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韓流研究室

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親日学者と恨日学者の違い

●英ケンブリッジ大准教授
 バラック・クシュナー氏

 2012.3.12 07:47
 
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120312/erp12031207490001-n1.htm
 erp12031207490001-p1.jpg

 ■「地域の誇りが復興の力に」 
  「日本なしでは世界動かぬ」


 1992年、小・中学校の英語補助教員として訪れた
岩手県山田町は自然が実に美しい漁村だった。

 「おばんでござんす」と話しかけられても
何のことかわからず、2カ月間米国で勉強した
「です」「ます」調の日本語は通用しなかった。
(中略)
 そんな生活になじめずふさぎ込んでいるときに
出会ったのが、曹洞宗龍昌寺の清水誠勝和尚だった。
(中略)
 ある日、和尚と死生観について議論になった。
和尚は、最近の日本人は生まれるときと死ぬときだけ
仏教徒になると嘆きつつ、
いつ死ぬかわからないから、
 物欲にはこだわらない方がよい
と説いた。

私の祖国の米国では、
みんなが朝から晩までハッピー(幸せ)、
つまり大きな家に住むことや
より良い暮らしをすることを、追い求めている。
随分と死生観が違うと思った。

日本人は「人生はつらい。大変だ」と思っている。
死を心配しても仕方がない。
日本は自然災害が多いから、
実際に地震や台風に見舞われても
よしッと立ち上がって、
明日を見つめるしかない。


震災後もその土地を離れず立ち直ろうとするのは、
この無常観ゆえだろう。
岩手県の冬は本当に厳しい。
この過酷な風土や人々の気質が原敬、斎藤実、
米内光政、鈴木善幸という4人もの首相を生み出した。
地域への誇りが復興への原動力と
なるのではないか。

(中略)
 清水和尚はポスターにあった「頑張ろう」という文字を消して、
「頑張らなくてもよい。具体的に動こう。
 ただひたすらに一歩一歩」
と書いた。
頑張っても逆に効率が悪いことがある。
そんなときは、冷静に考えて少しずつ積み上げた方がよい。

                □  □  □

地震と津波だけなら日本の復興には何の心配も要らないが、
福島第1原発事故を含めると話は変わる。
自然災害なら防ぎようがないが、人間が作った原発で、
「想定外」は許されない。
事故は防げたはずなのに防げなかった。

 技術への過信が、最悪の結果を招いた。
東京電力と日本政府が責任を認め、なぜこんな事態に
至ったのかを徹底的に解明しないと、
日本は前には進めない。

 自然災害と違い、この場合の責任は人間に帰する。
日本流では、
責任者が舞台から身を引いて
幕となるのだろうが、
それでは問題の解決ではなく、
ただの芝居だ。

(中略)
戦後、復興と発展を遂げた日本は
世界から尊敬されているのに、
当の日本人は世界第2の経済大国から転落した
といって、落ち込んでいる。

日本人には自国の未来が悲観的に映るようだが、
外国人から見れば違う。
日本の震災で部品供給が滞って世界各地の工場が
ストップした。
米アップル製iPhone(アイフォーン)の
30%超の部品が日本で製造されている。
日本なしでは世界は動かないのだ。

                □  □  □

 震災1カ月後、ケンブリッジのキャンパスで
募金ディナーを開いた。
30~40人を見込んでいたが、170人も参加した。
ロボットや遺伝子などで先行する日本の研究水準は
素晴らしく、日本が世界をリードする分野は少なくない。
日本人と共同研究している研究者も多い。
日本はさまざまな形で世界とつながっている。
(中略)
 岩手県の人口は、震災前の10年10月時点で
133万147人と前回05年調査から4%も減った。
東北の少子高齢化は、日本全体より速く進んでいる。
経済は震災前から衰退していた。
つまり、東北は日本全体や世界が直面する問題を
先取りしている。
東北がこれらの課題をどう乗り越えていくか。
世界は注目している。

 東北の経済を復興させるために何が必要か。
それには外国人(移民)の受け入れも
ひとつの処方箋となろう。

ただし、
新しい産業を誘致したり、外部の人材や
移民を受け入れたりすると、
農業や漁業が中心だった地域社会の
アイデンティティーも変わってしまう。
このことを政府が十分理解せずに対策を進めると、
地元と外部の軋轢(あつれき)を生みかねない。


天皇陛下は震災後、お言葉を述べられ、
被災者を励まされた。
米国から、日本と同じ立憲君主国の英国に移り住んで、
王室や皇室の役割に対する私自身の理解は多少変わった。
だが、やはり国家の危機に国民を鼓舞するのは
政治指導者であるべきで、
日本は首相の指導力が弱いから駄目だと痛感した。
国会議員出身者以外にも、いろいろなところから
リーダーが出てくるような、これまでとは違う
仕組みが必要だと思う。

 人口減にどう取り組んでいくか。
政治のリーダーシップをどう変えていくか。
そして、日本という国をどう捉え直すのか-。
これらの課題の再定義が大きな鍵となる。(木村正人)

                   ◇

【プロフィル】バラック・クシュナー

 ケンブリッジ大アジア・中東学部日本学科准教授
(近現代日本史)。米ブランダイス大卒。
岩手県で小・中学校の英語補助教員。立教大や東大で
日本研究を進め、中国の瀋陽師範大で中国史を研究。
米プリンストン大で博士号取得。
著書に「つるつる!日本で最も人気のある食べ物 
社会史と料理史におけるラーメン」がある。


● [大地震その後の1年]
 "日本人の短所全部あらわれた"

 アジア経済(韓国語)
 http://www.asiatoday.co.kr/news/view.asp?seq=608993
 http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1331476844/-100
  korea608993(0)-220330_38587.jpg
 ▲徐京植(ソ・ギョンシク)東京経済大学現代法学部教授

「落ち着いた姿を見せたのではなく、
 日本国民の大多数の習慣、文化だっただけです。」


在日朝鮮人著述家の徐京植(ソ・ギョンシク)
東京経済大現代法学部教授がみた
東日本大地震直後の日本人の姿は
「落ち着き」を強調した
西洋メディアの視線とは全く違った。
彼は引き続き、昨年起きた大地震と福島第1原発爆発事故
について
「日本社会、日本人の短所が
 すべてあらわれた事件」

と評価した。

原発事故後、韓国と日本を行き来して脱原発運動を
おこなっているソ教授に大地震1周年を控え
た先月26日ソウルで会った。

日本人たちは昨年、史上初の大災害に会っても
生活必需品を買うために列をつくり電車に乗って会社
に復帰するなど物静かな姿を見せた。


これを見た当時の海外メディアは「信じられない」と
絶賛を送った。
これについてソ教授は
日本人の特徴について知る必要があると説明した。
「日本人は全部会社人間です。
 今、広がっている事態の深刻性よりは
 会社との関係が断絶する方がさらに
 不安な人々です。」


彼の話によれば安全、避難の可否について一人一人が
判断をできず、会社や上司が判断すべきだということだ。
そしてこういう行動様式は今回のように
迅速な待避が要求される時、大きな障害物になる。
従って日常に復帰した日本人の姿は、
西洋人がほめるほど'道徳性'が発揮されたのではなく、
ただ決断を下すことが出来ない姿ということだ。
ここに日本人特有の「同調(流れ)主義」傾向まで明らかに
なったというのが彼の分析だ。

一人一人の判断ではなく、そばの人、職場の上司、
既得権の顔色を見てその流れに合わせていくだけの態度。
ソ教授はこれを「同調主義」と呼んだ。
(中略)
ソ教授はまた、原発近隣地域住民、特に朝鮮人に対する
差別もますます激しくなっているとして憂慮を見せた。

昨年NHKドキュメンタリー製作のために福島県を
訪問した彼は
郡山に朝鮮学校が一つあるが、日本政府が公式に
 認めた学校ではなく、汚染除去作業費用を
 提供されずにいる
」と話した。

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■福島朝鮮初中級学校の
 除染作業を見学しました

 http://bavarde.exblog.jp/16263236/
 朝鮮学校の校庭の放射線量は最高時で
 毎時0.9マイクロシーベルトほどで、
 国の基準の毎時1マイクロシーベルトに
 達しておらず、財政補助の対象外だ。

 現在、運動場の線量は毎時0.7~0.8マイクロシーベルト
 だが、校舎横の溝や校庭の遊び場は毎時2マイクロ
 シーベルト以上と数値は高い。
 (中略)
 福島原発以降、学校では毎日線量を測定している。
 「ここは0.5マイクロシーベルト。
  この辺は0.08マイクロシーベルト。
  寮や校舎の中は大丈夫ですが、
  遊び場とか、体育館の前とかが高いです」
測定器は文科省から学校用に配布されたが、当初、
朝鮮学校には配られなかった。
「教育委員会に連絡したら、4台送ってきました。
 連絡がこないの、なにをするにもね。
 こちらが言ったら、借りられるし、もらえるけど」
と父兄のひとりは言う。
(中略)
校舎もさほど壊れていないのだが、15人の全生徒は、
5月中旬から新潟朝鮮初中級学校で合同授業を行っている。

放射能による子どもへの影響を心配しての対策だ。
(中略)
学校の敷地面積は7,700㎡(8,600坪)。
運動場の土を削るとなると、費用は160万円ほど
かかるそうだ。
在日本朝鮮総連合会福島県本部常任委員会の
チャン・テホ委員長は、
「1マイクロシーベルト以内も予算化されれば、
 この運動場もやっていただけるのかな、と。
 ただ、うちは各種学校扱いですから、対象になるのか、
 という心配も少ししています。
 そういうことはないと祈ってますけどね」

と心の内を明かす。
高校無償化で朝鮮学校がはずされた現実があり、今回も安心は
してはいないようだ。
「生徒が新潟に行っている点も口実にならなければいい」
とも言う。
朝鮮学校だけが新潟に避難して、
それで除去してくれ
というのは虫が良すぎる
のではないか。


「そういう風潮にならなければ」と危惧する。
「原発事故は、自然災害ではなく、人的なものですからね」
とチャンさん。
「仮にそうなれば」の話として、
「人災による放射能汚染に対して、『外国人だから』
 というのは、問題のすり替えであって、
 責任回避だと思います。
 この周辺にある小学校も
 1マイクロシーベルトに達しないため、
 公的資金での運動場除染を
 行っていません。


 人災の同じ被害を受けているのであれば、
 日本の学校と朝鮮学校を平等に扱うのが当前でしょう。
 教育の場ですから、専修学校だとか、各種学校だとか、
 外国人学校だとかで区別するのは、
 差別につながるのではないでしょうか」
と述べ、
「まあ、そうならないと思いますけど」と笑った。


朝鮮学校だけが、
汚染除去作業費用を提供されずにいるのでは
ありませんね。
近隣の小学校も、除染の対象外になっていました。

kscykscyさんのBlogでは、同じ在日朝鮮人として
徐京植氏の発言に、冷静な批判をしている。
●「フクシマを歩いて 
  徐京植:私にとっての"3.11"」批判

 http://kscykscy.exblog.jp/16234278/
8月14日早朝にNHKで放映された
「フクシマを歩いて 徐京植:私にとっての"3.11"」
を観た。90年代以来の徐京植の批判的言論から
多くを学んできたつもりの者として、
とても正視に堪えなかった。

 第一にプリーモ・レーヴィの誤用について。
徐はなぜ震災発生後に韓国に避難しなかったのか
について、次のように語る。

「私自身も韓国にいる友人から、大丈夫か、とか、
 あるいは一刻も早く韓国に逃げて来いというような
 連絡を受けました。だけどそうしなかった。
 そのことを私は、自分はなぜここを動かないんだろう
 ということを考えたときに、繰り返し思い出したのは
 ヨーロッパのユダヤ人、ナチスによるユダヤ人絶滅政策が
 ひたひたと迫っているにもかかわらず〔中略〕
 なぜ動かなかったんだということを、
 わかるようでわからない問題だったんだけど、
 今回色々考えてみて、少しわかったような気がしました。

 ここで私が思い出すのはプリーモ・レーヴィという人で、
 イタリアのユダヤ人。アウシュヴィッツで1年近く
 強制労働を経験しましたが、辛うじて生き延びて、
 生還後は文学者になった人です。
 『アウシュヴィッツは終らない』という作品が
 彼の代表作です。
 (中略)
「私たちにされる質問のなかで
 いつも必ず出てくるものがある。
 なぜあなたたちは逃げなかったのですか。」
 彼はそれは一つのステレオタイプであり歴史を
 時代錯誤的に見ることであるというふうにここで
 書いています。
実際にはお金がないとか、ツテがないとかそういう
人たちにとって国を出て行くということは簡単な
ことじゃないんだ、ということを書いた上でですね、
こういうことを言っています。

「この村、この町、地方、国は私のものである。
 そこで生まれたのだし、祖先はそこに眠っている。
 そこの言葉を話すし、そこの習慣や文化を身に
 つけている。
 おそらく自分もその文化に貢献している。
 税金を払っているし、そこの法律を守っている。」
「そういうものであるだけに、まさに不安をかき立てる
 ような推測はなかなか根付かないのである。
 極限状態が来るまで、ナチの信徒が家々に侵入してくるまで、
 兆候を無視し、危険に目をつぶり、都合のいい真実を
 作り出すやり方を続けていたのである」

 つまり、不安を感じないわけじゃないんだけども、
様々な人間をからめとっている網の目、その人間が
簡単には抜くことのできない根というものがあるがゆえに
ですね、危険な兆候をできるだけ軽くみようとしたりですね、
気休めの都合のいい「真実」を作り上げてすがろうとする。
そういう心理をプリーモ・レーヴィはここで
語っているんですね。
これは前から読んでいたんですけど、
ああこういう心理なのか、ということをそのときに
思い当たったような気がしました。

 私が日本に留まったのは、楽観していたわけではなく、
諦めていたわけではなく、自分自身が日本という社会に
からめとられているという現実をですね、
普段そんなに気がつかないことを突きつけられたという、
そういう意味ですね。
逆にいうと祖父の場合に根こぎにされて日本に来たんだけど、
それから三世代のうちに、私はこの社会の網にからめとられて、
この社会に根を下ろすことになっている、と。
半ばでも。ということです。

 具体的にいうと、例えば職業。
 収入ということだけじゃなくて、
 人間は自分が属している会社とか、
 私の場合は教員ですが、
 そういう社会組織と無縁に
 生きていけるだろうか。
 ということですね。

外国人であるか、日本国民であるかにかかわらず、
日本社会にその人の生活の根があるということです。
それを破壊するということがどれくらい暴力的なことか、
ということですね。」


語りであることを差し引いても、
この文章は論理的に破綻している。

 
 そもそも徐は、韓国に逃げなかったことを
単純な都合の問題として片付けない
(それでは徐京植という「人格」に
 過度に依存したこの番組は成立しない)。
そこでプリーモ・レーヴィが持ち出されるわけだが、
引用された文章でレーヴィが批判しているのは
虐殺前夜のユダヤ人たちの
「都合のいい真実を作り出すやり方」である。

ここでレーヴィは、
法を守り税を納め「文化に貢献している」と考えたがために、
逃げ遅れ、虐殺された者のある種の慢心を抉ることを通じて、
残された者たちに「警告」を発しているといえる。

 そして、文面上明らかなように、
徐は、自らが韓国に逃げなかった心理として
レーヴィのいう「都合のいい真実を作り出すやり方」があった
ことを認める。
だから、今度こそ過ちを繰返さないよう、レーヴィを
長年読んできた者として、いま私は韓国に避難しています、
という話ならば容易に理解できる。
しかし徐の話はそうではない。
徐は突如、
「生活の根」を破壊することが
どれくらい暴力的か、
という一般論へと飛躍する。それはそうだろう。
だがそれではなぜレーヴィを引用したのか?

 そもそも、今回の原発事故と避難の問題を考える際に、
レーヴィを持ち出すこと自体が的外れに思えてならない。

ナチスのユダヤ人虐殺は明らかに政策的になされた
ものである。逆にいえば、誰が殺されるかは
ナチスの判断に依存していた。
だからこそ、ユダヤ人の一部に、法を守り税を納め
「文化に貢献している」ユダヤ人を、よもや「ナチスの信徒」
が殺すことはあるまいという慢心が生まれた、
というレーヴィの記述は警告としての意味を持つのである。

 しかし、原発事故で問題となっているのは
放射性物質である。
在日朝鮮人が法を守り税を納め「文化に貢献」していようと、
無関係に放射性物質の被害を蒙りうることは、
子どもでもわかる事実である。
仮にナチスのユダヤ人虐殺にあたるものを、
日本政府の原発事故の実態隠蔽を指すとしても、
同様である。
まさか徐は、自らが日本の「文化に貢献している」から、
放射性物質の危険から免れうると慢心し、
韓国への避難を差し控えたわけではあるまい。

徐は結局、「私はこの社会の網にからめとられて、
この社会に根を下ろすことになっている」、
だから韓国に避難しなかった、と言っているに
すぎない。
それを正反対のレーヴィの警告を誤用して
粉飾しているのである。

(以下略)


国際メディアが称賛するような「落着き」だけでなく、 
哀しい事に、被災地では略奪する者もいた。
原発事故の避難区域では、道路封鎖されていたのに
金融機関のATMは破壊され現金を強奪する者、
避難家屋に忍び込んで、仏像や貴金属、現金や家電
金目の物を盗み出す事件も多発した。
日本全国から、いや、
韓国からも震災のドサクサに紛れ密航した者までいた。

YoutubeにUPされた『静かな強奪』では
自分の店から食料を持っていく被災者達を
「あ~あ~、ひどいな・・・」と呟きながら撮影された
映像もUPされていた。
ロス暴動で、韓国人商店街を破壊して強奪する人々と
彼らに発砲して応じる店主のような、壮絶さはなく
僅かな食料だけを手にして、申し訳なさそうに
店内から立ち去る被災者と、
「空腹だから仕方が無いのだろうなぁ・・・」というような
日本人店主の諦めの声が印象的だった。

徐京植氏が物知り顔で、韓国メディアに対して
「日本人が落ち着いていたって?
 あれは単に自分で判断できないだけだ。
 西洋人が褒めるような日本じゃない」

と言えば、韓国人は大喜びするだろう。

何でも併合時代の「植民地被害」と「侵略戦争」に
絡ませてしまえば、NHKは喜んでくれるだろう。

何でも「我々は差別されている」と言えば
サヨク人権屋は”してやったり”と思うだろう・・・


kscykscyさんの徐京植氏へ批判記事を読んで思ったのは
日韓、日朝の、いや日本と特亜の溝が
一向に埋まらないのは、日本人が無関心でいた事もあるが
(国民が無関心でいた方が都合の良い人達が
 いたわけだが・・・)

こうした「何でもかんでも日本が悪い」とばかりに
関係の無い事例にまで「日帝と差別主義の日本人」と絡め
『粉飾してしまう』輩が存在するからだと思う。
冷静に歴史判断をして、現実を見つめようとする
地道な作業が無ければ、両国民にとって不幸だ。

kscykscyさんの
「徐は、朝鮮人の戦時強制連行・強制労働の問題を、
 「植民地主義的な」という不用意な比喩でもって、
 近代一般の労働システムの問題へと矮小化している。
 (中略)
 貧困層・貧困地域の日本人が下請け構造のなかで
 戦前・戦後のエネルギー部門を支えたことをも含めて、
 「植民地主義的な労働システム」と呼んでいる。
 少なくともそう解釈しうる余地は極めて大きい。

 だが、貧困層の日本人が幾重もの下請け構造のなかで
 原発労働を強いられるのは「植民地主義」だろうか?」
と、疑問を持たれるように

過度に、日本の「植民地主義」を誇張したいがために
原発問題と絡めてしまう態度は・・・愚か過ぎる。

これは彼だけでなく、日本のメディアにも言える。
事故前まで、原発問題を深く追求しなかった連中が
己の罪を回避するためなのか、例えば
先日のミヤネ屋で、被災地を取材した宮根が
現地の中学校を訪れて子供達に聞く。
「もう原発なんてコリゴリ!
 原発なんていらないと思う人、手を挙げて!」

数人の生徒が手を上げないでいた。
「なんでぇ?
 君たち、こんなひどい目に遭ってんねんで。
 原発が憎いやろ?」


手を上げなかった生徒の一人が、静かに、
しかし、きっぱりと宮根に言った。
「私のお父さんは原発関係の仕事をしていました。
 その仕事で、私たち家族を養ってくれました。
 お父さんは、東京や他の地域の人達の
 電気を作るために、一生懸命働いてきました。
 毎日毎日、頑張って働いてきました。
 だから・・・私は・・・
 原発なんてコリゴリだなんて言えません!」

現場で働く父親を間近で見てきた子供達にとって
家族を支えてきた父親の苦労を、
原発の恩恵だけを享受してきたよそ者の偽善に
同調するには忍び難かったのだろう。


なおも宮根は、この生徒に言った。
「なんでや~~ん、
 こんなにひどい目にあったんやでぇ!
 原発が無かったら、こんな目に
 遭わんでも済んだと思わへんのォ~?」 


確かに、徐氏のいうような「同調(流れ)主義」
日本人にはある。
宮根のような電波芸者が、無責任に
コロッと正義感ぶる「同調(流れ)主義」だ。

しかし、あの大震災の中で大規模な強奪事件に至らず
「落着き」をもって行動した姿は
厳しい自然災害に何度も何度も直面してきた
忍耐力と理性が起こした結果だと思う。

以前、中央日報の記者が、避難所で空腹に耐えながら
静かに秩序を保ち、支援の手を待つ人々に
「何故、日本人は大声で泣き叫ばない!
 怒りを爆発させて抗議をしない!
 日本人は『諦め』てしまう愚かさがある」

と等といういささか火病を帯びた記事を書いていたが
民族性の違いを感じた。

力任せに暴動を起こして関係の無い物を破壊したり
食料強奪なんぞは、同じ被災者に迷惑を掛けたり
それは愚かな行為だと、我々は判断できる。
戦後の闇市で、日本人の呉服屋から反物を強奪し
それを売って稼ぎ、犯人を調べに来た刑事に
集団で暴行を加えて罪を逃れたような民族とは違う。


「たけのこ生活」と呼ばれ、
親が自分の衣類や思い出の品を売り、食料と交換して、
必死で子供達に食べさせたようと奮闘したように、
人として「恥ずかしくない」生き様で奮闘してきた。

あの震災直後、
一向に動かない菅内閣に業を煮やし
自らの判断で、自社のタンクローリーに水を詰め
被災地に向かったヤクルトの社員も、
地震で道路が分断され物資輸送ができない状況に
自衛隊や警察に直談判して、自衛隊航空基地に物資を集め
被災地に一番近い空港に着陸させ、そこからトラック輸送
へと切り替えて、何とか被災地に物資を届けようとした
経団連や、会社の備蓄物資を無償で提供したりと個々で動いた。
「会社人間」も頑張っている。

放射能を逃れたくて自主避難した妻と子の
生活を支えているのは、現地に残って働くお父さん・・・
警戒区域に、いずれは帰村したいと願う若い村民は
「若い人間が戻らなきゃ、年寄りだけじゃ
 復興はできないから」と郷土愛を語る。

徐京植がいうような単純な「同調主義」だけでなく
たった3世代の『根づき』には理解できないだろう
脈々と郷土の文化や歴史を守ってきた、先祖への尊敬と
地域に生きてきた誇りがある。

『日本人である』事を誇りに思わない連中や
日本人であることを”恥ずかしい”と公言している
連中が、戦後増えてきたのは悲しい事だが・・・
誰かを恨んで、恨み続けて、喚き散らすよりも
過酷な現実の中から、一歩づつ、前に進もうと
奮闘してきた姿、その背中を見て育った人達の
たゆまぬ努力があったからこそ、東日本大震災での
壮絶な環境下での『落着き』が存在したのだと思う。

震災後もその土地を離れず立ち直ろうとするのは、
厳しい環境の中に培われてきた
「人生ははつらい。大変だ」と思うからこそ
以前も記事に書いたけれども
『左様ならば』
左様でなければならないのであれば
「いざ、さらば(左様ならば)」
グダグダ言ってねえで
もう一度さ、やり直すんべ!
という
地域への誇りが、
復興への原動力となっている。


恨日学者が祖国で何と言おうと
祖国を離れ、祖国に帰らぬ人には
郷土に対する本当の意味での「誇り
理解できないのではないだろうか・・・

昨日、我が家では娘達も帰省し
家族揃って食事をする幸福を感謝した。
その「当たり前のささやかな幸福」を奪われてしまった
多くの被災者の皆さんを想いながら
家族揃って黙祷をした・・・
夫は言う
「被災地の復興の為なら
 一生懸命働いて、喜んで税金を納めるさ。
 復興の為に使ってくれるのならね・・・
 仕事が忙しくて、被災地にボランティアに行けない分
 僕達はこっちで働いて、復興の資金を作る。
 あとは政治が、正しく使うかどうかに掛かっている。」

徐氏のいう「会社人間」とやらはね、
著作料やTVの出演料を稼ぐ学者やプロ市民や
弁護士や政治家やパチンコ業界などの自営業種と違って
脱税なんかしないし、税金を天引きされて無駄遣いされ
怒りの境地にいながらも
家族を支え国を支え、頑張って働いているのよ。

言いたい事を言って、金を貰える稼業とは違う。
反日言論で稼いでいる連中には
解らないでしょうがね。


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Comments 3

日本人

徐氏は韓国で刑に服した後日本に帰国した徐勝氏の弟で東京経済大学で人権を講義している。徐勝は北のスパイであったにもかかわらず未だに詳細を秘し、立命館大学で教職にある。徐兄弟の親は戦前に日本にでかせにき、そのまま日本に居住している。徐は「在日朝鮮人ってどんなひと」を平凡社から出版した。中身は在日朝鮮人の被害妄想満載で是が一応大学教授の職にあるものが書いたものかと疑う主観に満ちている。権利は主張するが義務は果たさない。戦前は日本人であった言いながら、徐氏の父親は稼ぎ手を失いたくないという利己主義で徴兵を逃れている。そしてそのことを恥じることは泣く、むしろ誇っている。朝鮮韓国籍でいることを選択肢、地方参政権がない、朝鮮人は差別されている。国籍に関係なく国家公務員になれ、参政権が付与される将来を作るといっている。読むと腹が立ち日本から出て行けとしか言いようがない。

問題はこのようなものに日本の大切な若者の教育にかかわらせ、給料まで支払っていることである。東京経済大学は教員の思想信条にはかかわらないといっている。東京経済大学の学生、父兄は納得しているのであろうか?反日外国人を教員にさせる文部省、反日外国人に3.11でロングインタビューし、それを放映したNHK。こんな日本でいいのか?

2012-03-12 (Mon) 18:29 | EDIT | REPLY |   

金 国鎮

無理がある

管理人さんに一言
徐京植のような人物を登場させること自体が不謹慎。
又、バラック・クシュナーも不必要。

皆さんよく頑張っている。
皆さんのこれからの人生を陰ながら応援しています。

2012-03-12 (Mon) 22:51 | EDIT | REPLY |   

名無しさん

隣国は1,200年以上、中国の属国だった。その間、通常では考えつかないような不可能な事でも何百年かけても絶対に上にのし上がる悪知恵を考案したのかもしれない。だから土人並みの民族から(日本のおかげで)めまぐるしい発展を遂げたとしても
「日本の頭を靴底で踏みつぶすような言動、架空のでっちあげで謝罪、賠償金の無心、領土実効支配、猟奇的犯罪」なども平然と行えるのだろう。逆に言えば法律を全部ぶっ壊してでも無理やりやらなければ現在が無かったということになる。
特亜民族の危険性に気付いた日本人は立ち上がらなければならない。
「日本人の脳」(角田氏)という書で日本人は自然界の音を左脳で処理できる特殊な民族であり他国は鳥の声も雑音でしか耳に入らないらしい。
日本人のそうした情緒的はもの、勘やひらめきなどでこの国難をどうしたら切り抜けられるかを特亜に侵略されている日本は考えるべきで、日本は世界から温かい目を向けられている。その逆のタカリ・人命軽視の国家などには世界は冷やかな目を向けているに違いない。

2012-03-12 (Mon) 23:09 | EDIT | REPLY |   

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