韓流研究室

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国歌と国旗・・・奈良教育大付属中にみる起立して歌う自由。

★起立したのは卒業生たった2人…
 「国歌」着席のまま、曲だけ流す 
 国立奈良教育大付属中、入学・卒業式

 産経新聞2015年4月2日(木)09:02
 
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/sankei-wst1504020016.html
  nara0461b88.png

国立大学法人・奈良教育大付属中学校(奈良市)の
入学・卒業式で、国歌斉唱が行われていないことが
1日、学校などへの取材で分かった。
式典では生徒らを着席させた上で
「君が代」の曲のみを流していた。

国は平成11年に国旗国歌法を制定し、
学習指導要領でも国旗掲揚と国歌斉唱の指導を
明記しているが、同校は過去十数年間にわたり、
入学・卒業式での国歌斉唱を実施していない。
教員養成機関でもある教育大のあり方として
議論を呼びそうだ。

式は生徒が企画…

 学校側は産経新聞の取材に
「式は生徒が企画、準備するものとして定着しており、
 開式後に座って(国歌を)聴く形で続いてきた」と説明。
「今後はきちんとした形に改めたい」とし、
8日の入学式では国歌斉唱を行う考えを示している。

 関係者によると、
今年3月11日に行われた卒業式には約700人が
出席。開式後に全員で起立、礼をして「着席」の号令で
全員が席に座り、スピーカーを通じて君が代の曲が
流された。
その間、学校側は校長と副校長、教育大の学長と
副学長のみが起立。

生徒2人と保護者2人も、
自主的に起立したという。


 同校によると、国旗国歌法の制定前は、
式典で国歌を流すことさえなかった。
国旗掲揚と国歌斉唱の適切な実施を求める
文部科学省の通知などを受けて検討した結果、
着席しながら曲を聴く形になったという。

 奈良教育大教職大学院教授(国語科教育)で
付属中の松川利広校長は
「付属中の伝統を継承、尊重するということで
 現在までの方法で続けてきたが、
 改める方向で検討したい」と述べた。

 文科省が公表している公立学校教職員の
処分状況では、昭和60年度から
「国旗掲揚、国歌斉唱」に関する項目が新設され、
不起立などでの処分者数は平成12年度の265人を
ピークに25年度は21人にまで減少。
公立学校での教職員の国旗掲揚、国歌斉唱をめぐる
対応は是正が進んでいる。
国立大付属校は都道府県教委の管轄外のため、
対応は各法人に委ねられている。

アナウンスもなし、唐突に流れる曲だけの国歌

 3月11日に行われた奈良教育大付属中学校の卒業式。
保護者が撮影したビデオには、異様な光景が写っていた。

 午前10時ごろ、卒業生が式典会場の体育館に入場。
全員が起立し、一礼した。

 「ただいまより卒業式を始めます」

 開式を告げるアナウンスの後、
「着席」の号令で卒業生が席についた。

 式次第には「君が代」と書かれている。
通常なら、ここで「国歌斉唱」の号令がかかるはずだ。
ところが何のアナウンスもない。
唐突に歌のない、曲だけの国歌が流された。

 校長ら一部をのぞいて、
学校関係者も着席したままだ。
たまりかねたのか、卒業生2人と保護者2人が
自主的に起立した。

学校によると、卒業式で国歌を流した際に
生徒が起立したのは今回が初めてという。

 一方で「校歌」のプログラムでは
「校歌を斉唱します。
 みなさん起立してください」

と号令があった。
卒業生は一斉に席を立ち、校歌を歌っていた。

 ビデオを撮影した保護者は
「入学式でもこういう状況だったのに驚き、
 (国歌斉唱を行うよう)学校に申し入れたが
 変わらなかった。
 教育大付属校でこんなことが続いているとは
 思っていなかった」
と話した。

■いまだにこんな学校が

 元大阪府立高校長で、学校現場の国旗・国歌の
指導実態をまとめた『学校の先生が国を滅ぼす』
著者の一止羊大(いちとめ・よしひろ)さんの話

「学習指導要領で卒業式等における
 国歌斉唱の指導が盛り込まれて
 20年以上が経過したが、
 いまだにこんな学校があるとは驚きだ。
 本来、教員は生徒に
 『国歌は起立して歌うべきもの』だと
 指導する立場なのに、
 座って国歌の曲を聴くだけとはひどい話だ。
 教育大学がこれでは、
 良い教員が育つはずがない。

 教員自ら起立して国歌を斉唱するよう、
 校長は教員を指導すべきだ」


(引用ここまで)


★日本の学校で量産している
 「国歌を歌えない国民」は恥 
 K・ギルバート氏

 ZAKZAK 2015.03.18
 http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150318/dms1503181140003-n1.htm
「東京マラソン2015」(2月22日開催)で、
私が所属する六本木男声合唱団倶楽部(六男)は、
毎年恒例の「君が代斉唱」を行った。

 ときどき、
「米国人なのに君が代を歌えるんですか?」
と聞かれるが、トータルで37年も日本に住んでいたら、
歌えて当然だと思う。各種イベントの国歌斉唱で、
自分だけ歌えなかったら恥ずかしいではないか。

ところで、君が代の変遷をご存じだろうか。

 六男の団長でもある作曲家の三枝成彰氏によれば、
明治3(1870)年に英国人のフェントンが作曲した
初代は、日本語になじまず6年後に廃止された。

 明治13(80)年に、宮内省式部職雅楽課と
海軍省で作った2代目が現在の君が代だが、
邪魔が入る。

 文部大臣の森有礼(ありのり)が、
米国人のメーソンに賛美歌(英国人ウェッベ作曲)ベース
の3代目を作らせ、文部省唱歌として推奨したのだ。
明治22(89)年の大日本帝国憲法発布の際は、
3代目が歌われた。

 しかし、森大臣が暗殺されて3代目は後ろ盾を失い、
2代目が復権したのである。

 明治36(1903)年にドイツで行われた
「世界国歌コンクール」で1等を受賞した
だけあって、完成度は2代目が最高である。


 六男はコンサートで全部を歌うことがあり、
私は当然3つとも歌える。

さて、米国人の私が歴代の君が代を
全部歌えるのに、日本にずっと住む日本人に
君が代を歌えない国民が相当いる。
この現状は、はっきり言って

日本の恥である。

 そうなった理由を私はよく知っている。
君が代は
「先の戦争における軍国主義の象徴だから
 歌うべきではない」
 「国歌として認めたくない」などと、
子供じみたワガママを言う教師が
全国に存在するからである。


税金から給料をもらう公務員たる教師が、
憎国的な個人感情やゆがんだ思想
教え子に強制している。

「日の丸・君が代をおしつけないで!」
と被害者顔で活動しているが、
彼らこそ、身勝手な思想信条を子供や地域社会に
押し付ける加害者である。

 君が代の「君」は天皇を意味し、天皇賛美の歌は
良くないという議論もある。
ちなみに「君」の意味は複数の説がある。

 ところで、英国国歌の題名は
『God Save the Queen』。
英国女王や王室を賛美し、大絶賛する歌なのだが、
日本の国歌に天皇賛美の意味が込められていたとして、
何が問題なのだろうか。

 日本国憲法は第9条ばかりが話題になるが、
第1条から第8条までは天皇に関する条文である。
最も重要だから最初に規定がある。
元首だろうが象徴だろうが、
昔も今も日本国を天皇抜きで語ることは
憲法上不可能だ。

 余談だが「9条守れ!」と叫ぶ政党の中に、
「天皇制をなくす立場に立つ」と掲げている党もある。
有権者がこれを「護憲」政党と認識している理由が
分からない。


 日本の学校は、
世界の常識から見たら
まったく恥ずべき
「国歌を歌えない国民」を
意図的に量産している。

この問題を政府や自治体は放置すべきではない。

■ケント・ギルバート 
米カリフォルニア州弁護士、タレント。
1952年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。
80年、法学博士号・経営学修士号を取得し、
国際法律事務所に就職。83年、テレビ番組
「世界まるごとHOWマッチ」にレギュラー出演し、
一躍人気タレントとなる。
現在は講演活動や企業経営を行っている。
最新刊は『不死鳥の国・ニッポン』(日新報道)。

(引用ここまで)



★『国歌を歌うのが恥ずかしい』状況が
 物語る異様な日本の教育現場
 
 『週刊ダイヤモンド』    2007年3月10日号
 櫻井よしこ
 http://yoshiko-sakurai.jp/2007/03/10/569


★週刊新潮・「日教組」教研集会で
 発表された亡国の授業光景

 週刊新潮2015.2.19号
 http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/42978080.html

★クリスチャンだから不起立?
 国歌斉唱不起立、処分不服で大阪府を提訴・
 君が代斉唱に宗教は無関係

 2013.9.24
 http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/?no=5209


★卒業式で君が代不起立ビラを
 撒いていることが発覚!!

 保守速報 2014年03月12日
 http://hosyusokuhou.jp/archives/36915331.html
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国歌・国旗の”強制”を反対する人達の意見は

例えばコチラ
★中高生のための憲法教室
 第13回 
 <嫌いなのは自由、歌うのは義務?>

 http://www.jicl.jp/chuukou/backnumber/13.html
日の丸や君が代についてはその歴史的な
意味合いから,
国旗や国歌にふさわしくない、
だから自分は敬意を表したくないし、歌いたくない
という人もいます。
そのような人たちに国旗掲揚や国歌斉唱を
強制することができるのでしょうか。
(中略)
ときの権力者が天皇のもとに国民を支配するために
創り出したものであり、日本古来の伝統でも何でも
ありません。またこれらは同時に軍国主義とも
結びつき、血塗られたイメージを持つ人も少なく
ありません。

こうした国旗や国歌というシンポルにどのような気持ちを
もつかは一人ひとりの自由であり、まさに内心の問題です。
憲法では「思想・良心の自由」として保障されています(19条)、
そして、仮に多くの国民が納得するような新しい国旗や
国歌ができたとしても、それを敬うように強制することは
できません。多くの国民がそれをよしとしても、
少数の人たちにそれを強制することはできないのです。
(中略)
君が代斉唱を強制されることがその人にとって
こうした意味を持つ場合には、その強制は
憲法違反になります。

そして憲法に違反することは、たとえ公務員への
職務命令によっても強制することはできません。
ましてや、子どもたちに事実上強制することなど
できるはずもありません。


「思想・良心の自由」は、「自分らしく生きたい」という
個人の尊重の延長線上にあります。
日の丸・君が代の強制はこれを正面から否定する
ことになってしまうのです。
(引用ここまで)



では、何故、学習指導要領において
尊重する指導を行うように「規則」にしたのか。

★国旗・国歌
 http://www.kenjya.org/kokki.html
以下抜粋

●国旗や国歌と骨肉の死がたちまち結びつく
 くらいなら、一升びんを見るたびに
 顔をそむける人があってもよさそうである。
 玄米が配給になると、一升びんにいれて
 竹の棒で突ついて白米にした。
 食いものの恨みは忘れ、旗や歌の恨みだけ
 おぼえているのは不自然だというより、
 うそである。
 《山本夏彦 「山本夏彦名言集」 他の著書「茶の間の正義」》

●日本の若者が海外で、他国の国旗に対して
 極めて無礼な態度をとっているのに出会った。
 彼らは国旗・国歌が敬意を捧げるべき存在であり、
 自国の国旗に対するのと同等の敬意を他国の
 国旗にも捧げなければならない、
 それが国際人としてのマナーである、という
 基本的教育を全く受けていない。
 少なくともこのマナーだけは必ず教えなければならない。
 そういうことを全く無視する人々がいる以上、
 やはり法制化はやむを得なかったといえる。

《井沢元彦 「読売VS朝日 社説対決50年」》


●日の丸は血にまみれているというが、
 どこに血にまみれない国旗があるか。

●天皇制といえば反対、国旗といえばあげない
 というのはパブロフの犬(条件反射)である。
《山本夏彦 「世間知らずの高枕」》


●教師は思想・良心の自由を言う前に、
 国民の付託を受けて教育という崇高な
 使命を担っている。
 教育には人間教育と国民教育という2つの柱があり、
 教師には子どもたちに日本国民としての基礎基本を
 教え、日本人としての心を育む、という使命がある。
 たとえば国旗国歌に対して礼を尽くすのは、
 基本中の基本である。
 教師の勝手な信条でそれが学べないとしたら、
 子どもの学ぶ権利の侵害、人権侵害である。
                  
《高橋史朗 週刊新潮2006/4/27》


●1999年に国旗・国歌が法定されるまで、
 教師や政党が「法定されていない」ことを
 日の丸・君が代反対の根拠にした。
 ところが法定されると今度は「信条の自由」で
 反対するものが出てきた。
 法定されたものを「信条の自由」で拒否する者には、
 公立学校の教師たる資格はない。

 《屋山太郎 「なぜ中韓になめられるのか」》


●式典での国旗掲揚・国歌斉唱に反対する
 教職員らの妨害活動は、法規制や処分の
 徹底とともに形を変えながら変遷してきた。
 かつては職員会議で校長を長時間つるし上げたり、
 式典当日には「Tシャツやゼッケンを着けて臨む」
 「暴れる」「やじる」などの妨害活動を繰り返してきた


●こうした激しい反対闘争が沈静化した後は、
 国歌斉唱時に起立しないなどのサボタージュが横行。
 最近では生徒に式典で起立しないよう促したり、
 生徒の絵画や卒業作品などを国旗が掲示される
 壇上正面の位置に展示し、
 わざと国旗が見えないように画策。
 生徒や保護者に壇上展示を校長へ願い出るよう
 仕向けるなど、巧妙に処分を避けながら
 国旗掲揚を阻止した例もある。 
                      
 《産経新聞2006/5/29》



自分達で
「歌わない自由、起立しない自由」があり
憲法で保障されていると言っている。
でも、
「起立した歌う自由」「尊重する自由」も
憲法で保障されており、それを侵害してはならない。


彼らは、思想信条の自由と言いながら
反対派の自由は一切認めないどころか邪魔をする。

今回の問題点は、この学校が次世代の教師を育てる
国立の教育大学の付属学校だからだろう。

このニュースに関するTwitterの中で
様々な議論が飛び交う・・・
https://twitter.com/search?f=realtime&q=http%3A%2F%2Fnews.livedoor.com%2Farticle%2Fdetail%2F9960565%2F











例に挙げてごめんなさいね、山田さんとやら

>自分たちが子供のころ
 国家なんて歌ってたんでしょうかね。
 自分の周りの子供も、
 たぶん、ここの新聞社の記者も、
 歌ってなかったのではないでしょうか。


この人は、
そういう環境で育った人なのだろうなぁ・・・

今日の夕方のNHKの番組で
(途中から車の中で聞いたので
 何に対するコメントだったかは解らないが)
コメンテーターの人が
「日本人が日本のことを知らなさすぎる。
 これでは国際社会では通用しない。
 海外で、日本のことを聞かれても答えられない。
 グローバルな人間を育てるならば
 きちんと日本のことを教えるべきだ」

と言うようなことを仰っていた。

本当に、その通りでして
我が家の娘達は、
長女はカナダに1か月ホームステイ
次女は1年間アメリカに留学していましたが
必ず、日本の伝統文化について質問がある。
長女の時は
ウェルカム・パーティーでは互いの国歌も歌ったそうで
歌詞の意味を聞かれたという。

次女が通った中高一貫の私立高校では
「国際社会で活躍する人材を育てる」という理念の元
茶道や華道、万葉集などの古典文学、日本の歴史等々
グローバル社会だからこそ、英語の授業と同様に
実に熱心に授業に取り入れて教えて下さった。
民族のアイデンティティを自覚しなければ生きていけない。

国家・国旗の成り立ちも、それに纏わる歴史も
全て理解し、その上で尊重するべきだと思う。

君が代、日の丸が戦争をさせたのではない。
否定する人達は、
この様な教育が正しいかどうか、反面教師に
するべきだと思う。

★アテネの日本と国旗・国歌
 http://www1.ocn.ne.jp/~mueki/zui-atene.htm
(引用開始)
長嶋JAPANは、「銅」メダルで有終の美を飾った。
長嶋監督のもと全員が一丸となって目指した結果である。
戦いの間ダッグアウトには、
長嶋監督によって書き込まれた「3」が入った
「日の丸」が掲げられていた。
その国旗にある「FOR THE FLAG」の精神は、
オリンピックだけではない。
世界選手権をはじめ国際試合では、全ての選手が
このために、鍛錬し勝ち抜いて挑んでいる。
今月初め、中国でサッカー・アジアカップが開催された。
それがどんな状態であったかは、ご存知の通りである。
「反日」一色であった。
「日本の国旗」は焼かれる、「日本の国歌」が流れると
ブーイングの嵐であった。
中国は自国の「愛国教育」の具として
「反日」を使ったことが、今回の騒動を招いた。

他のアジアの国でも同様の傾向が
見られ、避けて通れない歴史であることも事実ではある。
しかし、国旗・国歌はその国の国民や伝統や文化といった
ものの象徴である。どこの国の国旗・国歌であろうが、
敬意を払われることは常識である。
すなわち、これは国際的な礼儀であるはずだ。


(引用ここまで)

★アジア杯サッカー場、
 露骨な「反日」 
 PK外すと大歓声

 朝日新聞 2004/07/31
 http://www.asahi.com/sports/soccer-japan/asia-cup2004/TKY200407310310.html


★アジア杯から何が見えるか?
 2007年7月 2日
 http://www5.nikkansports.com/soccer/japan/asiancup/2007/column/nishimura/nishimura20070702.html




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「歴史を直視し、アジア人民におわびし、
 釣魚島(尖閣諸島・魚釣島の中国名)を返せ」
 と書かれた横断幕を掲げるサッカー・アジアカップの
 日本―ヨルダン戦における中国の観客

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あの天安門事件の後の、
中国共産党が行った「愛国教育」の成果・・・
”思想信条の自由”と言いながら、
教師の思想を生徒に刷り込む教育は、
戦中の日本の「軍国教育」や、戦後の中韓の
「反日教育」と何ら変わらない・・・

自分を愛せない人間は、他人も愛せない。
自国に誇りを持ってこそ、他国も同じように尊重できる。
右も左も関係なく、
子供達は大人を見て育つ・・・



★君が代の続きです・・・
 卒業式に国歌を斉唱する国は、
 実は、少ない。
 世界の常識ではないようです。

 いまジャーナリストとして 2011年05月19日
 http://blog.goo.ne.jp/japan0125/e/f92e6f90898cc601d15cfc7c59b2ef05
きのうのブログで紹介した新保信長さんの本
「国歌斉唱」 (河出書房新社)は、
君が代をめぐる基本的な知識を提供してくれます。
 君が代の歌おうと主張する人たちは、よく
「世界の国では国歌を歌うのが当たり前」と言います。
それが、どうもそうではない。
この本で、そのことが大変よく分かります。
(中略)
文科省の「諸外国の」は、アメリカ、イギリス、ドイツ、
イタリア、カナダ、ロシア、中国の8か国の教育制度を
調べたものです。
その中に、「学校における国旗・国歌の取り扱い」
という表があります。
 その表によると、
イギリス、フランス、イタリアの3か国では、
通常、学校で国歌が演奏されることはないという
ことです。
ただし、フランスでは2005年に国歌が必修に
なったようです
が、これはまたのちほど確認します。

 アメリカは、連邦法で、国旗掲揚中の国歌演奏に
際しては国旗に向かって起立することが規定されて
いるそうです。

しかし、学校での義務づけ規定はとくにないとのこと
です。これは文科省の発行物ですよ。
 
 そして、結局、この8か国のうち、
学校行事で国歌斉唱や演奏があるのは、
カナダ、ロシア、中国の3か国だけです。

 カナダ、ロシアは、国や州の法で決まっている
のではなく、各校の判断で慣習的にしているだけ
だそうです。
(引用ここまで)



★岩間郁夫さんの「アメリカ暮らし(126)
 卒業式の季節」(5月21日)

 http://www.kennichi.com/culture01/c010521.html
(引用開始)
卒業生が全員着席した後は国旗の入場です。
こちらでは国旗と同時に州の旗と校旗の3本が
用意されます。卒業式のような場合、サンノゼでは
市警察の騎馬隊が協力して、なかなかの重みの
あるのを感じさせます。
そして、参加者全員が起立、帽子を脱いで、
全員での国家斉唱が続きます。

日本の卒業式では国歌斉唱、国旗の掲揚云々には
まだ議論があるようですが、
アメリカ人は自国の旗と国歌が好きで、
かなりいい加減な感じの人(?)でも、
国歌、国旗掲揚時には自分がアメリカ国民であることを
誇りに感じるように思います。
(引用ここまで)


★アメリカで学校生活~
 国歌 (The Star Spangled Banner) 斉唱

 http://americanlife4u.com/kosodate.the.star.spangled.banner.php


★アメリカの学校 時間割 1
 http://amerikagurasi.eigoandomoa.com/2007/06/school_schedule_1.html
うちのちび(3rd Grade)の
1日のスケジュールはこんな感じ

1) 8:30- 8:40 
 校長先生のお話をスピーカーを通して聞く、
 pledge*他
(中略)
1)のpleage
起立してアメリカ国旗(星条旗)に向かい、
左胸に右手のひらを当てて全員で言う
誓いの言葉です。

これを毎日言っていると言うことを
子供から聞いた時はちょっと驚きでした。

日本は式典の際に日本国旗を掲げることや、
国歌斉唱にも異議を唱える人がいたりするのに・・・・と




★イギリスは
 ウェールズ大の卒業式!!

 2010年07月27日
 http://blog.goo.ne.jp/jcfl-study-abroad/e/ad69e13bf2607fbceeaf1929453d9956
6月の終わりから2週間イギリスに戻っていました。
というのは、卒業式に出席するため。
というわけで、今回は卒業式について書きます!!
(中略)
式自体は日本とだいたい一緒だと思う。
みんなが入場して、国歌歌って、来賓の言葉があって、
卒業生の言葉があって、一人ずつ名前呼ばれて
ステージに上がって…そんな感じ。

でも国歌っていうのはもちろん英国の国歌ではなくて、
Walesの国歌。だからWales語。
留学生のあたしはもちろんわからない。
でも面白かったのが、となりのWales人のクラスメート。
歌が始まった途端に、
“ハルカわかる??あたしわかんないんだけど…。笑”
…え?あんたの国の歌じゃん。笑 
でも、周りを見てみるとうたっているのは半分いないくらい。
国歌なのに、案外浸透してないみたいです。笑
(引用ここまで)



★歌舞伎役者に医者に日本代表。
 暁星学園って?

 暁星学園・勝部純明校長に聞く
 伊藤 崇浩 :東洋経済オンライン編集部
 2013年01月28日
 http://toyokeizai.net/articles/-/12605?page=2
ですから、入学したら、英語とフランス語の
2つの言語を学んで、国際人としての基礎体力を
作ってもらいます。フランス色が強く出ているのは、
カリキュラムだけではありません。
卒業式にはフランス大使が出席して、卒業の祝辞を
述べますし、
式典には日本とフランスの国旗を掲揚します。
国歌斉唱も「君が代」の後にフランス国歌である
「ラ・マルセイエーズ」を歌います。

(引用ここまで)

 
 
 



★先週のハンガリー  
 2011.02.07-2011.02.14
 http://src-hokudai-ac.jp/hungary/tips/amulthet110207-13.html
国会開会時に国歌斉唱を導入

 国会の開会時に議員による国歌斉唱の
時間を設ける法案が10日、国会に提出された。

 法案を提出したのは与党フィデスのコヴァーチ議員
(Kovács Péter)。提出された法案によれば、
「聖なる」国歌を斉唱することで、
議員は「政党を問わず愛する祖国ハンガリーと
その選挙民を代表することを確認」するようになり

一日の仕事への活力が得られ、
更には、国会の分断された状況を乗り越える一助
ともできるとのこと。
ラーザール・フィデス議員団長(Lázár János)は、
議員団が提案を支持する可能性は十分にある
としており、国会開会時の国歌斉唱の光景が
日常化する日も遠からず訪れる可能性がある。
(引用ここまで)



★国歌斉唱
 http://tomendo0001.blogspot.jp/2010/06/blog-post_9603.html
ところで、私は、日本代表の仕事をした
事がないが 選手達が最も日本国の代表であり、
1億2千万人の代表だと感じる時が、
試合開始前の国歌斉唱であると思う。
各々の選手が心に何かを感じる時である。 
先日の北朝鮮の選手は、
この国歌斉唱の際に涙を流していた。

どのような心境であったのだろうか。

国歌斉唱の際の表情はその国々の選手よって
様子はいろいろであるが、
祖国に対しての感謝、そして誇り、両親への感謝
等で胸が一杯になるのだろう。

先日、あるコラムで小学校の卒業式で、
国旗掲揚せず、国歌斉唱を強制させないということ
を知ったが、私には全く理解できない。
こんなでは戦争するしない以前に日本人としての
アイデンティティーが無くなってしまう気がするが、
皆さんは、いかがだろうか。

世界は、資本主義世界である。
食うか食われるかの厳しい世界である。

海外に住んでみて自分が日本人であることを
誇りに思うことは、重要だと思うし、
それが支えになる。
また、子供たちに日本という国を誇りに思うように
育てることが、教育者の1つの仕事であると思うが、
これって右寄りなのかな。 
でもとっても重要だと思う。


★コラム:動かない唇 
 ワールドカップ国歌斉唱から
 多文化共生を考える

 (Hurriyet紙) 2006年07月11日付
 http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News2006711_2956.html

★世界の国歌 WORLD ANTHEM
 http://www.world-anthem.com/



サヨクさん、
何故他国は法規制しないのか?
それは・・・する必要が無いからだと思いますよ。

★国旗と国歌 
 イギリスとの違い

 http://ameblo.jp/englisheigo/entry-10878658423.html#main
(引用開始)
先日のロイヤルウェディングのみならず、
こういった国の行事で気になるのが
国旗や国歌です。

(中略)
確かに国の行事には
日本でも日本の旗が街でみられますが、
実際日本の国旗を持っている家というのは
少ないのではないでしょうか?

ましてやなんの行事もないのに、
国旗が家に飾ってあったり、
車についてたりしたら、
間違いなく周りの人は遠巻きになるでしょう。

でもイギリス(イングランド)では
ユニオンジャックのみならず、
イングランドの旗(白地に赤の十字)は
日常でも結構みられます。
 

普通にパブに飾ってあったり、サッカー好きな人が
家の窓に貼り付けてたり、ワールドカップ時には
多くの車が旗をつけてました。
(中略)
ではどうして日本は
そんな風になってしまったのでしょうか?

ワールドカップのサッカーの時には
街で見たかなー?
最近では増えたでしょうか?
オリンピックや世界陸上のときはどうでしょう?
私の記憶ではあまり見てないような。。

もちろん現地では応援する皆さん
持ってるでしょうけど。
日の丸のバッグなんて流行しないだろうし。。。

海外に住んで改めて、日本での
国旗に対するちょっと異様な態度を痛感します。


(中略)
共産党、教職員組合、朝日新聞からの
反日の丸勢力があり、
1999年に国旗及び国歌に関する法律(国旗国歌法)
が制定されます。
その間にある学校校長が自殺するなどしています。

やはり戦争時の日本の軍事行動を彷彿とさせる
イメージの一つであるものには間違いないようです。
ドイツも国旗を敗戦後変えているようですが、

それは戦争時にナチスのあのマンジ型の
ものしておくことはできないでしょうから、

当然といえば当然ですが。

日本も変えるべきだったのかどうか?

日本国民としてこういった事情は
理解しておく必要はあるかもしれません。

でも
いずれにしても、他国が国旗への侮辱行為に
対する処罰を作っているのに対し、
日本はまだ、国民が国旗を使いにくい、
掲揚しにくい状況というのはヘンですよね。

現在積極的な掲揚を推進しているようですが。

国のアイデンティティである国旗と国歌なので、
国民として誇りを持って、持ち、
歌うものであってほしいですね。

(引用ここまで)



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Comments 4

mg

1970年の生まれですが、当時は起立・斉唱は当然でした
正にテロが起こった神戸市長田区出身なんですがね
ほとんどの教師は親の少し下の世代でしたが、
若い世代の教師は高圧的で理不尽な暴力的でした
サイコパスにボコボコに殴られた事もありました
誠意を感じられれば、遊具設置の為に夏休みに校庭をツルハシで校庭も掘るし、
準備室の書籍整理を深夜までやった所で、関係は変わりませんでした

社会経験も無い人間が感情的に思春期を洗脳している感覚は当時から有りました
校則や、その上にある法律、憲法以上にイデオロギーが勝る頭のおかしい人が多かったです
それでも国旗国歌は法制化されたので、ヘタレてたんでしょうね
有名無実化する前に教師は国家に対し忠誠を誓わないといけませんよ
国民の負託として権利を得ている事を忘れるべきではない

実際に声を出して歌うと難しいんですよね、君が代って
合唱曲として教育されていないために、
式典での歌い出しのキーがとれず、グダグダになる事が多かった気がします
小中では必修科目ですので事業開始前に合唱させてもらえた方が嬉しかったんですがねぇ

当時の音楽教育は今考えると極端に左寄の歌詞が多かった気がします
ヒステリー起こして授業をボイコットする音楽教師も多かったですし

テロリストというか、共産党の工作活動の気の長さに呆れ果てています

形振り構わない支那共本部や朝鮮半島勢力が日米コントロール出来る訳も無く
保守勢力を甘く見て金で買った工作員が逃げ始めた極東と逃亡先で、
AIIBを発端として国際紛争が起こらない事を願うばかりです

2015-04-03 (Fri) 06:12 | EDIT | REPLY |   

一歩一歩、

「日本人が日本のことを知らなさすぎる。」

確かにその通りで、私なんかは、未だ未だ。
今回の、君が代が複数ある事すら知らなかったし、他にも沢山知らない事がある。

日本人って、思っているより難しいのかも…めげたりしないけど。

2015-04-03 (Fri) 11:54 | EDIT | REPLY |   

IVY

「史上初の大虐殺」を直視しろ

中国のネット記事に載った
「日本人はなぜ米国人を恨んでいないのか?」 
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=82126

中国ネットで、史上初の大量虐殺の日本のことを
こうして取り上げてくれて良かったと思う。

対日感情悪化(妄想話) 程度の話 と
核による焼き払いとは、次元の異なる話だから。

「魚釣島・・・」と叫ぶ連中は、少し考えれば解かるはず。

2015-04-03 (Fri) 16:41 | EDIT | REPLY |   

弓取り

「国立」こそ率先すべきこと

>>国立大学法人・奈良教育大付属中学校

ここって、ネット検索してみると保育園からあるんですね。かけがいのない自分自身を大切にするうんぬんとか方針が書いてある。
中学校は、「生徒ひとりひとりが主人公に」うんぬん。
小学校のを見ても、どうも気になります。いずれも子供の権利に言及されていて、「個性教育」を大事にしているご様子。(いやーな予感)

子供がイヤがったら「尊重」しそう。子供はダダをこねるもの。これも個性というのだろうか。
そのへんは、大人がいかようにも誘導したり、「もう一度考えてみよう」とか婉曲に却下できますからね。どうしたって、子供は大人の指導下にありますもん。都合よく誘導しておいて、「よくわかったね、それは君の進歩だ」と言えてしまう。大人次第なんです。子供を巧みに持ち上げ誘導して、染めてないかな。
(個性的な賢い子や反抗心が芽生え始めた子なら、逆に「先生の誘導やそそのかし」に反抗するだろうけどね)

また、校長センセイが、挨拶で戦前の否定と国や自治体の責任に言及されていますが、どうも緩やかな偏向を感じます。国立だったら、親子に国や自治体から資金が出ていることを当然のように思わせるより、感謝のこころを涵養するべきだと思います。国立の冠をつけているのなら、国に護られていることを強調すべき立場。国歌をうたい、国旗を掲揚することは、国立の学校こそ率先して実行すべきですね。
長いコメ失礼しました。

2015-04-04 (Sat) 23:54 | EDIT | REPLY |   

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