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韓流研究室

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在日「日本国籍取得は祖先につばするようなことで到底できないが参政権寄こせ!公務員にさせろ!」

●在日韓国人人権講座:「外国人に参政権を」
 コラム連載・李さんら-富山 /福井

 http://mainichi.jp/area/fukui/news/20110427ddlk18040602000c.html
 在日韓国人の人権について考える講座
「どうなっている? 参政権・国籍条項」が23日、富山市内で開かれた。

 連続講座「韓国併合100年@とやま」
(「コリア・プロジェクト@とやま」主催)の第2期企画の初回で、
韓国民団富山県本部長の宋勇(ソンヨン)さんと、福井市の詩人、
李龍海(イヨンヘ)さんが現状と課題を語った。

 日本では永住外国人に参政権を認めず、95年に参政権の付与を許容した
最高裁判決後も立法化は進んでいない。
宋さんは
「地方参政権は住民としての権利。
 日本国籍取得は
 祖先につばするようなことで
 到底できない。

 真の国際化のためにも
 日本はこの問題を避けて通るべきではない」

と主張した。

 李さんは毎日新聞福井面でコラム「在日からの声」を連載。
主に自治体の職員採用、任用における国籍条項問題に取り組んでいる。
日本国籍を受験資格とする「国籍条項」は、法律ではなく53年の
内閣法制局見解を根拠としていることを示し、現在は全自治体の
3分の1が一般職のみ撤廃していると説明した。
県内自治体では県とあわら市が撤廃しておらず、
「職業選択の自由の観点からも撤廃すべきだ」と訴えた。

 次回は6月25日午前9時半から、富山市湊入船町のサンフォルテ。
ビデオ「そして僕は日本で生まれた-在日コリアンのルーツ探し」を上映。
参加費1000円。問い合わせは堀江さん(090・5175・3756)。
【青山郁子】
毎日新聞 2011年4月27日 地方版


関連ニュース
●WSJに国際ヨット大会コリアカップの広告を…
 「独島を広報」=韓国

 サーチナ 4月26日(火)20時40分配信
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110426-00000103-scn-kr
 6月1日から開催する国際ヨット大会コリアカップの広告が
26日付WSJ(ウォールストリート・ジャーナル)に掲載された。
広告は竹島(韓国名:独島)の写真を背景に、日時とコースを明記。
韓国メディアは「独島広報に拍車」
「独島の東海の広報が本格始動」などと相次いで報道した。

 報道によると、広告は米国版だけではなく、アジア版、
欧州版などにも同時に掲載されるという。
広告費用は全額歌手の金長勲(キム・ジャンフン)氏の後援によるもの。
国際ヨット大会コリアカップの知名度は低く
大会の前夜祭および文化祭の企画・演出を務める金氏は
「名実ともに国際大会にする」と意気込みを語った。
金氏は
「ヨット大会を広報するとともに、
 独島と東海(日本名:日本海)を広報する」
と、
広告掲載の趣旨を述べ、
「文化・スポーツ・観光などを通じて
 自然に独島の実効支配を強化すべき
との見解を示した。

金氏とともに広告を企画した城信女子大学の叙敬徳(ソ・ギョントク)
教授は「浦項市を出発して、鬱陵島と独島を回わる幻想的なレース。
国際的なスポーツ大会を通して独島を世界に知らせたかった」と語った。

 韓国メディアは金氏と叙教授の見解を紹介しつつ、
「コリアカップヨット大会の広告で独島を広報する」、
「独島の広報に拍車をかけた」などと続々と報じた。

 金氏と叙教授はこれまで数度竹島の領有権を主張する広告を
ニューヨークタイムズやウォールストリート・ジャーナル、
ワシントン・ポストなどに掲載したことがある。
金氏は寄付活動と竹島の領有権を主張する活動に精力的で、
韓国では「寄付天使」、「愛国歌手」として名が高い。

 第4回国際ヨット大会コリアカップは大韓ヨット協会が主催しており、
世界20カ国からの60チームが参戦を表明しているという。
5月28日と29日に事前イベントを開催、本大会は6月1日から6日まで行われる。
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   KOREA-CUP-YACHT-RACE000.jpg

●「独島」表記の広告、日本が米紙に抗議 
 http://www.youtube.com/watch?v=jhlfFGIVYo0&feature=player_embedded
 

●首相 外国人献金ドサクサ返金 「こっそりじゃない」 衆院予算委
 2011.4.26 22:55
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110426/plc11042622560022-n1.htm
 一方、首相の在日韓国人から違法献金問題で、
首相は震災直後の先月14日に返金していたことを認め、
「弁護士が公的な文書で日本国籍でないことを確認した上で
 私に代わって返した。
 決してこっそりやったのではない

と釈明した

 
「日本国籍取得は
 祖先につばするようなことで
 到底できない。」

と言う人達が参政権を持ち、賭博産業パチンコで儲けた金で
下衆な政治家を自由自在に動かして、自分達に都合の良い
社会を作ったらどうなるでしょうか?

そんな人達が教師になって、自分達の都合の良い歴史ばかりを
教え込む教育が蔓延したら?

日本や日本人を憎んでいる人達が警察官になって
あらゆる取締りをしたら?

しかも、母国の国政選挙権も持ち
「組織票」でキャスティングボードを握っている人達が
今でも母国の指令で、日本の政治に大きく干渉しているというのに・・・

「そして僕は日本で生まれた-在日コリアンのルーツ探し」ねえ
当サイトで、何度も何度も取り上げてきましたが
彼らのルーツが、サヨク市民団体との共闘で
「強制連行された被害者の子孫」だの
「植民地で迫害され土地を奪われた移住者」だの
「創氏改名や日本語を強制された」だの
嘘ばかりの「在日ルーツ」はウンザリです!
在日一世の記憶  (集英社新書)在日一世の記憶 (集英社新書)
(2008/10/17)
小熊 英二、姜尚中 他

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この本に登場する数十人の一世だけでも、来日理由は様々です。
昭和21年でも、韓国名のまま登録していたし
 korea017_01.jpg
昭和15年、夫の死後に家族の「氏」を届け出た人もいる。
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亡くなった夫・李光雨さんの「李」姓を引継ぎ届け出た金貞子さん。
戸籍には、彼女の本貫も旧姓も丁寧に記載されている。

朝鮮の貧困層が出稼ぎに来て湾岸や炭鉱で低賃金で働くために
日本人の貧困層は仕事に就けず、失業者が溢れた。
日本政府は、朝鮮人労働者の渡航規制まで行っていた。

併合後、満州に移住した朝鮮人と現地中国人とのトラブルが発端となり
koreabodo.jpg

半島に出稼ぎに来ていた多くの中国人は朝鮮人暴徒に襲撃され
家は破壊され、女子供も容赦なく半殺しのリンチに遭っている。

日本に植民地にされて奴隷のように働かせられたって????
出稼ぎ中国人の多くは土木労働者やレンガ職人など肉体労働者で
半島の近代化に伴う多くの建築物は、彼ら中国人労働者が担っていた。
朝鮮人の暴動により、中国人労働者が帰国してしまい
レンガ職人など労働者の賃金が、一気に跳ね上がってしまった。

日本に植民地にされて奴隷のように働かせられたって????
サムスンの創業者のように、地主の息子は日本の大学に留学し
団体旅行で京都や奈良を観光を楽しんでいた両班達もいたし
東京では、朝鮮人移住者の組織票を集めて当選した朝鮮人議員もいた。
どこが奴隷のような扱いですか?
ただ単に、
金持ちは日韓併合を享受し、貧乏人は仕事を求めて出稼ぎに来日した。
出稼ぎに出た父親を頼って、後から家族が移住する・・・
そして、終戦後に帰還船で帰国したものの、貧しさから
再び密航までして日本に戻ってくる。
朝鮮戦争から逃げ、済州島虐殺事件からも逃げ密航してきたのは
どこのどなたですか?

●米国公文書の秘密文書を調査した
 ブルース・カミングス・シカゴ大学教授


「戦前は、一大畜産地・済州島で牛の疫病が発生して
 生活難に陥った島民が、当時 存在した済阪航路に乗って
 大阪に大量流入し、その後全国に広がった。
 大阪や東京では7割ぐらいを同島出身者が占めていた。
 戦後も在日ネットワークを頼って1970年頃まで韓国人の
 日本への密入国が続いた。
 在日における済州島出身者の比率の異常な大きさと、朝鮮半島の
 総人口に占める 同島民の比率の小ささを考えると、朝鮮総督府の
 土地調査事業で土地を奪われた農民が、仕事を求めてやむなく
 来日したというのも嘘だとわかる。
 今日の在日韓国・朝鮮人には、戦後の密入国者とその子孫が
 かなりの比率を占めている。
 日本政府は、在日の永住権を巡る韓国政府との外交交渉で、
 密入国者に関しても寛大に扱った。」

昨日の記事に載せた
●在日済州島人の「不法入国」から「特別在留」獲得まで
 -大阪を事例に-
 高 鮮 徽(鹿児島大学)

 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/8108/koh1.htm
と見事に一致していますね。

●考察 安企部(KCIA)の対日マスコミ工作
 http://nippon-senmon.tripod.com/hantou/kankoku/kcia_tainichi.html
 (朝鮮新報 1998/04/27)

 昨年12月の韓国大統領選挙時に行われた、
いわゆる「北風工作」と言われる、金大中候補を落選させるための
国家安全企画部(安企部)の大がかりな政治謀略工作が暴露され、
前安企部長の逮捕にまで発展している。
これは何も国内に限ったことではない。
日本での親韓派人脈構築のため、朴正煕の時代から猛烈な
対日工作が展開されてきた。その歴史的経緯を見る。

◇朴正煕政権の対日工作の目的
 ①日本の対韓支持政策の実効性の確保・日韓協力体制の強化
 ②日本各界の親韓勢力の拡大・反韓勢力の切り崩し
 ③日本マスコミの親韓化
 ④在日朝鮮人の間での親韓勢力の拡大・反韓勢力の破壊

ここでは主に ③の対マスコミ工作について見る。
朴政権のマスコミ工作は早くから進められてきたが、
1973年に起きた金大中拉致事件を機に露骨化した。
その主な狙いは、朴政権に不利な報道を規制し、
世論を親韓国・反共和国に向かわせることだった。

当時、日本の政・財・マスコミ界すべてにわたり対日工作を
担当したのは、72年から政務担当無任所長官となった李秉禧。
ソウル―東京間を足繁く往来し「日本担当大臣」と呼ばれたほどの人物で、
とくに日本ではマスコミ工作を中心に行った。
KCIAが創立されるやソウル支部長として暗躍した情報工作のベテランである。

◇マスコミ工作の手法
 ①招待懐柔・買収
 ②恫喝・威嚇

―ソウル特派員の逮捕・追放、支局閉鎖の脅し
―駐日大使館や公報館、民団などによる、
 気に入らない報道に対する組織的抗議、威嚇
―読者に対する脅し

これらの手法が巧みに使い分けられ、効果を増大させた。
初期には、もっぱら恫喝・威嚇作戦に重点が置かれたが、
言論面での日韓癒着が構造化されるにつれ、次第に懐柔・買収の
比重が増大。反論掲載から反共謀略記事の流布、朴政権賛美、
業績PR、日韓親善強調へと変化した。


◇具体的な工作内容
1)指示文書に基づく工作
  事前に日本マスコミの実情、動向を調査、分析した指示文書を作成、
  それにもとづいた工作を展開した。

―74年7月、駐日大使館公報官室が「業務現況」を作成。
 日本の政治動向ならびに言論動向について、とくに主要新聞の
 編集方針や内容、各社の編集幹部の政治的立場や傾向などを詳しく分析。
 記事の内容が反韓的か親韓的かに基準が置かれた。

(中略)

・主要メディア各社別動向の項

①朝日、読売に対する評価が厳しく、毎日を評価。
②産経は「韓国を理解する姿勢が最も目立っている」と
 高く評価し、
 日経も 「客観的報道に比較的透徹している」と分析。

―74年5月29日付の在外公館長あて金東柞外務部長官発信の
「反韓国的リスト」は、日米を中心に文化人、言論人を
「反韓国行為の内容と不純度」に従いA、B、Cに分け、
それぞれの対応策を指示。
相手によって「入国の拒否、禁止」「冷遇、制限支援」
「積極的支援で順化」などの対応策を定めていた。

2)招待作戦
前述のような方針に沿って、段階的なソウル招待作戦を展開し、
懐柔に務めた。

―「日韓問題シリーズ1―腐敗する政治 機構と人脈」
 (朝鮮統一問題研究会編)によると、
「76年2月5日の日韓議員連盟合同幹事会(東京)で、
 韓国側の崔永議員は、「…韓日議連で日本の現論陣を正式に
 招待しましたが、総数156名になります。
 その内訳は、朝日17、毎日6、読売4、サンケイ(現産経)10、
 日経3、NHK4、NET(現テレビ朝日)3、NTV7、フジTV5、
 共同7、TBS2、時事2、毎日放送2、その他84人です。
 韓国を訪問された5千人余りの人も、ジャーナリストの人々も韓国を理解し、
 報道の偏向も少しは良くなったのではないかと自負しており、
 努力すれば効果があると思っております」と、朴政権の懐柔策が成果を
 上げている点を自負する発言をしている。
 また、朴貞子議員も、朴政権が朝鮮総聯を対象に続けている
 「在日僑胞故郷訪問」には
 「朝日、読売、サンケイの有名紙が協力してくれました」と謝意を表した。
 在日朝鮮人の分裂工作、「二つの朝鮮」政策として意図的に展開されていた
 「故郷訪問」に、日本のマスコミが一役買っていた。
 これは朴政権のもう一つの狙いであったと言える。

―「これがKCIAだ」(在日朝鮮民主法律家協会編)によると、
 75年6月頃には、大阪府警詰の各紙記者が、民団大阪本部の招待で
 全費用招待側負担の「観光旅行」にでかけている。
 当時、朴正煕狙撃事件で日本のマスコミが、事件の裏で暗躍していた
 KCIAに狙いを定め、謀略事件として追及していることへの「対策」
 として計画されたとされる。


こうした結果、韓国政府に対する報道記事の表現がやわらげられる
→韓国批判の報道・記事が激減、姿を消す
→韓国政府のパブリシティや礼讃記事が活発に登場する
という図式が生まれた。

3)民団を利用した工作
KCIAのコントロールのもとに、民団は対日マスコミ工作を
最重要課題の一つとして推進した。
「日韓問題シリーズ1…」によると、「日本マスコミ偏向報道是正」
 のための指針では、
①民団は組織をあげて宣伝と接触を深めて、韓国が反共のとりでであり
 「臨戦体制下にあることを認識させる
②組織内に 「日本マスコミ対策委員会」を設置し
 予算にマスコミ対策費を組む
③その中、モニターをおいて、その都度の記事に対し
 「抗議および賛成を即時に判断」し、行動に移す。
 行動には「親韓報道=好ましい報道に対する賞賛の電話」や
 「反韓=偏向報道に対する組織的行動」「不買運動」などがある
④統一日報や民団機関紙、その他の宣伝紙・誌を親韓団体を
 活用して普及させる
⑤「韓国の実情を認識」させるために日本人記者や教員、学生などの
 訪韓勧誘を積極的に行う
――などと列記され、これに沿って、懐柔・脅迫工作が
  展開されたと見てよい。

4)ソウル特派員の利用
 金大中拉致事件(73年)などで、日本のマスコミの間で
 韓国に対する批判が強まる中、李秉禧(政務担当無任所長官)が
 対日マスコミ工作のために目をつけたのが、新聞5社、通信2社、
 テレビ4社のソウル特派員で、彼らを利用することであった。

―「これがKCIAだ」によると、当時、読売新聞は
 「金大中事件はKCIAの仕業」と大きく報道したため、
 ソウル特派員が追放され、支局も閉鎖されていた。
 そこで李はAのT特派員を秘かに工作し、東京でA紙の首脳と会談する
 段取りを依頼。T特派員はその要請を受け入れ、極秘のうちに東京に飛んだ。
 T記者の帰国は社内でも秘密にされた。

T特派員は社の首脳陣に「韓国」側の意向を説明、会談に
応ずるよう進言した。その結果であるかどうかは判明しないが、
東京のある料亭で李とA紙首脳陣との会談が行われた。

席上、李がA紙首脳陣に要請したことは、
日本マスコミの「報道変更是正問題」である。

(中略)

5)進歩派知識人たちへの工作
―70年代半ば頃から朴政権は「世界」や朝日新聞を含め
 日本のマスコミ全体に対し、脅迫から懐柔政策に転向。
 かなり大掛かりな工作がこの頃から始まったとされる。
(中略)

―進歩派知識人、マスコミ人士への工作で度々名前が上がって
 いたのが、自称梨花女子大卒、日本語による韓国の翻訳小説掲載の
 季刊誌「韓国文芸」の編集兼発行人の全玉淑という女性であった。


 彼女は70年代始めから朴正煕暗殺(79年10月)の前年頃まで
 日本で暗躍した。
 「PR雑誌の編集というのは表向き。
  実は朴政権の放った対日工作員の一人で
  KCIA要員とも見られ」(赤旗76・3・23)ており、
 「KCIAの撃った玉」(粒第27号)。

 民間人レベルでの対日文化人・作家工作を担当し、日本の対韓世論を
 好転させるための文化誌の発行を受け持った。(「これがKCIAだ」)。
 粒第27号によると、「韓国文芸」は編集も印刷もすべて韓国で
 なされた上で日本に持ち込まれ、大部分は無料で、
 これはという人に配布されていた。
 そのことから鄭敬謨氏は
 「この雑誌の真の発行人が誰であり、その目的が何であるか
 ぐらいは問わずとも知りうる自明のもの」(粒第27号)と指摘する。

74年半ば頃、当時獄中にあった詩人金芝河や李泳禧教授の
「無二の親友」だという触れ込みで東京に現れては日本の中堅、非中堅の
ジャーナリストを酒席にはべらせ、とかく華やいだ噂をまき散らした。
流暢な日本語を操り濃艶という形容詞に不足はない
魅力的な女性であったらしい。(粒第27号)


「これがKCIAだ」によると、ソウルの特派員の間では
72年頃から、彼女のことが話題になっていた。
全は政府高官から聞いた話や金芝河の獄中生活、彼の創作活動
などについて、いろいろな情報を流した。
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この全玉淑という女性工作員については
●(作家)中上健次の思い出
 http://homepage3.nifty.com/fujino/koyu/nakagami.html
 ソウルの日々

 1981年3月、ソウルで開かれた「第3世界演劇祭」に
 参加する在日韓国人演劇グループに同行して、私は韓国へ
 初めて行った。
 このとき、中上さんはソウルに滞在中で、アパートを借りて
 長編小説「地の果て 至上の時」を書いていると聞いていた。
 ホテルに落ち着くとすぐ私は「韓国文芸」の事務所に電話して
 「中上さんに会いたいのですが」
 といったら、相手はいったん電話を切った後、
 折り返し電話してきた。
 「中上さんがすぐに会いたいといってるので、
  事務所に来ていただけますか」といった。
 私は「韓国文芸」の事務所へ出向いた。
 全玉淑という女性が同席し、彼女は「韓国文芸」の編集長だと
 名乗った。私は彼女に見覚えがあった。
 四谷の英がまだ新宿の番衆町で店を開いていたときに、
 そこで一度見かけたことがあった。
 中上さんは彼女の世話でソウルに滞在しているのだった。
 それから数日間は全女史、中上さんといっしょに過ごす
 ことになった。汝矣島の全女史の豪華マンションに泊まり、
 夕方からは料亭やナイトクラブに案内されたりした。

 (中略)
 全玉淑女史宅で

 在日韓国人演劇グループに同行し、私とホテルで同室だった
 神戸女学院大学助教授のK氏も交えて全女史がナイトクラブに
 案内してくれた。中上さんもいっしょだった。
 この席でK氏が韓国人を差別するような態度をちらっとみせた。
 K氏自身はそのとき差別意識はなかったのだろうが、
 すばやくそれを見て取った全女史が、
 K氏のグラスにウイスキーをなみなみと注いで一気飲みをさせ、
 ホステスに彼とダンスをするように命じた。
 自分の態度に気づかない、のん気なK氏はそれを好意と受け取って
 調子に乗ってダンスを始めたが、リズムがしだいに激しくなり、
 彼は完全に酩酊状態になって正体を失ってしまった。

 その夜は正体不明のK氏も含めてみんなで汝矣島の
 全女史宅へ泊まった。
 翌朝、起きると二日酔いのK氏は財布がないといって
 騒ぎ始めた。所持金の全財産数十万円が入っていたらしい。
 昨夜のナイトクラブで無くしたのではないかと
 電話で問い合わせたが、みつからなかった。
 全女史がその場にいたみんなに1万円ずつカンパを求め、
 K氏に渡したが、それでも足りない。
 ホテル代も払えないというので、今度は全女史が漢陽大学総長に
 電話した。総長は私たちが宿泊していた隣りのホテルの
 経営者でもあった。
 「私にツイン1部屋を無料で提供してほしい」
 と全女史が頼み、私とK氏はそのホテルに移った。
 (中略)

 年末近くになって、天皇の容態がいよいよ危なくなったころ、
 昭和天皇に絡めた中上さんのエッセー原稿をもらってきた。
 読んで吃驚した。
 中上さんの父親が戦争中、中国へ出征して覚えてきた餃子を、
 戦後復員してからよくつくってくれたという話の中で、
 自分が被差別部落の出身であることをはっきりと
 書いていたのである。
 その文章に私は胸を打たれた。


さて皆さん、
この様な工作を続けてきた人達に、
「日本国籍取得は
 祖先につばするようなことで
 到底できない。」
という
日本が大嫌いな人達に、
参政権を渡したらどうなるのか
自治体の職員となって何をしようとするのか
容易に想像できますよね・・・


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Comments 5

トマト

はぁ?

聞こえませんでした。参政権とかなんとか…在日さんは籍はどこでしたか?日本籍以外は外国人です。世界の常識ですから…。いい加減に日本のえらいさんも日本というブランドを守ってほしいものです。

2011-04-28 (Thu) 05:17 | EDIT | REPLY |   

J.J

昨日の衆議院外務委員会における下條氏の参考人陳述を聞いてください。本日衆議院で可決される朝鮮王朝書物引渡しは韓国の一連の工作です。松下政経塾出身の政治家が多数ソウルの会議に招待され、篭絡されています。

工作はこれからも続きます。

2011-04-28 (Thu) 08:47 | EDIT | REPLY |   

DUCE

(# ゚Д゚)フザケルナー!!

さように日本国民になる事に対して否定的になるのであれば、日本国にあって日本国民の権利を追求する事こそ祖先に対する反逆ではないでしょうか。祖先祖国を尊ぶのであれば、祖国に対する諸権利を追求する事こそ筋ですよ。

2011-04-28 (Thu) 20:13 | EDIT | REPLY |   

朴正煕政権の対日工作

◇朴正煕政権の対日工作の目的
ここでは主に ③の対マスコミ工作について見る。
朴政権のマスコミ工作は早くから進められてきたが、
1973年に起きた金大中拉致事件を機に露骨化した。

統一協会
韓国においては、反共法を制定し、北朝鮮を初めとする共産主義勢力との対決姿勢を取っていた朴正煕政権下で強い庇護を受け勢力を拡大させたと言われる[1][50]。後に教団ナンバー2となる朴普熈を始めとした韓国軍の高級将校も入教しており、系列企業の「統一産業」が小銃工場を建設する際に、文鮮明の側近となった朴普熈と朴正煕大統領が事業支援について相談したことや、公務員教育が国際勝共連合で行われたことなどが報じられた[51]。政界への資金提供の他、KCIA(韓国中央情報部、現・国家情報院)との関係も指摘されるが教団は否定する[52]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9F%BA%E7%9D%A3%E6%95%99%E7%B5%B1%E4%B8%80%E7%A5%9E%E9%9C%8A%E5%8D%94%E4%BC%9A

文鮮明師と統一運動に賛同する方々
ttp://www.chojin.com/person/jp.htm

統一教会に来られた岸信介元首相と文鮮明師(1973.11.23 統一教会本部)
ttp://www.chojin.com/history/kishi.htm

「希望の日」晩餐会、政財界要人を含む1700名参加(帝国ホテル)
※写真は文師と福田赳夫元首相(当時大蔵大臣) 1974.5.7
ttp://www.chojin.com/history/fukudat.htm

日本の右派に対しては勝共連合で接近し、これに批判的な左派系の多い日本のマスコミに対しては別の手口で篭絡していったということでしょうか。
こうすれば日本の右派も左派も韓国に好意的になりますし、日本の現状を見ているとつじつまの合うこと多いです。




2011-04-28 (Thu) 20:49 | EDIT | REPLY |   

名無しさん

ファッションショー「ガールズアワード」に出演する男モデルもアーティストも異常な程韓国人ばっかり、ビックリです。何なんですかね?

2011-04-28 (Thu) 23:01 | EDIT | REPLY |   

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