韓流研究室

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元慰安婦と遺族達が米連邦地裁に提訴へ・・・1人2.4億円請求

★元慰安婦、日本政府を提訴へ
 1人2.4億円請求―米連邦地裁

 時事通信 3月8日(日)12時47分配信
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150308-00000048-jij-n_ame
 【ロサンゼルス時事】
旧日本軍の従軍慰安婦となり人権を侵害された
として、韓国や米国に住む女性ら
日本政府や日本企業を相手取り、損害賠償を求める
訴訟を準備していることが7日分かった。
原告代理人によると、月内にも米サンフランシスコの
連邦地裁に提訴する。

 原告側は、
国際法上の人道に対する罪や、
海外での違法行為の責任を米国内で問うことができる
米連邦法を根拠に、
1人当たり200万ドル(約2億4100万円)の
賠償を求める方針。
 
訴訟では、
「慰安所の設置や運営に関与した」として、
三井や三菱の旧財閥系企業などの責任も問う。
また、天皇の戦争責任も追及したい構え。

 米国では2000年に韓国などの女性15人が
日本政府に対する損害賠償訴訟をワシントンの
連邦地裁に起こした。だが、連邦最高裁は06年、
元慰安婦に対する賠償問題は日韓政府間などで
決着済みとして訴えを退けた。
このため、提訴しても受理されるかは不透明だ。

(引用ここまで)



★元慰安婦らが米国で集団訴訟、
 1人当たり2億4000万円の賠償請求 
 参加者大募集中

厳選!韓国情報 2015年03月01日
 http://gensen2ch.com/archives/23629223.html
(引用開始)
原告側は人権問題に敏感な米国を舞台に
救済を訴える考え。
元慰安婦の親族や遺族
28日に遺族会を結成

米国での訴訟などで連携する方針だ。

弁護士によると、原告は
米国や韓国に住む元慰安婦の韓国人で、
今後は中国や台湾、東南アジアなどの
元慰安婦にも訴訟への参加を呼びかける。
「国際法上の人道に反する罪」を問い、
1人当たり200万ドル(約2億4000万円)の賠償を
請求する方針。

「当時の統帥権者として責任は免れない」として、
皇室を訴訟対象に含めることも検討しているという。

この日発足した遺族会は14人
うち1人は、米国での訴訟に加わる
元慰安婦の親族だ。
遺族会側は「日本政府の公式謝罪と
法的賠償を求めていく」と話している。

(引用ここまで)



★日本の謝罪を必ず…
 慰安婦被害者の息子・娘が約束

 中央日報 2015年03月02日
 http://japanese.joins.com/article/175/197175.html?servcode=A00§code=A10
故チェ・ソンスンさん(1927-2013)は
日本軍の慰安婦被害者だ。

16歳の時、健康状態が良くない父の薬を
買うために家を出た後、
日本軍に連れられて行った。
その後の3年間、日本にある軍部隊で慰安婦生活をした。
チェさんは無力な国のために経験した個人のつらい
歴史を60年以上も隠してきた。
家族はチェさんが亡くなる3年前に息子の妻が
偶然に知るまで、その過去を知らなかった。


「認知症の姑がある日、
 生活補助金が入金される通帳を見せながら、
 『私が日本に連れて行かれて苦労をしたとして
 国が与えるお金』という言葉を聞き、
 慰安婦被害事実を知ることになった」

息子の妻イ・スンエさん(61)の言葉だ。

チェさんの孫のワン・ミンホさん(37)は
「祖母の葬儀場に朴槿恵(パク・クネ)大統領の
 弔花があり、祖母の被害について知ったが、
 長い歳月、家族に隠して過ごした祖母のことを
 考えると胸が痛む」と話した。

日本軍慰安婦被害者の家族14人が
「日本軍慰安婦被害者遺族会」を作った。
慰安婦被害者の家族が団体を作ったのは初めてだ。
遺族会には故キム・スンドクさん(1921-2004)、
故チェ・ソンスンさんなどすでに亡くなった
慰安婦被害者2人の遺族と
「ナヌムの家」で生活する慰安婦被害者10人の家族
が参加した。
先月28日に京畿道広州の「ナヌムの家」で開かれた
「日本軍慰安婦被害者」追慕祭で公式発足式を開いた。

チェさんの遺族は息子のワン・サンムンさん(60)、
ワンさんの妻のイさん、孫のミンホさんまで3代が
遺族会に参加した。

息子のワンさんは
「母が日本から
 謝罪の一言も聞けずに亡くなったのが
 無念で、子どもたちが立ち上がった」と述べた。
 また「母は謝罪を一言も聞けずに亡くなったが、
 現在生存している慰安婦被害者53人は
 日本の謝罪を聞けることを願う気持ちで
 遺族会に参加することになった」と語った。

(中略)
その間、慰安婦被害者の家族が慰安婦問題で
前に出ることはなかった。家族さえも慰安婦被害が
知られるのを避けようとしたからだ。
今回、家族が前面に出ることになったのは
慰安婦被害者の高齢化のためだ。
1月にファン・ソンスンさんとパク・ウィナムさんが亡くなり、
政府が認めた238人のうち生存者は53人に減った。
生存者も高齢のため証言など外部活動が難しい。
「ナヌムの家」のアン・シングォン所長は
「慰安婦被害者の家族は
 相続人として
 法的な権利を持つ
ため、
 日本側も家族の要求を
 無視できないだろう」
と述べた。

遺族会は今後、
日本の公式謝罪と法的賠償を要求する一方、
慰安婦問題に関する被害者の証言活動や
追悼事業を支援する計画だ。
ヤンさんは「全国の遺族を集め、代を引き継いでも
問題を解決するよう努力する考え」
と述べた。

(引用ここまで)



チェさんの遺族は
息子のワン・サンムンさん(60)、ワンさんの妻のイさん、
孫のミンホさんまで3代が遺族会に参加・・・

1人当たり200万ドル(約2億4100万円)×


★日本慰安婦被害の
 チェ・ソンスンさん、寂しく『永眠』

 2013/08/26(月)
 http://kimsoku.com/archives/8027150.html
「16歳の時に父親の薬を買いに出かけて
 日本軍に捕まった。
 (慰安婦時代)とても苦しくて失性(気が
 狂うこと)した。
 日本軍が出て行くと後ろに向かって
 “パンパン”と叫んだ」


去る24日に享年87歳で生涯を終えて、
日本政府の謝罪を一言も聞けずに永眠した
故・チェ・ソンスン・ ハルモニ(お婆さん)は、
慰安婦で日本軍に徴集された当時の状況を
生前に生々しく記憶していた。

チェ・ハルモニは1927年、
全北(チョンブク)高敞(コチャン)で生まれて育った。

母親と早くに死に別れて
2人の姉が嫁に出て行った後、
5~6歳頃から弟(妹)の面倒を見て
家の 暮らしを見守った。

そうして16歳になった頃、
町内では日帝が『慰安婦』を強制徴集する
という荒々しい噂が流れた。

父親の薬を買いに家を出たハルモニは、
16歳の若さで訳の分からないまま
日本軍に連れられて日本行きの船に乗った。

チェハルモニは、
「日本軍が工場から輸出するには
 クンアギ(年頃の娘=処女)が必要だ
 と家々に令状を送った
とし、
「日本へ行かなくてはならず、
 さもないと親まで怪我をすると脅迫した。
 私は巻き込まれないように隠れて過ごしていたが、
 父が病気で薬を買いに行って捕まった」
と世を去る前に当時状況に関して
録音記録を残した。

こうして日本行きに乗ったチェ・ハルモニは、
船で数えきれない暴力を受けた。

チェ・ハルモニは「名前を汚す事は出来ない」という
思いから、名前を問う日本軍に『キム・ボンイ』と
いう偽名を名乗った。


それから3年間ハルモニは日本の軍部隊で
慰安婦生活をした。
チェ・ハルモニは当時の記憶があまり無い
と生前に明らかにした。

ただ「失性していたようだ」という供述だけを残した。

解放されるとチェ・ハルモニは帰国して、
全南(チョンナム)光州(クァンジュ)に住居を構えた。
当時19歳だった。

日本で日本軍が与えたアヘンの中毒になった
ハルモニは帰国して数年後にかろうじてアヘンを
絶ち、 故人となった夫のワン某さんと出会って
結婚した。

夫も日本に徴集されて暮らしていた戦争被害者
だった。ハルモニは幸せな結婚生活を送っていたが、
ハルモニが44歳になった年に夫は3人の子どもを残して
この世を去った。

チェ・ハルモニは、
「夫が私がそうだった事(慰安婦だった事)を
 知っていた様子だった。
 でも子どもを一度も殴った事もなく、
 私にも優しく尽くしてくれた」
と生前はしばしば幸せだった結婚生活を回想 した。

その後ハルモニが67歳になった1993年、
太平洋戦争犠牲者遺族会から人が尋ねて来て
それまで保留にしていた『慰安婦登録』をした


周囲の視線は冷たかったが、
生活補助金が毎月出て
都合は少し良くなった。

彼女は生前、
「心が傷ついたのは
 韓国の人々の私を見る視線が
 冷たかったことだ」
とし、
慰安婦登録以降に辛かった心情をしばしばうち明けた。

その後チェ・ハルモニは
故郷である高敞で
一人で静かに暮らし

この日ついに恨み多き生涯を終えた。

(引用ここまで)



今回、アメリカの連邦地裁に提訴する遺族である
故チェ・ソンスンの遺族3人。
チェさんの「慰安婦になった経緯」の証言には
大いに疑問点が残る。

>日本へ行かなくてはならず、
 さもないと親まで怪我をすると脅迫した。

>父が病気で薬を買いに行って捕まった

5,6歳の時に母親と死別して、姉達も嫁に行っている。
唯一の働き手である父親は病気で薬が必要。
生活費や薬代は、どうやって捻出したのだろう?
断片的な彼女の証言から想像すれば、
朝鮮の金貸しに借金してしまい
「日本に行って稼いで借金を返せ」と脅されて
彼らに連れて行かれたのではないだろうか?
彼女が名乗ったとする「キム・ボンイ」で検索すると

★慰安婦 : キム・ボンイ(仮名)
  証言の検証

 http://blog.livedoor.jp/kanedashoji70/archives/21674603.html




44歳でご主人が亡くなり、3人の子供を育て
67歳になった1993年、太平洋戦争犠牲者遺族会の
薦めにより慰安婦登録を行った。
亡くなる3年前に、認知症のチェさんの
元慰安婦の生活補助金が入金される通帳を見た
息子の妻が、姑が慰安婦だった過去を知る。
そして、3年後・・・
一人で静かに暮らした認知症のチェさん
寂しく亡くなる。

44歳で未亡人になって、
苦労して育てた子供が3人もいるのに、
認知症になっても亡くなるまで独り暮らし。

67歳から支給された政府の生活補助金で
「都合は少し良くなった」と一人で生活・・・
慰安婦云々に係らず、
高齢で認知症の母親を一人ぼっちにしてきた
息子夫婦と孫が、
一人に付き2億4100万円もの賠償金請求か・・・

相続権があるからと・・・

何だかなぁ。

息子のワンさんは、
「母親の無念を晴らすため」と言うが
だったら何故、
苦労を重ねた認知症の母親を引き取って
一緒に暮らさなかったのだ?

認知症の父を介護してきた私からすれば、
親の面倒を見てから言え!と怒鳴りたいわ。

独り暮らしの母親が亡くなってから
「慰安婦の遺族」だと、相続権があるからと、
日本に賠償金を要求する行為は実に浅ましい!



チェ・ソンスンさんの証言
>日本軍が出て行くと
 後ろに向かって“パンパン”と叫んだ


★パンパン
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%B3
第二次世界大戦後の混乱期の日本で、
主として在日米軍将兵を相手にした
街頭の私娼(街娼)
である。
「パンパン・ガール」「パン助」「洋パン」ともいう。




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Comments 5

名無しさん@ニュース2ch

滅ぼそう、慰安婦詐欺。

2015-03-09 (Mon) 06:42 | EDIT | REPLY |   

だって、、、日本人だもん。

慰安婦の話は、聴かされる度に涙が出て来ちゃう…。





たかられる側の立場としてだけど。

2015-03-09 (Mon) 10:16 | EDIT | REPLY |   

トマト

こんな馬鹿もんがぞろぞろいるのが韓国という国。恥という認識がないのが本当に嫌な国です

2015-03-09 (Mon) 14:26 | EDIT | REPLY |   

弓取り

盗品仏像は人質 死者は「利権化」

>>元慰安婦の親族や遺族は28日に遺族会を結成、米国での訴訟などで連携する方針だ。

「いわゆる従軍慰安婦」の利権化ですね。やると思った。韓国経済の破綻に向けて加速しそう。

2015-03-09 (Mon) 21:57 | EDIT | REPLY |   

IVY

マルチで反日の方へ

束(ACS)になって、「反日物語」メディア版を演じてますね。
教育、モニュメント、そして米で訴訟と「慰安婦」が重宝されてるようで

日本に正論で跳ね返される前に先手に回って「日本は悪役」の押し付けですか。
日本は自衛の戦であってもそちらが一方的に東京裁判で決着を付けた訳だし、
国連においても「日本に語らせぬ。」手法で一貫してきていて、

結局、日本苛めだったのは解かっています。

グローバルな情報が得られる昨今、証拠(写真・証言)がひとつもない。
というのは明らかに作り話にほか有りません。

2015-03-10 (Tue) 23:18 | EDIT | REPLY |   

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