韓流研究室

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中国山東省、19世紀末日本人設置の丈夫すぎる“マンホールの蓋”に驚愕

★丈夫すぎる“マンホールのふた”に
 驚きの声、19世紀末に
 日本人が設置―中国山東省

 2015年01月11日
 
http://www.focus-asia.com/socioeconomy/photonews/406179/
m022.jpg

中国山東省の地方紙・斉魯晩報は8日、
同省済南市の共青団路付近にある
“丈夫すぎるマンホールのふた”
について紹介した。
中国版ツイッター・微博の「済南微バー」
(バーは口へんに巴)アカウントの
書き込みを転載している。

書き込みによると、
同地周辺のマンホールはこのふたも含めて
19世紀末に日本人が設置した。

ふたはさびてはいるが、上を車が通っても
ぐらつくことがなく、古い物とは思えないほど
丈夫だという。

この情報に
中国のインターネット・ユーザーたちが
次々と驚きの声をあげた。一部を拾ってみる。

「日本人の技術は本当にしっかりしている。
 中国人は学ぶべきだ」

「現代中国でマンホールやふたを作っている人々に
 ビンタをくらわせたようなもの。
 (これとは違って)ふたがなくなったり、
 ボロボロになって中に人が落ちることもあるからな」

「やっぱり、時には敵のやり方を学び、
 敵を制するべきだ。
 日本だからってすぐに罵倒するのではなく、
 いい所は学ぶ必要がある」

「100年も盗まれないなんて、
 信じられない!」


(編集翻訳 恩田有紀)



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同地周辺のマンホールはこのふたも含めて
 19世紀末に日本人が設置した。


あらら・・・
韓国の地下から続々と発見される下水管問題。
韓国は日帝が設置したとは報道しないのに
あちらと違って、中国の方は情報公開されているwww

山東省の青島は、
1897~1914年の17年間は、ドイツの租借により支配され
1914~22年の第一次占領期
1937~45年の第二次占領期は日本の支配下にあった。


アヘン戦争後、
西洋列強は中国大陸に押し寄せてきます。
特に、山東省にある膠州湾は気候も温暖で
この地の利権をめぐり、
イギリス・フランス・ドイツが争います。

1896年12月14日、ドイツ領事館は清朝に対して
50年間の膠州湾租借を要求しますが拒否されます。
1897年にはドイツから技師を招き勝手に測量したり
港湾建築、鉄道敷設工事の計画も立てて準備。
好機を狙っているところに、
11/1、ドイツ人宣教師殺害事件が起きてしまう。
11/10、ドイツ海軍艦隊は膠州湾進駐の命令を受け
11/14には600人の陸軍兵と水兵を上陸させ
「演習に来た」と騙して、あっさり占領終了・・・
1898年3月6日、ドイツは
清朝政府に99年間『膠州湾租借』を認めさせた。

イギリスの香港、フランスの広州、ロシアの満州に続き
中国進出を果たしたドイツが、インフラ整備をして
この地の近代都市化の基盤を造ったのだ。
貧しい青島村と大鮑島村の住民は強制移転させられ
青島ドイツ総督府は、巨額の国費を投じて
この地区をヨーロッパ風の街並みに整備する。

大鮑島地区は投資家優遇政策によって中国全土から
富裕層の中国人商人の移住民の居住地にした。
上下水道設置は、この租借時期に始まった。

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★ドイツ・日本の青島進出とインフラ整備
 http://www.jaas.or.jp/pdf/54-1/78-94.pdf

★青島社会と中国人商人の
 文化的役割

 http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~rcmcc/27-50.pdf



上記の京都大学・高瑩瑩氏の論文によると
ドイツ植民地期の青島で革命運動をしていたのが
ドイツ総督府の配下でアヘン売買していた「中国人商人」と
中国人のみのアメリカ長老会系「基督教会」
日本の法政大学などに留学していて、
社会党の演説を聞き、幸徳秋水と接触していた
元日本留学生達
という組み合わせが実に興味深い・・・

現在の構図と、何ら変わっていないのでは?

ドイツ総督府土木局は、17年間の統治期に
青島に全長77㎞の下水道を汚水と雨水荷分け設置した。
その費用は約600万マルク。
後を引き継いだ日本は、
ドイツが開発した水源地に新たに12の井戸を掘り
青島から14㎞離れた場所にも水源地を確保して
全長130㎞の上水道を新設している。
1921年までに各種下水道は約136㎞に達して
ドイツの77㎞を除くと、日本は約59㎞の下水道を増設。

青島でこの成果なので
済南市でも、ほぼ同じ政策が行われたと思われる。

現存する済南市の建築物 
 http://blogs.yahoo.co.jp/yosihei8jp/folder/1495931.html?m=lc&p=1
sainanimg_1.jpg
 ドイツ総督府時代の津浦鉄道公司

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 竣工 1941年4月21日
 高島屋済南出張所

ここも、朝鮮半島同様に
富裕層の中国人は、
統治したドイツや日本と共に近代化を享受していた。
ドイツや日本は、青島市や済南市周辺を
国際商業都市に育て、日本は周辺地域に
工業都市を創っていったのです。

抗日の中国人から見れば
抑圧的で搾取された負の視点しかないだろうが
この地域の経済発展、国際貿易の拠点という
現在の中国の礎を築いたことは間違いが無いと思う。


★済南から青島まで
 植鉄の旅
 http://liondog.jugem.jp/?page=7
 済南駅
 sainan20130321_167484.jpg
 
ドイツ総督府が造ったので
実にドイツ的な建築物・・・

★中国戦前絵葉書データベース
 http://iccs.aichi-u.ac.jp/postcard/shandong/
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済南三馬路山東督軍官舎前通リ

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済南緯八路通日本領事館裏ヨリ
有名ナル支那遊郭八掛楼ヲ望ム




済南市といえば・・・
日本人居留民が殺害された事件があった街。
★済南事件
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%88%E5%8D%97%E4%BA%8B%E4%BB%B6

★済南虐殺事件
 http://jjtaro.cocolog-nifty.com/nippon/2011/09/post-3a19.html



韓国は、日本統治の歴史を消そうと
多くの建築物を破壊して行ったが
中国には、当時の建築物がそのまま残っている
ケースが多いらしい。

 
■大連民政署~大連警察署(現:シティバンク)
 http://www.morishin-web.com/photo/china/dairen_minseisho/photo_dairen_minseisho.html 
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竣工:明治41年3月(1908)
設計:前田松韻(関東都督府民政部土木課)
施工:荒川工程局(現場監督:小山鹿太郎)
中国遼寧省大連市中山区中山広場2号

大広場(現:中山広場)で一際目立つ赤レンガ建築。
レンガは大連市内の満州煉瓦会社製、
石材はロシアが旅順に残していった山東省産の
薄紅色花崗岩を使いました。
当初は大連を管轄する行政機関、大連民政署の
庁舎として建てられましたが、
1922年からは大連警察署の庁舎になりました。

敗戦後は大広場警察局~中国海軍後勤部~
遼寧省対外貿易経済合作庁に使われ、
現在はシティバンクが使用しています。

d01.jpg

中国東北地方に渡った最初の日本人建築家であった
設計者の前田は、ハンブルク(ドイツ)市役所を
お手本にして大連民政署を設計したそうです。
(引用ここまで)

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こちらは、
大連市に残る満州鉄道のマーク入りマンホール
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中国人のネット・ユーザーが
100年も盗まれないなんて、
 信じられない!

と驚愕するのは・・・
こんな状況だかららしい。

★鍵付きマンホールの意味は?
 http://yaplog.jp/dalian/archive/140
「マンホールに鍵が付いているのはなんで?」

  manhole_p.jpg

劉さん「盗まれるから!」
 


戦後、日本人の去った台湾では
1949年に中国共産党に敗れた国民党がやって来た。

★壁に穴を開けて
 蛇口だけ付けて水が出る?

 http://kokyuhou.exblog.jp/11622985/
「日本人はとても素敵だった」
楊 素秋著からご紹介します。
(略)
▼呆れた中国兵


 私の家にもありましたが、当時の電気屋には
店先の机の上に電球がつくかどうかを調べる
ソケットがありました。これは聞いた話ですが、
ある電気屋で電球を買って帰った中国兵が、
家に帰って電気をつけてもつかないと文句を
言ってきたそうなのです。
電気屋の主人がつかないはずがないと言うと、
本当についていないと言うので、
「よし連れていって見せろ」と言って見に行きました。


見た途端に、おやじさんは怒るのを忘れて
ケラケラ笑い出したのだそうです。
なんとその中国兵は、
机に穴を開けてそこに電球を突っ込んでいた
のだそうです。

おやじさんは、「僕たちのは線がついていて、
ちゃんと電力会社から電気を買っているんだ。
これじゃあつくはずないじゃないか」と言ったのですが、
中国兵には、気の毒なことに
電気って何なのか分からないのです。




 また、こんなこともありました。
中国人が荒物屋で蛇口を一つ買いました。
台湾の人間が蛇口をひねったら水が出て来るから、
これは不思議だといって自分も一つ買ったのです。
それで蛇口をつけて蛇口をひねってみたのですが、
水が出ません。そこで、水が出ないと言って
荒物屋のおやじさんを殴ったのです。
おやじさんもなぜ殴られたのか、
てんで分からなかったという話です。


 そして、その中国人が
「お前は詐欺師か。お前の家の水は出るのに、
 俺の家の水は出ないじゃないか」
と言うのだそうです。
水が出て来ないなどということは、
常識で考えてもまずありません。
おやじさんが見に行ってみたら、
壁に穴を開けて蛇口だけ付けて
水を出そうとしていたというのです。



 中国人の生活はそういうレベルだったのでしょう。
私たちには、こう言っては申し訳ないですが、
野蛮人みたいでした。
一方、彼らは、台湾の生活が珍しくてしょうがなかったのです。

(引用ここまで)



欧米列強や日本の統治でインフラ整備された
地域外の内陸部の中国では、
近代化の恩恵に預かれなかったのでしょうね・・・

★95歳男「日本統治よかった」
 発言で殴り殺される 
 韓国ネットでは「死んで当然」
 「正義の審判だ」

 J-castニュース 2013/9/13
 http://www.j-cast.com/2013/09/13183859.html?p=all



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Comments 1

ゆり

ありがとうございました

私の祖父母が満州鉄道の寮母をやっておりました。
いつか青島に行ってみたいと思いながら、仕事の忙しさや反日、環境汚染の凄まじさなどがあり、いまだに行けておりません。
サイトに載っていた写真を見て(これを祖父母も見ていたのかもしれないなあ)としんみりとしています。
嬉しかったです。本当にありがとうございました。
一言、お礼が言いたくて。

2015-01-14 (Wed) 17:43 | EDIT | REPLY |   

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