韓流研究室

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京都市がアメリカ旅行雑誌世界ランキング1位~外国人ハイカーが絶賛の隠された神社

★京都市が世界ランキング1位 
 米国旅行雑誌「T+L」誌人気投票

 産経新聞 2014.7.3
 
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140703/biz14070300070001-n1.htm
 世界で最も影響力がある旅行雑誌の一つ
とされる米「トラベル+レジャー(T+L)」は2日、
読者による世界の観光都市の人気投票で
今年、京都市が初めて1位になったと発表した。
一昨年の9位、昨年の5位から躍進した。
日本政府観光局(JNTO)と連携して
海外プロモーションを強化した成果が表れた形だ。

 T+Lは米ニューヨークを拠点に全米で約100万部
を発行する月刊誌。
主な読者層は年収1千万円前後の
中高年で記事の影響力も大きく、
京都も過去に何度か特集が組まれていた。


 人気投票「ワールド・ベスト・アワード」は1995年から実施。
今年のランキングでは、昨年首位だったタイのバンコクが
政情不安でランク外となる一方、アンコールワットなどの
遺跡を持つカンボジアのシェムリアップが4位に入るなど
顔ぶれも替わった。

 国土交通省幹部は
京都をはじめ上質な異文化を体験できる、
 居心地のよい都市の順位が上がる傾向にある

という。

 京都を訪れる外国人宿泊者数は昨年113万人と
過去最高だった。茶道や座禅、日本食クッキングなど
体験型ツアーの人気も高いという。

(引用ここまで)


元記事
★World's Best Awards / Top Winners
 http://www.travelandleisure.com/worlds-best-cities-2014-winners-list


京都が評価された理由には、紅葉など
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 Beautiful Kyoto Gardens Japan
四季折々の自然の移ろいの美しさと
「旅館」の文化だという。
旅館は、そのまま”Ryokan”と表現され
「Sushi」「Bento」に続く日本文化単語として発信されている。
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有名な観光地でなくても、
日本人が忘れてしまっている風景
「素晴らしい・・・」と感激してくださる場合もある。

★海外「本当に興味深い国だ」
 山の中にひっそりと佇む神社に
 外国人感銘 

 パンドラの憂鬱 
 http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-1212.html
映像は日本に住む外国人の方が撮影したもので、
山中をウォーキングしていた際に発見した神社が紹介されています。

映像の神社は、静岡市清水区にある中峯神社であるようです。
地図で見てみますと、駿河湾沿いを走る東名高速道路から
西に1キロ程度と、決して山奥にあるというわけではないのですが、
四方には民家などはまったくなく、
投稿者さんは、「隠された神社」
という印象をお持ちになったようです。

山を含め自然そのものが信仰の対象になることが
多い日本では、山の中に静かに佇む神社があることは
決して珍しくはないと思うのですが、
外国人の目には、
とても神秘的で美しい光景に映ったようです。

 



中峰神社
 http://yaokami.jp/1220264/
映像から解るように、奉納された真榊の新しさから
地元の方がきちんと祀り、大切にしてきた神社だと
見て取れます。
東名高速道路がすぐ近くを通る山の中腹に
古い古いお社がひっそりと佇み、
誰かが修復した痕跡も有り、
古道を抜けて散策し、偶然見つけた日本の歴史に

”こういうのは「クールだなぁ」って思うね。
 本当に良い状態で残ってると思うし、
 本物の発見だね! アメリカ”


”美しい。まるで古いお宝を見つけたかのようだね。
 ワンダフルでミステリアスな場所だよ。 オランダ”


”トリイの銘板に
 「奉納:ナカミネジンジャ」ってあるね。
 「ミネ」の字は古いもので、
 今は変わってしまったが。 イタリア”


文明から離れた場所にある、
 過去には沢山の人が参拝に来たであろう場所。
 そういう光景を見るのってとても素敵だよね。
 この神社はちゃんとした補修もされて
 状態も良いように見える。
 しかも補修されたのも
 そんな昔じゃなさそうだよね。
 アメリカ”


このような感想に触れると
私達日本人こそが、
もっと祖先の残してくれて文化を誇り
大切に受け継がねば・・・と反省してしまう。



★開運 旧東海道 
 あちこち寄り道・散歩道

 http://blog.livedoor.jp/daddy101s/archives/51631073.html
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権現橋からも中峯神社に行けますが、
山道が危険そ うなので、山中にははいりませんでした。
江戸時代寛政年間の頃、藤八という人が倉沢に
住んでいました。
藤八は死後、藤八権現という天狗にな り、
火防の神さまとして奉られました。
でもどうして藤八権現が奉られていたのかは、
安政の東海大地震の山崩れで社殿ごと縁起もが
流されて しまいましたので、分からないそうです。

また、大地震後は木花之開耶姫命が勧請され、
富士山浅間大菩薩となりました。
明治になり富士山浅間大菩薩は東倉沢と西倉沢の
境目にあるということで中峯神社と改称しました。
権現橋の名前はそのまま残りました。
(引用ここまで)

★由比とさった峠
 http://blogs.yahoo.co.jp/michelin692/37549230.html



当地には、
まだまだ神秘的な古い社寺が残っている。
http://web.thn.jp/yui-sk/kankou/osusume.htm

★ 蒲原宿 ・由比宿(前半) (富士駅→由比駅)
  <旧東海道16回目>

 http://www5a.biglobe.ne.jp/~kota-k/new_page_16.htm

★由比宿 (後半)・興津宿 (由比駅→清水駅)
  <旧東海道17回目>

 http://www5a.biglobe.ne.jp/~kota-k/new_page_17.htm

★薩た峠
 http://www.surugawan.net/guide/50.html



中峰神社の近くに、当地の地名の由来となった
『鞍佐里神社』が有ります。
「日本武尊が東征の途次賊の焼き打ちの野火に逢い、
 自ら鞍下に居して神明に念ず、其鞍、敵の火矢によって
 焼け破れ尽くした。
 依って鞍去の名あり」と伝えられ、鞍去が後に倉沢と
 転化したともいわれている。
 鞍佐里神社は尊が野火にあった薩った峠の雲風か
 山中あたりに建てられていたが、
 後に現在地に移されたものと思われる。
 神社拝殿の蟇股には尊が野火を払うところが
 見事に彫刻されている。
  平成4年3月      由比町教育委員会 」

★東海道珍情報 鞍佐里神社
 歴史を極める度の人生
 http://d.hatena.ne.jp/tokaidorekisi/20101221/1292937946

★神が宿るところ
 http://blog.goo.ne.jp/junko-f2/e/456a4c25f5c30c497d0d1728eeb4da7a 
鞍佐里神社(くらさりじんじゃ)。
場所:静岡市清水区由比西倉沢313。
JR東海道本線「由比」駅の北、約1.6km。
(中略)
現在の祭神は日本武尊であるが、
元々は薩た峠の山上にあり、「山之神」と称されていた。
薩た峠の駐車場にある薩た峠山之神遺跡というのは、
当神社の旧社地だったという趣旨である。
賊に野火を仕掛けられたというのは、「焼津」・「草薙」と
同様な話で、後から付会されたものとしか思えない。
山神だから、元は大山祇神(木花咲耶姫の父神)だった
だろうと言う説もあるが、単に薩た峠(磐城山)を神格化
したもの、あるいは薩た峠の交通安全を守る地主神だった
だろうということ良いのではなかろうか。
それが、ヤマト政権の支配下に入って、
日本武尊と結び付けられたのではないだろうか。
(引用ここまで)



中峰神社や鞍佐里神社が有る薩た峠は
その昔、「岩木山」「岩城山」「磐城山」と呼ばれていた。
おや?
「岩木山」といえば、青森に有る山が有名。
「岩城山」は岩木山の別称で、青森だけでなく
その他の県にも地名にも残っている・・・

青森にある「岩木神社」について
★岩木山神社①伝説(1)
 http://kashikomi2.blogspot.jp/2013/06/1.html
(引用開始)
岩木山神社の神体山は岩木山でありますが、
そもそも岩木山がいつ頃から信仰の対象にされて
きたかというと、それはおそらく文字以前の時代
(おそらくは縄文時代)にまで遡るのであります。
そのように思うのは確たる証拠があってというわけでは
ありませんが、岩木山の東南方の山麓に
縄文時代前期から後期にかけての集落跡がいくつかあり、
また現代の日本人の
自然観や宗教観に照らし合わせてみて、
岩木山周辺に住んでいた縄文人が
岩木山を崇拝しない理由が特にないように
思われるからです。
(中略)
岩木山神社創立にまつわる伝説は、
大まかにいうと以下の六つになります。

①安寿姫と厨子王丸にまつわるもの
②大己貴命にまつわるもの
 http://www.genbu.net/saijin/oonamuti.htm
③曼字(卍)・錫杖にまつわるもの
④鬼沢村の大人にまつわるもの
⑤小栗山の三姉妹の神にまつわるもの
⑥坂上田村麻呂にまつわるもの
(引用ここまで)



さてさて、由比の「中峰神社」に戻りましょう。
御祭神は「木花之開耶姫命」
昔は、中峰神社の上に有った鞍佐里神社の
御祭神は大山祇神木花咲耶姫の父神

鞍佐里神社が元あった場所「山之神遺跡」
岩木山、岩城山、磐木山の「山之神」を祀った場所。
磐田市の地名にもある「磐」
静岡県には古代の祭祀跡 巨岩群が存在する
磐座(いわくら)という場所があるのですよ。

★磐座(いわくら)
 http://blog.livedoor.jp/shizuokak-izu/archives/cat_112773.html
(略)
阿波々神社境内の磐座
多くの巨岩がある不思議な空間です。
(略)
磐座とは、
神様が降りてくる場所のことです。

本殿の背後にある巨石群で、
祭祀が行われていた遺跡です。
1989年(平成元年)の発掘調査では、
巨石の上や周囲からは多くの遺物が見つかりました。

縄文土器と弥生時代の遺物(中期の弥生土器の破片、
後期の弥生土器の壺、石斧)、古墳時代の遺物
(土師器、手捏土器、滑石製勾玉、鉄製品(鉄鏃、鉄刀、
鉄矛))、奈良時代の遺物(須恵器、土馬)、
平安時代の遺物(灰釉陶器、山茶碗)、
鎌倉時代の遺物(山茶碗、経筒外容器、破損した和鏡)、
江戸時代の古銭(寛永通宝2枚、文久永宝5枚、
照寧通宝1枚)などが出土しました。

注意深く歩くと発掘された場所は、
今でもフワフワとやわらかく感じられます。

巨石だらけの不思議な空間で、
古代人だけでなく現代人にも大地の力を感じられるそうです。
(引用ここまで)



「岩」は「磐」
神様が住んでいる場所だから「岩木山」の「山之神」。
由比には、この他にも
阿蘇宇神社のご神木の杉の木の巨木が台風で倒れ
その下から縄文中期の集落遺跡が発見された
阿僧遺跡(あそういせき)があります。
 http://blog.livedoor.jp/shizuokak/archives/2702075.html

あれあれ? 阿蘇宇神社

★全国における
 阿蘇(アソ)という地名や山河名称

 http://www.eva.hi-ho.ne.jp/suruga/asotimei.htm
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■神武天皇東遷
 中巻の神武天皇章によると、神武天皇の皇子は
①日子八井命②神八井耳命③綏靖天皇の3人います。
この中で、神八井耳命の子孫は、
下記の19支族あったと伝えられます。
 一説では、これら多氏の祖先は久米部隊(蘇人)
ともいい九州の智保郷(高千穂・阿蘇)から
大和国十市郡飫富郷(おう)に東遷した後、
主に東国を中心として全国に移住したのではないか
とも伝えられています。
多氏の本拠地である
奈良県磯城郡田原元町多字宮ノ内には、
多神社(多座弥志理都比古神社
=おおにいますみしりつひこ)があります。
さらに多神社の西 橿原市飯高町字西垣には、
小子部命/武甕槌命を祭った子部神社(こべ)、
スガル一座を祭る小子部神社(ちいさこべ)があります。
 ウマシマチ尊は父を饒速日命、母を長髄彦の妹とし、
神武東遷後、大和王朝の行事等の基礎を創りました。
その後、岩見国(島根県)へ移住したと云います。
 『上代日本正史』原田常治著によると、
出雲/大和族である布都御魂の子 素佐之男尊の
第五子がニギハヤヒ尊(大物主神)で娘 伊須気依姫
(御歳神)は、伊邪那岐命/伊邪那美命→天照大神を
祖とする日向一族である神武天皇と結婚し、
皇子 八井耳尊のまた皇子が阿蘇神社に祭られている
健磐龍命になります。
 また、健磐龍命は高千穂から阿蘇谷に向かう途中に
幣立神宮や草部吉見神社に立ち寄った。
健磐龍命は草部吉見の姫をお嫁さんにもらった。
ちなみに 八井耳尊の子には古事記著者の太安万侶
の祖先である多臣→おお臣がいらっしゃいます。
 私がアソの地名で調べているのは、
この おお臣や八井耳尊の子が大和を経由して
近畿、東北に移住している確証を
阿蘇神社やアソという地名でつかもうとして探しています。
 一方、『先代旧事本紀』は、
藤原不比等(朝鮮半島か中国大陸からの渡来人?)
により抹殺された本来の大和朝廷の豪族である物部氏、
大伴氏等の伝説を伝えています。
ニギハヤヒ尊は天磐船にのり河内国河上哮峰に
天降った後、更に大倭国鳥見白庭山に移り住み、
鳥見(三輪山付近)の豪族であった長髓彦の妹
御炊屋姫を妃として大和(トミまたは秀真国)を治めました。
神武天皇は東遷したときニギハヤヒ尊の兒 
ウマシマチ命から統治権印の端寶十種を継承したといいます。

 尚、物部氏の支族には、
穂積氏、三河国造、小治連、宇治部連、交野連、六人連、
倭志、紀連、若湯坐連、小市直、駿河国造等約80あります。
(引用ここまで)



そういえば・・・由比には
駿河國廬原郡 豊積神社がある。
http://www.genbu.net/data/suruga/toyosumi_title.htm
こちらの御祭神も木花之佐久夜比賣命

境内案内では、
天武天皇白鳳年間に五穀の神として、豊受姫が祀られ、
延暦十年に、浅間信仰の普及から、神主への神託により
木花之佐久夜比賣命を祀る神社へ変化したらしい。

『平成祭データ』『静岡県神社志』では、
創建そのものが、延暦十年の四月となっている。

いずれにしろ、延喜式当時には、
浅間神を祀る神社であり、
往古は、豊積之浅間大明神と称していた。
また、豊積の社号に関しては豊受姫ではなく、
木花之佐久夜比賣命の別名・豊吾田姫の豊と
父神である大山祇神の祇(つみ)から取られた

という説もある。
(引用ここまで)



中峰神社も、
昔は富士山浅間大菩薩と称されていた。

★浅間神社
 http://www.geocities.jp/johannes_schiffberg/Asama.html
今回はこの「浅間(あさま)」について
考えてみたい。

 「あさま」とはアイヌ語系の単語で、
九州の阿蘇(あそ)、青森の浅虫(あさむし)温泉、
伊豆の熱海(あたみ)などと同じ語源であるらしい。

要は「火山」のことである。
浅虫や熱海は火山ではないが、地中から硫黄の臭い
がする熱いお湯が噴出するのは、火山と強い類似性がある。

 ところで富士山は、現在は休止中であるが、
江戸時代の中期までは何度も大きな噴火を繰り返した
活火山であった。
いつも噴煙が絶えないので「不死」の山、
といわれたほどである。
古来より人々はこの荒ぶる山を畏怖し神として祀った。
富士山の神を祀る神社を「浅間(せんげん)神社」という。
現在、静岡県富士宮市に本社がある。
正式には「富士山本宮浅間大社」というようだ。

 浅間神社の祭神は、
主祭神 : 浅間大神(あさまのおおかみ)、
 木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)
相殿神 : 瓊々杵尊(ににぎのみこと)
相殿神 : 大山祇神(おおやまづみのかみ)

である。

浅間大神とは上記から判るように火山の神であり、
富士山そのものといってよいだろう。
山そのものを神として祀ることは、
全国各地にその例を見ることができる。
日光の二荒山神社、加賀の白山神社、越中の立山神社、
出羽の月山(出羽三山)神社、大物忌神社(鳥海山)など
いくらでも挙げることができる。

 富士山の場合は、
まず火山神の浅間大神が祀られたわけだが、
しだいに神仏習合が進んでくる。
平安時代に富士修験を開いた末代上人(まつだいしょうにん)
が修行中にしばしば
「浅間大菩薩(せんげんだいぼさつ)」が現れ、
この浅間大菩薩と浅間大神は同一である
との悟りを得たという。

 その後、中世以降になるとその浅間大菩薩は
「木花之佐久夜毘売命」であるとの思想が出現し、
富士山と木花之佐久夜毘売命が結びついていったらしい。
なぜ同じだと考えたのかはよく判らない。
ただ、
木花(このはな)とは「桜の花」のことで、
桜と富士のとりあわせは、
いかにも日本人の好きそうなテーマである。

(引用ここまで)

 fuji9.jpg

★朝熊山展望台
 http://puchitabi.jp/mie/area/ise/
 朝熊山(あさまやま)は、
 伊勢神宮の背後にそびえる標高555mの山。
 山頂からは伊勢湾の雄大なパノラマが広がり、
 とくに山上からの日の出は古来から有名だった。
 「お伊勢参れば朝熊(あさま)をかけよ
  朝熊かけねば片参宮(かたまいり)」

 といわれ、江戸時代に全盛を極め、
 民族の大移動の体をなした「おかげ参り」にも
 必ず朝熊山登山が含まれていた。
 「あさま」はアイヌ語に由来する言葉で、
 日が出て光り輝く神を意味するという。




外国人ハイカーが偶然”発見”した、
山奥でひっそり佇む神秘の神社「中峰神社」
この映像だけで、古代の日本の姿が見える。
いとも簡単に
タイムスリップできてしまう興味深い国だ!

こうした地元の神社も、
今は氏子の人々がちゃんと祀っているけれど
このまま、「左に偏った思想」の自虐史観の持ち主や
マスゴミに洗脳されやすい「花畑」オバサンが
増えていっては困る訳でして・・・

もっともっと、
悠久の歴史がある日本を愛そうぜ!
と、思う次第であります。



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Comments 2

まるこ

複雑な気持ち

日本を好きになってくれた外国人が、日本のいいところを映像+外国語で発信してくれるのは嬉しいのですが、例えば、日本のお祭りなどは本来神事なわけなのに、観光が優先されてしまっているようで、マサイ族など観光客が来ると踊ってみせてそれで生活していますが、日本も将来的にはそうなってしまうようで憂いています。

また、ものすごい量の日本に関する映像が外国人によって発信されていて、その発信している当人は好意でやっているのはわかるのですが、それが悪用される可能性もあるということも頭に入れておくべきです。

例えば今回貴ブログで紹介されている外国人による無人神社の紹介映像。それ自体は素晴らしい。しかしそういう存在を「知った」ことによって「落書き」「放火」などに及びかねない不良外国人も同時に見ているのでしょうから…。


2014-07-04 (Fri) 17:42 | EDIT | REPLY |   

弓取り

嫉妬したいほど? 日本の継続性

完全な異文化圏の人には感動的な良い経験になるでしょうね。
異教徒侵略者などに荒らされなかった日本の伝統文化、継続していることが奇跡

日本に文化を教えてやったと上からのたまうくらいだから韓国人には、つまらないでしょう。
韓国人は幼稚な嫉妬心も世界最凶だから、来ないほうがいい。お互いのためにも。

2014-07-05 (Sat) 01:41 | EDIT | REPLY |   

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