枯れ」をさし、
「気枯れ」は「生命力の枯渇」を意味します。
そして、それを祓うということは、
対象物を正常(生命力を満たす)に戻す
というようなことです。

(引用ここまで)



根拠のない迷信に従うことは、
 部落差別を支える考えと重なり、
 差別の再生産につながる。


★「ハレ」と「ケ」と「ケガレ」
 http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20071016
(引用開始)
柳田は、かつての日本人の生活には
ハレの二つの時期があり、
両者ははっきりと区別されていた、
と主張しました。
「ハレ」とは、神社の祭礼や寺院の法会、
正月・節句・お盆といった年中行事、
初宮参り・七五三・冠婚葬祭といった人生儀礼など、
非日常的な行事が行われる時間や空間を指し、
そしてハレ以外の日常生活(普段の労働や休息の
時間・空間)が「ケ」であるとして、
両者の違いを明確にし、このハレとケとの
循環リズムから日本の生活文化が分析できる
と唱えました。

柳田は、このハレとケの循環の中に
稲作を基礎とする民族生活があった事を
指摘しながら、近代化と共にその両者の区別が
曖昧になってきている事を指摘しました。
事実、江戸時代後半以降は普段でも酒が飲まれる
ようになり、魚食や肉食も日常化し、
人々の服装も色鮮やかになっていくなど、
ハレの日常化は着実に進んでいました。

このように、柳田はハレとケという二つの生活リズム
によって民俗生活のリズムを強調しましたが、
この二つに加えて
新たに「ケガレ」という三つ目の概念が、
昭和45年以降に唱えられるようになりました

(中略)
文化人類学者の波平恵美子氏は、
ハレとケのいずれとも対立する「ケガレ」という
概念を加えて民俗生活を捉えたのです。

(中略)
波平氏によると、ハレは清浄性・神聖性、
ケは日常性・世俗性、そしてケガレは不浄性を
それぞれ示す概念であり、
日本の民間信仰のバリエーションは、
このハレ・ケ・ケガレの相互の関係の差異によって
生じるものであり、この三者がどのように
絡み合っているかが重要な問題であるとしました。

しかし、それに対して
柳田門下の民俗学者・桜井徳太郎氏は、
ハレとケの媒介項としてケガレを設定し、
ケガレは稲の霊力であるケが枯れた状態、
つまり「ケ枯れ=ケガレ」であり、
そのケガレを回復するのがハレの神祭りである
と唱えました。

つまり、波平氏が「ハレ⇔ケ⇔ケガレ⇔ハレ」と
相互間が対立概念であると主張したのに対し、
桜井氏は「ハレ⇒ケ⇒ケガレ⇒ハレ」という
循環論を唱えたのです。

また、民俗学者の新谷尚紀氏は、
ケガレとは究極的には死とその力である
と規定し、ケガレが祓われた時、
ケガレの逆転現象が起こって神々や生命が
誕生する
と唱えており、

このように、研究者間のハレ・ケ・ケガレの
議論の隔たりは現在も解消されておらず、
統一的な定義は打ち出せていないのが現状です。

ハレ・ケ・ケガレに関する代表的な論争としては、
葬式はハレなのかケガレなのか、
という論争
があります。
一般的な社会通念でいえば、葬式は不幸事
であるため、初宮参り、七五三、結婚式などの
お祝い事とは区別するのが当然であり、
波平氏はこの立場に立って
葬式はケガレであると規定しているのですが、
しかし、桜井氏をはじめとする民俗学者の多くは、
葬式に赤飯を炊くという民俗事例や晴れ着を着て
喪に服するという民俗事例などを挙げて

葬式もハレであると主張しています。
今の所はどちらの論も、
なぜ葬式がケガレであるのか、あるいはハレで
あるのか、十分説明しきれていないため
答は出ておらず、この論争はまだ暫く続きそうです。

(中略)
神道の立場では、
死やそれに直接的に関わる儀礼は
明確に「穢れ」と捉えています。
但し神道でいう死の「穢れ」とは、
死に至る病気や事故、その苦しみや、
遺された人達が悲しみ嘆く状態の事を、
気が枯れた状態=気枯れ=ケガレと
解釈している
のであり、
死そのものが穢れであるとか、
死んだら穢れた存在になるとか、
そういった意味ではありません。


(全文はリンク先で)



同じような問題は、アメリカでも起きている。

★Merry Christmasは禁句!?
 アメリカのホリデーシーズンの挨拶

 2007.12.20
 http://plaza.rakuten.co.jp/oyomedomo/diary/200712200000/
(引用開始)
その理由はというと、
『Merry Christmas』という言葉を使うこと
によって、キリスト教信者ではない人の
気分を害してしまう恐れもあるから

なのだとか、、、。
しかも、political correctness
(ポリティカル コレクトネス: 言葉の表現や
 用語に人種・民族・宗教・性差別などの
 偏見が含まれていないこと*)の
概念においては、
『Merry Christmas』という言葉を使うことによって、
特定の宗教またはその宗教にまつわる行事・
習慣を押しつけることとみなされる恐れもあり、
また、そうすることによって人の精神(宗教)の
自由を危ぶむものと捉えられかねない
ということになるらしいのである。
(中略)

しかしその一方では、
political correctness(ポリティカル コレクトネス)
を余りに気にしすぎる風潮の影響で、
『Merry Christmas』が堂々と使えなくなることを
危惧し、これはクリスマスに対する差別
と反発する人もいるのも事実、、、。

(引用ここまで)


★メリークリスマスと言わないで?
 http://useagle.blog.fc2.com/blog-entry-101.html
日本人はクリスチャンでなくても
クリスマスを祝うが、アメリカでは違う。
特にキリストを殺した罪を背負わされて
迫害されて来たユダヤ教徒にとっては、
この時期は過ごしにくい季節だ。

そこで政教分離の原則に従って、
官公庁や公共施設では「メリー・クリスマス」の
代わりに「ハッピー・ホリデイズ」と言う挨拶が
励行されている。
公立学校ではユダヤ教徒やイスラム教徒の
立場を考えて、教師はクリスマスの話を避ける。

しかしアメリカはキリスト教徒によって
建国されたキリスト教徒の国だと信じる保守派は、
「ホリデイズ」には不満だ。
「クリスマスを禁句にする?
 マイノリティやリベラル派におもねり過ぎだ」

との意見なのです。
(中略)
2006年12月10日、シアトルのタコマ空港に
飾られたクリスマス・ツリーが撤去された。
地元のユダヤ教厳格派のラビが空港職員に、
「ここは公共施設だから、メノーラも飾るべきだ。
 そうしなければ訴訟も辞さない。」
と申し入れたのだ。

メノーラはユダヤ教徒がクリスマスの季節に行う
祭り「ハヌカ」で飾られる8本のロウソクを立てる
台のこと。
空港側は、宗教色の強すぎるメノーラを飾るのは
適切ではないとして、
ツリーの方を全部片付けてしまった。


この事件はFOXニュースで取り上げられた。
FOXは局を挙げて
「マイノリティの傲慢を許すな」とキャンペーンを
展開した。ユダヤ教のラビのもとには嫌がらせの
メールが殺到した。ラビはマスコミに対して
「私はツリーを撤去しろなんて言っていない。」
と弁明し、空港に懇願してツリーを元に戻させた。

(続きはリンク先で)

スターバックスの12月恒例だった
Christmasデザインのカップも、
キリスト教以外の人に不快な思いをさせない
という配慮から単なる赤いカップに・・・
STARBUCK_RED_CUP2.jpg

保守系の人達によって論争になり、
これを”リベラル・テロリズム”と批判したり
大騒ぎをする必要は無いという意見も・・・

店員に手書きで、
"Merry Christmas"と書いて貰う人もいたそうな。

因みに、フランスでは昔
保守系のキリスト教団体が
「サンタクロースは
 アメリカの商業主義を象徴する文化だ!」

と抗議して、青年信者達に命じて
パリ市庁舎にサンタクロースを吊るして
多くの子供信者が見ている前で火焙り処刑をする
という事件が起きたんだけどね・・・




過ぎたるは及ばざるが如し・・・

アメリカの先住民族にとっては、
そんな論争は大いにバカげたことで
「お前ら、皆、後から来ておいて
 グダグダ争うな!」
と思うだろう・・・

「差別」とは、
差別と感じる人がいれば何でも差別?

90年代に、
「六曜は差別だと」主張した人々に
その”穢れ思想が差別を助長”という主張は
根本的に間違っていますよと反論できないの?
過去に六曜は差別と断定してしまった人達への
人権を侵害する問題?


そのうち日本でも、
旧正月を祝うという人々と人権団体によって
1月1日に「明けましておめでとう」というのは
気分を害するから差別だとか
旧正月も会社や学校を休みにしないのは差別とか
公共放送が皇居の「歌会始め」を放送するのは
政教分離に反するだとか
そんな論争が始まるのかしら・・・

「天皇制」は民主主義に反するという
反天連などのサヨクやキリスト団体や移民によって
公教育で「天皇の歴史について教えるな」とか
今叫んでいるように
「君が代、日の丸」は気分を害するから人権問題で
差別に繋がるから禁止!
天皇誕生日も止めろ!

日本の文化・風習は差別!

「我々が差別と認定した事に対し
 それは差別だと言う事はヘイトだから禁止!」


差別って何だろう?
人権って何だろう?


日教組などの影響が強い大分県の
【六曜差別騒動】。

大声で差別と喚いたモン勝ちなんて社会は
多文化共生ではない・・・

迷信の縁起を担いだら差別者なんて
窮屈な社会だな・・・



★ヘイトスピーチ抑止、
 条例案可決へ…大阪市議会

 読売新聞 2016年01月08日 08時35分
 http://www.yomiuri.co.jp/politics/20160108-OYT1T50009.html?from=tw



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Comments 5

弓取り

四季・六曜・二十四節季・七十二候 人生を豊かに彩る

日々に節目や区切りをつけること、個人のその日の出来事に意味を持たせる補助として六曜は有意義。

宗教に祝祭日はつきものでしょうね。神の祝福の類が必要なわけだし、休息日も身を慎む日も大事。
月日がいついつと作法なども決まっている。日にちを区別してますね。

日本の天皇陛下が祭祀のお役目を行われるのは当然。72候は日本の風土に合うよう整えられたのですね。大分県などでは、六曜の次はこれが差別を助長するみたいな話しになるのだろうか。あほみたい。

既存のもの、大事に継続されてきたものにケチつけて否定してみせないと、レーゾンデートルを保てない人たちがいるんですね。さっさと改めてほしいものです。

検索してみたら、カトリックの祝祭日もすごいたくさんある。どこまで確かな根拠があるかわからない非科学的な月日。洗脳する道具にもなりえる。区別する道具にもなりえる。宗教ネームに偉大な聖人の名前を拝借するんでしょうし。
区別が歪むと差別になることは、キリスト教こそが雄弁に示しています。
「多文化」などにしたら、ピースがチグハグで揃わず永遠に完成しないジグソーパズルになってしまう。

2016-01-09 (Sat) 01:12 | EDIT | REPLY |   

白瑠璃碗

和を以て貴しとなせ

なんか、文化大革命的で怖いですね・・・。
ガチガチの共産主義者みたいです。
もう少し自国の「宗教」や「伝統」に対して大らかになれないものでしょうか?

文革当時紅衛兵たちは、仏像を打ち壊し、教会の十字架を引き倒して修道女に懺悔させ、道教寺院の屋根に上って瓦を投げ捨てたりしていたそうです。

今年も伏見稲荷や明治神宮には、多くのイスラム教徒の方々が初詣の参拝に訪れたようです。
日本は宗教に関しては大らかな国ですが、日本に住むイスラム教徒やキリスト教徒の方々も非常に大らかな心で「日本の文化」をを楽しんでおられますよ。

敢えて「差別」を喧伝する日本人の目的はいったい何なのか?!
日本を「四人組」時代の中国みたいにしたいのでしょうか?

2016-01-09 (Sat) 09:54 | EDIT | REPLY |   

拡散希望

AJCNレポート: 海外メディアは慰安婦問題日韓合意をどう報じたか? -日本人が知らない歴史戦完敗-



オーストラリアで、韓国の反日団体と、最前線で戦われている日系人グループの『AJCN』さんから、今回の日韓慰安婦合意に関する海外メディアの報道を、多数、報告して頂けました。

↓  ↓  ↓

AJCNレポート: 海外メディアは慰安婦問題日韓合意をどう報じたか? -日本人が知らない歴史戦完敗-
jcnsydney.blogspot.com/2016/01/ajcn_8.html


内容は、かなり、日本人にとって、絶望的なものとなっております。
海外の最前線で、韓国の反日団体と戦っておられる方達の、生の声、いえ、悲鳴・・となります。

どうか、皆様、上記記事の、拡散を、お願い致します。
そして、それが・・今、私達にできる、彼等(AJCN)への、せめてもの『サポート』となるのではないかと存じます。
どうぞ、皆様、よろしくお願い致します。

また、次のコメントに、本文の一部を、転載させて頂きます。(連投、失礼致します)
その上で、どうか、全文、目を通していただきたく存じます。
どうぞ、皆様、拡散のほど、よろしくお願い致します。

m(__)m




2016-01-09 (Sat) 19:39 | EDIT | REPLY |   

拡散希望

AJCNレポート: 海外メディアは慰安婦問題日韓合意をどう報じたか? -日本人が知らない歴史戦完敗-



我々が調査した限りでは「日本政府は潔く謝罪した。韓国は受け入れるべきだ」と主張する海外メディアは皆無でした。すべてのメディアに共通しているのは「日本政府がついに性どれい制度を認めた、その多くは韓国人女性だった」との断定で、これまで日本の民間団体による反論で消えかかっていた20万人強制連行という言葉も亡霊のように蘇っている、ということです。中には、10代のうら若きしょじょを拉致、強制的にばいしゅんさせ、果てはころしたというような酷い話まで載っているケースも複数あり、その傾向は時を追って過激度を増しつつあります。最近顕著になっている中国からの「40万人強制連行説」が散見されるのを見ても、日本をあくま化し、孤立させたい勢力から強力なプロパガンダが行われていることが推測されます。また、案の定、韓国以外の国にも賠償すべきだという論調が目立ちます。以下、海外報道の一部をご紹介します。(本文より抜粋)


AJCNレポート: 海外メディアは慰安婦問題日韓合意をどう報じたか? -日本人が知らない歴史戦完敗-
jcnsydney.blogspot.com/2016/01/ajcn_8.html



2016-01-09 (Sat) 19:44 | EDIT | REPLY |   

Cherry Blossoms

祝祭日の改編

 私もこのニュースは、いったい何、と思っていました。取り上げていただきありがとうございます。
 
 それで思い出したのですが、祝祭日が随分と変更になり、日付から曜日にされてしまいました。これも同じ流れがあるのでしょうか。月曜日の振り替えが多くて、学校では時間割の管理が大変です。

2016-01-09 (Sat) 23:24 | EDIT | REPLY |   

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