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韓国茶の飲み方…日本の影響で歪曲、過度に礼儀ばかり強調

★韓国茶の飲み方…
 日本の影響で歪曲、
 過度に礼儀ばかり強調

 中央日報 2014年11月12日15時58分
 
http://japanese.joins.com/article/611/192611.html?servcode=400§code=400
東アジア茶文化研究所の
パク・ドンチュン所長(61)

伝統茶文化について苦言をはばからない。
一生を韓国緑茶と共にしてきた彼女が批判する理由は、
それだけ韓国茶文化が危機的状況だと見ているからだ。
複雑なだけのお茶作法、2007年の農薬問題イメージ
がいまだに緑茶文化を困難に陥らせている

というのがパク所長の考えだ。

彼女の批判はさらに一歩踏み込む。
お茶を作る製茶法にしろ、お茶をこす湯法にしろ、
今行われている多くの方法が過去の伝統から
断絶していて根っこがないという指摘だ。


そんなパク所長が15日、
緑茶の現在を問い詰めて未来を展望するセミナーを開く。
ソウル龍山洞(ヨンサンドン)の国立中央博物館の
小講堂で開かれる
「21世紀伝統茶振興のための大討論会
 -伝統茶の意味と展望」
だ。

パク所長は
「今回のセミナーは
 1970年代後半に起きた茶文化運動
 参加者を発表者として招き、
 彼らの情熱を振り返りながら
 彼ら自身の限界も探ってみるために用意した」

と話した。過去から学ぶということだ。

70年代、
米国政界でロビー活動をした
との疑惑を受けたいわゆる
コリアゲート」の当事者である
パク・トンソン韓国茶人連合会理事長、
パク氏とともに茶文化運動に関与した
米国ボストンの門修寺(ムンスサ)会主トボム僧侶

茶礼院のチョン・スンウォン院長が
自分たちの経験を聞かせてくれる。


パク所長は
「茶文化運動が
 日帝強制占領期間以後に断絶した
 茶文化
に新たに光を当てた業績は
 評価されてこそ当然だが、
 礼儀作法を過度に強調してみると、
 もともとの茶の良さについてはないがしろに
 していた面がある」
と話した。
たとえば韓国緑茶は
摂氏93度の水に15~20秒ほど茶の葉を
浸すことで胸やけのような不便さもなく楽しめるのに、
茶文化運動当時に日本の茶道の影響を受けて
今のように70~80度の温度でお茶をこすのが
1つの正解のように席を占めたという主張だ。

彼女はまた
「お茶が病気を改善させるという
 一部の誇張された主張は誤りだが、
 体と心をきれいにする効果は確かにある」
と強調した。

今回の行事には
韓国茶人連合会パク・グォンフム会長、
ミョンウォン文化財団キム・ウィジョン理事長など
主要茶団体のトップが参加して祝辞を述べる。
やはり主な茶団体に挙げられている韓国茶文化協会も
セミナーを後援する。パク所長は
「お茶関連の団体トップが一堂に集まるという
 事実自体が破格」としながら
「普段から私の苦言が不快だったかもしれないが、
 今回のセミナーの必要性に共感してくれたこと」
といった。
(引用ここまで)



日帝強制占領期間以後に断絶した
茶文化に新たに光を当てた業績???

それ・・・
「光」じゃなくて「パクリ」だから!
HIKARI→PAKURI!
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★「現代韓国茶道」の
 歴史を勉強中です(笑)

 2005.11.17
 http://kei.txt-nifty.com/suki/2005/11/post_8f88.html
2004年に設立された韓国茶道協会の
尹道心(ユン・ドウシム)支部長
(中略)
20数年前、来日し結婚。  
慣れない日本での生活に適応することに
追われ、礼節や礼儀が忘れがちな日々を過ごす。
韓国語の教師をする一方で
「自分にできる何か」を探していた矢先、
テレビで日本の茶道を知る

吸い込まれるように引き付けられ、京都市が
開設する茶道講座に通い、そこで学んだ
お作法は正に幼少の頃、祖母に学んだ礼節だった。

 …テレビ(^^;)?

その後、京都国際学園で茶道を部活で教えていた
先生との出会い、さらに多くの支援者にも恵まれ、
韓国釜山女子大学伝統茶道科に入学、
現在も修士課程を目指し大学院に通う。
(中略)
その伝統茶道科が設立された経緯について
(中略)
韓国国内では約30年前から伝統文化復興に
関心が高まるなか、茶の研究を重ね、
伝統を重んじながら現代に合う行茶法を
創作
した鄭理事長が同協会を設立、
同大学に伝統茶道科も設け普及を図っている。


(笑える全分はリンク先で)



1970年代後半から突如始まった
茶文化運動の結果・・・

★韓国茶文化協会の
 茶の礼節競技大会という茶番

 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-2406.html

★【韓国】庭で伝統茶を
 楽しむnida・・・楽しい

 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-3089.html



>韓国緑茶は
 摂氏93度の水に15~20秒ほど
 茶の葉を 浸すことで胸やけのような
 不便さもなく楽しめるのに、
 茶文化運動当時に日本の茶道の影響を受けて
 今のように70~80度の温度でお茶をこすのが
 1つの正解のように席を占めた

★韓・中・日のうち
 最高の味を生かすのは韓国茶だけ
 と伝統茶3代目は言うが

 韓流研究室 2011/05/22
 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-1161.html
草衣禅師の「茶脈」の3代目を受け継ぐ
パク・トンチュン所長、来月ソウルで試飲会

冷ました湯で茶を飲むのは日本の緑茶
韓・中・日のうち茶葉の最高の味を生かすのは韓国だけ


東アジア茶文化研究所の
パク・トンチュン所長(58)
が、
茶をいる鉄釜のふたを開けるたび、
広がる香りは魔法のように変化した。
(中略)
今年の新茶を作っているパク所長は、
仏教僧たちや茶の愛好家たちの間で
「トンチュン茶」の生産者として知られている。

韓国茶の中興の祖と呼ばれる
草衣禅師(1786‐1866)が築いた茶の伝統を、
3代目として受け継いでいる人物だ。

草衣禅師の弟子だった大興寺の住職、
故・応松僧侶から草衣禅師の製茶法を伝授された。
(中略)
パク所長は、
ぐらぐら沸き立つほどの「熱湯」で入れるのが、
韓国の伝統茶の文化だと話す。
沸き立つ湯を一度冷まして緑茶を入れるべきだ
という「常識」とは対照的だ。
パク所長は
「1970年代後半に日本に留学し帰国した韓国人が、
 茶の文化普及運動を繰り広げた際
 冷ました湯で入れて飲む日本の改良種の緑茶を
 韓国に集中的に紹介したため、
 日本の緑茶が韓国の伝統茶のように
 扱われるようになった。


 全羅南道宝城や済州などで大量生産される
 「やぶきた種」の茶葉は渋みが強く、熱い湯で入れると
 渋みがさらに強くなるため、
 冷ました湯で入れるようになった」

と説明する。

(全文はリンク先で)



★茶栽培は日本より早い、
 これから立証作業するnida!

 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-1336.html


★【世界の茶園】韓国・ハドン 
 竹露茶(チュンロチャ)(2)
 韓国茶の歴史

 http://www.obubu.net/oblog/8176.html
韓国での茶作りの歴史

韓国のお茶の始培地の石碑に書かれた
説明文(日本語)
写真をクリックすると拡大します。

韓国での茶作りの歴史は、
西暦828年に中国からお茶の種を持ち帰って
植えたことが始まりといわれています。
(※左写真参照 )

その後の茶作りの歴史については
よく分かっていないそうです。

1960年の大韓民国独立以降については、
独立より2年後の1962年に、
趙さんの御祖父母が茶作りを始めたのが
韓国での最初の茶作りだったそうです。


(つまり趙さんの一家は、
 韓国茶作りの始祖にあたるわけです。)


趙さんの御祖父母は、韓国での茶作りの前に
九州で8年ほど茶作りを学ばれたそうです。
そのため趙さんの茶作りは、
九州地方に古くからある釜炒り製法によく似た
製茶方法
で製茶していました。



いちいち、
記事にするのも馬鹿馬鹿しいのですが
きちんと記事にしておかないと
どんどんと「韓国起源」説を吹聴されてしまう。

日本のネットでも
韓国の記事をそのまま使用して
「韓国茶道」を宣伝しているサイトが多い。

昨夜も、個人ブロガーのサイトで
調べもしないで、韓国報道による
「韓国茶道」記事をそっくりそのまま載せた上

利休が秀吉に自害を命じられたのは、
 利休が朝鮮出身の家系だったからだそうです

などと、とんでもない文を載せている人を発見・・・

また、九州の茶園のHPでさえも
韓国の製茶方法が
”九州地方に古くからある
 釜炒り製法によく似た製茶方法”
なので
九州地方の製茶方法は
 多分、韓国から伝わったものだろう

などと記載する人もいる。
韓国茶作りの始祖、張さんの祖父母が
九州で8年間、茶作りを修行してきたんだってのに
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>お茶を作る製茶法にしろ、
 お茶をこす湯法にしろ、
 今行われている多くの方法が
 過去の伝統から断絶していて
 根っこがない


中国には、『茶経』(760 年頃成立)のように
茶葉の製造方法や茶飲方法などの詳しい資料が
古代から山のように残っており
日本にも、
どのように中国から伝搬されてきたのかから始まり
高山茶筌のように、室町時代、
鷹山城主大煩介源頼秀の弟・民部丞入道宗砌によって
創作された茶筅についても
戦国時代、高鷹山氏が滅亡すると
宗砌は、録を失った家臣集団を引き連れ、
習得した茶筅技術で、無足人座(茶筅師座)を作り、
その技術を秘伝として一子相伝してきた記録と
その、茶筅師11座の末裔達の歴史が有る。
一子相伝ゆえに
戦争で、500余年の歴史が一旦途絶えてしまうのだが・・・
復興を成している。
 http://www.jcrafts.com/jp/shop/special.asp?id=taka_chasen

この様に、茶の伝来から始まり
日本のは茶に関する資料が1万冊以上もあるのだが

韓国には、茶に関する資料は10冊程度しかない。
 http://1000ya.isis.ne.jp/0939.html
新羅や高句麗の茶事、李氏朝鮮初期の宮中茶礼の
資料が残っていても、そのわずかな資料からは
どんな道具で、どのようにして茶礼を行ったか
僅かな資料に書かれている文字からしか
推理するしかない・・・

だから、日本の茶道をパクリ
ちょっとした違いを創作して広めていったのが
1970年代の「茶文化運動」なのだろう・・


全斗煥大統領によって、政治的に創作された
「ソメイヨシノの起源は韓国」という洗脳
のように
韓国国民は、それが「韓国伝統茶道」だと思い込む。
形だけ真似て、ウリジナルに見せかけるためだけに
改変しただけだから
全く無意味で無茶苦茶な演出だらけの
”パフォーマンス”になってしまう・・・

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そして、外国人にも
「日本茶道よりも歴史が古い韓国茶道」として
宣伝しまくっているから・・・タチが悪い。

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rikyuk_20141113200217c5a.gif「何だかなぁ・・・」



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Comments 4

名無し

喫茶は早くに中国から伝わったようですが地理的に茶木の育成に向いてないので中国文化の影響の濃い寺院で細々と伝わってたようです

それも朝鮮時代の廃仏運動で寺院宮廷のごく一部にしかなかったようで

宮廷文化と言っていいのかも知れないですけど断絶したというのが正しいでしょうね
でもそれは日本のせいじゃないですよ

2014-11-14 (Fri) 07:12 | EDIT | REPLY |   

DUCE

>日帝強制占領期間以後に断絶した茶文化
どうせそんな物は下らない物だから、民衆の方で進んで迎合した物に過ぎないのです。
連中が独自に培ってきた物がそれなりの代物ならば、独立後にたちまち復活したはずでしょうに、近年になってからあたふたとこのありさまですからな。例によって、日本と全く異なる物と言うコンセプトで新たにでっち上げた物に過ぎないのですよ。

2014-11-14 (Fri) 08:17 | EDIT | REPLY |   

名無し

お茶は中国に頂き、畳もお着物も中国に頂き、お茶を点て、練る事が出来、韓国にはそういった有り難いとか、感謝する意すらない。中国や日本より韓国のお茶が一番とかさ。仮に伝統てのはね?優劣や順位を付けるなんかナンセンスですよ?韓国はそんな事も知らないのか

2015-03-18 (Wed) 13:42 | EDIT | REPLY |   

名無し

日本にも伝統はあります。歌舞伎や茶道や能…で?韓国みたく(笑)優劣や順位つけろて?馬鹿か!!って話し。日本人だから?日本の伝統が一番。他国の伝統、オペラやバレエや舞踊はクズだと言ってよい権利がどこにあるの?それはその国に対し喧嘩を売り、伝統を侮辱してるのと一緒ですよ韓国さん

2015-03-18 (Wed) 13:44 | EDIT | REPLY |   

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