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ロッテ会長ら韓国に巨額資金を不正送金、金融当局が分析中

★ロッテ会長ら韓国に
 巨額資金を送金 
 金融当局が分析中

 
http://www.wowkorea.jp/news/korea/2014/0922/10131135.html 
【ソウル聯合ニュース】
財閥総帥をはじめ韓国の資産家20人余りが
計5000万ドル(約54億4000万円)規模の
海外送金を受け、金融当局が詳しい分析に
着手したことが22日、分かった。


 銀行業界によると、
金融監督院は当局に申告せず海外から
100万ドル以上の資金を振り込んだ
国内の入金者に関するリスト

韓国外換銀行から提出を受け、分析を行っている。

 リストには
ロッテグループの
辛格浩(シン・ギョクホ、
日本名:重光武雄)会長


化学大手OCIの李秀永(イ・スヨン)会長、
大亜グループの黄仁賛(ファン・インチャン)会長、
製菓大手ビングレの金昊淵(キム・ホヨン)元会長
の子女らが含まれているという。

リストに名前が挙がった対象者の疑わしい取引は、
2010~2014年に国内に振り込まれた巨額資金
のうちの一部を調査する過程で見つかった。

 対象者らは資金について、
特殊収益金、賃金、不動産売却代金などと
説明しているが、
事前に海外投資申告を行っていなかったことが
分かった。
海外から5万ドル以上を受け取る場合は、
その目的などを記した領収確認書を銀行に
提出しなければならない。
外国為替取引法では国外への直接投資、
不動産取得など資本取引の際は取引銀行などに
事前申告するよう規定している。

 金融監督院は
資金作りの経緯や申告手続きの履行など
外国為替取引法を順守したかどうかを調べている。


 ロッテの辛会長の場合、
約900万ドルの送金を受けたことが問題となった。

辛会長は領収確認書に
同資金が過去に非居住者として
投資した外国企業の収益金だと説明した。

 ある市中銀行の関係者は
「一部は銀行側が疑わしい取引だとして
 資金の支給を拒んだため
 国税庁に海外口座申告を行い、
 資金を引き出した」と話している。

 金融監督院は
資金の一部が不正資金や所得隠しと
関連がある可能性が高いとみている。

分析の結果、違法な外貨流出、
申告手続きの不履行など外国為替取引法違反
の疑いが確認された場合は過料を科し、
検察に告発するなど厳重な措置を取る方針だ。
(引用ここまで)



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1922年、慶尚南道蔚山で5男5女の
長男として生まれた辛格浩。
1942年、18歳の時に無一文のまま
関釜連絡船に乗って日本に渡り、
新聞・牛乳配達をしながら
早稲田実業学校(現早稲田大学)に入学。
日本人の友人の勧めでカッティングオイル
生産工場を設立したが、爆撃で工場は全焼。
1945年、東京都杉並区荻窪の崩れた軍需工場で
「ひかり特殊化学研究所」を設立。
石鹸、ポマードなどの製造販売に乗り出す。
1946年、早稲田実業学校卒業。
1947年、チューインガムの製造を開始。
1948年、ロッテを創業、代表取締役社長に就任。
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当時輸入規制の対象であった天然チクルの
輸入解禁を国に働きかけ、チクルを使用した
チューインガムの製造販売を始めた。
当時は社長自らリヤカーにガムを積んで
移動販売をしていたらしい。
そんな中、スペアミントガムと、それに続いて発売した
グリーンガムが現在まで続く大ヒット商品となる。
その後、工場を東京都新宿区の新大久保駅付近に
移す(現在の新宿工場)。

さて、無一文で日本にやって来た彼が
カッテングオイル生産工場を設立できたのは
中央日報によると
http://japanese.joins.com/article/108/115108.html

”辛会長の誠実な性格を信じて
 5万円を出資した日本人投資家がいた

からだそうだ・・・
当時、会社員の平均月給は80-100円程度
だったにもかかわらず、
韓国からやって来た大学生に、5万円も投資??
この時点で、非常に怪しい企業家の誕生なのだが・・・

進駐軍が持ち込んだチューインガムに目を付け、
友人らとガム工場を設立。
その当時、ライバルの同業者は全国に約400社あまり。
なかでも関西を地盤にするハリスが有名だったが
1千万円の懸賞などで話題を集める宣伝戦で
ライバルを倒していった・・・

日本の政治家たちに取り入るのが実に上手く
新大久保がコリアンタウンと化したきっかけも
辛格浩が、何故か軍需工場の跡地を手に入れて
工場を建てて、韓国人労働者を呼び寄せ、
彼らの為の飲食店などが集まってきたからだ。

1959年5月4日 、
 TBS『ロッテ 歌のアルバム』放送開始。

1966年 、 韓国ロッテ設立。
日韓の金利格差を利用することや、
日本で流行ったものを韓国でいち早く売り出し
(パクリで)成功を収める。
韓国のロッテデパートが、日本のデパートの形態に
そっくりなのも、システムを真似たから。

ロッテが韓国に進出した頃は、
まだ朴正煕による軍事独裁の時代・・・
パク・クネ大統領が福田元首相に
「父親同士が縁が有る」と言ったのも
福田赳夫と朴正煕を引き合わせたのも、この人。
中曽根首相が就任後から、総理訪韓時の
定宿を三星財閥系のホテルからロッテホテルに
変更させたのも・・・辛格浩の政界工作の賜物。

辛格浩は
同郷で駐日大使やKCIA部長を務めた李厚洛
1960年代、愚連隊・町井一家から構成員1500人を
擁する暴力団「東声会」を組織し、児玉誉士夫の
側近として政財界にパイプを築き、
朴正熙大統領の信頼も得て
“日韓を股にかけるフィクサー"と呼ばれた
町井久之こと鄭建永とも繋がりが深い。

「韓国名:辛格浩」「日本名:重光武雄」
2枚の名刺を持ち歩き、両国政治家を巧みに利用し
日韓両国で巨万の富を築いていったロッテの会長。
まさに、敗戦利権屋
まさに、闇の昭和史の生き証人だわね・・・

この人の錬金術は、
若い頃から現在までこんなモノなのだろう。
この人の生涯を徹底的に調べたら
相当面白いだろうね。

朴大統領の長女パク・クネちゃんが、
当時、貧しい韓国女性達が外貨獲得の為に
キーセン観光の担い手として売春していた頃に
お姫様のような豪華な生活が送れたのも
フランス留学できたりしたのも・・・
ロッテ会長のような
闇で蠢く人達のお蔭なんだろうなぁ。

来日時、ほぼ無一文なのに
即、早稲田実業(早稲田大学)に入学出来て
在学中に、
>5万円を出資した日本人投資家がいた

う~~ん、
辛格浩氏が
他人には言えないヤバイ事をしていたか
何かの”特命”の為にスカウトされたか
普通、あの状況下で
一介の朝鮮人大学生の
”誠実な性格を信じて”大金を出す日本人なんて
そんな眉唾な話は到底信じがたい。
私は、児玉誉士夫なんじゃないかと
思うのですがねぇ。
町井の紹介で知り合ったのでは無く
最初から・・・何かの目的で・・・

そして、芸能界にも強力なコネが有った
児玉や町井の斡旋で1959年に
TBSでの冠番組が放送できたのでは
ないかと思うのですがね。
・・・で、あの韓流にまで繋がると。

この人の人生は、何から何まで
実に怪しい・・・

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Comments 2

トマト

すっかりロッテ商品は買わなくなりました。細やかな抵抗です。

2014-09-24 (Wed) 10:02 | EDIT | REPLY |   

名無しさん

日本から奪うには・・・

不自然なナカヨシ関係が欠かせないのね。
ナカヨクしたけりゃ、個人レベルで自分のお金でやってもらいたいものです。

あの系統の商品は、まるで眼中にありません。
奪うためのまやかしの再投資もノーサンキューです。

2014-09-25 (Thu) 00:03 | EDIT | REPLY |   

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