fc2ブログ

韓流研究室

ARTICLE PAGE

韓国、官民総出で「ワシントンの桜」をウリナラ起源にするnida!

★ワシントン DC 桜祭りに行く前に、
 それを知りましょう

[ニューヨーク中央日報] 2014/04/08
 
http://www.koreadaily.com/news/read.asp?art_id=2455372
 韓国山林庁DNA分析結果、
 「済州産王桜に由来」結論


「朝鮮支配認定」密約締結した後、
日本が政治的目的込めてプレゼント

パリセイズパーク慰安婦キリム碑なくそうと
最近にも同じ破廉恥行為

[ニューヨーク中央日報] 
毎年春になると開かれるワシントンDCの桜祭り。
韓国人たちも多くれるこの祭りの主人公である
桜の木の原産国が、日本ではなく
韓国だという事実を知っている人は多くない。

桜祭りを訪れているほとんどの訪問者は、
この桜が日本のものだと信じている。
しかし、ワシントンDCの桜は、
日本産ではなく済州産王桜という分析が
説得力を得ており、
日本が桜を政治的道具として利用しようとする
試みを着実にしてきているという指摘も出ている。


韓国山林庁林業研究院などがワシントンDCの
桜DNA分析を行った結果、
ワシントンDCの桜は済州島漢拏山に自生する
王桜に由来した事実を突き止めた。
しかし、この事実を知っている人は多くない。
日本がワシントンDCの桜を自国のものだと
全世界的に広報しているからだ。


また、
裏面には桜の花を利用した政治的な布石が
隠れていることもある。
1912年、ワシントンDCに桜の花が最初に入って
来るようになったきっかけは、
1905年に結んだ桂・タフト密約で日本の朝鮮支配を
認めてくれたウィリアム・タフト大統領の夫人、
ヘレン・タフトが水面下で影響力を行使したためとして
知られている。
ヘレン・タフトが1907年に日本を訪問した際、
桜を見て感嘆すると、ファーストレディになった後の
1912年、日本側が感謝の印として
3020本の桜を伝達したとのこと。
つまり、
自国の利益のために密約を結んだ米国と日本が
「友好」の象徴として桜の花を利用したものである。


このような日本の桜の外交は
100年が経過した後にも再現された。

去る2012年、ニュージャージー州パリセイズパークを
訪れた日本の議員らはペルパク図書館前の
日本軍慰安婦被害者碑の撤去を要求して、
「ペルパクをワシントンDCのような桜の名所にしてあげる」
という提案をした。
当時ペルパクタウンホールで日本議員らのこのような発言を
聞いたペク・ヨンヒョン1492グリーンクラブ代表は
「何の罪もない自然を
 政治の道具として利用することに
 悔しい思いがした」
と明らかにした。

最近、
ペク代表は、バーゲン群政府と手を組んで
ニュージャージー州北部のランドマークとされる
「オーバーペックパーク」のアップグレードに乗り出した。
数万本の韓国産の木を植え、
マンハッタン、セントラルパークのように
住民たちから愛される代表的な自然空間にしよう
という計画
である。

ペク代表は、この計画の一環として、
オーバーペックパークに済州産王桜の道を
造成すると明らかにした。


彼は
「アメリカ人達に韓国産の桜の美しさを
 見せてあげたいから」
と話した。

韓国の桜を守ろうとする努力は過去にもあった。
米国で独立運動を展開した李承晩博士は、1943年に
「ワシントンのポトマック川沿いの
 桜の原産地は韓国であるので、
 これを直さなければならない」
と主張した。

また、李博士は、日本の真珠湾空襲で浮き上がった
反日感情のためにワシントンの桜が消える危機に
さらされた時
「桜の原産地は韓国だ」
と救命運動をしたりもした。
このような努力の産物は、
ワシントンDCのアメリカン大学(AU)のキャンパス内に
痕跡を残している。
李博士は1943年にAUで開かれた大韓民国臨時政府樹立
24周年記念式で、済州王桜4株を植えたし、
大学側は2011年、博士が植えた王桜の近隣にに
韓国庭園を開場した。
(引用ここまで)



韓国が官民挙げて在米韓人に向けて
必死で「指令」を出している・・・

 在米同胞達よ
 今年も、
 ワシントンDCの桜は
 韓国起源だと
 アメリカ国内で大声で叫び
 洗脳工作せよ!


何度も繰り返すが、
日本の桜「染井吉野」は、韓国産「王桜」とは
米国農務省のDNA解析でも
王桜起源はバッサリと否定している!

しかも、
ワシントンDCに植えられた桜は
「染井吉野」だけではない。

それを”知らない”というだけでも
韓国人の桜に対する無知が如実に表れる。

韓国人は、桜の品種が
「染井吉野」と「王桜」だけだと
思っているのだろう・・・


★日米特許最前線
 第63回
  「ワシントンDCの桜とDNA特許」

 http://dndi.jp/08-hattori/hattori_63.php
(略)
この桜のDNAテストの結果では、
ソメイヨシノは、日本の桜ではない、
韓国の桜である、と韓国が主張している。
彼らの理由は、
これらの桜のDNAは韓国の済州島で天然記念物に
指定されている美しい王桜のDNAと一致しているから、
ということである。

そして、
ワシントンの桜といえば、
 日本という考えは誤りで、
 日本には元々桜はなかった。
 韓国が桜の原産地である。
 日本はそれを移植しただけ

ということを世界中に明らかにしたいらしい。

 ところが、
この桜の木の100年の歴史はについては、
米国内務省の国立公園局(National Park Service)の
「HISTORY OF THE CHERRY TREES」
に非常に詳しく記載されている(資料②)。
http://www.nps.gov/cherry/cherry-blossom-history.htm
以上のように、桜をめぐる日米友好は、
最初の3020本が送られた1912年からちょうど
100年になっているが、前述したように、
韓国は官民一体になって、
ソメイヨシノの桜は日本産ではなく、
韓国産であり、これを明確にせよ
と米国政府に猛烈な働きかけを
しているそうだ。


 きっかけは、
2009年4月6日に聯合ニュースが記事にした、
韓国国立山林科学院暖帯山林研究所の
キム・チャンス博士が、
ポトマック川の桜の標本を採取し、
DNA分析を行ったところ、済州島の王桜と同じで、
結局、
日帝強制支配期に日本人が
済州島の王桜を改良、増殖して、
それをワシントンDCに送ったものだ(資料④)、
という論文
を発展し、
それ以降、韓国の色々な者が同じ主張を
繰り返し始めているそうである。


 しかし、実は、
米国農務省は自身で
その前にDNA鑑定を行い、
ソメイヨシノと王桜は別種であると
2007年6月に既に結論している
のである
(資料⑤)。
しかも、この分析を行ったのは、
Roh、Choi、Cheong、Joung各氏という
全て韓国系か中国系の研究者であるので
信憑性ははるかに高い。
キム・チャンス博士が、この4人の研究者のテスト結果を
どう評価しているのかという話は全く聞いていない。


 ソメイヨシノの期限は、
江戸時代の染井村(現、東京都豊島区駒込)で
開発された「吉野桜」をいろいろ交配させてできた
ものということはほぼ証明されているという
(資料③)。


 しかし、韓国は、
アメリカ人や外国人がポトマックの桜を
褒めれば褒めるほど

そして例年の桜祭りが盛大になればなるほど
このソメイヨシノは、韓国産ということを主張し、
アメリカ政府に圧力をかけ続けるのだろう。

(中略)
特に、桜のような植物は、
自然によるミックスだけでなく、人類の英知による
交配(ソメイヨシノはその典型)があって発育し、
さらに今でも改良も進められている。
そのうえ、そういう「もの」をめぐる
長い間の文化的付加価値
(桜でいえば100年間の日米協力)が
あったからこそ大切なものになるのである。

 それを全て無視し、
オリジナルがたまたま自分の国のものであるから、
ポトマック川の桜も韓国のものである
という主張は、正に虎の威を借る狐か狸でしかない。


たとえ、万が一、起源説が正しかったとしても、
自分の元の「文化」を
今のレベルに発展させることが
できなかったことは、
逆にいかに自分たちが
文化的程度が低かったか
ということを自認している
ことと
同じとはいえないだろうか。


 まあ、とにかく、
こういう情報化社会で考えさせられることは、
新しいものを開発したときに、特許を取って
おくべきことで、
ソメイヨシノもそのDNAを特許にしておいていたら、
こういう事態にならなかったであろう。


(引用ここまで)



さて、韓国の官民挙げての
「ワシントンDCの桜は韓国産」キャンペーンは
アメリカの農水省のHPを検索すれば
直ぐに「嘘」とバレてしまう事から
最近は、工作活動を切り替えて
「ワシントンDCの桜を守ったのは
 韓国初代大統領の李承晩」
という「嘘」を拡散しようとしている。

李承晩がやった事は、
戦争で反日感情が高まり、日系移民が財産没収され
強制収容所に入れられている最中に、ちゃっかりと
「ソメイヨシノは韓国起源nida!」
と吹聴して廻っただけの事である!

ポトマック川の桜が4本しか折られず
「敵国日本の桜は伐採してしまえ」
などと言う事態にならなかったのは

あの『青い眼のお人形』で有名な
シドニー・L・ギューリック博士などの、
親日家による努力と、アメリカ国民の民度による。

★中国がSidney Gulick を引用して
 日本の市民文化を語るのだが・・・

 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-2594.html
(略)
地球史探訪:
 太平洋の架け橋となった人形たち

 http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog197.html
 1910年代、日本人移民は低賃金に甘んじつつ、
 持ち前の勤勉さで野菜の生産を主体に成功者が
 出始めていた。
 カリフォルニア州では農業生産の1割を
 日本人移民が供給していたほどである。

 アメリカ人労働者は、競合者としての反感と
 人種的偏見から、日本人移民を排斥し、
 銃撃や闘争が頻発した。
 カリフォルニア州議会は1913(大正2)年、
 外国人土地所有禁止法案を通過させ、
 日本人移民一世は、帰化権のない外国人として、
 借地権を奪われた。
 さらに1924(大正13)年には、
 連邦議会が「新移民法」を制定し、日本人移民に対して
 入国を禁止し、門戸を閉じてしまった。

 日本ではアメリカの人種差別的な新移民法に対して、
 抗議集会が開かれ、新聞も米国批判の論陣を張った。
 渋沢栄一翁も、日本人移民排斥を懸念して、
 自身で渡米したり、信頼する人物を派遣したりして、
 日米識者で協力して移民問題好転の道を探っていた。
 その過程で、
 かねてから懇意であった
 ギューリック博士から
 人形贈呈の提案を
 持ちかけられたのである。

-------------------------------------------------------

事態の背景には
アメリカ人の日本人に対する「誤解」がある
と感じたギューリック博士は
教鞭をとっていた同志社大学を辞職し、
その誤解を解くために
自称「日本からのアメリカへの宣教師」として、
アメリカ人に対日反発法の理不尽さを
説いてまわる活動を始めます。


(中略)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog197.html
■4.親愛なる日本の少女へ■

 博士の計画は、パンフレットにされて、全米各地の学校、
 教会、ガールスカウトなどの各種児童団体、婦人クラブ
 などに配布された。
 それには、日本のひな祭りの楽しさを述べ、さらに、
「人形交流の本意」として、次のように書かれてあった。

”この計画のもっとも価値ある点は、多数の米国児童や
  その両親に国際的な考え方を認め、日本に興味を持たせる
  機会を与えるという点にある。
  随って、米国に対する好意が日本においても呼び起こされる
  という大いなる利益がある。”

男の子たちは、児童劇などを催してその入場料を集めて
  資金を作り、そのお金で買い入れた人形に、
  女の子たちが衣服を作って着付けをした。
  人形は身長約40センチ、寝起きさせると
腹部の発声装置が働いて「ママー」と声を出すタイプのものが
選ばれた。

 (中略)

■6.サクラ咲く国の国民から■

 ギューリック博士は「返礼の心配は平に無用」と
 伝えていたが、日本側ではアメリカほどの多くの人形は
 作れないものの、米国全州と6大都市には行き渡るように、
 58体の高級な日本人形を贈ることとした。

 そのために、人形受領校の女生徒250万人から、
 一人一銭の拠金を得ることとなった。
 拠金は強制しないよう通達されたが、皇后からの御下賜金も
 含め、計画以上の2万7千円も集まった。

一流の人形師たちを動員して作られた人形は、
 全国各県に一体づつ配送され、各地で送別会が行われたあと、
 アメリカに出立した。
 答礼人形達は、次のような文章の書かれたパスポートを持参していた。
 spassport1.jpg

 「皆さんへの尊敬と友情をお届けする使節を受け入れ、
  優しくしてください。一生おそばで暮らし、
  ほんたうの友だちになるでせう。       
             サクラ咲く国の国民から 」


 人形は11月末にサンフランシスコに到着し、
 同市、および、対岸のオークランド市、バークレイ市で
 盛大な歓迎会が催された。
 現地の新聞は次のように報じた。

 「日本の人形は、いずれを取り上げても、
  まことに優美である。
  そして優しさのうちにも気品高く、
  穏やかな笑みをたたえた
  美しい顔、明るい色彩の着物のすばらしさ。
  人形たちの生まれ故郷の桜が咲く国を、
  心ゆくまで表した化身といってもよく、

  これは、東洋の大国の友情あふれた児童たちから、
  他の国のきょうだいたちへの愛をこめて贈られた、
  ギフトでなくてなんであろう。」


 答礼人形達は、
半年の間に、479の都市で巡回展示され、
千回余りの歓迎パーティが催された。
その後は、各州の博物館や美術館で保管・展示された。

(引用ここまで)

-------------------------------------------------------
「ワシントンの桜」の歴史も同様ですが
様々な問題を抱えながらも、お互いに出来る限りの
理解をしようという交流の歴史が有るのです。
戦争という不幸な歴史が有り、当時は両国でお互いを中傷する
プロパカンダ合戦が有ったとしても・・・

アメリカから贈られた、当時最先端のセルロイド製の
抱き上げると「ママ」と声を出す青い眼の人形の素晴らしさと
ワシントンの春の到来を象徴する桜が有るように
アメリカに送られた答礼人形の、最高峰の人形師や
染付、織物師、蒔絵細工師などの一流の職人達が
丹精込めて作った市松人形の、そのクオリティの高さは
あの時の日米の文化水準を現わしています。

驚くべき事に、この日米の「人形交流」の歴史
ロシアのサイトでも発見しました。
実に詳細に紹介しているHPには
「政治家の外交よりも勝る民間交流の素晴らしさ」
と、高い評価で紹介されています。
詳細な写真資料も見事です!
http://www.liveinternet.ru/users/flesh_atronach/post226039387/

(詳細は、リンク先をお読みください。)


0_78f7f_45eaaca5_XL_20140410125928d17.jpg

 0_78fcf_fb36b193_L_20140410130200f21.jpg

 d1967 article pic


 dgulick.jpg
d2013-10-14_15-45-55_434_622x621.jpg

   dimages-1.jpg

0_78fa1_388d4b42_XL_20140410130234f9f.jpg

0_78fad_1714accb_XL_201404101302066df.jpg

0_78fd2_51cb6c04_XL.jpg

0_78fb1_1e4bbec1_XL_20140410130203734.jpg

0_7908c_df2010d8_L_2014041013020495b.jpg

人形「ミス山形」yamaguchiwith-shoes.jpg
と一緒に贈られた人形用のタンスや茶道具の数々。
素晴らしい・・・
dyamaguchiaccessoriesjpg.jpg
 http://www.internationalfolkart.org/collections/aboutcollectionsyamaguchi.html

「ミス三重」も大事に保管されている。
 http://museum.unl.edu/research/anthropology/asiacoll/missmietojapan.html

  dMS1929-02.jpg
  darchival_photo.jpg
  Fs_dolls_1.jpg
  lg_FriendshipDolls20bk20cover.jpg
現在でも出版される児童書
 The Friendship Doll
 http://chickadeejubilee.blogspot.jp/2012/06/found-read-aloudand-history-lesson.html


当時、絶大な人気を誇っていた
名子役のシャーリー・テンプルちゃんも
日本の人形に魅了された一人だった。
 http://www.clas.ufl.edu/users/jshoaf/Jdolls/jdollwestern/photos/shirley.html
 dShirley.jpg
 http://www.antiquejapanesedolls.com/pub_friendshipdolls/ADC_Friendshipdolls.html
  sshirleymine.jpg
  shirleyall.jpg



ワシントンの桜を守ったのは、
シドニー・L・ギューリック博士達の
 gulick1_20140410210059b38.gif
日本の文化を理解して欲しいという友情の心と、
その思いに答えようと、
貧しいながらも寄付金をだして答礼人形を贈った
「サクラの国」日本の人々の切なる願いと
efd1001_201404102105230b6.jpg

  dance01a_20140410204125ede.jpg


当時、既にワシントンの桜の保護活動をしていた
ワシントンに住むアメリカの市民団体の努力の賜物!
http://www.afpbb.com/articles/-/2867129?pid=8664204
 ワシントンの桜が次なる受難に出会ったのは
1941年、日米開戦の時だった。
ハワイ(Hawaii)・オアフ(Oahu)島の
真珠湾(Pearl Harbor)を日本軍が攻撃した後、
何者かによって4本の桜が切り倒された。
第二次世界大戦が終わるまで、
桜はただ「東洋の木」と呼ばれたが、
その裏で密かに桜を守る行動を
米国人たちは組織していた。


 戦後、桜祭りの人気はあっという間に広まり、
日本は1965年、さらに3800本を寄贈した。
桜祭りに関する著書がある
アン・マクレラン(Ann McClellan)さんは、
ワシントンを訪れる人々はまず日本の影響を
思い浮かべるが、桜には「大事なメッセージ」
込められていると語る。

「タイダルベイスンのほとりに寝転び、
 花の下を歩く人たちの話し声を聞いていると、
 人生がどんなにかはかなく、美しく、
 だからこそ精一杯生きなければいけないことに
 思いをはせます。
 それこそが日本人の信条で、
 それを今わたしたち(米国人)も
 迎え入れているのです

(引用ここまで)

長い間、
ワシントンの桜を管理してきた国立公園管理局
(NPS)の桜の歴史のページには
戦争当時の桜の歴史には李承晩の記述は一切なく、
以下のとおりです。
 1941: December 11, four cherry trees were
 cut down in suspected retaliation
 for the Japanese attack against
 the U.S. Pacific Fleet at Pearl Harbor,
 Hawaii. The exact reason for the vandalism
 never was substantiated.
 In hopes of preventing future damage during
 the Second World War, the trees were referred
 to as the "Oriental" flowering cherry trees.

1941年12月11日 
 4本の木がハワイの太平洋艦隊への真珠湾攻撃に対する
 報復と思われることで切り倒された。
 この野蛮行為に対する正確な理由は立証できないが、
 今後の戦時期間における損害を防ぐことを期待して
 これらの木はオリエンタル(東洋)桜木と呼ばれた。

ワシントンの桜を守るために、
戦中は、一旦「東洋の桜」と呼び
戦後「日本の桜」と言う名を復活させた
保護組織の皆さんがいたのよねぇ。

韓国の捏造キャンペーンのような
李承晩の”救命運動”とやらが桜を守ったのであれば
戦後のワシントンの桜は韓国原産記載がされたハズ!
そんな事態は、韓国が騒ぐまで全く無かったという事は
李承晩、出番無し!

当時、既に”ヨシノチェリー”はアメリカ各地に
植えられていた事から、染井吉野は挿し木で増やされ
このクローンが入手可能だったのだろう。
だから、李承晩が植えた「王桜」はDNA鑑定したら
染井吉野と全く同じはずだ。
何故なら、
それは「ソメイヨシノ」そのものだろうから!

原種を、挿し木や種で増やす事は結構難しい。
ましてや、済州島から「王桜」の苗を運ぶことは
日本がワシントンに贈った際の困難を考えれば
簡単な作業ではない。
済州島から本当に送ったのであれば、
アメリカの検閲に記録が残っているだろう。
李承晩と在米韓人会が入手した「桜の出荷履歴」
アメリカン大学のソレをDNA鑑定してみれば?




ワシントンの桜を守ったのは
美しく咲き誇るサクラを愛してやまなかった
アメリカの人々の魂だ。
sakuraCB_Timeline001_20140410211036971.jpg
sakuraCB_Timeline002_201404102110378d6.jpg
sakura002_20140410211039873.jpg
sakuraCB_Timeline006_20140410211040f20.jpg
sakuragty_couple_older_2_dm_120315_vblog_2014041021143535c.jpg
休暇中の”兵士”
桜の樹の下で恋人を撮影する・・・


今年も、ワシントンの桜は見事に咲いた。
週末には満開になるという。
アメリカのニュースサイトでは
桜の古木に密やかに咲く
美しく可憐な花を紹介していた・・・
 sakura.png

ワシントンの桜が、
終戦直後の韓国のように大規模伐採されなかったのは
文化を愛する心と、美意識に他ならない。

 sakura592498200_tp.jpg
 sakura4783.jpg

sakura23999cherry-blossoms963_jpg__1070x700_q85_crop_upscale.jpg

sakuragty_blossoms_dm_120315_vblog.jpg



政治 ブログランキングへ
スポンサーサイト



Comments 7

マザー

何から何まで、日本の真似・パクリばかりやってるんですね。
韓国の国花はむくげだろうに、
そちらは話題にもされないという、かわいそうな扱いです。

2014-04-11 (Fri) 00:01 | EDIT | REPLY |   

トマト

桜を守って下さった方々に本当に感謝の思いしかありません。現在でも特にアメリカでは桜を必死に守ろうとそして盛り上げようとしてくださっている方々がいます。捏造民族の入る隙はない。歴史の重みがわからない国に未来はない

2014-04-11 (Fri) 03:52 | EDIT | REPLY |   

白珠

青い目のお人形に関する詳細と、ワシントンの桜を守って来てくれた方々の詳細を
知る事が出来ました。本当にありがとうございますm(__)m
また、ロシアのサイトも興味深いですね♪

でもって、南トンスルランド自ら、アメリカにてわざわざ反韓のきっかけを
又も作ってるわけですよね~w

2014-04-11 (Fri) 06:58 | EDIT | REPLY |   

-

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2014-04-11 (Fri) 07:36 | EDIT | REPLY |   

背水の塵

素晴らしい内容です。

じっくり読ませていただきました。写真も多く素晴らしかったです、が今回の問題はやっぱり日本が悪い。
「恥を知らない韓国人」もともそういう素地があった上に、それを助長してきたのは、『日本は引けば事が収まる=韓国は相手が引くのは自分の勝ち』を続けてしまった事、つまり日本が悪い(笑い)。
しかしこれから難しいのは諸外国の人に、中国とは違い民主主義国家を標榜している韓国が、元首を先頭に国家全体で嘘・捏造を繰り返してることを簡単に信じてもらえない事、さらに事大主義のプロであり接待・詐欺(恥も外聞もなくやりきる)に関しては、それこそ唯一長い歴史と伝統があること。
竹島もプロキャンプフォロワーも在日の密航問題も、米国には公文書や資料があっての現状、本当に厄介な相手ですが韓国との諸問題に対し「真実は勝つ」、問題を一番複雑化させているアメリカで証明したいもんです。長文失礼シマシタ。

2014-04-11 (Fri) 08:36 | EDIT | REPLY |   

みー

韓国人、人のものをパクる情熱はあるけど、それを大事に育てて存続させる情熱は無い。
いい加減目を覚ませよと。

2014-04-11 (Fri) 10:56 | EDIT | REPLY |   

F.Y

古木が頑張って咲かせた桜が、隣国の反日に耐え忍ぶ日本人のようでグッと来ました。

李承晩の桜に、
 >済州島から本当に送ったのであれば、
  アメリカの検閲に記録が残っているだろう。
すばらしい反論!!
そうですよね~。

桜、人形・・・盛り沢山の素敵な話をありがとうございました。

2014-04-11 (Fri) 23:17 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply