韓流研究室

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ウトロ地区、同胞の土地転がしを隠した「お涙頂戴募金」達成!

ウトロ、長い苦痛終わり新しい開始
ハンギョレ21 2012-03-30
http://www.excite-webtl.jp/world/korean/web/?wb_url=http%3A%2F%2Fnews.naver.com%2Fmain%2Fhome.nhn&wb_lp=KOJA&wb_dis=2&wb_submit=+%E7%BF%BB+%E8%A8%B3+
  
korea8000895612_20120402.jpg
 日帝時飛行場建設ために動員された朝鮮人合宿所で
 由来したウトロの村…韓-日社会募金で退去なしで
 新しい根拠地作って

暖かい挨拶の言葉がしばらく続いた。
互いに肩をたたいたし、たまには背を向けて涙を拭いた。
去る3月20日午前10時頃ソウル、太平路(テピョンノ)、
韓国言論財団19階記者会見場では長い間の戦いの
終わりが始まっていた。

日本、京都府、宇治市ウトロ51番地に在日朝鮮人の村がある。
横100m・縦300m余りのウトロの村(約6400坪・2万1157㎡)
をみな回るにはまだ15分がかからない。
その小さい土地塊りにぎっしりと、65世帯200余住民が
生きている。 そちらで生まれたこれらが孫を見る時まで
日本も、韓国政府も特別関心を持たなかった。
村には今でも立派な上下水道施設がない。

忘れられた歴史との力に余る戦い

1941年第2次世界大戦中軍事用飛行場建設のために
日帝が動員した朝鮮人労働者飯場が村の開始だった。
日帝の崩壊と共に飛行場建設業者社長は‘A級戦犯’
になったし、1960年代この業者と合併した日産に
村の土地所有権が移った。
日産側が1987年これを第三者に売却して、
ウトロ住民たちの孤独で長い戦いが始まった。

支えるところがなかった住民たちは、強制退去の
威嚇の中に‘故国’を探した。
2004年末ソウルで開かれた「韓-中-日居住問題国際会議」
に参加した住民たちのいらいらする呼び掛けが、
韓国市民社会を動かした。

翌年2月現地実態調査に出た地球村同胞連帯(KIN)を中心に
その年5月作られたのが「ウトロ国際対策会議」だ。
背徳号KIN事務局長は
「住居権戦いであり、生存権戦いだったが、
 何より忘れられた歴史との戦いだった」として
「それでさらに手に負えなかった」と話した。

ウトロ支援のための全国民募金運動が始まった。
ハンギョレ21・文化放送をはじめとする報道機関と
美しい財団など市民社会が先に立った。
それに(彼に)力づけられてウトロの村住民会は、
2007年10月土地所有主の‘西日本殖産’側と村の半分
(3200坪・1万579㎡)を5億円に買いとることに契約を結んだ。
その年末には韓国国会がウトロ支援予算30億ウォンを
確定・議決した。

迂余曲折は以後にも続いた。 韓国政府は
「他の同胞らとの公平性」を言及して確保した予算の
執行を先送りした。 日本政府はわき見して後手だけふんだ。
土地所有主側はメメッカプを上げようとやきもきだった。
その間日本円は天井知らずで沸き上がった。
確保できる面積がますます減っていた。

ついに2010年1月住民会は募金額を呼び水みなして
「一般財団ウトロ民間基金財団」を設立して、
ウトロ東側土地830坪(2744㎡)の所有権を確保した。
韓国政府支援金30億ウォンを管理する「ウトロ一般財団法人」
も翌年の2011年2月ウトロ土地1150坪(3802㎡)を買い入れた。
村の3分の1を確保したカニだ。

その時始めて
日本政府も国土交通省・京都府・宇治市3者で構成された
「住居環境改善検討協議会」を通じて‘新しい村作り’
のための議論を急進展させた。
韓国・日本社会募金額17億ウォン

「生業を先送りして募金活動に専念した同胞らの
 姿を記憶する。
 遠く韓国で訪ねてきた若者たちの姿も。
 皆さんに感謝の気持ちをみな伝えることができない
 程ありがたく思う。」
3月20日会見で厳命部ウトロの村住民会副会長は
「劣悪な住居環境を整備して、住民たちが安心して
 住む家と高齢者のための福祉施設を作らなければ
 ならない」として
「また、ウトロで在日朝鮮人の歴史を習うのも
 重要なだけ、新しい村作りはもう開始」
と話した。

この日国際対策会議は「ウトロ歴史記念館建設」のための
残余募金額3億3千万ウォンを住民会に伝達することで
7年余りで公式解散した。
今まで韓国・日本市民社会と在日同胞が集めた民間募金額は
約17億ウォンに達する。


ウトロねえ・・・
この地区の問題こそ、日本の根底にある
「反日サヨクと在日朝鮮人」によるインチキの
典型的な事例ですね。

京都府宇治市伊勢田町ウトロ51番地。
ウトロ・・・この地区はそんな名前じゃなかった。
元の名前は『宇土口』
宇治の市街地に続く道の入口として「宇土口」と
呼ばれていたのだが、ある朝鮮人が「口(くち)」を
カタカナの「ロ」と誤読したことから、
「ウトロ」になってしまった・・・。

★宇治市・ウトロ51番地
 http://osakadeep.info/2007/10/26/130206.html

★ウトロ地区
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%88%E3%83%AD%E5%9C%B0%E5%8C%BA
同胞による土地転がし騒動

 1987年3月、日産車体はこの問題を解決する為に
80世帯380名(当時)が居住するウトロ地区の
全土地を、同地区の自治会長を自称する
平山桝夫こと許昌九(ホ・チャング)
に3億円で売却した。許に資金を融資したのは
在日本大韓民国居留民団(現・在日本大韓民国民団)系
の金融機関の旧・大阪商銀であり、その融資の
連帯保証人となったのは、在日本大韓民国居留民団の
京都地方本部団長であった
河炳旭(ハ・ビョンウク)である。

2カ月後の1987年5月、許昌九はウトロ地区の土地を、
同氏が設立した西日本殖産という名の不動産会社に
4億4500万円で転売した。

西日本殖産は同年4月30日に河炳旭が100万円の資本金
を出資して設立されたばかりの有限会社であり、
設立当時は同氏の親族が代表で、許昌九が役員であった。
大阪商銀は西日本殖産への融資に対し、ウトロ地区の
土地に極度額5億円の根抵当権を設定した。
登記簿は中間省略され日産車体から西日本殖産への売買
の形で所有権移転登記が行われた。
国土利用計画法23条による届け出は86年12月4日に日産車体と
平山より出され、京都府は審査のうえ問題ないと判断し
87年1月13日に通知をした。
しかるに西日本殖産への売却に際しての届け出はなく、
同法違反の疑いがある。西日本殖産の代表取締役が、
一時期この平山桝夫であったという事実もあるので、
その辺は若干ルーズに行われた可能性がある。

1988年9月、河炳旭はウトロ地区の土地を所有する
西日本殖産ごと金澤土建という土木建築会社に売却し、
ウトロ地区から手を引いた。
なお当時はバブルの絶頂期であり、投機目的での短期間
の土地転売による利鞘稼ぎ(土地転がし)が全国で
横行した時期でもあった。
西日本殖産はウトロ住民側に土地の明け渡しを申し入れ
たが、住民側が応じなかった。

立ち退きを求める訴訟

1989年2月、西日本殖産は住民に対し、ウトロ地区の
土地購入又は退去を求める民事訴訟を提起。
それに前後して、同胞に対する背信行為によって
巨額の差益を手にした許はウトロ地区から姿を消し、
以降の所在が不明となる。

西日本殖産とウトロ地区住民の間の民事訴訟は長期化し、
2000年11月、最高裁にてウトロ地区住民側の
全面敗訴が確定。

日産への要求

1988年、ダイムラーベンツ社は第二次大戦中に同社で
強制労働に服されたユダヤ人からの補償請求に対して、
2000万マルクを支払い、同社の自動車博物館の正面に
彫刻物を設けた。
この事実を知ったウトロ住民は、上京し日産車体と
日産自動車に対し保障を要求しようとしたが、
面会は拒否された。
93年9月、住民代表は渡米し、ロサンゼルスで北米日産や
日本領事館前でデモを行った。


そもそも、この地区を不法占拠した住民は
ウトロ地区住民の作る「ウトロ国際対策会議」などに
よると日本国際航空工業の1300人の朝鮮人労働者達は、
ほとんどが国民徴用令や国家総動員法による強制徴用
で来日した訳ではなく、経済的理由や兵役免れなどで
移住してきた者
であるとしている。
また、韓国の国務総理傘下の
「日帝強占下での強制動員被害者の真相究明委員会」も、
2006年末の報告書で、ウトロ地区住民について、
強制徴用者ではなく、元から日本に居住していた
 朝鮮人がほとんど
と明らかにしている。

「ウトロの自治会長」を名乗る「平山舛夫」こと「許昌九」
という朝鮮人が、同胞を騙して、問題解決しようとした
日産車体から土地全域を3億円で買い、自分の作った会社
「西日本殖産」に4億4500万円で土地を転売。
そして同胞のウトロ住民に4億4500万円で売りつける。
そう、
許昌九はウトロの土地転がしで差額の1億4500万を
丸儲けしようと企んだのだよ。

それなのに、日本のサヨク市民団体も韓国メディアも
この許昌九の名前を一切出さない
「可哀そうなウトロ住民」
「差別される在日朝鮮人」

と、日本を責め立ててきた。
第三者なんかじゃなく、在日同胞の許昌九なのよ。
在日同士のゴタゴタが
ウトロ問題の真相なのに

在日団体も、反日サヨク市民も
「全ての非は日本側にある」と活動してきた。

自由意思で出稼ぎにやってきて、GHQの帰還命令にも
逆らって自由意思で不法占拠した土地に住み続けた事例は
ウトロ地区だけではない。
伊丹市の中村地区も、同じ理由で国有地を長年不法占拠
状態にあった在日韓国人集落の一つなのだが・・・

●在日が不法占拠を続けた伊丹市中村地区が消滅
 ~盗人に追い銭を払った日本の負の歴史~

 http://ameblo.jp/lancer1/entry-10067743391.html
 大半は戦前、戦中に自らの自由意志で日本へ
やってきた朝鮮人達です。
戦後、母国へ帰るチャンスはいくらでもありました。
別に日本が帰る事を許さず、戦後も奴隷のように
働かせていたわけでもありません。
朝鮮人に限らず、外国人が日本で生活する為には、
当然ながら衣食住を自分でまかなう必要があります。
アパートを借りる、または土地を購入して家を建てる。
当たり前のことです。
外国人には日本政府が住む場所を無料で与える
などという法律はありません。

 それに反して戦後60年以上も国有地を不法占拠を続けた
朝鮮人達に対し、補償金を支払い、市営住宅まで新設して
与えた日本。

”盗人に追い銭”とはこのことを言うのでしょう。
補償金の金額は公表されていないようですが
(もしご存知の方がいましたら教えてください)、
以前川崎市で同様のことが行われた時は、
一世帯あたり2700万円であった

http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/28666610.html
と言いますから、相当の金額が動いたのは
間違いないでしょう。

 ここまでしてもらったにも関わらず、
「不法占拠と言われて悔しい。
 我々の思いと歴史を残す為、碑の建設を」

などと恥かしげもなく主張する在日朝鮮人・韓国人の
厚顔無恥ぶりには大きな憤りを感じますが、
なにしろ一番憤りを感じるのは、不法占拠をしていた
朝鮮人達に対し補償金を払い、住宅の新設までした
政府です。


ウトロだけでなく伊丹市でも川崎市でも、福岡でも・・・

日本は、恐ろしい額の借金を抱えていますよね。
誰のために使った借金でしょう。
タカリを繰り返す韓国、戦後賠償は放棄すると言いながら
ODAなどの形で、例えば旧北京空港の建設費用を全額
日本に出させながら、新空港を建設したら、古い空港を
外国資本に売って丸儲けしていた中国。
習金平も過ごした中国共産党青年部の施設を日本政府に
建ててもらい、建物内にあるカラオケルームで、
毎晩、韓国企業が夜の接待に使っていた事例も有ります。

自国民には秘密にして、
「日本は謝罪も賠償もしていない」と官制デモで
嫌がらせをして、何度も何度もタカってきた特亜。
日本の借金の中に占める、このふざけた出金は
一体、何兆円?何十兆円?


私達世代が、このイカれた戦後の歴史を認識し
正しく修正していかないと

未来の日本人の子供達は、更なるタカリに対して
「日本人が悪いことをしたのだから
 お金を支払わないといけない」

などと洗脳され続け、奴隷のように働いて
税金をがっぽり毟り取られ続けてしまう。

こんな馬鹿馬鹿しい事は、
私達の力で止めさせなければ・・・


河野洋平のような国賊や
売国議員、特亜系帰化議員、反日サヨク議員と
脱税パチンコ・マネーなどで学生を洗脳し続ける
サヨク教授、プロ市民などなど
日本を貶めてきた連中に、もうこれ以上
好き放題にさせては、
戦争で亡くなった多くの御先祖様達や未来の子供達に
申し訳ない!


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Comments 5

トマト

生活保護でも半数以上が在日ですよ。ほんと今の日本の借金のどれだけが外国人のものなんでしょうね。なぜそこまで朝鮮人にせなあかんねん。そんな事やってるから全部が暗闇になってしまうんです。

2012-03-31 (Sat) 06:43 | EDIT | REPLY |   

GD.SHOW

日本人としての誇り気概

戦中戦後生まれが大多数の国民は無責任な左翼教師によって、
知らず知らずに過去の日本を否定する潜在意識を
植え付けられている。
それを正すのが政治家の使命であるが、実社会を知らぬ
奴らが1部の後援者(外国人も含む)の意見と自分の政治家
人生にしがみつく無責任な行動。

短絡的だが普通の国、自主憲法の制定が望まれる。
シナチョウセンは日本の憲法から日本をなめている。
アメリカもここまで日本が戦前から戦後へ変身するとは
考えても無かっただろう。
戦前の日本人も人の良さは同じではあるが。

勿論、憲法では9条の廃止が優先順位の一番であろう。
それをするには、まず大部分の国民の潜在意識をどう変えるかが課題である。
それにはブログ主さんを含めて、このブログに賛同する我々も国民への
意識改善への責任がある。
それはシナチョウセンは被害者では無く、加害者寄生虫ゴキブリである事実の
公表をあらゆる場面でしなければいけないと考える。

唯ここまで戦後60数余年、人類歴史の中で稀有な「平和」を享受してきた
我々大部分の日本人は、その代償を払っているのも歴史の必然なのかもしれない。
その代償とは単純にシナチョウセンに対してのものでは無い、
日本人としての誇り気概に対しての代償である。

憲法改正は橋下、みんなの党がとなえているが、彼らも若く歴史認識の下地が
足りない部分があり、彼らに直接ツイッター、メール等で正していく必要がある。




2012-03-31 (Sat) 11:25 | EDIT | REPLY |   

日本人

ウトロの公金投入による住宅建設を阻止し、日本国と日本人の名誉を捏造歴史で毀損してきたウトロ住民の祖国帰還を実現させましょう。是は日韓関係を正常にする第一歩です。嘘がばれたのだから潔く認め謝罪し撤退するのが人の道です。いつまでも、捏造身の上話をえさに物乞いを続けるのは人の道に外れます。祖国の支援者のもと祖国の支援で祖国に生活の基礎を築いてイください。日本は一切支援はいたしません。

2012-03-31 (Sat) 11:44 | EDIT | REPLY |   

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2012-03-31 (Sat) 18:51 | EDIT | REPLY |   

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2012-04-01 (Sun) 12:51 | EDIT | REPLY |   

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