韓流研究室

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『折り紙』宗主国日本で韓国式折り紙祭りを開催するnida!起源はウリに有りnida!!!

★『折り紙』の宗主国を自任する日本で
 韓国折り紙まつり
 (Jongie Jupgi お祭り)を開催ニダ!

 特定アジアニュース 2015年11月23日
 
http://specificasia.blog.jp/archives/1045775970.html
(引用開始)
チョンイチョプキ(Jongie Jupgi。
チョンイ=紙+チョプキ=折り、紙折り。≒折り紙。
以下「折り紙」)の宗主国を自任する日本で
韓国式折り紙を知らせる宴
が開かれる。

紙文化財団・世界チョンイチョプキ連合
(理事長ノ・ヨンヘ)
は、
日本の東京韓国学校(校長キム・ドクヨン)とともに
28日から3日間、東京韓国学校で韓半島の
平和統一と世界平和を祈る折り紙お祭りフォーラム
(Jongie Jupgi お祭り)を開催する。


韓国伝統文化に根差した折り紙を現代化するために
努力してきた紙文化財団
は、
毎年、アメリカ、ロシア、モンゴル、フィリピン
などの地で教師と学生を対象に折り紙展示会と
講師養成教室などを開いて、
『K-チョンイチョプキ(Jongie Jupgi)』の世界化を
推進している。


(中略)
全世界的に折り紙が『折り紙』(Origami)という
日本語で通用している現実で、
折り紙の本場である日本,東京で折り紙韓流の
上陸を試みるのである。

今回の行事には、
韓日国交正常化50周年を記念して
『韓日チョンイチョプキ芸術作品展示会』と
『韓日国際交流チョンイチョプキ作品大会』も開く
予定なので、両国の折り紙関係者と愛好家が
交流する機会も用意される。

(中略)
ノ・ヨンヘ紙文化財団理事長とキム・ヨンマン院長
をはじめ、世界チョンイチョプキ連合所属講師が
参加して、東京韓国学校の初等・中等教師および
現地ハングル学校の教師70人と生徒50人などを
教育する予定
である。

(中略)
ノ理事長は
我が国の折り紙の歴史は
 三国時代まで遡るのが、
 日帝強占期と朝鮮戦争などを経て
 命脈が途切れてしまった反面

 日本は政府と国民の共同努力で『折り紙』の
 世界普及に成功した」
としながら

私たちが日本と折り紙元祖競争を繰り広げて
 いるように映るのは困るが

 テコンドーが世界のスポーツにそびえ立った
 ように、国内外の同胞が力を集めれば
 折り紙を新しい韓流として再創造できるだろう」

と強調した。

東京折り紙お祭りフォーラムは、
外交部(省に相当)、文化体育観光部、聯合ニュース、
駐日大使館、東京韓国教育院、海外同胞本贈呈
運動協議会、H2O助け合い運動本部、
在日本大韓民国婦人会東京地方本部、在日本韓国人
連合会、在日本大韓民国民団東京地方本部、
在日本ハングル学校協議会が後援する。

(全文はリンク先で)



「起源泥棒」のためなら何でもやる・・・
茶道と同じ手口で、
「友好」という名で近づき、交流し
関係者に「韓国での歴史」を吹聴する。
1989年に紙文化財団を私財を投じて
設立したノ・ヨンヘ理事長というオバサン。

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1989年設立以来、
何とか起源を盗もうと必死である!
創設者にして、理事。
たった1代の【韓国式折り紙】の創設者ってのが
そもそもの哀しい歴史でもある・・・

「古文書に書いてあったという伝承がある」
伝統文化の証拠がコレ???
この人には伝統の意味が解らないのか?
ある民族・社会・集団の中で、
思想・宗教・風俗・習慣・様式・技術・しきたりなど、
古くから受け継がれてきた事柄を
今日まで継承・伝承されてきたものである。



★モンゴルに広まる“折り紙韓流”…
 宗主国は日本でなく韓国nida

 2012年10月10日
 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-2097.html

★日本に国費で留学する学生には
 『折り紙の宗主国は韓国』と
 教えてから行かせているニダ!

 2014年07月26日
 http://specificasia.blog.jp/archives/1006560772.html



>私たちが日本と折り紙元祖競争を
 繰り広げて いるように映るのは困る


と言いながら、国内外の同胞の力を集めれば
「折り紙を新しい韓流として再創造できる」
と、起源泥棒を宣言している。

そして・・・
彼女達の活動「起源泥棒」を手助けするのが
いつもの事ながら、反日の日本人である。


★【韓国起源説】
 “折り紙”の宗主国はどこ?
 韓日もう一つの戦争 ~
 世界化推進した日本に、韓国が挑戦状

 2015年07月25日
 http://gunji-douga.fem.jp/matome/?p=14831
(引用開始)
童心の世界にだけ泊まっていると
思われていた折り紙が、
韓日「歴史戦争」の新たな軸として
浮上している。

国際的に、「チョンイジョプキ」より、
日本語の「オリガミ( 折紙、origami ) 」 という
用語が認められている中、
いくつかの韓国の団体が、
この名声に挑戦状をたたきつけたのだ。


専門家は、韓国折り紙の歴史が
三国時代の巫俗信仰に使われた「コッカル※」
まで遡り、610年に高句麗の僧・曇徴によって
日本に紙が伝播された後、紙文化も一緒に
伝わったと主張する。

[※僧侶や尼僧、巫堂などがかぶる山形の頭巾]

実際に、紙コッカルはいまだに全羅南道珍島で
受け継がれてきた湖南儀式などでみられる。

また、朝鮮前期の宰相・河崙(ハリュン)が
発明したと記録されている「陞卿図遊び」も、
私たちの長年の折り紙文化の証拠として
挙げられる。

紙盤上で駒を持って争うこの遊びは、
官職の名前を書いておいた大きな紙を
折りたたむ方式が目立つ。

しかし、国際的にはこのように紙を折って
工芸品を作ったり、生活用品に使う文化は
「オリガミ」 と称される状況だ。

数世紀前から紙を利用した文化が発達したのは、
韓国や日本も似ていたが、
現代で日本が積極的に折り紙の世界化に乗り出し、
「折り紙宗主国」の地位を
先取りするようになったのだ。

サクライ・ノブヒデ 南ソウル大学日本語科教授は、
「世界大戦で敗戦した後、
 日本は着物・茶道・オリガミなど
 三つを一緒にして、国際交流基金の
 支援を受けて積極的に世界に伝播した」

と話した。

これに刺激された韓国の紙文化財団
などの団体は、
「折り紙の源流は韓国」 と宣伝した。

イ・ジュンソ紙文化財団事務所長は
「この問題は
 『独島か竹島か、テコンドーか空手か』
 というのと同じだ」、
「今は世界のどこに行ってもオリガミという
 言葉が優勢な状況なので、『卵で岩を打つ※』だが、
 海外の学校と連携し、韓国式の折り紙教育を
 2003年から継続している
」と話した。
[※やっても効果がでないこと]

(引用ここまで)

このサクライ・ノブヒデとは、
【しばき隊】のお仲間である
韓国で「日韓仲よくしようぜ会」を発足させ
一人街頭デモや教え子洗脳に余念のない
桜井信栄という人物。
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日本の文化に対する教養も知識も無く
どうやって「日本語」を教えているのか
甚だ疑問である。
「日本文化は全て百済が創った」
などと学生に教えているのだろうか?
だから、講師として採用されて以降、
教授にまで昇進できたのかもね。




神事や祭祀や武家礼節の作法としての
実用折り紙の原形である「折形」
江戸時代から庶民に伝搬し、
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発展・応用された大衆文化の「遊戯折り紙」
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お洒落な江戸時代。
着物の文様にも「折り紙」を取り入れる
粋な遊び心!
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 明治初期に誕生した幼稚園は、
ドイツのフレーベル式を踏襲した欧米流だが、
当初より日本の折り紙が教材として存在した。


★遊戯折り紙研究考⑷
 ─わが国幼稚園創設期の
 折り紙教育について──

 http://www.edu.sugiyama-u.ac.jp/edu_graduate/docs/2012/09.pdf




「文化」とは、総合的な歴史の産物。
様々な生活様式や思考の影響が
起源となる。
それは人々が必要としたから伝承され
時代を経ても”名残り”は消えない。
人間はそうして、先人の「文化」を
記憶記録に残し、「今」に応用しようとする。
韓国のように
ある日突然「命脈を立たれる」事は無い。
例え「日帝」が消そうとしても
消えることは無いはずである。
必死に探さなければならないのは・・・
ごく一部の階層のみの文化で
一般大衆にまで伝搬されなかっただけである。
自ら、”共和国”建設に不都合な
貴族階級の文化を捨てただけなのだ。




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★コラム「紙と生活」
 紙を折って形を作る。
 文字の発明と折り紙の誕生(前編)

 http://www.haguruma.co.jp/column.asp?id=41

★折形礼法の考察
 http://nihonnnonatsu.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-556e.html
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折形礼法とは、室町時代から武家に
伝わる「包み」の作法です。

折紙方(おりかみかた)という
政所があり、進物・贈物奉行が
贈る物・目的・贈る相手・季節・・・
それぞれに合わせて
包み分けていたとのこと。


1枚の紙に、
贈る相手への思いを込める。

★小熨斗の復元
 http://kagamiru.exblog.jp/20312390



神棚の左右におかれた白い瓶子に
差し込むものを神酒口といいます。
先日は新嘗祭でしたね。
家々には、神様をお迎えするために
神棚や床の間などの神様の場所である
神座(しんざ)がございます。
神座には、お供えとして
鏡餅や農作物や御神酒(おみき)をお供えする。

神酒口とは、
御神酒を入れる白い瓶子の口に差し込み
薄い桧や折り形の奉書を伝って吸い上げられ、
室内は、御神酒の香りが漂う。
神様を迎えいれるための目印なのです。
単にお酒をお供えするだけではなく、
更にその香りを漂わせることを含めて
神仏への、神聖で特別なお供えである
正月など祝い事の『御神酒』となる。

小笠原流「神酒口」の折り方の絵図。
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江戸時代の「神酒口売り」の絵図
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正月の必需品として、
桧の精巧な細工のものから
庶民は竹製や紙製の神酒口を買い求めた。

http://www3.tokai.or.jp/mikinokuchi/mikinokuchi6.htm

磯田湖龍斎画 より
『蝶花形の神酒口』
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生没年不詳 作画期 明和~天明(1764~1789)

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正月の屠蘇飾りにも、その名残りを残す。 
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★みきのくち 4
 6 折形(おりかた)
折形は、儀式用の瓶子や銚子を飾ったり、
贈答品を包むための折り紙です。
折形は、
室町時代に武家の礼法として確立し、
その折り方は、秘伝として伝えられて来たようで、
バリエーションを入れれば、何百種類もある
ようです。儀式用の折形の代表的なものは、
蝶花形(ちょうはながた)の折り紙です。
贈答品用は、中に入れる品物により
包み方が変わり、包みを見ただけで
中身が分かるようになっています。
折形には、 真(上)、行(中)、草(下)のランク
のあるものがあります。
普通は、水引を掛けます。

 折形には、「公家礼法」の四條流、
「武家礼法」の伊勢流、小笠原流などがあります。

 江戸時代、「武家礼法小笠原流宗家」の許可を
得ずにつくられた「俗用(庶民)礼法小笠原流」が、
日常生活の知恵、教訓や礼儀作法などを教える
ために出版された、
「女今川○○」、「女庭訓(ていきん)○○」などの
数多くの寺子屋用初等教科書「往来(おうらい)物」
に掲載されました。

折形も、「小笠原流折形」、「万包様折形(よろずつつみ
ようおりかた)」、「万折形包物之図」などとして
紹介されて、庶民の間に広まりました

(続きはリンク先で)

★仏教とミキノクチ1
 http://www3.tokai.or.jp/mikinokuchi/bukkyou1.htm


★大屋孝雄 撮り下ろし——
 東北伝承切り紙 「紙さま展」

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 https://www.art-eat.com/event/%e5%a4%a7%e5%b1%8b%e5%ad%9d%e9%9b%84-%e6%92%ae%e3%82%8a%e4%b8%8b%e3%82%8d%e3%81%97-%e6%9d%b1%e5%8c%97%e4%bc%9d%e6%89%bf%e5%88%87%e3%82%8a%e7%b4%99-%e3%80%8c%e7%b4%99%e3%81%95%e3%81%be/
 
 
東北に伝わる、1枚の和紙から作る
「綱飾り」と呼ばれる伝承切り紙
神と人とを結ぶ絆として創造された文化。
江戸時代には、
紙を折ってたたんで形を作るだけでなく
はさみで切って創る『紋切りあそび』として
遊戯用に応用されていく・・・
寺子屋で教科書のように使われた『紋切り型』
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中国にもヤオトンという土の家に暮らす人々の
格子窓を切り紙で飾る「窓花」という風習が
農村の女性達によって伝承されてきたそうですが、
美しい伝統文化です。


★紋切り型
 http://homepage2.nifty.com/hoshinoko/omocha/yoiomocha3.htm




平安貴族の文化を、武家社会の礼節に
応用し、展開していった贈答文化。
【結納】も、古代中国の婚姻儀礼「六礼」を参考にし
先人達の創り上げた婚姻儀礼が基層にある
贈答文化の一つ。


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★結納の歴史
 http://e-shirokiya.com/ot_what_reki.html



一つの「文化」の創造は、時代を経ながら
様々な「文化」に応用されていく・・・
香りを聞く【香道】にも、
極まった折り形が創られていく。
香木を包む畳紙である香包


★志野折
 http://www008.upp.so-net.ne.jp/kdo/mzsinoori.htm

★紫式部・源氏かるた考
 http://blogs.yahoo.co.jp/bachelor0561/64029416.html



【遊戯折り紙】が発達したのは、
オタク的日本人の、
道を”極める”探求と執念かも?
豊富な知識と教養と、”ゆとり”がなければ
”極める”ことは出来ないと思う。


★日本を学ぶ大人の学校「和塾」
 ー折紙~つなぎ折鶴をつくるー

 http://wajuku.exblog.jp/11099369/


ちょっと面白いのが
1903年にライト兄弟が人類初の動力飛行に
成功して以来、世界中で紙飛行機が
子供の遊具として流行したらしいのだが
アメリカでは1930年に最初の商品化が始まる。
それよりもずっと早く、日本では
明治34(1902)年発行の児童向け遊戯書に
紹介されている「とんび」と呼ばれる
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折り紙飛行機が存在していたのね。

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★折り紙飛行機とコンコルド
 ライト兄弟

 http://hitorigot0.blog.jp/archives/1017640598.html



>朝鮮前期の宰相・河崙(ハリュン)が
 発明したと記録されている「陞卿図遊び」も、
 私たちの長年の折り紙文化の証拠として
 挙げられる。


「陞卿図遊び」って・・・
中国の王朝から正使を経て伝わった
「陞官図」が原型なのでは???


★南畝莠言
 http://www.library.metro.tokyo.jp/digital_library/collection/the27/no3/tabid/1710/Default.aspx
大田覃(南畝)著 文宝亭編 文化14(1817)刊
(略)
その四十八の双陸(すごろく)并図」の条、
『五雑組』を引いて
中国でいう陞官図(しょうかんず)
日本の官位双六であろうとしている。
(引用ここまで)

唐は、618年 - 690年,705年 - 907年
朝鮮前期の宰相・河崙(1347~1416)は
高麗末期~太宗16年に存在した官僚nida。

中国で発明された製紙技術は高麗に伝来し
高麗人の独自の紙漉き技術が発達した。
高麗の技術者は紙屋院の造紙手より
高い技術を持っていた。
しかし・・・だ。
何故か、李朝末期の朝鮮紙は、
”規格が一定でなく、
 原料として高い楮を使用したため単価が高く、
 別個に漉いた2枚の紙を張りつけて1枚に
 するという非経済的な漉き方であった。
 また、
 大抵は家庭の副業として行われていたため
 漉き方の未熟さによる紙面の粗さも
 指摘されていた。”

大韓帝国(1897~1910)の末期に
ロシア大蔵省が編纂した『韓国誌』には
「韓国産の紙は樹木の繊維で漉くので
 その原料において西洋とは異なり
 強靭性があるので
 縄や網を作るのに良い

と記されている。

朴趾源は『熱河日記』で
「高麗紙は絵を描くのに適当でなく、
 とうれん搗練しない物は毛羽が多く立ち、
 打った物はあまりにも堅く
 尚筆が滑りやすいので墨を吸わない。」

高麗の紙漉きの技術は
高麗滅亡と共にどこへ消えたのだろう???

李朝末期の紙は
固くて強靭であり、
規格が一定ではなく
縄や網を作るのに向いており
農家の副業なので技術も未熟で
紙面が粗い・・・


これでは、
繊細で複雑な折り紙技術は生まれないし
価格が高ければ、庶民には手が届かず
町民文化にまで発展しないので
寺子屋で子供達が手習いとして習う
庶民の【遊戯折り紙】は無理でしょう?

日本の、戦国時代の紙漉きを担っていた
農家の困窮の歴史を見ると
朝鮮半島の、古代よりの他民族の侵略や
滅亡と建国を繰り返す戦乱の歴史は
技術の伝承にも影響があったのでは?
国家が安泰期でなければ、
豊かな文化や技術は生まれにくい。


★紙漉き職人による伝承
 http://www.geocities.jp/astpa693/kamisuki.html



世界の折り紙創作家達は、
もっと、ずっと先を極めている・・・
恐るべし!


★前川淳 折り紙&かたち散歩
 http://origami.asablo.jp/blog/



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Comments 4

白瑠璃碗

たかがウリジナル、されどウリジナル

今後、韓国の歴史教育の中で、日本の古代史や伝統文化はどのように教えられるのでしょうね?
非常に不安です。

一昔前の韓国の歴史教科書はウリジナル全開で、古代倭国は百済や新羅の多大な文化的影響下にあり、大和朝廷も百済や新羅など半島系の人々が中心になって作ったと力説していたぐらいです。
文化砂漠の倭国に先進国の百済人や新羅人が颯爽とやって来て、無知蒙昧な土着民を教化し、文化を教えた事が歴史教育の中で誇らしげに協調されて来たのです。

この為、無知な若者だけではなく、中高年のおっさん、おばさんも、朝鮮日報も中央日報も、常に「ウリジナル」に熱中し、絶えず「天皇朝鮮起源説」を吹聴しているのです。

要するに、戦後70年の悪しき歴史教育のせいで韓国人は一段とおかしくなったのですが、朴大統領も異常にプライド高そうですから、「ウリジナル」を強調して行くのではないか?と不安を覚えます。

2015-11-25 (Wed) 06:02 | EDIT | REPLY |   

奈々子

折り紙するには、まず紙を作る為の紙漉きの技術がいりますが韓国には紙漉きの技術があったのですか❔❔

それに併合前の半島の山は禿げ山で植林してやったのは日帝ですね。染色の技術もなかったから、身に着けていた衣服の色は白か黒だったでしょう❔

2015-11-25 (Wed) 07:43 | EDIT | REPLY |   

あや

Re: タイトルなし

> 折り紙するには、まず紙を作る為の紙漉きの技術が
 いりますが韓国には紙漉きの技術があったのですか❔❔

有りました。
但し、王室や両班向けだったり、政治文書の保存用だったり
一部支配層や文官向けだったのでしょう。
保存を目的とした2枚重ねの強靭な物だったらしい。
高麗(高句麗)紙は固いので、
紫式部はソチラの方が好みだったらしいです。
ただ、実用向けや装飾向けだけだと
「遊び」で使ったり、瓦版で使ったり
浮世絵などの版画に使ったり、本の販売までの
量産化が出来なかったのでは?
インフラ整備が無いと市場流通は困難だし
貨幣経済が発達しないと商人文化も発達しない。
イギリスのビクトリア朝の華やかな文化も
産業革命と市場経済によって中間層が生まれ
彼ら「市民」が貴族文化と子どもの教育に
力を入れる事によって、様々な文化が生まれました。

李氏朝鮮の儒教国教化と厳しい身分設定
領主(両班)と領民の搾取経済だけでは
高麗人が発達させた製紙技術の伝統も
一部の集団だけの継承だけで、拡散されない・・・
白色の韓服も身分制度によって厳密に掟が有って
貴族階級は豪華な彩色の絹織物。

江戸時代の大商人の奥方が
江戸と京都で、粋と豪華さを競う衣装対決をして
瓦版で全国に知れ渡り、幕府が財産没収なんて
凄い町民文化が生まれる土壌が有ったっからこそ
工芸の技術が大きく発展したのだと思う。

2015-11-25 (Wed) 15:11 | EDIT | REPLY |   

F.Y

先日、TVで尾形光琳を扱った番組をやっていましたが、
光琳はあの「風神雷神」を、宗達の図屏風の上に薄い紙を置いてなぞり下描きにしたのではないか、と解説していました。
正確にトレースされているようで、それが可能な和紙の技術も凄いな~と改めて感動しました。

当然墨でトレースしたと思いますが、下の宗達の絵は見えるが墨で汚すことがないという絶妙なバランスの和紙。

そういう和紙の技術もあってこその折り紙文化の発展なのでしょうね。

2015-11-25 (Wed) 17:29 | EDIT | REPLY |   

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