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韓流研究室

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中国書記官、何度も筒井信隆・農水副大臣室へ!農水機密に接触

中国書記官、
農水機密に接触・何度も副大臣室へ

読売新聞 2012年5月30日08時16分
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120529-OYT1T01585.htm?from=main2
中国大使館1等書記官(45)による外国人登録法違反事件で、
農産物の対中輸出促進事業に関する農林水産省の機密文書が
外部に漏れ、書記官も内容を把握していた疑いがあることが
分かった。

 この事業は民主党の筒井信隆・農水副大臣が主導しており、
書記官は副大臣室に出入りしたり、中国の国有企業を日本側に
紹介したりするなど、事業に深く関わっていた。
警視庁公安部は書記官の諜報ちょうほう活動の一環だった
可能性があるとみて関心を寄せている。

 問題の事業は、
一般社団法人「農林水産物等中国輸出促進協議会が、
日本の農産物などを北京の施設で展示・販売する計画。
中国の国有企業と提携し、協議会に参加する日本の農業団体や
企業に、中国進出の足がかりを提供することを目的としていた。
筒井副大臣は、自ら訪中して国有企業側と覚書を締結するなど
同事業を主導してきた。

 関係者の証言や協議会の資料によると、事業の事務は、
鹿野農相グループの衆院議員の公設秘書(当時)が担当。
2010年12月に鹿野農相から農水省顧問に任命され、
中国側との交渉などを行い、翌年7月に協議会が発足すると、
顧問を辞めて代表に就任した。

 代表は、事業を進める中で、「取扱注意」などと書かれた
同省の内部文書を入手しており、確認出来ただけで30枚を
超えていた。中には、農水省が政府の統一基準に基づき、
「機密性3」や「機密性2」に指定した文書が20枚近く
含まれていた。
機密性3は、3段階で最も機密性が高く、福島第一原発事故の
影響を受けた国内のコメの需給見通しに関する文書などがあった。


 文書について、代表は
「筒井副大臣などからもらった」
と話している。漏えい行為は職員の場合、国家公務員法違反に
あたり、副大臣は、罰則はないが大臣規範に違反する。


 書記官は、代表が拠点にしている鹿野農相グループの
衆院議員の事務所を度々訪れており、関係者は
「書記官も、代表から文書を見せてもらったり、
 内容を教えてもらったりしていた」
と証言している。

 一方、事業の構想は10年8月、筒井副大臣らによって
民主党内に発足した勉強会で浮上したが、
会が発足した背景の一つは書記官から同党関係者への
働きかけだった。計5回の勉強会のうち、少なくとも2回に
書記官が出席。
「中国の企業と協力した方が良い」
などと提案し、提携先として国有企業を紹介したという。

 昨年5月に予定された展示施設のオープンは、輸出する農産物の
検疫条件で中国側とトラブルになるなどして、延期が繰り返されて
おり、その対応のため、書記官が何度も筒井副大臣室を訪れる姿を
農水省幹部らが確認している。
この事業は中国大使館商務部の担当で、経済部の書記官は直接の
担当ではなかった。


  a020691020110520142617.jpg
★筒井信隆
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%92%E4%BA%95%E4%BF%A1%E9%9A%86
新潟県中頸城郡三和村生まれ。
新潟県立柏崎工業高等学校機械科、早稲田大学法学部卒業。

1967年、22歳で司法試験に合格。
日本社会党の木島喜兵衛衆議院議員の知己を得
引退する木島に代わって出馬するため、
新潟県上越市に移る。

1986年、第38回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で
旧新潟県第4区から出馬したが、次点で落選した。
1990年、第39回衆議院議員総選挙に再び旧新潟4区から
出馬し、初当選。

当Blogでも、かつて「仙谷由人の過去」についての記事で
筒井議員を取り上げています。
キーワードは社会党ニューウェーブの会」

★飛鳥京法律事務所
 (松原脩雄弁護士)のHPより 

 http://www.kureai.jp/law/news.htm
「まず松原が永田町で仕掛けたのは「ニューウェーブの会」だった。
 すでに松原は当選以前、公認候補となったときに着想を得ていた。
 (中略)
  それまでの社会党代議士といえば、議員になることを人生の
 最終目的にした「組合の一丁上がり」と相場がきまっていたが、
 「新人類型の市民派」ぞろい。
 職業も弁護士、大学教授、マスコミ、医者、市民運動家など
 顔ぶれは多士済々。
 中には元お茶の水女子大全共闘で新宿ゴールデン街の
 ママという変わり種もいた。
 そもそも松原が立候補を決意した動機は、
 全共闘で果たせなかった
 「世直し」をすることにあった

 議員は目的ではなく手段にすぎない。
 そのためには「永遠の反対派のままの社会党ではだめ」。
 自民党に変わる政権担当能力を持った政党に
 社会党を変えたい。
 土井委員長を支える新人のグループをつくろう。
 彼らとならその目的にむかって一緒にやれると
 松原は確信した。
 (中略)
 これはと目星をつけた仲間に
 「もし当選したら再び集まって勉強会をしよう」
 と働きかけたところ、当選をした新人六十名のうち
 三十名が結集。
 平均年齢四七・五歳。
 中心はいわゆる団塊世代。
 松原同様「全共闘体験者」も相当数いた。
 東大の先輩で弁護士の伊東秀子と
 大学の全共闘仲間で弁護士の仙谷由人を共同代表に据え、
 自らは学生運動体験を共有する弁護士の筒井信隆とともに
 事務局長に収まった。

 その後華々しく活躍し、今も政治の第一線にあるメンバーも
 数多い。めぼしいところを上げると、
 秋葉忠利(現・広島市長、当時四九、大学教授)、
 池田元久(現・民主党、当時五一歳、NHK記者)、
 岡崎トミ子(現・民主党副代表、ネクスト環境大臣、
       当時四八歳、アナウンサー)、
 仙谷由人(民主党前政調会長、当時四六歳、弁護士)、
 筒井信隆(現・民主党ネクスト農水大臣、当時四七、弁護士)、
 鉢呂吉雄(現・民主党ネクスト外務大臣、当時四四歳、農協参事)、
 細川律夫(現・民主党、ネクスト法務大臣、当時四八歳、弁護士)、
 松本竜(現・民主党、当時四一歳、代議士秘書)
 などである。(以下略)」

★我カク戦ヘリ/二十一世紀への冀望
 ――高野孟に聞く(構成・福島泰樹)
 http://www.smn.co.jp/takano/warekaku.html
《1962年に早稲田大学第一文学部西洋哲学科と
 東洋哲学科に入学した同級生が卒業後40年近くを経て
 集まって、同人誌『西東』を刊行しようということに
 なり、
 その04年4月創刊号の巻頭で福島泰樹(僧侶・絶叫歌人)
 がインタビュアーとなって私に波瀾万丈?の半生を
 語らせようという企画が持ち上がり、福島の寺で
 一杯飲みながら言いたい放題しゃべったのが以下である。》
(中略)
高野 それで猪俣津南雄という早稲田の政経の花形教授で、
   戦前の労農派マルクス主義経済学の最高峰という人がいて、
   当時の中央公論とか改造とか、そういう雑誌に切れば
   血が出るような文章を書きまくっていた。
   カナダ帰りでカナダ人の奥さん。
   それの担当編集者がお袋だった。
   よくあることで、原稿を取りに伺っているうちに
   出来ちゃって、そのカナダ人と離婚してうちのお袋と
   一緒になった。
   この人が昭和十六年だか十七年だかに亡くなっちゃうんですよ。
   その人がものすごくかっこいいハンサムで、
   知性に溢れたそれこそ大正デモクラシーを絵で描いたような
   左翼教授だったんだね。
   これが早稲田で、共産党結成のときに
   早稲田で東京第一細胞が出来てそのキャップだった。
   そのすぐ下に理工学部応用化学科の学生だった
   うちの親父がいた。
   で、親父が書記長で、東大新人会で後に社会党代議士になった
   黒田寿夫さんが委員長で、最初の「全学連」が出来る。
   その猪俣先生が亡くなって、その未亡人であるお袋と
   一番弟子である親父が一緒になって、翌年俺が生まれた、
   こういう関係なんだよ。
   だから僕は、誰はばかることなく左翼の名門の家系
   と言ってるんだ。
   親父は高野実といって、戦後、労働運動の総本山「総評」を
   結成して事務局長を務め、「昔陸軍、今総評」と言われた
   時代を築いた。
(中略)
■文革前の中国で受けた衝撃■

福島 例の中国行きの話の続きだけどさ、
   中国の女たちは化粧をしていない。
   その美しさに打たれた、羽田へ帰ってきた途端に、
   化粧をする女の汚さに吐き気がした、
   そんな話をしてくれたのを覚えているんだよ。

高野 よくそんなこと覚えてるな。その通りなんだよ。
   六〇年安保はいい加減だったけどやって、
   そのあと御多分に漏れず『されどわれらが日々』なんて
   読んで、一丁前に挫折気分に浸って、
   もう政治には関わらないで勉強だというのが大学の
   一、二年だよね。
   ところが三年の夏に中国に行くことになった。
   親父は労働代表団ですでに何度も中国を訪れていた。
   しかしその頃は総評の役職も退いて、戦前に牢屋で虐待された
   時から始まった結核が悪化して、病院に出たり入ったりの
   生活だった。
   それで周恩来首相、中国の労働組合の総本山である中華全国
   総工会の劉寧一主席から

   中国で療養なさい。ご家族もご一緒にどうぞ
   と、異例と言っていいありがたいお招きを受けた。
   父と母は杭州の高級幹部用のリゾートホテルで静養し、
   僕と弟はそこにいてもしようがないから、
   通訳兼監視役の鄭さんという人が付いて、北はハルピンから
   南は広州まで、もっぱら汽車に乗って全国を二カ月間旅行した。

福島 日中間にまだ国交がない頃だ。
(中略)    
高野 若い通訳はまじめで、弟と三人で汽車で移動するあいだじゅう、
   「あなたは日本でなぜ共産党に入って
    革命運動に加わらないんですか」
と言う。
   僕は高校のときブンドの末端だったから、知識としては
   共産党の悪口いっぱい知ってるわけ。
   ありったけの理由を並べて「あんな党じゃ駄目なんだ」と
   言い張る。彼は「じゃあ、どうするんですか」と。
   「あなたの言うとおりに日本共産党が駄目だとしたら、
    中に入って日本共産党を変えるしかないじゃないですか。
    それとも社会党ですか革マルですかブンドですか」
   と言うんだよ。そんなのみんな駄目だと言うと、
   じゃあ、どうするんですか。
    革命はやらなくていいというわけですか
」と…。
   毎晩その繰り返しだ。

福島 驚いたね。そのくらい日本事情についての情報は持ってるんだ。
(中略)

福島 それでは、民主党はどうなんだ、聞かしてくれよ。

高野 これも正直言って、現状は困ったものでね。
   (中略)
   いま言ったように、ヨーロッパで出現したような、
   そもそもから言うと、社民党がまだ社会党と言っていた
   八九年から九〇年、土井たか子委員長の頃に、
   「おたかさんブーム」というちょっとした盛り上がりが
   あって、その時に、それこそ六八年世代の、既存の
   労組幹部OBとかとは全然違う種類の、
   弁護士、市民運動家、学者、マスコミ人といった感じの
   人たちが、どっと政界に入ってきた。
   僕はそれまで社会党という政党にほとんど興味が
   なかったんだけど、
   早稲田の共産党で一緒だった
  秀才弁護士の筒井信隆
とか、
   東大全共闘裁判の弁護人で
  今度民主党の政調会長になった
  仙谷由人
とか、
   一つの塊となって入ってきて、
   その一年生議員だけで「ニューウェーブの会」を結成して、
   社会党の大会議案書に修正案を出すなど、めざましい活動を
   始めていて、彼らの勉強会に僕が呼ばれたりした。
   さらに九二年には、そのニューウェーブと、それ以前から
   代議士になって社民連という小会派にいた
   市民運動出身の菅直人とが連携して
   「シリウス」という政策研究集団が出来て、非議員では僕だけが
   メンバーに加わって、
   社会党の乗っ取りを策したのだが、これは巧くいかなかった。
   (中略)
   最初は、さきがけにいて官房副長官をやっていながら村山政権に
   疑問を持っていた鳩山由紀夫、
   北海道知事を間もなく辞めて中央政界に復帰しようとしていた
   横路孝弘、
   日本新党に属していたが新進党に合流するのを嫌って
   一人になっていた海江田万里、
   社会党で落選中だった仙谷由人、
   そして非議員では僕が加わって、九五年三月に新党結成のための
   「リベラル・フォーラム」を秘密裏に立ち上げた。
   赤坂プリンスホテルの最上階のスイートルームを取って、
   夜な夜な十時とか十一時に集まって――先生方は記者を巻かなければ
   ならなかったので、一度家に帰って記者を返して、
   それから家を抜け出して来たんだ――協議を重ねた。
   菅直人にはもちろん最初から声はかけていたが、橋本内閣の厚生大臣
   なので普段は余り来なかった。
   それから一年半かかって、九六年九月に民主党というのができるんだ。
(中略)
高野 中国はいま発展途上国の真っ盛り。
   ゼニゲバ社会みたいになって爆走中。
   元々商人社会だから、ひとたび解き放たれてしまったら
   トコトン行く。
   このままじゃあいずれ弾けてパンクでしょう。
   結局、ここでもやはり近代化とは何かということに
   なるんだけども、ヤミ人口を入れて十五億、
   地球人口の四分の一を抱える国が、近代化を遂げる
   という時に、日本がそうしてきたように農村を破壊して
   都市に人を集めて工業を盛んにするという筋道は
   あり得ない。そんなことができるわけないですよ。
   日本のような比率でいったら十三億か十四億が都市に
   出てきて、一億か二億が農村に残っているという話じゃない。
   今でさえ中国は世界の耕地面積の七%しか持っておらず、
   しかも、農村を棄てて大都会に出て稼ごうとする
   国内流民が膨らみ、地方政府が目先の利益のために
   好き勝手に不動産乱開発を進める中で、
   さらに農地が減りつつある。
   人口は増え続けて二十一世紀半ばには二十億人でしょう。
   中国は世界中から何十億トンという食糧を輸入して
   呑み込んでいく巨大なブラックホールのような存在になる。
   石油も同じで、その二十億人が日本並みに自動車に乗ったら、
   世界中の石油をすべて吸い尽くしてなお足りない。
   中国だけでなく世界が破滅だね。
   だからお前ら近代化なんてやめろ、車なんか乗らないで
   自転車乗ってろ、とは言えないわけだから、
   そうすると近代化と言っても西欧型でもその変形の日本型
   でもない、あくまで農業に基礎を置いて
   まず農業自体が内からゆっくりと近代化していく
   超スローな近代化の独自パターンを編み出さなければならないが、
   中国の指導部にその問題意識があるのかどうか。
   少なくとも十年ほど前に北京でシンクタンクの学者たちと
   議論した時には、彼らは「日本に追いつき追い越せ」一本槍で、
   先のことは何も考えていなかった。



今朝のTBS【朝ズバ!】では、
中国書記官のスパイ疑惑について
過去の橋本龍太郎ハニトラ事件などを紹介しながら
政権与党になった民主党は
 中国とのパイプを持っていないので
 (スパイが)接触を図ったのではないか?

などと締めくくったが・・・

お笑い草だわ!
「左翼の名門」に生まれ、日中国交回復前に
中国からお招きを受けて、一家で優雅な療養&リゾート
という、高野孟と一緒に作り上げた民主党が
「中国と太いパイプを持っていない」だって???

日弁連ご推薦の蓮航の仲人を務める
高野孟が作った民主党ですぜ!
早稲田の共産党で、高野孟と一緒だった
「秀才弁護士の筒井信隆」議員の副大臣室に
中国書記官が何度も何度も出入りしていた。

さも有りなん!でしょう?

自称ジャーナリスト連中は、どこまで嘘つきなんだか・・・


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Comments 1

IVY

中国は昔から日本の「靖国参拝問題」(「歴史教科書問題」)に執拗に口出ししてきている、
日本は無罪だと思うのに。
大国からの真の情報が遮断され想像でしかものが言えないが、ここまでくらいついてくる
からには中国は靖国神社と関わりがあると勘ぐられても仕方がないのでは? 
私は某お寺のある話をきいていて「そのことは中国の方で…」と聞いたことがあるので
日本の他の神社などについても何かを隠し通してきている気がするのです。

2012-05-31 (Thu) 13:18 | EDIT | REPLY |   

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