韓流研究室

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先人が警告した「蛇落地悪谷」

今朝の番組表を見ると・・・
フジテレビ「とくダネ!」
”地名に先人の教え…
 消えた「蛇落地悪谷」”

とある。
番組を見ていないので、詳しい内容は解らないが
検索すると・・・
http://zarutoro.livedoor.biz/archives/51860086.html
広島の土砂崩れが発生した地域は、もともと
「八木蛇落地悪谷(やぎじゃらくじあしだに)」
という名前らしい。

 f1a5d8493-s.jpg
地域の古老曰く、
武将が暴れ竜を退治して首が落ちたところだから
「蛇落地」で、悪し谷だから「悪谷」になった。
開発して住宅地として売り出される際、
名前が変更されたとのこと。



★「蛇落地悪谷」と呼ばれていた
 広島・土石流被災地
 ―蛇が降るような大雨たびたび

 J-castニュース 2014/8/26 11:03
 http://www.j-cast.com/tv/2014/08/26214022.html?p=all
広島の土砂災害発生から1週間がすぎ、
死者は58人となった。
行方不明28人の名簿がきのう25日(2014年8月)に
広島市から公表されたが、
うち20人が安佐南区八木の人たちだった。
八木地区を「とくダネ!」が尋ねると、
昔の地名は「蛇落地」
激しい水流を描いた絵も残っていた。
災害に対する先人の教えはなぜ消えてしまったのか。

地名が変わり忘れられていった先人の教え

崩れ落ちて形が変わった山を眺める住民たちは
「20年住んでいますが、
 こんなことはとても思わなかった」
と話す一方で、
山肌を指さしながら
「あそこが水の通り道だと聞いていましたね」と語る。
一帯は「蛇落地悪谷」(じゃらくじあしだに)
とよばれていたという。

不動産価値の思惑

平野孝太郎さん(71)は
「昔は蛇が降るような水害が多かったので、
 悪い谷・悪谷と名がついたそうです。
 八木蛇落地悪谷八木上楽地芦谷と改名され、
 さらにいまは八木だけが残ったようです」
という。
名前が変わるうちに
「土砂崩れ」の教訓も忘れ去られたらしい。

130年つづく浄楽寺の住職によると、
竜がいて、その首をはねたところから「蛇落地」と
ついたという。
「竜は水の神で、水害を収めた
 ということかもしれません。
 記録にはないが、語り継がれてきました」


近くの光廣神社に残る絵には、
竜を討伐した武将のかたわらを激流が走る。
こうした伝えは水害への警戒を促すと解釈できる。

川の氾濫避けて山側にベッドタウン

不動産業の男性は、
川の堤防決壊で水害に見舞われたことで
「川を避けて山側に宅地開発が進んだこと」をあげる。
やがてベッドタウン化し、これにますます拍車がかかった。
「山から水が出ることは
 あったかとかもしれませんが、
 あまり認識されず、山より川の方が怖い
 と考えられてきました」という。
100年以上起きなかった土砂災害より、
頻発する川の氾濫を目が向いたともいえる。

司会の小倉智昭
「地名にはいわれがありますからね。
 最近は緑とか幸せとかの明るい地名にします」

梅津弥英子アナ
「イメージをよくしたい気持ちも理解できますけど…」

菊川怜キャスターは
「不動産価値の問題もありますね」と考え込む。

コメンテーターの中江有里(タレント)
「先人の伝えを実感をもってつないでいく難しさ。
 そこは考えないといけませんね」


安田洋祐(経済学者)の
「今回の災害で
 次の災害を防ぐ方向にいってほしい」
という言葉がみなの気持ちを語っていた。

(引用ここまで)



★雲石街道Ⅱ(古市から八木まで)
 
http://www.mogurin.or.jp/maibun/kojikodo/unseki/unseki2-6.htm
unseki2-6.jpg

安佐南区八木三丁目には、観音堂がある。
蛇落地観世音菩薩ともいい、
元は阿武山の山頂にあったらしい。

阿武山には、『蛇王池物語』がある。
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1210835372358/
昔、阿武山の中腹に
何千年も生きている大蛇が住んでいて、
人里におりてきては人々に害を与えていました。
八木城主香川光景が大蛇退治を呼びかけたところ、
香川八将の中で最年少の香川勝雄が志願しました。
天文元年(1532年)2月27 日、
一人で馬に乗り
阿武山の中迫というところまで登ると、
びょうぶを立てたような岩があり、
大木に頭をのせていた大蛇がいました。

大蛇が勝雄を飲み込もうと
飛びかかってきたとき、

勝雄の抜いた太刀が大蛇の首をはねました。
切られた大蛇の首が落ち、
流れ出た血が川のようで、
ついには沼ができて
深く沈んでいったということです。
ここが蛇王池と呼ばれ、供養塔が建てられた
という言い伝えがあります。
(引用ここまで)

★阿生山の大蛇退治の伝説
 http://2nd.geocities.jp/edenno3/hiroshima/naka/naka.html
享禄5年、(1532年)、まだ勝雄18歳の頃、
香川氏の所領である八木荘(現・安佐南区八木)に
怪物のような大蛇(龍とも言われている)が出没し、
八木荘を荒らし回っていた。

勝雄は主君の香川光景から大蛇を退治するように
申し付けられ、
同年2月27日、巨大な大蛇を退治して、
一躍勇名を馳せた。
しかし大蛇は退治される寸前に勝雄に呪いを掛け、
盲目にしてしまった。困り果てた勝雄は、
近くにある湧き出た泉で目を洗うと、その目が
見えるようになった。
その後、その泉は眼病に効く霊験あらたかな水
として知られ、その泉は蛇王池と呼ばれ、
現在でも水が湧き出ている。
退治の際に使った刀は、安芸香川氏の祈祷所であった
光廣神社に奉納されていたが、現在は失われている。
(引用ここまで)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
何だか、色々とヒントが有りますね。
この”大蛇”とは、土石流の事。
”人里におりてきては人々に害を与えていた。”
昔から度々、水害による山崩れが起きていた!?

大蛇退治のために、18歳の香川勝雄が
一人で馬に乗り、阿生山に向かう。

阿武山の梅林台からの登山道を登ると
急な坂道が続く

途中にあるのは「蛇王物語」に出てくる
「大蛇の尾の祠」
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更に進むと 、
「大蛇の胴の祠」
 hokora06abusandc0524421.jpg

山頂には、
古くから地元の人達の信仰の対象となっており
水の神様である貴船神社の祠がある。

 hokora.jpg

貴船神社の祭神は高竃(たかおがみ)の神
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B4%E8%88%B9%E7%A5%9E%E7%A4%BE
水神である高龗神を祀り、
古代の祈雨八十五座の一座とされるなど、
古くから祈雨の神として信仰された。

古来より、
晴れを願うときには白馬が、
雨を願うときには黒馬が奉納された

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%A4%E5%8A%A0%E7%BE%8E%E7%A5%9E
龗は龍の古語であり、
龍は水や雨を司る神として信仰されていた。
「高」は山の上を指す言葉である。

祈雨(きう)、止雨(しう)、灌漑の神として
信仰されている。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
つまり、当地の伝説「蛇王物語」に出てくる
安芸香川氏の一族で、最年少(18歳)の家臣だった
香川勝雄は、阿武山の山頂にある貴船神社の祠に
止水祈願の為に白馬に乗って向かったのでしょうね。
”大蛇は退治される寸前に勝雄に呪いを掛け、
盲目にしてしまった”というのは
土石流に巻き込まれ、
目に泥が入ってしまったのだろうか?

とにかく、享禄5年(1532年)の2月27日に
この地区で土石流災害が有ったという記録なのだろう。
古来よりの言い伝えに倣い、
大蛇のような水流を止めるために
阿武山にたった一人で向かった18歳の武将の伝説。

「人身御供」のような行動だったのではなかろうか・・・



土砂災害防止法に基づき、「警戒区域」
「特別警戒区域」に指定するには、
厳密な地質調査を行い、住民説明会の開催など
を経る必要があり、指定完了には時間が係る。
今回被害が大きかった
安佐南区の「八木」「緑井」の両地域では、
広島県が調査を開始してから、
9年経っても指定できないケースが有ったという。
この両地域では、広島県が警戒区域の指定に向け
2005年から二つの民間会社に委託して調査を開始。
翌年には調査は終了していたのだが、
県の調査手法を解説した手引書があいまいだったため
2社の調査に食い違いが生じ、やり直しになった。
その後、地域内の過去に災害が有ったエリアの調査を
最優先して再調査を開始したために
住民説明会など行われてこなかったらしい・・・
その一方で、住民側には
「(警戒区域の指定は)土地や住宅の
 資産価値が下がる」
というマイナスイメージがあり
同意を得ることに難航していたという実態があった。

「八木蛇落地悪谷」という怖い地名が
縁起の良い「八木上楽地芦谷」に改名され、
土地開発を進めて住宅地として売り出される際には
先祖の残した教えのヒントさえも消し去り
単なる「八木」という地名だけが残った悲劇・・・



これは、この地域だけの問題ではない。
大都会・東京のど真ん中にも
こんな伝説が残っているのですよ!
meguro05.gif

★目黒の地名 蛇崩(じゃくずれ)
 http://www.city.meguro.tokyo.jp/gyosei/shokai_rekishi/konnamachi/michi/chimei/chuo/jakuzure.html


★蛇崩の大蛇伝説
 http://www.hashimoto-saketen.com/yurai.htm

(略)
 自然に対する畏怖が
 今とは比べものにならないほど大きかった時代、
 洪水の度に崖が崩され、
 家や田畑が潰されて
 沢山の村人が犠牲になる。

 その大いなる恐怖心が、
 存在するはずもない大蛇を生み出し
  「大雨になると川の氾濫とともに
   大蛇が現れ大暴れする」
 と、恐れおののいた・・・。

 
 これが 『大蛇伝説』 の真相なのかも知れません。

(全文はリンク先で)


★知っておきたい
 暮らしと災害シリーズ
 1 地名と災害

 http://www.hi-net.zaq.ne.jp/nap-support/1timeitosaigai.pdf




先人の伝えを実感をもって繋ぐ

被災地だけでなく、
今を生きる私達が、未来に向かって
この悲惨な出来事を伝える努力と
工夫をしなければならない。
犠牲になった多くの人々の為にも・・・

仏教が伝来しようと、キリスト教が伝来しようと
日本人が、太古の昔から自然発生的に生まれた
古神道の自然崇拝の概念を捨てなかったのは
和魂(にぎみたま)だけでなく
荒魂(あらみたま)をも
荒振る神、荒神として祀って
その御霊を鎮めなければならない
度重なる自然災害と向き合ってきた日本人の、
先祖伝来の宿命なのだと・・・つくづく思い知る。

阿武山の大蛇の祠
集落に禍や厄災を持ち込まないための
先人の必死の警告であり、願いなのだ。



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Comments 4

トロロ

誰得?

昭和の後半に地名改革?だったか、合理的な町名地名を推し進めようと官指導の方針が打ち出されました。それによって消え去った伝説・伝承・は数知れず。
無味乾燥な何処にでもある町名が溢れ、地域の個性が無くなりました。そこに追い討ちをかける市町村統合の嵐。地域の絆の緩みと消滅。
これも本当は官指導ではなくて、漢韓指導であったのかもしれません。
あの頃は庶民は老若男女が反対していたのに、強硬に推し進められた記憶があるのです。
一国を滅ぼす為のマニュアルに「国民から郷土に対する愛情、アイデンティティーを奪え」。という様な意味合いの一文があったと思うのですが。

2014-08-26 (Tue) 23:42 | EDIT | REPLY |   

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2014-08-27 (Wed) 09:28 | EDIT | REPLY |   

白珠

東日本大震災では、岩手県普代村の和村村長さんが昔の言い伝えを参考にして巨大水門を造っておいたおかげで、被害を免れたという実例からも、
過去の経験やそれを伝える伝承は大切ですね。

ただ、普代村の例と違って広島県の土砂災害は頻繁に起きてるんだから、昔の伝承の有る無しに関わらず、住民が居住区域への危機意識や対応を取る事は出来たハズだよねと。
ましてや家なんて高い買い物なのに、土地の下見もしないとか?
地名が変わったからという理由よりも、もっと根本的な理由が有るよね。

2014-08-30 (Sat) 23:50 | EDIT | REPLY |   

かめ

ブログを書かれるのでしたら、少しは文献をお調べになってからのほうがいいですよ。

2014-09-15 (Mon) 22:17 | EDIT | REPLY |   

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