韓流研究室

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田嶋陽子氏、たかじんそこまで言って委員会で「あたし関係無いですよ、朝日新聞」

「たかじんそこまで言って委員会」より
  
金美齢
 「朝日新聞がこの様な検証記事を出したて
 言うこと。吉田証言と言うものは
 全く偽造したものであると、間違いであると、
 それを乗せたこと、これは取り消しますと、
 と言うことを言ってるわけですよ。
 そこから色んなものが広がったんですよね、
 実はこの問題は。
 それに乗っかって田島陽子さんは
 散々いろんな発言をなさったんだけれど
、」


田嶋陽子
 「あたし
 そんなもんに乗っかってないですよ。
 あたし関係無いですよ、朝日新聞。
 だってこの慰安婦問題は
 吉田さんの本で始まったわけではないのです。
 吉田さんの本は一つの証言であって、
 その前から大変な資料が出てきている。
 ずっと研究してきましたし…、」




田島さん・・・
いやはや、実に見苦しかったですね。
特に、
>その前から大変な資料が出てきている。
 ずっと研究してきましたし…

この言葉の後で
「朝日新聞をアレ(擁護?)するわけじゃないですけど
 吉田さんの本の前から
 クマラスワミさんとか・・・
 その前から海外では知られていたから
 国連に・・・
 朝日新にそんな力はないですよ。
 クマラスワミさんとか・・・
 もっと他の資料も持っていますから。」

田嶋さんって、無知か?健忘症なのか?
国連人権委員会やクマラスワミ報告は
吉田証言を元にしているってのに・・・

 

 

多くの、
実に多くの人間が暗躍してきた。

朝日新聞の植村記者や河野洋平ばかりに
批判が集中しているが、
「慰安婦問題」の重要な鍵ではあるが
この2人は、歯車の部品に過ぎない
実に用意周到に、巧妙に仕掛けられてきたのだ。
そして、朝日新聞は大きく係ってきた!

しかも・・・
関与してきた人間は田島陽子氏同様に
朝日新聞が虚偽を認め記事訂正を表明したのに、
自分は「関係ない」とシラを切り
福島瑞穂氏のように
ダンマリを決め込んでいる!

★慰安婦にまつわる年表
 http://www.ianfu.net/history/history.html
・1972年 女性史研究者・山崎朋子
      『サンダカン八番娼館』(筑摩書房出版) 1
・1973年 千田夏光が『従軍慰安婦―"声なき女"
       八万人の告発』(双葉社)出版
・1974年 千田夏光、『続・従軍慰安婦』(双葉社)出版
・1975年 禾晴道『海軍特別警察隊 
       アンボン島BC級戦犯の手記』
  (太平洋出版社)出版
・1976年 1月 『天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦』
 (金一勉、三一書房)出版

・1977年 3月 吉田清治
 『朝鮮人慰安婦と日本人―
  元下関労報動員部長の手記』(新人物往来社)出版
 12月 『軍隊慰安婦―戦争と人間の記録』
    (金一勉、現代史出版会)出版
・1978年 12月 山田清吉
  『武漢兵站―支那派遣軍慰安係長の手記』
 (図書出版社)出版

・1982年 6月26日 第一次教科書問題
 日本の教科書が「華北への侵略」を「進出」
 と書き換えさせられたという
 『朝日新聞』の大誤報があり
 それを韓国の新聞が引用するときに
 「中国・韓国への侵略」と追加の誤報
 9月・11月 「樺太裁判」で、
 吉田清治が原告側の証人として済州島における
 朝鮮 人の「奴隷狩り」(強制連行)を証言


・1983年 7月 吉田清治
 『私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』(三一書房)
 を出版 講演
 12月 吉田清治、元労報徴用隊長の名義で、
 天安市の国立墓地に謝罪碑を建てるため、訪韓

・1989年 5月 主婦で
 「朝鮮と朝鮮人に公式謝罪を・百人委員会」
 の事務局員、青柳敦子
 『朝日ジャーナル』に意見広告 3
8月 吉田の著書が韓国で翻訳出版
8月14日 吉田清治の記述内容に疑問を持った
 『済州新聞』の許栄善記者が現地調査した
 ルポを発表。
 慰安婦強制連行の証言はほとんど得られず。
 さ らに郷土史家の金奉玉が追跡調査し、
 吉田の本が事実無根であることを発見し、憤慨


11月19日
 青柳敦子と在日朝鮮人の宋斗会が、
 韓国で「慰安婦裁判の原告募集」
のビラをまく


・1990年 1月4日 『ハンギョレ新聞』で
 韓国の梨花女子大学教授の尹貞玉
 「"挺身隊"怨念の足跡取材記」との連載で
 慰安婦問題を告発
 6月6日 日本社会党・本岡昭次
 朝鮮人の強制連行に関する質問において、
 清水伝雄労働省職業安全局長は
 「国家総動員法に基づく業務として慰安婦の
  強制連行は行っていなかった」と答弁
(続きはリンク先で)

注1)
 吉田清治が虚偽の証言をした
 「第一次樺太朝鮮人裁判」の
 原告代表は高木健一弁護士である。
  70069915_20140915005859395.jpg
 高木健一弁護士は「第一次樺太朝鮮人裁判」の
 提訴を取り下げるが、後に韓国政府から、
 国民勲章を授与される。

注2)
 自称主婦の青柳敦子さんは
 日本一日教組の力が強い大分県在住。
   DSC04065.jpg
 http://www.inbong.com/2006/kmj/
 勤務医の妻で、3児の母親でもある彼女が、
 在日朝鮮人の宋斗会氏との出会いをきっかけに
 在日二世の日本国籍確認訴訟に取り組んだり
 「朝鮮と朝鮮人に公式謝罪を・百人委員会」の
 事務局員を務めたり、
 「朝日ジャーナル」に隔週で15にわたって
 「日本国は朝鮮と朝鮮人に公式謝罪せよ」
 意見広告を掲載したり(宋斗会氏が出したという説も)
 宋斗会と共にに訪韓し「慰安婦裁判の原告募集」
のビラをまいたり、
 1990年には「太平洋戦争犠牲者遺族会」会員たちと
 ソウル日本大使館に向かってのデモ行進に参加。
 これが現在も続く水曜デモの原型とされる 。
 サヨク団体や韓国団体での講演活動や執筆活動など
 ”主婦”とは思えない活動内容と資金源を持つ女性。

★慰安婦裁判をけしかけた日本人
 西岡力著の「よくわかる慰安婦問題」によると
 http://vaccine.sblo.jp/article/5224495.html
引用開始
 調べれば調べるほど、権力による強制連行は
 証明されていないことがわかってきた。
 それならなぜ裁判が起きたのかということに
 なるのだが、ここにはさらに
 もう一つの仕掛けがあった。

 大分県に青柳敦子という女性がいる。
 私はこのときの調査で、大分の彼女の自宅まで
 訪ねて詳しい話を聞いた。お医者さんの奥さんで、
 在日韓国人のちょっと変わった宋斗会氏という
 差別反対運動家に私淑していた。
 青柳氏は宋氏と組んで、日本政府を相手に
 謝罪と補償を求める裁判を始めた張本人だ。

 その後、私は東京で、青柳氏を後ろで操っていた
 宋氏とも会って話を聞いた。その聞き取りから
 私が明らかにできたのが次のような事実だ。
 この種の裁判の最初は、
 実は、サハリン在住韓国人問題である。

 これも宋斗会氏が始めたものだ。しかし、宋氏は
 偏屈な人で、・・・・その上、弁護士も使わないから、
 書類が体裁をなしておらず、なかなか裁判所が
 受け付けてくれない。
 そこで高木健一という弁護士が出てくる。

 高木弁護士らは1975年、
 宋氏を排除して書類を整え、
 「終戦後サハリンに残された韓国人が
 韓国に帰国できなかったのは、
 日本政府の責任だから、謝罪し、補償せよ」
 と日本国を訴えた。
 (続きはリンク先で)

★慰安婦を煽るのは・・
 http://blog.goo.ne.jp/monjunokai/e/e4310bc1ef6560dedb93ced5940b2bef
『日韓2000年の真実』 名越二荒之助編著 
ジュピター出版1997

ことの起りは、
平成二年(一九九〇)三月のことでした。
「朝鮮と朝鮮人に公式謝罪を百人委員会」という
組織の事務局長格である青柳敦子氏(大分県在住)が、
最初に火を点けたのです。
ソウルにある「太平洋戦争犠牲者遺族会」の
会員約千人が集まった席に顔を出し、
日本に対して公式陳謝と賠償を求める裁判を
呼びかけたことが、発端となりました。
その時、青柳氏は、
裁判に必要な費用は、
 いま日本で4百万円用意している

とまで付け加えたのです。

裁判を起せば 何百万もの金が転がり込むという
思惑もからんで
、韓国人会員は日本大使館に
デモや座り込みを行い、日韓両国のマスコミが
誇大に報道しました。  
その頃、ある在日韓国人は私に洩らしました。
「慰安婦問題は、日韓両国にとって恥部だ。
 強制の部分があったかも知れないが、
 全体的には金銭がやりとりされている。
 『売春』も『買春』も同罪ではないか。
 こんなことを掘り起せば、
 両国の関係は悪くなる一方だ」と。  
にも拘わらず青柳氏などは、裁判費用まで用意して、
日本を訴えよと、韓国人にけしかけたのです。  
そして翌年の八月、高木健一弁護士らが中心になって
(韓国からも遺族会のメンバー五十三人が参加し)、
「戦後補償国際フォーラム」を東京で開き、
終了するとデモ行進に移りました。
そしてその年の十二月、韓国の遺族会員らが、
日本国を相手どって東京地裁に提訴しました。
高木氏らは、日韓基本条約で解決したのは、
国対国のレベルであって、個人の請求権は残っており、
補償を受ける権利がある、というのです。

すでに解決済みですが
(引用ここまで)



★流れから見た
 「吉田清治の証言」の
 奇跡的なタイミング

 シンシアリーのブログ 2014-09-12
 http://ameblo.jp/sincerelee/entry-11923844571.html
1993年8月5日のハンギョレ新聞を見てみましょう。
「従軍慰安婦日誌」という記事です。

・1989年末・・女性団体などから挺身隊問題提起
※当時は全然話題になりませんでした。
 また、「挺身隊」と「慰安婦」の差も
 わからなかったようですね。

1990年6月6日・・
 日本参議員モトオカショウジ社会党議員
 日本政府に従軍慰安婦の調査を要求。
 日本政府は「軍や国家とは関係のなく、
 民間業者によるものだった」と答える

1991年11月21日・・
 吉田清治、自分で慰安婦の徴用に
 関わった事実を述懐

1991年12月6日・・
 従軍慰安婦だったキム・ハクスンなど
 3人が日本政府に補償を要求し訴訟提起

1991年12月7日・・
 当時の官房長官カトウ、政府関係機関が
 関わった資料が無いため対処が難しいと言及

1992年1月13日・・
 カトウ官房長官、日本軍の関与を初めて認める

1992年1月17日・・
 ノ・テウ(当時)大統領、訪韓したミヤザワ首相に
 挺身隊真相究明を要求。
 ミヤザワ首相は国会演説で謝罪と反省を表明


・1992年7月・・
 カトウ官房長官、従軍慰安婦1次調査結果発表。
 日本政府が関わったことを認める

1992年12月・・
 UN総会第3委員会で
 従軍慰安婦問題が議論される

1992年12月25日・・
 釜山居住従軍慰安婦及び勤労挺身隊
 被害者4人が日本政府相手に
 補償請求訴訟提起

1993年2月・・
 ジュネーブUN人権委員会
 軍隊慰安婦問題が議論される

1993年2月・・
 韓国政府、490人の挺身隊被害者からの
 申告受付結果発表

1993年3月13日・・
 金泳三大統領、
 日本にこれ以上補償を要求しないと発表

1993年4月2日・・
 フィリピン従軍慰安婦被害者たちが
 日本政府に訴訟提起

・1993年4月5日・・
 在日韓国人従軍慰安婦被害者
 ソン・シンド日本政府相手に訴訟提起

・1993年6月・・
 ジュネーブ国際人権会議で
 従軍慰安婦問題が議論される

・1993年7月・・
 日本政府、証言聴取調査実施
(引用ここまで)



★慰安婦問題の経緯 ①
 私の戦争犯罪」出版から加藤紘一 失言まで |
 http://pinoccio.at.webry.info/200703/article_11.html

★慰安婦問題の経緯 ②
 朝日新聞のスクープ(1)
 http://pinoccio.at.webry.info/200703/article_16.html

★慰安婦問題の経緯 ③
 朝日新聞のスクープ記事(2)
 http://pinoccio.at.webry.info/200703/article_17.html

★慰安婦問題の経緯 ④
 JapanTimesの記事
 http://pinoccio.at.webry.info/200703/article_20.html



★世界に「性奴隷」を売り込んだ
 戸塚悦朗弁護士

 池田信夫 2014年09月01日
 http://blogos.com/article/93568/
朝日新聞の反論は
「当社が誤報を続けた
 吉田清治の報道に実害はない」

といいたいようだが、
国際的には
彼らの報道が性奴隷の根拠とされている。
この言葉を発明したのは、
戸塚悦朗弁護士である。

上の世界日報とのインタビューで、彼は
私が性奴隷と命名した
と自慢している。
  

戸塚氏は
国連のNGOに所属する立場を利用して
慰安婦問題について国連人権委員会
勧告を出すよう執拗に働きかけ、
20回近い会合に出席して
吉田清治の話を英訳して配布し、
慰安婦をSex Slaveと英訳して
世界に紹介した。


ここで彼が全面的に依拠しているのが、
朝日新聞の報道した吉田証言である。

1996年に出されたクマラスワミ報告書は、
性奴隷の根拠を吉田清治の証言に求め
次のように書いている。

強制連行を行った一人である吉田清治は
 戦時中の体験をもとに書いた中で、
 国家総動員法の一部である
 国民勤労報告会の下で、他の朝鮮人とともに
 1000人もの女性を「慰安婦」として連行した
 奴隷狩りに加わっていたことを告白している。
(10)”


ここで文献番号10となっているのが、
吉田の『私の戦争犯罪』で、
この報告書の中で何度も引用されている。
それ以外に一次資料はなく
戸塚氏などの集めてきた元慰安婦の話だけである。
それをもとに、この報告書は
「日本政府が性奴隷についての
 法的責任を受け入れ、個人補償を行うこと」
を勧告している。

この報告書についての
日本政府の対応も不可解だ。
当初、外務省はクマラスワミ委員会に対して
40ページの反論書を提出したが、なぜか撤回し、
半ページぐらいの形式的な反論しかしていない。
この経緯は不明だが、
当時の村山政権から取り下げろ
という圧力があったと推定されている。
当時の外相は、河野洋平氏である。


いずれにせよ、
日本人が「性奴隷」という言葉を発明して
世界に売り込み、
外務省がそれに反論もしないで
放置してきた
ことが、
この問題が国際的に既成事実になった
大きな原因だ。

クマラスワミ報告の根拠となった吉田証言を
朝日新聞が虚偽と認めた以上、
クマラスワミ報告も、そのあと出た同様の
マクドゥーガル報告書も、国連は撤回すべきだ。


そして
このような国際的な情報汚染をもたらした
戸塚氏と、
それを知りながら反論しなかった
(あるいは反論を妨害した河野元外相
国会に喚問する必要がある。

(引用ここまで)

注)
第八一代村山内閣-平成六年六月三〇日成立
 内閣総理大臣 村山富市
 外務大臣     河野洋平
 通商産業大臣 橋本龍太郎
 運輸大臣     亀井静香
 自治大臣
 国家公安委員会委員長 野中広務
 内閣官房長官 五十嵐広三 社会党
 総務庁長官 山口鶴男 社会党
 経済企画庁長官 高村正彦
 科学技術庁長官 田中真紀子
 衆議院議長  土井たか子

今見ると、何とも恐ろしい布陣である。



★戸塚悦朗
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 http://ja.wikipedia.org/wiki/%e6%88%b8%e5%a1%9a%e6%82%a6%e6%9c%97
日本の弁護士。
韓国人慰安婦の対日補償請求運動を支援し、
1992年2月国連人権委員会で、
朝鮮・韓国人の戦時強制連行問題と
「従軍慰安婦」問題をNGO「国際教育開発」の
代表として初めて提起し、
日本政府に責任を取るよう求め、
国連の対応をも要請するなど、
今日の慰安婦問題に多大な影響を与えた。

(中略)
1993年、日本弁護士連合会
     海外調査特別委員(〜1997年)。
1996年、ソウル大学客員研究員。
1998年 ワシントン大学客員研究員。
2002年12月12日、
 戦時性的強制被害者問題解決促進法案
 審議第155回国会参議院内閣委員会で意見陳述。
2003年、龍谷大学法学部教授。
2004年より国際人権政策研究所事務局長
 国際人権政策研究所は、
 戸塚が民主党本岡昭次元参議院議員に
 依頼してつくった機関である。

2005年、龍谷大学法科大学院教授、2010年、退職。
2013年現在、日本融和会ジュネーブ国連代表
(引用ここまで)



小学校教諭を経て、社会党議員となった
★本岡昭次
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 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B2%A1%E6%98%AD%E6%AC%A1
・1991年 4月 1日
 参議院予算委員会で社会党として質問。
 
 「政府が関与し軍がかかわって、
 女子挺身隊という名前によって
 朝鮮の女性を従軍慰安婦として

 強制的に南方の方に連行したということは、
 私は間違いない事実だというふうに思います。」

従軍慰安婦に関する戦時性的強制被害者問題
の解決の促進に関する法律案
を起案したため、
この法案は別名として本岡法案とも言われている。
政権交代したら、真っ先に
 この法案が実現するんですよ
」』

(朝日新聞2007年3月27日夕刊 ニッポン人・脈・記)


★江田五月活動日誌 
 2011年2月16日(水)
 http://www.eda-jp.com/katudo/2011/2/16.html
 motooka.png
 12時15分ころ、法務省大臣室に入り、
 元参議院副議長の本岡昭次さんと戸塚悦朗さん
 が来られ、昼食を取りながら個人通報につき
 意見交換しました。

★国会審議議事録
 《強制連行・「慰安婦」・戦後補償》

 http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kj8899/kokkai_90.html#竹村90
• 2000年4月11日参議院本会議 本岡昭次議員
• 1990年参議院予算委員会 竹村泰子議員・本岡昭次議員



★【河野談話】 阿比留瑠比 VS 田嶋陽子
 田嶋陽子をフルボッコ

  
 1993年3月13日、
 金泳三大統領は
 「朝日新聞の記事を認めれば
  日本にこれ以上補償を要求しない」
と発表した。



 



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Comments 1

トマト

日本の弁護士をみて日本人として落ち込むばかりです。こんなのしかいないのか…

2014-09-15 (Mon) 09:45 | EDIT | REPLY |   

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