韓流研究室

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俳優・隆大介が台湾の入国審査官の足を骨折させる暴行

★酒に酔った韓国人旅行客、
 台湾の空港で暴れ職員大けが

 2015年3月22日 14時9分
 中央社フォーカス台湾
 
http://news.livedoor.com/article/detail/9917948/
(桃園空港 22日 中央社)
台湾桃園国際空港で21日午後、
成田発の台湾機で同空港に到着した韓国人の男
入境審査場で突然暴れ、移民署の男性職員に
暴行する騒ぎがあった。
職員はひざを骨折する大けがを負ったものの、
命に別状はない。


男は当時、酒に酔っていたとみられ、
入境カードの未記入を職員に指摘され
逆上したらしい。


(邱俊欽/編集:齊藤啓介)



関連記事

★俳優・隆大介が
 台湾の入国審査で大暴れ!
 審査官が足を骨折

 2015年03月22日
 http://irorio.jp/jpn_manatee/20150322/215645/
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隆大介と聞いてピンと来る人は
あまり多くはないかもしれない。
黒澤明監督『影武者』では織田信長を演じた、
凄みと色気を持ち合わせた俳優だ。

酒に酔って入国審査で大暴れ

3月21日の午後5時48分。
東京から台湾に到着した飛行機で
やってきた隆大介だったが、
入国カードの記入を求められたさいに
審査官に暴力をふるったという。

審査官は左のヒザを蹴られ、
脚を骨折する大けがを負った。


隆はその場で取り押さえられたものの、
通訳が到着するまで日本語でまくしたて
取り調べには非協力的だったという。

現地紙はこの事件を、
「この韓国人男性は酒に酔っていた」
と報じている。

マーティン・スコセッシ監督作品の撮影のため台湾へ

隆大介が台湾を訪れたのは、
2016年公開予定の”Silence”撮影のためだった。

遠藤周作氏による日本を舞台とした
歴史小説『沈黙』が原作であり、
『ウルフ・オブ・ウォールストリート』や『タクシードライバー』
マーティン・スコセッシが監督し、
『アメイジング・スパイダーマン』のアンドリュー・ガーフィールドや
『96時間』シリーズのリーアム・ニーソンが出演する話題作だ。

・出典元:囂張韓男桃機傷人 移民官腿斷送醫 - Apple Daily(3/21)
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・出典元:隆大介來台拍沉默 打傷移民官 - CNA(3/22)


 



★隆大介
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%86%E5%A4%A7%E4%BB%8B
日本在住の俳優。韓国籍。
本名及び旧芸名・張 明男(柳 明男)。
無名塾出身。


★神山征二郎「三たびの海峡」
 仰天の仕掛け

 http://mukasieiga.exblog.jp/20977303/




★沈黙 (遠藤周作)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%88%E9%BB%99_(%E9%81%A0%E8%97%A4%E5%91%A8%E4%BD%9C)
17世紀の日本の史実・歴史文書に基づいて
創作した歴史小説。1966年に書き下ろされ、
新潮社から出版された。
江戸時代初期のキリシタン弾圧の渦中に置かれた
ポルトガル人の司祭を通じて、神と信仰の意義を
命題に描いた。

(中略)
■2015年制作予定の映画[編集]

『最後の誘惑』『タクシードライバー』の
マーティン・スコセッシ監督が長年映画化構想を
練っており[1]、一時はキャスト等も発表されていたが、
制作は難航、2012年8月には映画制作を担当する
予定だったチェッキ・ゴーリ・グループから訴訟を
起こされていたが、2013年1月、Emmett/Furla Films[2]と
Corsanfilms[3] の出資、ジェイ・コックスの脚本での
映画化が正式に決定した。
撮影は2014年7月に台湾で行われる予定だったが、
2015年初頭に延期された。
現時点で予定されているキャストは以下の通り。

フェレイラ: リーアム・ニーソン
ロドリゴ: アンドリュー・ガーフィールド
フランシス・ガルペ: アダム・ドライバー
キチジロー: イッセー尾形→変更→窪塚洋介[要出典]

なお、渡辺謙が井上筑後守役で参加予定であったが、
撮影遅延のために参加できなくなった旨ツイッターで
コメントが発表され[4]、浅野忠信が彼の役を引き継いだ[5]。
現在、台湾各地で撮影が行われているが、
キチジロー役はイッセー尾形ではなく、窪塚洋介が勤めている。

(引用ここまで)



★江戸時代のキリシタン弾圧を描いた
 マーティン・スコセッシ監督の
 新作撮影現場で事故、3人死傷

 2015-02-02
 http://entertainment-matome.info/article_39977
台湾で撮影が始まるマーティン・スコセッシ監督の
新作映画『サイレンス』の撮影現場で事故が起こり、
台湾人作業員3人が死傷。

「マーティン・スコセッシの『サイレンス』が
 プレプロダクションに入っている台湾の
 CMPCスタジオで、
 本日、残念な事故が起きました」
と同映画のスポークスマンは声明で述べている。

それによると、CMPCの野外撮影現場にあった
既存の建造物を製作側が危険とみなし、
撮影に入る前に安全な状態にしようと、
外部の業者を雇って強度を上げることにしたそう。
この作業中に屋根が崩落し
作業員1名が死亡、2人が頭に傷を負ったり、
脚を骨折するなどのけがをしたという。


『サイレンス』は江戸時代初期のキリシタン弾圧を
題材にした、故遠藤周作さんの小説「沈黙」を映画化
したもので、師の行方を探して日本にわたった宣教師
ロドリゴの苦悩を描く。

(引用ここまで)



うう~~む・・・

これだけトラブル続きだと、
色々と”怨念”が漂っているのでは?

★2月4日 
 高山右近がマニラで死去

 http://s21yuji.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-e567.html
(引用開始)
ちなみに、大阪府高槻市内には
古い神社仏閣の建物は
ほとんど残っておりません。

高槻周辺は畿内にあるにもかかわらず、
古い仏像の数も少ないといわれています。
それは、
高山親子が、領内の神社仏閣を破壊し、
神官や僧侶に迫害を加えたためだ
といわれています。
 
 旧領内の多くの寺社の記録には、
「高山右近の軍勢により破壊され、
 一時衰退した」などの記述があります。
神道・仏教側にとっては、高山右近は父とともに、
暴君以外の何者でもなかったということです。
歴史には、裏・表の評価がつきものです

(引用ここまで)


★キリシタン大名、
 高槻城それに野見神社

 http://www.y-morimoto.com/kirisuto/daimyou.html


この、右近父子の社寺破壊説については
高槻市 政策財政部 営業広報室は、
日本キリスト教文化協会よりキリスト教功労者の
表彰を受けたキリスト史家の海老沢有道
論文などを参照にして、否定の立場。

★寺社焼き打ちの真相
 http://www.city.takatsuki.osaka.jp/kakuka/seisakuzai/eigyouko/Websitekanri/inishie/takayamaukon/inishie_ukon6.html


早稲田大学大学院教育学研究科紀要 
 別冊 15号-2 二〇〇八年三月

 高山右近の寺社破壊に関する一考察
 
(引用開始)
領内にあった神と仏の寺院はことごとく、
役に立たぬものは焼き、また破壊し、
適当なものについてはこれを用いて教会を建立した。
その中に津の国の忍頂寺(Ni-OSi.Js.N苦ji) と
称するはなはだ有名な寺院があったが、
今では同地方で最良の教会の一つとなっている。
同地方にあった偶像に対して行なわれた破壊ははなはだしく、
そのうちの多数は仏僧たちがかなり以前から隠し持っていた
ものであったが、たちどころに破壊された。
かつて崇拝されていたことの罰として早速、
台所の薪やこれに類する他の用に供せられた。


このように、高槻においても寺社破壊が行われていた。
この地においても、前述の有馬領でみられたような
偶像破壊が行われていたことがわかる。
「役に立たぬものは焼き、また破壊し、
 適当なものについてはこれを用いて教会を建立した」
とある。寺社の建築物は、破壊したのちも建設資材として
貴重なものであった。
役立たないので焼くことについて、二つ理由が考えられる。
一つは、荒廃の末に建設資材としての価値がなくなって
いたから。もう一つには、信仰心からである。
後者の理由を示す記事として次のものを挙げる。

…一人の修道士が、
 なぜ教会を建てる際に利用しうる、
 すなわち建設資材となりうる神仏の殿堂
 焼き払うのかと問うと、
 彼は答えて、二つの理由によって火を掛けた。
 その第一は、かつて悪魔に供せられていた、
 いとも嫌悪すべき場所が今、デウスを祭るために
 用いられるのは不当なことと思われたからであり、
 第二には、この地に偶像の記憶も跡も残らぬように
 するためであると言った。


これは、日向国野津の 「奉行のような身分の高い人」
の話である。
(中略)
この問題について、
破壊された寺社、右近列福運動の調査を行う
キリスト教徒や右近の擁護者といった立場から
論じられてきた。


(引用ここまで)


★大友悪逆之事
 http://www1.bbiq.jp/hukobekki/akugyou/akugyou.html
 「大友記」によれば、
切支丹宗信仰へ傾注する「大友宗麟」へ、
側近たちが豊後国多くの社寺神事の仔細について
申し上げたことがあった。
宗麟は静かにそれを聞き言葉を発した。
「世の障りとなるような祭礼を
 いつまでも大切に守り執り行うことはない。
 何故取り止めないか、
 未来永劫に中止すべきである」と。
      
是を聞いた側近たちは
「古来より、豊作の時も凶作の時も
 滞ることなかった祭礼を、このまま長く
 廃止すれば、神はなんと思し召すであろうか」
とおおいに心配した。
しかし宗麟は
あらゆる佛神は、
 我が切支丹宗にとって魔宗である。
 然れば豊後国中の大寺、大社一宇残らず
 破却せよと
命じたと伝えている。
(中略)
 「吉弘内蔵助」には、
国中の佛神を薪にせよと、
非道の仰せ付けがあった。
内蔵助は山々在々を駆け巡り、
佛神の尊容(そんよう:尊いお姿、即ち神形、
仏像)を日々五駄十駄と集めては
打ち割り薪となした。
(中略)
これらの社寺破却は、
総て義鎮、義統親子のときである。
このような親子の神仏への狼藉が、
家臣団や民心の離脱に繋がった。




★日野江城 
 有馬晴信とキリシタン

 http://himahima1.cocolog-nifty.com/in/2012/06/post-f4d8.html
見返りとしてフロイスが「日本史」に
「悪魔」という表現している、
キリスト教の大敵である仏教関係に対し、晴信は、
「家臣達に(たいして)(巡察)師に謝意を表して
 領内から偶像を駆逐すべしと伝達した。
 ・・・大小合わせて四十を越える神仏の社寺が
 ことごとく破壊された。」
(同:39章)

この中には雲仙の瀬戸原にある300坊、
別所にある700坊あった寺院が破壊されたもの
と思われます。
(有家郷土誌:修験道とキリシタン)





★歴史を読む
 天草・島原の乱

 http://sound.jp/sodaigomi/dorei/amakusa/amakusa.htm


★秀吉はなぜ
 「伴天連追放令」を出したのか
 ~~その1

 http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/111/


★秀吉はなぜ
 「伴天連追放令」を出したのか
 ~~その2

 http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/112/

★秀吉はなぜ
 「伴天連追放令」を出したのか
 ~~その3

 http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/113/


★戦国時代に大量の寺社や仏像を
 破壊させたのはキリシタン大名か、
 宣教師か

 http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-135.html


★穴観音
 http://himawari-kankou.jp/spot/5/34/
海に突き出た岩戸山の中腹にある洞窟で、
1582年(天正10年)に日本イエズス会の
最高位のバテレン、コエリュ=フロイスらは、
岩戸山の洞窟に隠れていた仏教徒たちを襲い

大きくて持ち運べない仏像は燃やし、
破壊したという。
その他の仏像は口之津の修道院に持ち帰り、
薪にしたという。



★日本人奴隷が大量に
 海外流出したことと
 ローマ教皇の教書との関係
 ~~その1

 http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/172/


★日本人奴隷が大量に
 海外流出したことと
 ローマ教皇の教書との関係
 ~~その2

 http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/173/


★日本人奴隷が大量に
 海外流出したことと
 ローマ教皇の教書との関係
 ~~その3

 http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/174/




★キリスト教弾圧成功が
 日本の植民地化を防いだ。

 http://www.endanji.com/?p=207
(引用開始)
1560年、ポルトガル人によってインドのゴア
設けられた「死の収容所」には、
ヒンズー教、イスラム教、仏教徒など「邪教」を
信じる者が収容され、教会による拷問は苛酷を
極めたと言われています。
16世紀から17世紀のはじめにかけて、
宗教裁判によって殺されたゴアの住民は3800人
にも上っていたのです。
日本に来た宣教師は、こういう残酷なことをしなかった
ことは確かです。 それはザビエルをはじめ日本にきた
宣教師たちが良い人だったからと考える人がいたら、
それはあまりにも人が良すぎます。
日本の政治体制がしっかりしていて、
外国人宣教師たちが好き勝手なことができなかったからです。
キリシタン弾圧のタイミングを逸して、
もし幕末にでも弾圧をしたらどうなったでしょうか。
それこそキリシタンの信者はさらに増えていて、
弾圧するとすればヨーロッパ諸国が介入してくるでしょう。
その時日本は、ヨーロッパ諸国との軍事力の格差が
広がりすぎていて、たちうちできなかったはずです。
(中略)
中南米に住む人たちは、
キリスト教を弾圧できないどころか、
民族自身が弾圧されてしまったのです。
そして現在の中南米では、
自分たちの祖先弾圧に手を貸したカトリック教を
まるで国教のように信仰しているのです。

私から見れば実に哀れというほかはありません。
(中略)
日本でキリシタンの布教が活発に行われていたころ、
見逃してはならないことは、神社、仏閣の破壊です。
ローマ帝国でもキリスト教が国教になると
それ以前の数百年にわたる多神教時代の多神教に
関する建造物は、ことごとく破壊されています。
日本でもキリシタンによる神社、仏閣の破壊がありました。
だから秀吉はキリシタン禁止令の理由の一つに
「神社、仏閣の破壊は見逃すわけにはいかぬ」
とあげているのです。
不思議なことに日本の歴史書、
特に歴史教科書にいたっては、日本のキリシタン弾圧は
強調しますが、神社、仏閣の破壊行為については
あまり振れようとはしません。

日本に初めてキリスト教が伝えられた当時の宣教師、
ルイス・フロイスは、長年日本に滞在して「日本史」を
書いたほどの日本通ですが、彼はその中で
仏像を焼却するか首に縄をかけて
町中に引き回し、教会で炊事の薪にした

と書いています。
いったん破壊されて数十年も経つと、
記録にでも残されていないかぎり、
そこになにが建っていたか忘れられてしまいます。
例えば、 私は現地に行って実際には見ていませんが、
雲仙の温泉地獄で幕府により改宗を迫られ、
断固拒否して殺された30数名の神父とキリシタンに
ついては石に刻んで記録に残し、大きな十字架を建てて
観光客に訴えています。
そこから数百メートルの地点に
温泉神社と真言宗の満明寺が存在しますが、
双方とも当時神父やキリシタンにより破壊されて
しまったことは現在どこにも記されていません。
皮肉にも、唯一の史料は
ルイス・フロイス著「日本史」です。


(引用ここまで)


★喜々津宗教史
 http://www.geocities.jp/baron_yoshida/shukyo.html




フランシスコ・ザビエルにキリスト教布教を許可した
大内義隆・・・
大内氏は元々、朝鮮半島からの渡来人の一族で
本姓は多々良氏
http://roadsite.road.jp/history/muromachibuke/ouchi/ouchi01.html

百済の聖王(聖明王)の第3王子である琳聖太子の
後裔と称している。
琳聖太子が日本に渡り、周防国多々良浜に着岸した
ことから「多々良」と名乗り、
後に大内村に居住したことから大内を名字としたとする。
しかし琳聖太子の記録は古代にはなく、
大内氏が琳聖太子後裔を名乗るのは14世紀以降とされる。
また、『新撰姓氏録』に任那系の渡来人として
「多々良公(氏)」)が掲載されており、
この一族との関連性も考えられる。

こんな説も・・・
★大内氏が簡単に滅亡した訳
 http://homepage2.nifty.com/shinkei/yamashiro/ouchi.htm



隠れキリシタンの歴史を「世界遺産」登録しようと
長年活動してきた、日本の基督教団・・・

キリシタン大名のキリスト教布教で
領民達はすぐに改宗したのだろうか?
宣教師や領主達によって、
それまで信心し守ってきた神社や仏閣は壊され
拝んできた仏像は、縄ででくくり付け市中を引き回され
薪にされて燃やされる。
こんな光景を、連日見せつけられての改宗なのだ・・・

ましてや、先に改宗したキリシタンによって
改宗を拒み抵抗する者は村から追い出される。
先祖代々守ってきた土地を、追われてしまう。
それどころか、先祖の墓石は教会の階段にされ
それを踏んで教会に通うのだ。
これじゃまるで
「キリシタン迫害の象徴・踏み絵」と同じ構図では?



★神田千里 中公新書1817
 島原の乱

 http://www.hi-net.zaq.ne.jp/bupef907/books342.htm
(引用開始)
十月二十五日、島原半島東南部の有馬村で
キリシタン集会を取り締った松倉家中を殺害し、
キリシタンが蜂起した。
北の深江村で藩方と交戦になった。他7村でも蜂起した。
藩方は島原城に籠城した。
十月末までに藩を二分する内乱となった。
他の村に入りキリシタンへの改宗を強要した。
キリシタンの攻撃対象は寺社と改宗しない村人であった。

藩方についた村もあり、後に熊本藩士は「日本宗」と
呼んでいる。
真言宗、一向宗、神祇信仰を持つものであった。


 有馬村の蜂起の二日後、天草の大矢野で
キリシタンが蜂起した。残りの村民の改宗を迫り
上島の上津浦を押え、栖本で藩方と交戦した。
十一月九日と十二日に江戸へキリシタン蜂起の
報告が入り、両藩主の帰国と近隣藩へ加勢の指示が出た。
唐津藩は加勢もあったが下島の本渡でキリシタン側に敗れ、
西北端の富岡城に籠城することとなった。
この時、城代三宅重利は討死した。

 十一月二十四日藩主勝家が島原城に入った。
鍋島家中が半島の付け根の唐比に進軍した。
その報を聞き、キリシタン側は有馬村の南の原城跡に
移動し籠城した。
熊本藩は天草に入り大矢野・栖本・上津浦に進んだが、
交戦することなく天草を制圧した。
天草のキリシタンも原城へ向っていたのである。
原城には一万五千の農民からなる反乱軍が居た。
鉄砲は五百丁あった。


(引用ここまで)


★地球史探訪: 島原の乱
 ~ 持ち込まれた宗教戦争の種子

 http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogdb_h18/jog435.html
1.「立ち帰った」キリシタンたち

寛永14(1637)年10月、島原有馬村の二人の百姓が、
天草 へ行き、そこで「天の使」として布教を始めた
益田四郎という16歳の少年(天草四郎)に帰依して、
キリシタンが礼拝する 絵像を持ち帰り、村人を集めて
布教を始めた。

四郎は習わぬのに文字を読み、キリシタンの講釈を行い、
また海上を歩いて見せたという。
そして、次のような檄文が流布されていた。

キリシタンになり申さぬ者は、日本国中の者ども、
 デウス様(神)より左の御足にて
 インヘルノ(地獄)へ、御踏みこみなされ候間、
 その心得あるべく候。


島原・天草地域は、30年ほど前まで有馬晴信、小西行長
というキリシタン大名に統治され、領民の多くはかつて
キリシタンであった。
二人の百姓の布教で、10月23日の一晩だけで
7百人あまりの男女がキリシタンに「立ち帰った」という。

翌日、代官がこの二人を捕らえ、島原城に連行して処刑した。
しかし、キリシタンたちは集会を止めず、殺された二人を
「天上し(天国に行き)、自由の身になった」と礼拝した。
この集会を解散させるために赴いた代官たちを、
キリシタンたちは殺害し、
「代官、僧侶、神官らを殺害せよ」と
近隣の村々へ触状を回した。


これに呼応して、各地で立ち返ったキリシタンたちが、
代官 はじめ、僧侶、神官、果ては行きがかりの旅人まで
を惨殺した り、磔(はりつけ)にした。
「島原の乱」の始まりである。

(引用ここまで)


★「階段遺構」13年ぶりに
2014/07/13(日)
http://maguro.2ch.sc/test/read.cgi/poverty/1405251928/l50
南島原市教委は、世界遺産登録を目指す
「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産、
日野江城跡(同市北有馬町)の代表的な遺構で、
保護のため埋め戻されていた階段遺構
13年ぶりに露出させ、公開している。

同城跡は、キリシタン大名、有馬晴信の居城。
キリスト教の繁栄を示す史跡として、
構成資産に含まれている。

市教委によると、階段遺構は1998~99年度に
旧南高北有馬町教委による発掘調査で見つかり、
2001年に埋め戻されていた。

幅約6メートル、長さ約11メートルで、
22段ある階段の敷石は五輪塔など
仏教式の墓石を壊して転用された。


階段脇の石垣には外来系技法が用いられ、
国内の城郭では珍しい遺構という。
市教委は世界遺産登録に向け、
同城跡を整備中で、階段遺構の展示方法を
決めるため、今回露出させた。
約1年かけて風雨など気象の影響や敷石の
強度などを調査する。仮設の覆屋を設置しており、
見学者は通路から見ることができる。
同市の観光ガイド団体、有馬つんなも会は
12日午前9時から、主に市民を対象に同城跡と
周辺をめぐるツアーを開く。

佐藤光典会長は
「階段遺構は約400年前の有馬氏の力を示す
 意義深い遺構。世界遺産登録に向けた
 地元の機運が高まればうれしい」
としている。


★日野江城跡階段遺構
 ~南島原市北有馬町

 http://himahima1.cocolog-nifty.com/in/2012/06/post-8fd4.html
(引用開始)
この階段遺は幅5.5メートル、高さ3,3メートル、
22段の階段ですが、2つの特徴があります。
一つは階段の所に仏教関係の五輪塔等を
転用し階段に使っている事です。
この遺構はキリシタン大名有馬晴信時代のもの
といわれ、いわば仏式の墓を踏まなければ
入城出来ない
事になるのです。

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当時調査した実測図に合わせ、
五輪塔、宝篋印塔が使われている所に、
赤印をつけてみました。
階段が崩れているところ、階段の上の方が
写真では確認出来ず、実際はもっと多かったと
思います。
それまでの墓である、五輪塔、宝篋印塔が
いかに多く使われているか分かると思います。


もう一つの特徴は黄色の印をつけておきましたが、
この石垣はノミ等で整形した加工石を積み上げた
布積みと呼ばれる技法で、さらに、大きさの違う
切石をパネル状に組み合わせる技術は
当時の日本には存在しない外来の技法です。
南蛮貿易に力を入れていた晴信の影響だと思われます。
(引用ここまで)



★古園宝篋印塔群
 http://www2s.biglobe.ne.jp/~sitijyou/rekishi-8.htm
古園名に所在する。
昭和46年宅地造成のおり、20数基の宝篋印塔と
麻袋に納められた一升ほどの古銭(渡来銭)が、
発掘された。
宝篋印塔は、諸仏の全身舎利を奉蔵するための
経を納めた供養塔で、南北朝時代後半ころもの
と思われる。
キリスト教伝来前の有馬領には、数多くの
神社仏閣があったが、キリシタン大名
有馬晴信は、領内にあった40以上の
神社仏閣を取り壊し、教会のために提供した。
これらのものは、出土状況からみて
仏教徒により、密かに丁重に埋められた有馬氏の
重臣たちのものではなかと思われる。

その他町内には宝篋印塔の一部が、至る所に
点在しています。

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★古園町 石塔群№8 宝篋印塔
 http://blogs.yahoo.co.jp/stjtomo/29149153.html
石塔群は、宝篋印塔笠が20基分、相輪23個、
五輪塔のものと思われる石塔笠火輪3個、
風空輪6個を数える。
これらは、近年、ミカン畑開墾中に、現在地の
直ぐ下の土中から掘り出されたもの。
各部ばらばらになっていたものを組み合わせて
1区画に並べられている。
全て、1メートルに満たない小塔である。
キリスト教の他宗教弾圧により、
破壊され、埋められたものと思われる。


(引用ここまで)


★隠れキリシタンに
 日本人の宗教意識を見る

 http://www.izumo-murasakino.jp/yomimono-025.html




隆大介の台湾での暴行事件から
話が大きくそれてしまったけれど・・・

今の日本の現状の原点が、
この「キリスト教弾圧」以前の裏歴史
「キリスト教による他宗教の弾圧と破壊」から
始まっているような気がするので、ご参考までに。


★キリシタン弾圧の本当の理由
 るいねっと 2009/03/23
 http://www.rui.jp/ruinet.html?c=400&i=200&m=202749
(引用開始)
私が心配しているのは、今年、アカデミー監督賞を
受賞したスコセッティ氏が遠藤周作の小説『沈黙』の
映画化に取り組んでいるということです。


島原の乱後のキリシタン弾圧に材をとり、
棄教用に使われた穴吊りの刑をクリスチャン世界の
欧米に紹介しつつ、話題性をもとめるつもりらしい。
セプルベダとラス・カラスの論争でも明らかなように
南米では加害者であった宣教師が、
戦国時代末期から江戸時代の日本では被害者であった
ということになります。

 危険なのは、
日本の歴史教育でこのキリシタン問題が、
仏教僧との論争、宗教弾圧、さらに当時の日本を知る
情報源としての宣教師の残した文書しかとりあげて
いないことです。
 
なぜキリシタンが弾圧されたかを知っている
日本人はほとんどいません。
やはり日本人はこの問題では悪かった。
日本人は残酷な人間で責められても仕方がない、
ということになってしまう危険性があります。
否、何故弾圧されたかという点から研究した
歴史研究者すらほとんどいませんでした。


今までのキリシタン研究者は、
多くが自身キリスト教徒かキリシタンに同情的な
学徒であり、そういった人しか関心を持たない
歴史学におけるマイナーな分野であったのでは
ないのでしょうか。

 そんな先入観を持ったところから
正確かつ実証的な研究が行われる
はずがありません。


(中略)
実は、彼らが弾圧された理由は簡単である。
犯罪行為を行ったのである。

 南米で原住民に対して行ったような残虐な
犯罪行為が、戦国時代で強力な武力持った
戦国大名のいた当時の日本では行えなかった。
しかし、一旦大名がキリシタンとなった地域では
犯罪のやり放題であった。
宇佐八幡宮をはじめ多くの神社仏閣が破壊された。
僧侶、神官、一般信徒が虐殺された。

 なかんずく秀吉が一番問題としたのは、
戦国大名同士の戦いで捕虜となった兵士を、
宣教師からの要請により、スペイン、ポルトガルの商人に
奴隷として売り渡すキリシタン大名・武将がいたことである。
戦国時代を通じて総数約10万人。
日本は16世紀末世界最大の奴隷輸出国であり、
東南アジア一帯に日本人奴隷があふれた。

(全文はリンク先で)



映画「アンブロークン」と同様の流れですね・・・
しかも、(どんな役かは知らないが)
日本人の役を韓国籍の俳優が行う?
隆大介が
「キリシタンを残酷に処刑する日本人」役だったら

最悪だわ・・・



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Comments 4

Alicia

キリスト教徒の多い台湾

台湾には大小多くの教会があり、もともとオランダ・スペイン統治の時代にキリスト教が台湾原住民を中心に布教され、今でも根強く更に拡大されています。
そんなキリスト教徒を刺激するような映画がなぜ台湾で撮影されるのか?
しかも日本の俳優は台湾政府文化部から「招待」されている事実。
なぜ原作の日本ではなく台湾なのかも解せません。
これも国民党政権の日本下げ・ディスカウントジャパンの一環なのかもしれませんね。
スコセッシにはがっかり。
「アンブロークンといい、悪い日本人役は朝鮮人の血統が使われる不思議さ。
アメリカの映画界というかエンタテイメント界も朝鮮人(そのバックの支那人系)に汚染されているんでしょうか。

2015-03-23 (Mon) 09:26 | EDIT | REPLY |   

弓取り

プラス面だけ強調(非日本) マイナス面だけ強調(純和風)

私が観た限りでは、日帝時代が映画で取り上げられると、必ずと言っていいほどファナティックに暴虐を振るう「日本人」軍人が出てきます。理由の割に暴力性が高い。日本内地の日本人に対しても、海外で外国人に対してもです。(その割に、半島を主な舞台にする日本映画は、なぜか少なくて不思議ですが。)
戦時下の窮乏や緊張、もしくは全体主義を象徴したいのでしょうが、パターン化され過ぎていて、映画的な演出の工夫が足りないと感じています。それに、それが異様なほどに日本人らしくない。戦場の狂気を演出させるために日本人ばなれした演技ができるヒトが選ばれるんでしょうかね。それなら演じ者は日本人でなくても良くなる。米国映画なんか、日本人役だけど演じているのは、どうも日本人としてしっくりこない俳優で、こんなのも「グローバリズム」だろうかと悩んでしまう。(はっきり言えば、なんだ、そんなもんと思う。)

映画人が歴史や「開国」以降の日本社会を描かせると、どうも腑に落ちない人物描写や事件事故状況ばかりが強調されます。黒澤明は大好きですが、放射能のとらえ方だけは、当時としての理解の限界が見えますし、知識のソースが限られている事情もあったと思います。その黒澤の「影武者」や「乱」に出演していた、あいつがあれとは複雑な気分です。初見時に、すでに違和感ありましたけどね。
やはり、履歴の怪しい者や通名使用者には、それなりの背景があると思います。自分はこんな人間です、と言えない人物を信頼なんかできない。こんな感想を持つのは「差別」ではなく「区別・峻別」であって、誰もが持つプラス面とマイナス面を明確にするもので、むしろ本人のためでもありますね。そうしないと、フィクションでも現実社会でも適材適所とは行かないはずなんです。

2015-03-23 (Mon) 22:23 | EDIT | REPLY |   

弓取り

韓国人が大嫌いな豊臣秀吉は、欧米侵略の脅威を防いだ

記事で紹介されている、日本におけるキリスト教の布教の恐ろしさと隠ぺいの実態を見ると、宗教というものの「境界を設けない」「民族を越える」点を、大きなマイナス面として想定しないといけませんね。
(イエスご本人は、中東のイスラエル限定での布教しか念頭になかったらしいですが)

絶対神なんか純粋に奉じれば奉じるほど、この世界すべては神の下に信者の物ですから、国境も民族もあったものではない。近代の「国民国家」とは簡単には相入れないのではないでしょうか。
(拡大志向の宗教者と「世界革命」で地球をひとつにしたがる妄想的な政治思想の地球市民とは、この点から当面は共闘できるのかも知れませんね。でも、地球規模である程度の成果を得たら、「内紛」や勢力争いが始まると思う。)

それにしても、日本におけるキリスト教の美化はひどいもんです。異なる宗教が密接に絡みあう地域や民族間で、長年平和裏に繁栄を共にするなど、世界に実例があるのでしょうか。逆の例は、掃いて捨てるほどありますね。
そして、長崎の平和の像のモデルが一説には力道山(朝鮮出身者)であるとされるのは象徴的なことです。日本を世界最初の例にしようとか、実験台にしようとするのはたまらない。ろくなことにならないのは確実。

2015-03-23 (Mon) 23:31 | EDIT | REPLY |   

敦子

帰化在日韓国人政党の公明党、大阪維新の会および日本共産党は平成24年5月15日、「大阪市[議]会、平成24年第2回定例会5月15日提出案件、議員提出議案第19号、尖閣諸島など領土を守ることを喚起する決議案」を否決しました。

帰化在日韓国人政党の公明党、大阪維新の会および日本共産党は平成24年5月15日、「大阪市[議]会、平成24年第2回定例会5月15日提出案件、議員提出議案第19号、尖閣諸島など領土を守ることを喚起する決議案」を否決しました。
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【ものすごく緊急の情報拡散と協力のお願い】その48

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XXXXX 様 Twitter H24.12.9 [加筆済み]
公明党も大阪維新の会も大阪市長橋下徹も日本共産党も【日本国を守る気がありません!】公明党、大阪維新の会および日本共産党は平成24年5月15日、「大阪市[議]会、平成24年第2回定例会5月15日提出案件、議員提出議案第19号、尖閣諸島など領土を守ることを喚起する決議案」を否決した。日本国の領土を守る地方議会決議案を否決するなど、売国集団だ!
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抗議しましょう![葉書、FAX、メール、テンプレ、ツィート、電話などなど]

2015-03-24 (Tue) 12:56 | EDIT | REPLY |   

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