韓流研究室

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在日大韓基督教会高槻伝道所牧師「日本の国が大嫌いだった」に・・・

★日本カト部落差別人権委、
 シンポ「人間のいのちと尊厳」開催(1)
 平賀司祭のあいさつと崔牧師の提言

 2015年11月8日19時31分
 
http://www.christiantoday.co.jp/articles/17539/20151108/symposium-life-dignity-discrimination-exclusivism-1.htm
chiimage.jpg
 
日本カトリック部落差別人権委員会は10月24日、
東京カテドラル関口教会で2015年シンポジウム
「人間のいのちと尊厳〜教会(わたしたち)は
 差別、排外主義にどう向き合うのか〜」
を開催し、約40人が参加した。

(中略)
シンポジウムの開始前に、
ヘイトスピーチ(憎悪表現)とヘイトクライム(憎悪犯罪)
の実態を伝えるDVDが7分間にわたって上映された。

その後、聖心侍女修道会シスターの石川治子氏の
司会で行われたシンポジウムでは、
最初に在日韓国人二世である
崔春子(チェ・チュンジャ)氏
(在日大韓基督教会高槻伝道所牧師)

「『隔ての壁を越えて生きる』〜自己存在の現場から」
と題して発題し、当事者として自身の体験の中から
自らの存在を語った。

崔牧師は、
「日本における人種・民族差別の歴史は
 長期化しているにもかかわらず、
 社会の表面には明確に現れにくい側面を
 持っている」と指摘し、
在日韓国朝鮮人に対する人種差別について語った。

「在日朝鮮人とは、朝鮮が1910年に
 日本の武力によって併合され
 植民地化されてから1945年の敗戦までは
 日本国民の一員だったことの結果として、
 日本に居住することになった朝鮮人と
 その子孫である」
と崔牧師は説明した。

「植民地政策下で在日朝鮮人たちが差別と
 偏見にさらされた」

と崔牧師は述べるとともに、
「日本に住むようになった経緯を見ると、
 日本による朝鮮半島への植民地支配や
 戦争動員の問題と切り離すことはできない」
と語り、戦後も外国人登録法廃止から
新入管法への移行後、国籍による差別
当然視するのが現在の入管行政の状況である

と指摘した。

その上で崔牧師は、
「ヘイトスピーチによってマイノリティーに
 属する人々の尊厳、人格権、平等権、
 平穏に生活する権利、
 表現の自由が害されている」とし、
「このような状況下では暴力が支配し、
 民主主義社会も害され、
 平和な社会を構築することはできない」と述べた。

「日本政府は表現の自由を盾に取って
 人種差別を禁止する法律を制定しようと
 していない」と崔牧師は指摘し、
「故に、ヘイトスピーチやデモに対しては、
 都道府県・市区町村がうたっている
 平和・人権宣言都市の憲章を行使し、
 集会場使用の不許可など
 彼らに手を貸さないようにすることも、
 すべての住民を守る一つの手だてであり、
 重要であると思う」と述べ、
 それを市民運動として盛り上げていかなければ
 ならないと語った。

さらに、崔牧師は当事者としての自らの証しとして、
在日69年を生きて考えること、
在日韓国人女性の性と生、マイノリティーの中の
マイノリティーを生きること、ディアコニアを生きる
ことについて語った。

その中で崔牧師は、
幼稚園の就職試験の面接を受ける前に、
夫から通名ではなく自分の本名を伝えるよう言われ
就職先の幼稚園の園長にそれを伝えたところ、
「もう雇うことはできません」と言われたという。
その時、私は日本が怖かった。
 日本の国が大嫌いだった

と崔牧師は語り、旧約聖書のヨナが神の命令に
背いて逃亡する気持ちで、
日本の国から脱出することを考えていた
時期もあったという。

なぜこんな偏狭な民族差別をする国が
 どんどん豊かになっていくのかと
 疑ったくらいだ
と崔牧師は付け加えた。

(中略)
次に、著書に『ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件』
(岩波書店、2014年)などがある
元毎日新聞記者のジャーナリスト、
中村一成(いるそん)氏
が、
「『私たち』はどのような時代に生きているのか」
と題して発題した。中村氏は
「差別というものが歴史的に
 何をもたらして来たのか。
 差別はいけないという規範が歴史的経験に
 向き合えば出てくるはずなのに、
 それを何となくないままにしてしまった部分が、
 今のヘイトスピーチにつながっている」
と指摘した。

そして中村氏は、ヘイトスピーチは
「個人ではなく属性に対する攻撃であり、
 同じ属性を持つ人間に広範囲な被害をもたらす」
と述べるとともに、
「ヘイトスピーチは犯罪化すべきだ」という
立場を表明した。

(続きはリンク先で)



「在日朝鮮人とは、朝鮮が1910年に
 日本の武力によって併合され
 植民地化されてから1945年の敗戦までは
 日本国民の一員だったことの結果として、
 日本に居住することになった朝鮮人と
 その子孫である」


これは、戦後日本の、
一種呪文のように繰り返される論調。
「天皇制」という言語同様に
サヨク用語にもなっている。



まず先に、
元毎日新聞記者のジャーナリスト、
中村一成(いるそん)氏について
どのような人物なのかを
毎日新聞記者時代の記事から探る。

★新聞紙面の私物化~毎日新聞
 中村一成事件を通して見える物

 2005年11月22日
 http://blog.livedoor.jp/tonchamon/archives/50264207.html

★あきれたウトロ地区の在日韓国人たち
  2007/9/24(月)
 http://blogs.yahoo.co.jp/ureeruhiroshi/21622258.html

★毎日新聞・新宮達
 「ウトロ」歪曲記事で炎上

 2008年03月13日
 http://blog.livedoor.jp/saihan/archives/51279177.html



崔牧師の
「日本国民の一員だったことの結果として、
 日本に居住することになった朝鮮人と
 その子孫である」という意識について
金明秀 / 計量社会学教授の意見から探る


★特別永住資格は「在日特権」か?
 http://synodos.jp/politics/11245
(引用開始)
(1)在日コリアン一世は不法入国者か?

ネット右翼の中で流通しているデマの一つに、
在日コリアン一世はそのほとんどが密航してきた
不法入国者だ、というものがある。
だがこれほど荒唐無稽な話はないだろう。
なぜなら、一世が日本本土に渡来した植民地時代、
朝鮮人は日本臣民だったからである。
たとえるなら、
政府が推奨する就職先を選ばずに
自力で九州から東京の企業に就職した
日本人大学生を「密航してきた不法入国者」
と呼ぶようなものだ。

なるほど、三一独立運動後の治安対策や
内地の雇用過剰感等から、
大正14年(1925年)から昭和19年(1944年)まで、
植民地朝鮮から内地へ渡航しようとする者には
許可制による制限が加えられた[*13]。
そして、行政上は許可を得ずに渡航する者を
「密航者」と呼んだようである[*14]。
しかし、同じ国民の地域移動を法で規制
できるわけもなく、
あくまで「朝鮮人を保護するため」を名目とした
ものにすぎなかった。
制限外での渡航が「密航」と呼ばれようとも、
それは決して「不法入国」などではなかったのである。

(引用ここまで)



同じ「日本臣民」・・・
これがトリックなんだなぁ
金明秀教授が知らないとは思えない。
ちゃんと解っているはずです。
当時の朝鮮は、日本の植民地だけれども
朝鮮総督府は、日本政府の下部組織ではなく
天皇直轄の独立機関。
だから帝国議会で制定された法令と
朝鮮の法令は違うと、このサイトにも記されている。

http://fightforjustice.info/?page_id=2573
”法制度的観点から問題となるのは、
 日本人と植民地民とに適用される法規が
 必ずしも一致しなかったという点です。
 大日本帝国の領域内では、
 属地法と属人法が併用されており
 法域と民族という二重基準からなる法制度
 存在していました。

 たとえば衆議院選挙法は属地主義的に行われ、
 日本列島内(内地)に住む朝鮮人にも
 参政権が付与される一方、
 朝鮮在住の日本人には参政権がありませんでした。
 これは法域間で法適用が異なる事例です。


一方、同じ法域内において、民族間で適用法規が
 異なる場合も数多く見られました。
 たとえば徴兵制度の運用でそれを確認してみましょう。
 大日本帝国憲法下の徴兵制度は、
 1889(明治22)年の「徴兵令」(なお、最初の
 「徴兵令」は1873年公布)、
 および1927年の「兵役法」にもとづいていますが、
 「戸籍法」の適用を受ける者が徴集されるとの
 規定から、「戸籍法」ではなく「朝鮮民籍令」
 (1922年制定。それ以前は併合以前に制定された
 「民籍法」にもとづいていました)の下で編成されて
 いた朝鮮人は徴兵を受けませんでした”



同じ『大日本帝国臣民』なのに
何故、朝鮮半島から渡日する朝鮮人に
渡航許可証が必要だったのか
朝鮮統治に基づく朝鮮戸籍令については
こちらのまとめ方が解り易い。


★誰が朝鮮人なのか
 (朝鮮戸籍と日本国籍との関係ノート)

 http://d.hatena.ne.jp/furukotobumi/20090831/p1



これが、彼らの主張する
いわゆる「植民地時代の差別」なのだが・・・
植民地の朝鮮人や台湾人に権利・義務が
無かったわけではなく、
朝鮮人・台湾人が、法的に許可された状態で
内地に移住すれば、参政権も生活保護や
社会保障の権利が生じたし、
内地人が朝鮮・台湾に移住すると、
現地には選挙区が無いから投票権が無くなった。
同じ内地でも、小笠原諸島には選挙区が無いから
日本に居住する内地人でも投票権が無かったと
矛盾しているので、
植民地の現地人を差別したというより
【大日本帝国憲法】を解釈変更しながら法改正した
結果の矛盾がいっぱいなのでは???

だから、
朝鮮人(朝鮮に属すべき者・朝鮮戸籍を持つ者)が
渡航証明書を持たないで渡航した場合は
「密航」扱いになってしまうのだよ・・・。


★戦前日本在住朝鮮人関係
 新聞記事検索 1868-1945

 http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~mizna/cgi-bin/shinbun/shinbuns.cgi?midashi=%C1%AF%BF%CD&shinbun=&local1=&local2=&bunrui=&_ymd=no&year1=&month1=&beforeyear=&beforemonth=&afteryear=&aftermonth=&karayear=&karamonth=&madeyear=&mademonth=&perpage=1000&page=9



サヨク用語の定番で
「植民地朝鮮では多くの土地が奪われ
 貧しい農民は日本への移住を
 余儀なくされた」

という主張がある。
朝鮮の地主が土地奪われたので渡日と・・・
東亜日報創業者の本家は、当時朝鮮最大の大地主
日本向け米の輸出ルートを確立し莫大な富を築き
東亜日報の他、朝鮮や満州に巨大紡績工場を持つ
大企業に成長した。
朝鮮総督府に強靭なコネを持って満州進出を果たす。
戦後、親日判定され財産没収されなかったのは
上海臨時政府の抗日運動に財政援助していたから。
サムスン創業者の本家も大地主でしたよね。

朝鮮総督府の定めた小作法(朝鮮農地令)は
小作人の権利を保護し地位を高め
小作人と地主間に紛争が起きたら場合は
第三者委員会が裁定するという公平な法律。


★朝鮮農地令の全文
 http://blogs.yahoo.co.jp/chaamiey/56509252.html
朝鮮総督府官報
第二千百七十三号(四月十一日)
を以て発布された朝鮮農地令全文左の如し
 

(全文はリンク先で)



「在日コリアン一世は
 そのほとんどが密航してきた
 不法入国者だ」
というのはデマ的表現である。
「ほとんど」という部分が曖昧。

その一方で
「在日コリアンは
 強制連行で日本に連れてこられた
 朝鮮人とその子孫である」というのは
完全にデマ。

終戦後の大阪釜ヶ崎のあいりん地区を
舞台した昭和35年(1960年)制作の
大島渚監督作品『太陽の墓場』という映画では
浮浪者や日雇い労務者から戸籍を買って
”外国人”に戸籍を売っていた
当時の世相が
描いている。

http://blog.goo.ne.jp/wangchai/e/be47f058922598a145251d2f2e70db55
http://plaza.rakuten.co.jp/kk0411/diary/201407090002/
http://ameblo.jp/runupgo/entry-11451821414.html
http://blogs.yahoo.co.jp/mhkamenao1959/9924948.html

戸籍を持っている日本人に
戸籍を売る必要は無いのだから
どのような外国人達に売っていたかは
想像できるよね。
昔の映画界は、ちゃんとこうした描写が出来た。
まだ多くの「生き証人」がいたから
リアルな表現として受容されたのだろうね。


★闇市における「第三国人」神話
 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuusandai

★[リクエスト] 
 在日朝鮮人のほとんどは密航者

 在日朝鮮人から見た韓国の新聞
 http://blog.livedoor.jp/kanedashoji70/archives/28989958.html
(引用開始)
・大金をかけてもできない
 命をかけた"密航"体験


★戦後日本の地域社会の
 変容と在日朝鮮人

 立命館大学国際研究 文 京洙
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/ir/college/bulletin/vol18-1/17-3Mun.pdf
日本のある植民地研究者は,
この「強制連行」の過酷さを指摘しながら,
「現在,日本に在住する朝鮮人は
 68 万8,000 人(1990 年末)である。
 このうちの圧倒的多数は,強制連行された
 人びとの二世か三世である
」4)と述べ,
在日朝鮮人問題の出発点がほぼこの
「強制連行」にあると示唆している。
(中略)
しかし,
在日朝鮮人問題の「出発点」としての
「強制連行」説は,善意とはいえ,
やはり,誤ったステレオタイプと言わざるをえない。
1980 年代の後半に実施された,
在日朝鮮人150 人余りを対象とする,
ある聞き取り調査によれば,
自分の親,もしくは,祖父母が「強制連行」で
日本に連れて来られたというものは皆無だった
という5)。
また,原尻秀樹は,戦後「日本に残った者の多くは
日本に生活基盤のあった者」だとして,その根拠として
「官斡旋」や「徴用」による朝鮮人のほとんどは
GHQによって実施された本国への
「計画送還に組み込まれていたこと」,
また「1950 年の在日朝鮮人の人口構成で
男女の比率が移民型をなして」いたことの二点を
挙げている6)。

(引用ここまで)



在日大韓基督教会高槻伝道所
崔牧師の「恨み」話よりも
若い人達の
「親の世代よりはマシになったけれど
 まだまだ大変なんだよね」という
ぶっちゃけ話の方が共感できるのだが・・・


★就職活動の名前の悩み
 http://znabi.web.fc2.com/jobhunt_50.html

★[5]卒業証書は本名で、
 [6]就職差別と進路保障

 http://blog.goo.ne.jp/kanagawa-peace/e/dc80c2debfe4d8c375be100a7387bd89



差別が全くなかったとは言わない。
しかし、この問題は・・・
2世達が自己のアイデンティティー確立に
差別問題に「強制連行」を強調し
お味方の日本人が、善意のデマを混ぜ込んで
メディアなどで拡散させてきたのだが
ネットの普及によって、
日本人に「疑惑」を招く結果になってしまった。

善意のデマは、
日本人へのヘイトクライムに繋がってしまう。

在特会のデモは全く賛同できないが、
一部の人達の行為を逆手にとって
海外にも拡散させて、日本全体を”しばく”
力でねじ伏せようとする
「ぱよぱよち~ん」事件のように、
そんなやり方を続ければ・・・

益々逆効果なのに・・・・


★日本基督教団と在大韓会総の協約
 http://uccj.org/wp-content/uploads/53de791ca5a9a04213daa48e53c3b4a9.pdf

★在日韓国朝鮮人連帯特設委員会 
 外国人住民基本法」署名協力を要請

 日本基督教団公式サイト 2014/04/26
 http://uccj.org/newaccount/19152.html




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Comments 1

弓取り

朝鮮人すべてが、どこに住んでいても、ある日とつぜん日本国籍者に変わったわけではなかったのですね。
たしかに、時代はある日とつぜん、国の単位で変わるわけではなくて、さらに国際外交関係で、すべてが変わるわけではないのだから、日本の朝鮮経営もしかりだったと。
日本が朝鮮の自立に配慮しつつ、内地と外地でポジティブな区別を試みたことがうかがえます。
戦後の空白期間もあったのに、いまじゃ区別はすべてがネガティブに色づけされている。

引用リンク先読んでみて、終戦後も、彼らがグレイな位置に置かれたことがわかりました。それを、なにからなにまで日本に責任を押し付けるのは間違いですよね。在日の人たち、どの時代でもどう区別されても、決めを守っていたとは言えません。

2015-11-12 (Thu) 00:10 | EDIT | REPLY |   

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