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韓流研究室

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河野・朴会談・・・竹島密約も慰安婦問題も、河野親子が暗躍

河野氏
「日韓基本条約に
 請求権に基づく賠償規定ない」

聯合ニュース 2月14日(木)19時12分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130214-00000041-yonh-kr
【ソウル聯合ニュース】
河野洋平元衆院議長は14日、ソウルで開催された
国際フォーラムで講演し、
「日韓基本条約には請求権に基づく賠償が
 規定されていない」
と説明した。

日本政府は韓国側の植民地時代の賠償要求に対し、
1965年に締結された同条約により賠償請求権は
消滅したと主張している。

ただ、同条約は1998年に当時の金大中(キム・デジュン)
大統領と小渕恵三首相が結んだ韓日パートナーシップ宣言
と共に両国の信頼構築の基礎になったと評価した。

河野氏は朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が当時の
韓国内の強い反発を抑え、条約を締結したと指摘。
「日本から経済協力を引き出したことが
 経済発展の基礎の一部をつくったことは
 間違いないと認識している。
 戦略的な大きな決断をした」と述べた。

 韓日パートナーシップ宣言については、
「それまで日本側から明確な文書による
 謝罪がなかったのは理不尽なことだった」として、
「仁義」の上に信頼関係を構築する礎ができたと評価した。

 また、日本が韓国と信頼関係を構築するためには、
「軍事力を背景に韓国の独立を奪い、
 自国の価値観を強要した歴史的事実に真摯に向き合い、
 明確な反省をすることなしに、なにも始まらない
 ことを肝に銘じる必要がある」と述べ、拍手を受けた。

 河野氏は12年前の外相在職時、
「決して忘れられない事件」として、東京・JR新大久保駅の
ホームから落ちた男性を助けようとして亡くなった
韓国人留学生、李秀賢(イ・スヒョン)さんの事件に言及し、
感謝の気持ちを伝えた。  

河野氏は官房長官を務めた1993年、旧日本軍の
従軍慰安婦の強制性を認めて謝罪した
「河野談話」をまとめた。


★「歴史を直視」で一致
 河野元官房長官と会談
 -韓国次期大統領

 時事通信 2013/02/14-18:34
 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013021400823
 0130214at67_p.jpg
 14日、ソウルで、河野洋平元官房長官(左)と
 握手する韓国の朴槿恵次期大統領(EPA=時事)

 【ソウル時事】韓国の朴槿恵次期大統領は14日、
講演のため訪韓した河野洋平元官房長官と会談した。
両氏は
「両国関係を進めるために、歴史を直視し、
 歴史を学ぶという誠実な態度が双方に必要だ」

との見解で一致した。
河野氏と朴氏の報道官が明らかにした。

 朴氏は
「『信頼外交』を新政権の外交の
 重要な基調と位置付けている」とし、
「両国はいくらでも未来志向的に
 発展していけると信じている」と表明。

「韓日間の協調がいつになく重要な時期に、
 歴史問題が国民の情緒を刺激し、
 関係発展の障害になってはいけない」として、
「日本が被害者の苦痛を心から理解する立場に
 立って考えてくれることを願っている」と語った。 

 日本政府が旧日本軍の従軍慰安婦問題への関与を
認めて謝罪したいわゆる「河野談話」や
竹島問題など具体的懸案は話題に上らなかった。

 河野氏はその後の講演で、
「対等な立場での相互信頼関係」を築くためには
「軍事力を背景に韓国の独立を奪い、
 自国の価値観を強要した歴史的事実に真摯(しんし)
 に向き合い、明確な反省をすることなしに、
 何も始まらない」と強調した。


日韓基本条約の表と裏に暗躍した
重要なカギを握る政治家の、
息子と娘が握手して
「歴史を直視し、歴史を学ぶという
 誠実な態度が双方に必要だ」で意見が一致・・・

この二人の親達のやった事こそが、その”歴史”だよ。

竹島問題は、河野洋平の父である河野一郎が係る。

★ロー・ダニエル著『竹島密約』
 http://www.jaas.or.jp/pdf/55-4/7.pdf

この論文を読んでも
日米関係重視で、竹島問題を国際司法裁判所へと
持ち込もうとしていた自民党官僚派と、
対立していた党人派代表の河野一郎。
韓国首脳部は、この党人派を利用しようと近づく。

■「河野一郎による日韓交渉始動」
 http://electronic-journal.seesaa.net/article/308687688.html
1964年11月下旬、河野一郎氏が池田裁定により、
佐藤栄作氏に総理の座を奪われて
から2週間ほど
経過したとき、金鍾珞氏が河野氏を訪ねてきたのです。
そのとき、河野氏と交わした会話を再現します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 金鍾珞:先生は、今のままでは、
     絶対に天下を取れません。
 河 野:どうすればよいというのですか。
 金鍾珞:韓国首脳部、すなわち朴大統領の考えは、
     河野先生には韓国との国交正常化をまとめ上げ、
     自由陣営のチャンピオンになっていただきたい
     というものです。
 金鍾珞:佐藤総理と相談してみましょう。

    ── ロー・ダニエル著/「竹島密約」/草思社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 このやり取りには若干の解説がいると思います。
当時河野一郎氏は「日ソ共同宣言」を成し遂げているため、
「親ソ派」のレッテルが貼られていたのです。
金鍾珞氏はその点をとらえて、反共主義を国是とする
韓国との国交正常化も成し遂げて、
「自由陣営のチャンピオン」になってくれといって
いるのです。

 当時河野一郎氏は国務大臣で、実質的な副総理の扱い
になっていたのです。しかし、韓国との国交正常化を
クリアするための最大の難問である漁業権と竹島・独島
において政治決着を図るためには
佐藤首相との意見の一致は不可欠な条件だったのです。

 この会談のあった数日後に、
河野氏は丁一権国務総理に対して親書を届けています。
当時の河野氏の発言について嶋元謙郎氏は
次のように明かしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 佐藤総理と相談した結果だが、
 日韓をオレが引き受けることにした。
 ただし、表にでれば、大騒ぎになってつぶされるから、
 あくまでも舞台裏だ。
 日ソ交渉をやって、つくづく分かったが
 外交の要諦は、「電光影裡に春風を斬る」だ。
 だらだらしないで速戦即決。
 その条件を丁総理がのむならばだ。
   ── ロー・ダニエル著/「竹島密約」/草思社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここで、当時の自民党のなかでの河野一郎氏の
立ち位置について知っておく必要があります。
当時の自民党は、吉田、岸、池田と続く
官僚派派閥の力が強く、党人派の河野氏が首相の座を
射止めるのは容易ではなかったのです。
(中略)
 第3次内閣改造内閣で池田首相が河野氏を
無任所の国務大臣に
据えたのは、日韓国交正常化を河野氏にやらせよう
という意図があり、それを佐藤内閣に引き継いだ
ものと思われます。
 1961年に池田首相は訪米し、ケネディ大統領
に会ってある示唆を授けられていたのです。
それは次のようなものだったといわれています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ソウルが赤化すると、日本の治安に
 大きな影響を及ぼすことは確実であり、
 日本は韓国の反共体制に対して、
 もっと重大な関心を払うべきである。
         
 ── ケネディ大統領

―――――――――――――――――――――――――――――
 河野氏は、カウンターパートである
丁一権国務総理のこの問題に賭ける本気度を
探っていたのです。
そこで、宇野宗佑氏を密使として韓国に送り、
丁国務総理の本気度を探らせたのです。
そのとき、丁国務総理は
「私は生命を賭けてもやる」といったそうです。
それを聞いた河野一郎氏は目をキラッと光らせて、
こういったのです。
「そうか。それじゃ、やろう」と。

故・三宅久之氏のサイトより
★竹島密約考 前編
 http://ameblo.jp/hisayuki-miyake/entry-11335890655.html
(略)
韓国側では1961年5月、軍事クーデターによって
政権を掌握した朴正熙氏が大統領に就任すると、
韓国の近代化のために、日韓関係の正常化と
日本からの資金の導入を急いだ。
(略)
そこで、池田勇人首相は河野一郎国務相に
大野氏の後を引き継ぐよう要請、河野氏は
これを引き受けたものの実質的な交渉役として、
元秘書の衆院議員宇野宗佑氏(後首相)を指名、
韓国側は金氏の兄の金鐘珞氏(韓一銀行常務)が
窓口となって交渉、詰めを急いだ。

 経済協力は総額5億ドル
(無償3億ドル、有償2億ドル)で妥結したが、
竹島(独島)の領有権問題は両国の主張が平行線で
対立、最後まで残った。
そこで宇野、金鐘珞両氏は最終的に竹島問題を
棚上げすることで合意、
両国は相互に領有権の主張を認め合い、
 互いに反論する場合には異議を唱えない

との密約を交わし、この密約内容を日本側は
河野国務相を経て佐藤栄作首相(池田首相が病気のため
64年の東京オリンピック後退陣、同年11月
佐藤内閣が発足)に、
韓国側は丁一権国務総理を経て朴大統領に報告され、
それぞれ了承を得たという。

 日韓基本条約は1965年6月22日に調印されたが、
宇野氏は後に私との雑談の中で、当時の苦労話を披露。
条約締結後、韓国政府からその労を多として
高位の勲章(韓国の修好勲章の一つである光化勲章か?
筆者注)を贈られたと自慢気に語った

■竹島密約考 後編
 http://ameblo.jp/hisayuki-miyake/entry-11336426105.html
日韓基本条約交渉時に両国が合意していた、
竹島(独島)の領有権問題を
「事実上棚上げし、
 互いに領有権の主張を認め合う」
という密約は、韓国でも歴代大統領に引き継がれて
きた
が、1993年大統領になった金泳三氏には
引継ぎがなかった。理由は不明である。
そこで金大統領は突然、独島の実質的支配体制を
確立するため、接岸施設を設け、軍隊を常駐させ、
対空兵器なども装備する要塞化を進め、
今日に至った。
(略)
「竹島『密約』のあった時代」によると、
「竹島密約については
 韓国ではすでに広く知られている」という。
(略)
ロンドン・オリンピックでも韓国のサッカー選手が
「独島はわが領土」と書かれたプラカードをかざして
問題となったが、
通常領土主権を叫ぶのは、
領土を不当に占拠されたと思う側が、
占拠している国へ抗議のために
声をあげるのではないか。

不法不当に実質支配している側が
プラカードを掲げ、デモ行進するというのは、
よほどのやましさがあるからではないか。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、河野一郎は日韓基本条約交渉の背後で
韓国側とどのような交渉をしてきたか
当時の政治の動きがよく分かるサイトをご紹介する。

★竹島と李承晩ライン(1)
 http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/50658276.html
歴史認識問題や竹島(独島)の帰属問題は
解決せざるをもって、解決したとみなす
で知られる丁・河野密約により棚上げとなり、
条約の締結に至った。

韓国が日韓交渉中に主張した対日債権
(韓国人の軍人軍属、官吏の未払い給与、
 恩給、その他接収財産など)

に対して日本政府は、韓国側からの徴用者名簿等
の資料提出を条件に個別償還を行うと提案したが、
韓国政府は個人への補償は韓国政府が行うので
日本は韓国政府へ一括して支払って欲しいとし、
現金合計21億ドルと各種現物返還を請求した。


★竹島と李承晩ライン(2)
 http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/50658839.html
李承晩が竹島の領土権を唐突に主張してから
4年後の国会議事録。
政府、外務省、農水省、いずれも何の手も
打っていません。

第025回国会 本会議 第10号 昭和31年12月3日
○今澄勇君 
(略)
日韓両国の正式会談は去る昭和28年10月
決裂のまま今日に至り、850名に近きわが同胞は
異境の地に四回目の正月を迎えんといたしております

(略)
しかし、何ら事態の変化はございません。
(略)
まず鳩山総理に伺いますが、第一に、去る三十日、
参議院において、鳩山総理は、大村収容所の韓国人を
釈放することにより直ちに抑留者が帰れるような
御答弁でありました。
これは韓国代表部からの正式連絡による責任あるものか、
その根拠と見通しについて鳩山総理の答弁を求めます。
(略)
かつて民間代表として賀川豊彦氏が渡韓の希望を持って
総理と面接なさいました際は、積極的な賛意はなかった
趣きでございますが、
(略)
朝鮮海峡において日韓紛争のため同じく外国の犠牲となった
漁民に対しては、相手が相手だからといって
ほとんど国家補償も行われず、
多くの遺族は悲惨な境遇に落ちて、
割り切れない気持であります。

(中略)
吉田茂が再軍備拒否にやっきになっている
隙をついて李承晩は竹島の領土権を火事場泥棒的に
主張した
のでしょうが、
鳩山としては、吉田のヘマの後始末をするのは
御免こうむりたい。
 
河野一郎、発言内容とは裏腹に、
北洋漁場は大手魚業が仕切ってるから、対ソ連交渉も
何とかしなければならないが、
竹島は河野・丁密約(竹島密約)で曖昧に誤魔化した
ばかりだから見て見ぬふりをして上手くやり過ごそう、
零細漁民は犠牲になってくれ、
という姿勢
が言葉の裏からにじみ出てます。


河野一郎という男はどう見ても良い人間では
ないですが、一方ソ連相手に漁業交渉をまとめあげた
辣腕の政治家でもあります。
つまり河野の力量不足で曖昧な
交渉結果になったのではなく、
恣意的な何かが密約の裏に
存在する
ということが
容易に想像されます。


で、結局は国際司法裁判所の判断を仰ぐことも無く、
今日までうやむやのまま来ている
ということですか。


さて、息子の河野洋平は・・・
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★河野洋平と慰安婦捏造
 http://www.tamanegiya.com/konoyouhei.html
当時副官房長官であった、石原信雄氏は
産経新聞のインタビューにて
この河野の談話について下記のように答えています。
(97年3月9日産経新聞)

河野氏は調査の結果、
強制連行の事実があったと述べているがーー

「随分探したが、日本側のデーターには
 強制連行を裏付けるものはない。
 慰安婦募集の文書や担当者の証言にも、
 強制にあたるものはなかった」

一部には、政府がまだ資料を隠している
のではという疑問もあるーーー

「私は当時、各省庁に資料提供を求め、
 (警察関係、米国立公文書館など)
 どこにでもいって(証拠を)探してこいと
 指示していた。薬害エイズ問題で厚生省が
 資料を隠していたから慰安婦問題でも、
 というのはとんでもない話。
 あるものすべてを出し、確認した。
 政府の名誉のために言っておきたい」

ではなぜ強制性を認めたのかーーーー
「日本側としては、できれば文書とか
 日本側の証言者が欲しかったが、見つからない。
 加藤官房長官の談話には強制性の認定が
 入っていなかったが、韓国側はそれで納得せず、
 元慰安婦の名誉のため、強制性を認めるよう
 要請していた。そして、その証拠として
 元慰安婦の証言を聞くように求めてきたので、
 韓国で十六人に聞き取り調査をしたところ、
 『明らかに本人の意志に反して
  連れていかれた例があるのは否定できない』
 と担当官から報告を受けた。
 十六人中、何人がそうかは言えないが、
 官憲の立ち会いの下、連れ去られたという例もあった。
 談話の文言は、
 河野官房長官、谷野作太郎外政審議室長、田中耕太郎
 外政審議官(いずれも当時)らと相談して決めた」

聞き取り調査の内容は公表されていないが、
証言の信憑性はーーー

「当時、外政審議室には毎日のように、
 元慰安婦や支援者らが押しかけ、
 泣きさけぶようなありさまだった。
 冷静に真実を確認できるか心配だったが、
 在韓日本大使館と韓国側と話し合い、
 韓国側が冷静な対応の責任を持つというので、
 担当官を派遣した。
 時間をかけて面接しており当事者の供述には
 強制性に当たるものがあると認識している。
 調査内容は公表しないことを前提に
 ヒアリングしており公表はできない」

韓国側の要請は強かったのかーーーー
「元慰安婦の名誉回復に相当、
 こだわっているのが外務省や在韓大使館を
 通じて分かっていた。
 ただ、彼女たちの話の内容はあらかじめ、
 多少は聞いていた。行って確認したと言うこと。
 元慰安婦へのヒアリングを行うかどうか、
 意見調整に時間がかかったが、
 やはり(担当官を)韓国へ行かせると決断した。
 行くと決めた時点で、
 (強制性を認めるという)結論は、
 ある程度想定されていた」

それが河野談話の裏付けとなったのかーーーー
「日本側には証拠はないが、
 韓国の当事者はあると証言する。
 河野談話には
 『(慰安婦の募集、移送、管理などが)
  総じて本人たちの意志に反して行われた』
 とあるのは、両方の話を総体としてみれば、
 という意味。
 全体の状況から判断して、強制に当たるものは
 あると謝罪した。
 強制性を認めれば、問題は収まるという
 判断があった。

 これは在韓大使館などの意見を聞き
 宮沢喜一首相の了解も得てのことだ」

談話の中身を事前に韓国に通告したのかーーー
「談話そのものではないが、
 趣旨は発表直前に通告した。
 草案段階でも、外政審議室は強制性を
 認めるなどの焦点については、
 在日韓国大使館と連絡を取り合って
 作っていたと思う
。」


韓国側が国家補償は要求しない代わり、
日本は強制性を認めるとの取引があった
との見方もあるーーー

「それはない。
 当時、両国間で(慰安婦問題に関連して)
 お金の問題はなかった。

 今の時点で議論すれば、日本政府の立場は
 戦後補償は済んでいるとなる」


元慰安婦の証言だけでは不十分なのではーーー
「証言だけで(強制性を認めるという)結論に
 持っていったことへの議論があることは
 知っているし批判は覚悟している。
 決断したのだから、弁解はしない」

つまり、当時の官房副長官だつた石原信雄氏は、
"慰安婦"を認めた背景に
元慰安婦とその支援者(NGOなど)や
韓国側から強い圧力があつたと述べ、
強制性の認定について
「日韓両国間での妥協の産物」と明言し、
暗にその圧力に屈したことを認めているのです。


それに対して、河野洋平は、平成11年10月5日の
外相就任会見において
「物理的証拠や、本人の他の人には
 わかり得ない話などを踏まえて発表した。
 確信を持っている」(10月6日付 産経新聞朝刊)

 ところがこのバカはそれでいて、
その前の朝日新聞の取材に対して
「『政府が法律的な手続きを踏み、
 暴力的に助成を駆り出した
』と書かれた文書が
 あったかといえば、
 そういうことを示す文書はなかった。
 けれども、本人の意思に反して集められたことを
 強制性と定義すれば
、強制性のケースが
 数多くあったことは明らかだ」

(1997年3月31日朝日新聞)

これは、証拠は無いが、自分の思い込みだけで
談話を出したという事をいっているのです。
売国奴の真骨頂でしょう。


さて、河野洋平は政界引退会見では
この責任を宮沢喜一に擦り付けている

★河野氏よ、逃げるなかれ!
 2008/09/20(土)
 http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-1892.html
韓国が用意した自称慰安婦たちの“証言”を
聞かされて、「強制性を認めればこの問題を収める」
ともちかけられた。

「問題を収める」。
この“説得”に反応した、事なかれ主義の河野洋平氏
(当時・内閣官房長官)は、自称慰安婦たちの“証言”
の裏付けも取らず、また、検証らしき検証も行なわずに、
それらの“証言”を唯一の証拠として
慰安婦の強制性を認め、謝罪したのである。
まさに、韓国の罠(わな)に自ずから嵌(はま)った
のである。この談話については、表題の会見に云く、
「「宮沢内閣としての気持ちを申し上げたものであって、
 私が個人的に申し上げたものではない
と語った」と。
(中略)
阿比留記者の記事

 上記の記事に加え、阿比留瑠比記者(産経新聞)
の署名記事が掲載されている。云く、
「河野氏に指摘しておかねばならないのは、
 宮沢喜一内閣総辞職のわずか5日前の
 平成5年8月4日、駆け込むように発表した
 「河野官房長官談話」の影響
だ」と。また云く、
「この談話が世界で独り歩きした結果、
 日本は、「性奴隷(セックススレイブ)の国」

と決めつけられるようになった。
日本が、事実とは異なると反論しても
談話という形でコメントが出ているではないか
(マイク・ホンダ米下院議員)

 と言い返されるありさまだ」とある。

 これまでの経過の概要を記した後で、阿比留記者は、
「安易な政治的妥協と、何が強制の主体なのか
 あやふやな文章で日本の名誉を傷つけた河野氏には、
 引退前に潔く非を認めてほしかった」
と述べておられる。同記者にとっても、引退会見での
河野氏の姿勢は残念であったに違いない。
(以下略)


河野洋平の政界引退後の活動や発言を見ていると、
単に、”事なかれ主義”で何ら検証もせずに
「強制を認めた」ようには思えない。

父・河野一郎の、日韓国交正常化を推進していた
朴正熙の姪の夫である金鍾泌・元首相の実兄の
金鍾珞
との密会や
丁一権国務総理との「竹島密約」までの流れ同様に
この「河野発言」でも、韓国側と河野洋平との
恣意的な何かが、裏に存在するのではないだろうか?

父・河野一郎が日韓基本条約締結直後に亡くなり
本来は、彼が手にするはずだったのに
河野一郎の秘書だった宇野宗佑が手に入れた
韓国政府からその労を多として高位の勲章
(女性スキャンダルで即失脚したとはいえ)
総理大臣の椅子に座るまでの資金援助や韓国利権とか・・・

河野洋平の健康問題が総理の椅子を遠ざけたとしても
何らかの韓国に対する利権を握っていたからこそ
様々な重要ポストに就くだけの金とコネが
有ったのではないかと疑ってしまう。

それにしても、
自ら招いた「慰安婦問題」に対して、この男は
今回の訪韓直前のTBS「サンデーモーニング」

★河野洋平さん、従軍慰安婦問題を語る。
 と思ったら、(`□´)コラッ!まるで他人事。
 あんたは当事者なんだよっ!!

http://blog.livedoor.jp/kuroiamakitune/archives/51711163.html
今日 2月10日・TBS・サンデーモーニングで
安倍首相の国会答弁を取り上げていた。

その一つとして従軍慰安婦問題を、
民団からの選挙応援を受けていた民主党の、
韓国国籍の京都のおばちゃんから 
外国人と知りながら外国人献金を受け取っていた
前原誠司議員が質問した映像が流れた。


なんとコメンテーターに、
河野洋平さんがいるので 当然 当事者として
話すと思い、慌てて録画した。


宮沢内閣の意思として官房長官が出したもので、
 その後の自民党政権・民主党政権が踏襲しているから、
 そのまんまで行けばいいんじゃない
。”


とまるで他人事のように話す 河野洋平さん。

貴方がその官房長官であり、
その読み上げた談話
=いわゆる河野談話を証拠とされて 
日本に謝罪と賠償を要求され続け、
従軍慰安婦像なるものをアメリカや
東南アジアを始め世界中に設置するという、
日本を辱める工作をされ続けて 
アメリカで日本非難の決議がなされている
のを認識しているのか???



その談話が出た経緯 
そして 事実が出なかったけど 
なだめる為に言っちゃったのか 
証拠があったならあったと・・・ 
或いは工作に負けたとか、
或いは NHK・アサヒの言う通りにしただけとか・・・・、
その話が大切なのだが、
サッパリ何にも言わず

川内優輝選手が中本健太郎選手を振り切って
勝った別府大分毎日マラソンについては、
雄弁に世界陸上モスクワ大会の
出場選手に選ばれると
キッパリ語っていたのだが、
逆じゃあないの???

あんたが張本人なんだよっ!!
ゴ━━━(#゚Д゚)=○)`Д)、;'.・━━━ルァ!!


この、国賊老害こそ
日本に「再入国禁止」にするべきだ!


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Comments 5

トマト

そうですよね~老害河野
無知ではなく、計算しつくされた行為をしたんですよね~色んなブログを見ましたが、無知な河野が大半で…今の河野息子を見ていたらこの家計の左翼脳がわかります。こんなやつになぜまた、日本をかき回さなければならないのか腹立たしくてたまりません。村山、鳩山を批判を現役閣僚たちは批判をしてましたが、河野もするべきです。日本の悪です

2013-02-15 (Fri) 16:25 | EDIT | REPLY |   

-

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2013-02-17 (Sun) 09:31 | EDIT | REPLY |   

安重根

日韓基本条約締結前の交渉内容

■以下日韓基本条約締結前の交渉内容


日韓交渉報告(一二)
    請求権関係部会第二回会議状況 
久保田参与
二八、五、一九

四、なお、韓国側から主として左の項目について簡単な説明があり日本側との間に事実問題に関する質疑応答が行われた。

(四)南方占領地域慰安婦の預金、残置財産

2013-03-13 (Wed) 22:51 | EDIT | REPLY |   

安重根

日韓基本条約締結前の交渉内容

日韓交渉会議議事要録(一二)
   第二回請求権関係部会
アジア局第二課
昭和二八、五、一九
一、日時及び場所、1953年5月19日午后三時10分ー四時、外務省419号室において
二、出席者
 日本側  久保田代表
       石田大蔵省理財局長
       吉田大蔵省理財局総務課長
       上田大蔵省理財局外債課長
       広田外務省アジア局第二課長、
       (重光外務省条約局第三課長は欠席)
 韓国側   張基栄外交委員会委員
       洪璡基法務部法務局長
       韓奎永駐日代表部三等書記官
       林松本外交委員会委員、(殖産銀行頭取)

2013-03-13 (Wed) 22:52 | EDIT | REPLY |   

安重根

日韓基本条約締結前の交渉内容

三、議事概要
 (二)久保田代表から異議のない旨を答えたところ張代表は以下の四項目について説明を行つた。
(4)・・・占領地から引揚げた韓国人の預託金の問題・・韓国女子で戦争中に海軍が管轄していたシンガポール等南方に慰安婦として赴き、金や財産を残して帰国してきたものがある。軍発行の受領書を示して何とかしてくれといつて来るので社会政策的に受取りを担保にして金を貸したこともある。
 以上、述べた四項目については、後から貴方の資料で実態を堅めて行きたい。


(引用元)
日本公開の日韓会談文書
http://www.f8.wx301.smilestart.ne.jp/nihonkokai/nihon.html
第6次開示決定文書
http://www.f8.wx301.smilestart.ne.jp/6ji-all/6ji/6ji.htm

2013-03-13 (Wed) 22:52 | EDIT | REPLY |   

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