韓流研究室

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入手「韓国が世界遺産反対に 投票を要請」した文書

★入手「韓国が世界遺産反対に
 投票を要請」した文書

 ANN (06/08 11:49)
 
http://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000052109.html
「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産への
登録に韓国などが反対している問題で、
韓国が投票権を持つ国に渡した
反対を要請する文書
をANNが独自に入手しました。

(大野公二記者報告)
今回、入手した
韓国側の文書は英語で書かれていて、
投票権を持つ21カ国のうち17カ国に
先月渡されたものです。
そこにはまず、
日本が申請しているうちの7施設で、
約5万8000人の韓国人が強制労働させられたことが
紹介されています。さらに、
「この場所で、多くの韓国人が愛する家族のもとに
 戻ることができずに命を失いました。
 強制労働と人権蹂躙(じゅうりん)の現場が
 まるで何事もなかったかのように
 世界遺産に登録されれば、まだ生存している
 被害者らが再び苦痛を受ける悲劇になります」

などと書かれています。
そして、文章の最後は
「正義が実現できるように
 韓国への支持を要請します」
と結ばれています。

 一方、日本政府の内部文書によりますと、
これまで投票権を持つ国のうち、日本の支持を
表明しているのは12カ国にとどまり、
登録決定に必要な3分の2の支持に届いていない
ことが明らかになっています。
投票国との交渉に関わる韓国政府関係者は
「すでに12カ国が日本を支持したというのも疑問だ。
 投票国の間には
 『韓国の主張の仕方のほうが合理的だ』
 という声が広がっている」と話しています。

(引用ここまで)



関連記事

★韓国「政治問題化させた日本に責任」
  “逆転”狙い対日協議も

 産経新聞 2015.5.7 23:10
 http://www.sankei.com/world/news/150508/wor1505080005-n1.html
【ソウル=名村隆寛】
「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産への
登録に強く反発する韓国は、関係国などに
登録反対を呼びかける一方、
登録阻止に向けて日本との直談判に持ち込んだ。

 韓国は、登録が見込まれる23件中、
長崎県などの7施設に日本の朝鮮半島統治時代、
約5万7900人の朝鮮人が動員され、
94人が死亡したと主張。
「人類の普遍的価値を持つ遺産を保護する
 世界遺産条約の基本精神に反する」
(尹炳世外相)との立場だ。

 韓国外務省報道官も7日の定例会見で、
「再考を促したにもかかわらず、
 日本は登録を強行し、政治問題化させた。
 責任は日本にある」などと述べた。
国会の羅卿●(=王へんに援の旧字体のつくり)
外交統一委員長は同日までに、世界遺産委員会の
各委員国に登録反対を訴える書簡を送った。


 韓国側を登録阻止に駆り立てる背景には、
歴史認識問題に加え、安倍晋三首相による
4月末の米上下両院合同会議での演説がちらつく。
韓国は演説に反発し、慰安婦問題などでの謝罪を
盛り込むよう米国を舞台に強く働きかけたが、
不発に終わった。


こうした結果に、韓国では
「日本にやられっぱなし」という一方的な不満が
募っている。「無能な外交」(韓国メディア)として、
非難の矛先は政府にも向けられている。
登録決定の見通しとなっても、最終決定まで
各委員国に反対を訴え、逆転を狙う構えだ。


 一方、日本との協議では、韓国が反対する
7施設を登録から外すよう要求するとみられる。
登録が決定しても、7施設に関しては
「少なくとも『朝鮮人が働かされ、死亡した』と
 明記されるべきだ」(外交筋)との立場で、
譲歩の姿勢はうかがえない。

(引用ここまで)



引退するする詐欺の池上さん、
「日本は韓国と仲良くすべし!」などという
プロパカンダ番組を創っても
仲良くなんかできないのですよ。
彼らの言う「未来志向の友好関係」ってのは
韓国に都合の良い歴史認識と、賠償金おかわり!
なのだから・・・日本が譲歩しまくれってね。

炭鉱には、朝鮮人だけでなく
日本人も”強制労働”していましたけれど。

★軍艦島が観光地になった途端に
 強制連行の舞台に―
 同じ境遇で働いていた
 日本人は何だったのか

 朝鮮歴史館 2009-07-04 07:25:04
 http://ameblo.jp/campanera/entry-10292924039.html
【長崎】「朝鮮人約500人を強制連行」
朝鮮人が「地獄門」と呼んだ門を通って島内に…
軍艦島ルポ~海で力尽き溺死した逃亡者
[07/03]

(中略)
端島が三菱鉱業に買収されたのは1890年である。
その後、閉山まで80余年間の炭鉱の島としての
歴史を歩んだが、強制連行された朝鮮人が
この島へ送られてくるのは39年~45年にかけて
だった。
当時、強制連行で強制労働させられた
朝鮮人は約500人だった。
全体の炭鉱労務者が
約1800人といわれるので、
朝鮮人坑夫は約3分の1弱の割合である。

(中略)
(内岡貞雄、元社会科教員)
ソース:朝鮮新報
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2009/06/0906j0703-00005.htm

(略)
全員朝鮮人だったら
そりゃ酷い扱いだなと思わんでもないが、
日本人が三分の二も占めてるじゃないか。

で、たこ部屋に押し込められたっていっているが、
日本人も港湾関係とか炭鉱関係は同じ扱いを
受けてた独身者なんて山ほど居たんだが?

(中略)
朝鮮人強制連行という話は、
1965年に朝鮮総連活動家の
朴慶植という人物によって作られました。

「1965年」と「朝鮮総連」というのが鍵です。

1959年から、朝鮮総連は帰国運動を大々的に
やっていましたが、1963年頃の北朝鮮は、
朝鮮戦争の後遺症のため経済状況が非常に悪く、
さらに、帰国者が犯罪者扱いされていることが
原因で、帰国運動は行き詰まりました。

そのため、在日が日本に居座る理由が必要になり、
朴慶植という人物が旧日本軍が善良な朝鮮人を
トラックで拉致したという嘘話を本に書き、
左翼ジャーナリストや評論家が事実を確認せずに
引用したので、事実のように広まりました。
しかし、1990年代になり、実証的に強制連行を
調査したところ、すべて捏造だったことが分かった為、
在日の歴史学者は強制連行とは戦時徴用のことだと
定義を変更し、トラック連行説との違いを曖昧にする
ために強制徴用という言葉を作り上げました。


(引用ここまで)



★世界遺産「軍艦島」を行く
 http://www.tanken.com/gunkan.html
(引用開始)
昭和8年(1933年)、流行作家の江見水蔭が
軍艦島を訪れました。初めて見た軍艦島を
《竜宮城の如く各建築の電灯が輝き渡り、
 海上デパートかと疑われた》
と書き、
興奮しながら早朝の島に上陸します。

江見水蔭は、この島はどうやって水を調達
しているのかと従業員に聞きます。
答えは「海水を蒸留して作る」というもので、
その結果、この島では大量の塩が製造されている
ことがわかります。そして、

《坑夫なども昔の如き荒い気分はなく、
 主義者(=左翼)が来ても、
 救護救済機関が整備しているので、爪も立たぬ》

《神社、学校、寺院、劇場、料理店まである等、
 正に洋上の理想郷。現実の極楽島》

とまで評価し、浴場で風呂に入ってから
就寝するのでした。
(なお、1931年から給水船による補給が始まっており、
 1957年には海底水道が完成しています)

端島には1920年代から、
多くの朝鮮人が働いていました。
仕事と高給を求めて自ら海を渡ってきた
人たちです。

 戦局が悪化し、日本人の労働者が不足した
1944年9月、国民徴用令によって朝鮮人の徴用が
始まります。これは、下関ー釜山間の連絡船の
運航が困難になる1945年3月まで続きます。

 このとき、韓国の主張する
強制連行があったのか、なかったのか。

実は、軍艦島には大正時代から遊郭がありました。
遊郭といっても、いわゆる遊女屋ですが、
昭和に入ると島南部の商店街に3軒の遊郭があった
ことがわかっています。
「本田」と「森本」、
そして、朝鮮人専用の「吉田」です。
「吉田」は遊女も朝鮮人でした

(『軍艦島入門』による)。
 
つまり、朝鮮人も日本人と同じように
遊郭で遊べたわけで、これはちょっと
強制労働という指摘は的外れに思えます。

(全文はリンク先で)



流行作家の江見水蔭が著書で
主義者(=左翼)が来ても
と書いているように、
戦前から、炭鉱などには社会社会主義者が来て
背後で労働者を煽っては、労働争議を首謀していた。
麻生炭鉱でも、炭鉱の近くに移り住んだプロ活動家が
炭鉱夫たちに入れ知恵をして、労働争議を起こさせる。
賃上げや待遇改善を求めて労使交渉をするのです。
朝鮮人も日本人と同じく保険加入していましたから
炭鉱事故で怪我をすると、労災が認定され
入院中も休業補償があり、賃金が支払われていた事が
戦後の、サヨク活動家の著作にも記載が有ります。
労使交渉は
気性の荒い炭鉱夫が、机をひっくり返したり
怒号を浴びせての交渉ですから、
経営者側はエスカレートすると警察を呼びました。
朝鮮人労働者の暴動の沈静化に活躍したのが
朝鮮人の労務管理者達です。
日本語と朝鮮語が出来る労務管理者は、
どの炭鉱でも引く手あまたで、良い条件の会社に
ヘッドハンティングされてしまうので、高給取りです。
麻生炭鉱の朝鮮人労務者は、副業で
炭鉱近くに「朝鮮人労働者向け」の飲み屋を
開業しています。
朝鮮炭鉱夫の為に、朝鮮から酌婦を呼んで雇用し
著鮮人達の癒しの酒場を経営していたらしいですよ。

李明博元大統領のお父さんは、戦時中は
朝鮮人労働者を軍施設の建設労働者を派遣する
派遣業の仕事をして
日本中を家族と共に転々と
していたそうです。
朝鮮人労務管理者同様、高給取りだったのでしょうね。

私の伯父も”徴用”されて、
わざわざ静岡県から北海道に配属されて
道路建設や防空壕を造るために
朝から晩まで”強制労働”させられました。
生前の伯父の話では、朝鮮人労働者もいて
「『同じ釜の飯』を喰った」と言っていましたよ。

北海道のサヨク活動家達は、
朝鮮人労働者の”強制労働”の記念碑を
あちこちに建立していますが・・・
伯父のように、朝鮮人労働者と全く同じ条件で
労働していた日本人の”徴用者”には
感謝も同情もしてはくれません。おかしいですね。
サヨク活動家達は、
日本人徴用者なんかいなかったかのような
慰霊碑を建て捲っているのです。

★労働者強制連行の実態
 松代大本営の朝鮮人労働者への
 食料配布は1日7合と判明

 http://nandato.tumblr.com/post/26483254110
第2次大戦中に、長野市の松代大本営の
建設工事に携わった朝鮮人労働者に対し
1日当り7合の白米が配給されていた事が
当時の関係者の証言で新たに分かりました。
(中略)
それによりますと地下壕の中で掘削のために
働いていた朝鮮人労働者には1日に白米7合、
壕の外で資材の運搬などで働く人には白米3合が
配給され他にそれぞれ麦やトウモロコシなどが
配られていたということです。
朝鮮人労働者の食料については
これまで極めて粗末だったとされていましたが
今回の証言について守る会では
「当時の食料事情を考慮すると待遇は良く、
 軍が大本営建設を重視していた
 現われではないか」
と見ています。

(続きはリンク先で)

★松代大本営跡と「キムの十字架」
 http://blogs.yahoo.co.jp/nekomilk5/11463376.html




この松代大本営の建設工事には
「慰安所」があり、朝鮮人の慰安婦がいた事が
判明しています。
誰の為に開設して、誰が利用していたのか・・・
当然、朝鮮人労働者を慰安するためです。

さて、戦後の韓国では
日本に出稼ぎに出ていた元炭鉱夫達が
大量に帰国してきます。当然、仕事は無い。
そこで・・・
労働者不足のドイツが「炭鉱夫」の募集をします。
韓国政府は国を挙げて
ドイツに「韓国人炭鉱夫」を輸出します!


危険な炭鉱の仕事ですから、事故で亡くなった
韓国人炭鉱夫も大勢います。
祖国の外貨獲得の為に、過酷な労働をしている
韓国人炭鉱夫の為に、当時の韓国大統領は
ドイツ訪問の際に、炭鉱夫達に会いに行っています。
「お国の為に、頑張ってください!」と・・・

★50年前にドイツに向け
 発った彼ら>炭鉱夫と看護婦と・・・

 こりあんうぉっちんぐ 2013-11-17
 http://ameblo.jp/nobody0728/entry-11698373671.html


因みに、戦後の日本も西ドイツやカナダに
炭鉱労働者を”派遣”しております。

★西ドイツにおける
 日本人炭鉱労働者

 http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/7803/1/62-3-4mori.pdf


★さらば日本の炭鉱―
 ドイツ・カナダの日本人炭鉱マン

 http://www.amazon.co.jp/%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%B0%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%82%AD%E9%89%B1%E2%80%95%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%80%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E7%82%AD%E9%89%B1%E3%83%9E%E3%83%B3-%E6%A0%97%E5%8E%9F-%E9%81%94%E7%94%B7/dp/4582823572




★ 戦後ドイツの韓国人看護師と
 炭鉱労働者
 -ドイツ移民史の一齣一一

 愛知大学 近藤 潤 三
 http://repository.aichi-edu.ac.jp/dspace/bitstream/10424/3824/1/shakai49235250.pdf


ううむ、この特別寄稿文を読むと
戦後の西ドイツにおける韓国人労働者の
労働環境は酷いですねぇ・・・
他の外国人炭鉱夫に比べて条件が悪かった。
失業率30%という韓国の現状が、悪条件でも
労働者を輸出せざるを得なかった。

屈強な労働者でも厳しい労働に加えて、
出来高払いだったので、慣れない韓国人労働者は
最低賃金にも満たない。
組合費は自動天引き。
少ない給料の大部分を、
祖国の家族に送金しなければならなかった

西ドイツの炭鉱企業が用意した宿舎は
すし詰め状態で、環境も劣悪。
雇用側の都合で保証金なしに、一方的に解雇できる。
炭坑事故で、怪我や死亡しても
本人や遺族に対しての保障や賠償金を支払う
規定が無かったのだそうだ。


おやおや?
日本の炭鉱で働いていた朝鮮人労働者と
戦後の西ドイツの韓国人労働者。
日本だけが強制労働を強いていたのか???

韓国や、日本のサヨクが
「ドイツを見習え!」と叫ぶとは
笑っちゃいますわ。




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