福島仏像大量破壊事件のチョン・スンホを起訴。年明けにも別事件も立件へ

★容疑者、別事件も立件へ 
 石像損壊疑いで、年明けにも白河署

福島民友新聞 2016年12月29日 09時05分
 http://www.minyu-net.com/news/news/FM20161229-138098.php
中通りで地蔵や仏像が何者かに破壊された
器物損壊事件
で、白河署は28日までに、
泉崎村の神社の石像を壊した器物損壊など
の疑いで逮捕した
韓国籍、住所不定、無職、容疑者男(35)が
別の損壊事件にも関わった疑いがあるとみて
同容疑などで立件する方針を固めた。
年明けにも容疑者を再逮捕や追送致することを
視野に地検と協議する。


 捜査関係者によると、
容疑者は逮捕容疑となった同村の神社の石像などの
破壊について「壊したいから壊した」などと供述し
容疑を認める一方、
須賀川や郡山、白河、福島の各市などで11月から
今月にかけて相次いだ寺院の器物損壊事件については
関与を否定する供述をしているという。

 同署などのこれまでの捜査で、
被害に遭った寺院付近の防犯カメラには
容疑者とみられる男が写っているのが確認されて
いることや容疑者の逮捕後、県内で相次いでいた
寺院の器物損壊被害の報告がなくなったことなどから、
容疑者が別の事件にも関与した疑いがある
との見方を強めているという。

(引用ここまで)


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★余罪は一貫して否認 
 韓国籍の男を起訴(福島県)

 四国放送
 
http://www.jrt.co.jp/nnn/news86512313.html
泉崎村の神社でキツネの石像2体が壊される
などした事件で、
韓国籍のチョン・スンホ被告が起訴された。
地蔵などの神童は、
 壊さないといけないと思った

などと供述しているという。
同じ時期には、
須賀川市などで石像が壊される事件が相次ぎ、
複数の防犯カメラにチョン被告によく似た人物が
映っているが、
余罪については一貫して否認しているという。
(12/28 19:32 福島中央テレビ)




やっと続報が出ました。
白河署は頑張って、全破壊事件を立件し
起訴して頂きたいものです。

それにしても、
チョン・スンホ被告の韓国での経歴などが
全く報道されませんね。
大手マスコミもこの事件には触れたくないのか
パク大統領の親友のマンションには喜び勇んで
取材に行ったり、親友の娘の整形なんぞ
どうでもいいことは延々と放送しても、
チョン被告の宗教的背景とか何も伝わらない・・・
そもそも住所不定・無職の男が
簡単に入国できるシステムでは、オリンピックの警備も
問題になるのだから
130件以上の破壊事件ですから、白河署だけに任せず
本庁から応援に入って欲しいし
韓国側に被告の情報提供させて、動機の解明をして欲しい。

チョン被告の取り調べは、英語で行っている
という地元ニュースの報道も不思議です。
韓国語での取り調べは出来ないのだろうか????

「地蔵などの神童は、
 壊さないといけないと思った」
と供述したらしいが
宗教的背景が漂っているのだから、
もっと深い報道が欲しいのだが・・・やる気無し!
四国放送は、福島のこの事件をちゃんと扱ったのか・・・

「油まき事件」も、未解決のまま年越し?





★「日本にある私たちの文化財を
   盗んでくるのが愛国」と教唆した
 古美術商が起訴されたニダ!

 特定アジアニュース 2016年12月28日
 http://specificasia.blog.jp/archives/1063366301.html
14年前に日本人古美術商の家に侵入して
日帝が強奪した朝鮮時代の王室の陶磁器を
奪ってきた事件の背後人物が裁判に渡された。

古美術販売業者チョン某氏(64)は、
去る2002年2月、普段から付き合いのあった
文化財専門窃盗犯キム某氏に、
日本の古美術商であり陶磁器所蔵家S氏の家の
住所を教え、「陶磁器を持ってきなさい」と
犯行をそそのかした。

チョン氏は「S氏が値がはる我が国の陶磁器を
いくつも所蔵している」とし「我が国の文化財を
取り戻さなければならないのではないか」
という話でキム氏の愛国心を刺激した。

チョン氏の言葉に乗せられたキム氏は、
その年5月に日本,東京のS氏の家に侵入し、
凶器とこぶしでS氏の妻を脅してひもで縛った
地下室にあった陶磁器合計18点を奪ってきた。

(続きはリンク先で)


★「日本から陶磁器を盗んで来い」
 ~強盗を指示した犯人、
 事件から14年経って裁判に

 http://blog.livedoor.jp/hurtspos/archives/9974426.htm
(引用開始)
キム氏は同年5月、東京のSさん宅に侵入して、
当時家にいた彼の妻に暴行を加えて強く脅して
ロープ で縛った後、地下室にあった陶磁器18点を
盗んだ。キム氏が盗んだ陶磁器は全て、朝鮮白磁と
高麗青磁だった。
この中には王室で使っていた鑑定価格150億ウォン相当
の、『李朝染付五爪龍壺』 も含まれていた。
全体の鑑定価格が240億ウォンと推定されるこの陶磁器の
大部分は市場に流通されて

Sさんがかなり多くの数を再び買い取った事が分かった。

これらの犯行は2003年、地域の陶磁器ビエンナーレ行事の
パンフレットに収録された18世紀の 『白磁素文大壺』の写真を
偶然見たSさんが、警察に強盗事件を届けてから判明した。
警察に捕まったキム氏は2
011年9月、強盗傷害の疑いで懲役5年、
パスポートを偽造して出入国した疑い (公文書偽造など)で
懲役6ヶ月の宣告受けた。
チョン容疑者は窃盗容疑の共犯だが、公訴の時効 が経って
強盗教唆の容疑だけ起訴された。
今月初旬に情報提供をすると
検察に任意で出席したチョン容疑者は捜査の結果、
容疑が判明して処罰される事になった。

検察は盗んで来た陶磁器のうち17点を15億ウォンで
買い取って市場に流通して、その中の1点を 自宅に
隠して保管した古美術商のキム某氏(60歳)に対し、
文化財保護法違反の疑いで共に 書類送検した。

ソース:NAVER/東亞日報(韓国語)


★日本の古美術商から
 韓国文化財奪った男に実刑

 中央日報 2011年08月30日09時47分
 http://japanese.joins.com/article/293/143293.html?servcode=a00§code=a00




長年、こんな事をされているのに
「嫌韓は、日本の景気低迷で
 希望を失った若者の自身の無さの表れで
 欲求不満をぶつけているだけ」

などというエセ文化人やインチキジャーナリストの
欺瞞に満ちた分析。

こんな嘘を、よく言えるものだ・・・




東日本大震災で家族を亡くした方が
供養に立てたお地蔵さまも
破壊されているのに・・・




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安倍首相の真珠湾訪問を中国が非難、日本社会党等が1985年に建てた南京虐殺記念館が先だ!

★安倍首相の真珠湾訪問を中国が非難
 ――「南京が先だろう!」

 遠藤誉 | 東京福祉大学国際交流センター長、
 筑波大学名誉教授、理学博士  12/28(水)
 
http://bylines.news.yahoo.co.jp/endohomare/20161228-00065986/
安倍首相の真珠湾訪問に対して、中国政府は
「先に訪問すべき場所があるだろう」と非難した。
その「場所」はなぜ、
毛沢東他界後に建立されたのか、
なぜ中国は時間をさかのぼって
抗日戦争を強調するようになったのか。



◆非難攻撃する中国政府

安倍首相は日本時間28日午前、ハワイにある
アリゾナ記念館を慰霊訪問した。
1941年12月8日(現地時間7日)、日本海軍の機動部隊
による真珠湾奇襲攻撃は太平洋戦争の発端となったが、
その犠牲者を弔う記念館だ。

ハワイに向かう前、安倍首相は
「真珠湾攻撃から75年目、日本国民を代表して
 慰霊のために真珠湾を訪問する。
 戦争の惨禍は二度と繰り返してはならないという
 未来への誓い、和解の価値
 オバマ大統領と世界に発信したい」と述べた。

これに対して中国政府は
「日本は真珠湾訪問によって第二次世界大戦の
 歴史を完全に清算しようとしているが、
 中国などアジア諸国との和解がない限り、
 日本は永遠に歴史の一頁をめくることはできない」

として、さまざまな非難を日本に浴びせている。

たとえば、

●真珠湾より先に行くべきは
 「南京大虐殺記念館」だろう!

●世界反ファシスト戦争の東方の主戦場は中国だ!

●日本の指導者はいつまでも
 歴史の真相から目をすらすべきではない。
 あの侵略戦争に対し真剣に反省しなければならない


これらの言葉は12月5日に、
安倍首相が真珠湾訪問を発表してから
一斉に始まっており、特に2016年12月13日に
南京で開催された記念式典においても語られた。
式典で演説した中共中央政治局委員で
中央組織部部長でもある趙楽際氏は、
つぎのような趣旨のことを述べている。

●中国共産党の指導の下で
 全民族が力を合わせて
 3500万人の犠牲を出しながら、
 8年間抗日戦争を戦った結果、
 偉大なる勝利を収めた。

●侵略戦争を覆そうとする醜悪な行動のために
 歴史を改ざんしようとする如何なるもくろみも、
 中国人民と世界の平和と正義を愛する人々から
 糾弾され、軽蔑されるだろう。



◆歴史を改ざんしているのは中国共産党

さて、中国政府が言うところの
「真珠湾訪問よりも先に訪問すべき場所」とは、
中国流に言うならば「南京大虐殺記念館」であり、
「北京盧溝橋抗日戦争記念館」あるいは
「“九一八”歴史博物館」などである
(“九一八”は1931年9月18日の「満州事変」のことを指す)。

ただ、これらは中国共産党政権である
中華人民共和国(現在の中国)が誕生した
1949年以降、1980年代まで、
ほとんど言及されたことがなく、
すべて建国から30年~50年後になって
初めて建立されたものばかりである。


たとえば
「南京大虐殺記念館」は1985年に建立されており、
「北京盧溝橋抗日戦争記念館」は1987年に、
そして「“九一八”歴史博物館」に至っては、
建てられたのが1999年のことだ。



なぜこんなに遅くなってからなのか?

その理由は非常に簡単。

建国の父・毛沢東が、
それらの日を記念することを許さなかったからである。

中国共産党の権威ある「中共中央文献研究室」編集
による『毛沢東年譜』(1993年、全9巻)によれば、
毛沢東は生きている間、
ただの一度も抗日戦争勝利記念日を祝ったことがないし、
またただの一度も「南京大虐殺」という言葉を使った
ことがない。教科書にも書かせなかった

中国人の証言によれば、文化大革命のときなど、
「南京大虐殺」を口にしただけで右派、反革命分子として
吊し上げられた経験を持つ人さえいたという。

だから毛沢東が他界した(1976年)後になって、
初めてこれらを口にすることが許されるようになった。

なぜか?

それは日中戦争中、
毛沢東が日本軍と共謀していたからだ。


潘漢年(はん・かんねん)という中共スパイを
日本側に派遣して、国共合作によって得られた
蒋介石・国民党側の軍事情報を
高値で日本側に売り渡し、
その間に中共軍の拡大を図っていた。
できるだけ日本軍と戦わず、やがて日中戦争が
終わった後に国民党軍をやっつけて、
中共軍を率いる毛沢東が勝利を収めることを
狙っていたのだ。
日本軍と中国共産党軍との間の部分停戦さえ、
申し出ている。
実際に部分的停戦が行われた地域があり、
中国共産党軍はそのお蔭で急速に拡大していった。

その間に、日本が戦っていた「中華民国」の
蒋介石・国民党軍
は、
日本との戦いで消耗していった。

だから、日本軍による中国への進攻を
毛沢東は感謝し、建国後、元日本軍等を北京に招聘し、
「あなた方、皇軍の進攻がなかったら、
 私はいまこうして中南海にいることはできません」

という趣旨のことを何度も言っている
(詳細は『毛沢東 日本軍と共謀した男』)。

その中国が突然、日本の「侵略行為」を
激しく攻撃し始めたのは、
1989年6月4日に民主化を求める天安門事件が起き、
民主を叫ぶ若者たちを武力で鎮圧した後からだ。

特に1991年12月に、
世界最大の共産主義国家であった(旧)ソ連が
崩壊すると、中国は自国も巻き添えになって
一党支配体制が崩壊することを警戒し、
1994年から愛国主義教育を始めるようになった
からなのである。

この愛国主義教育により、
「日本軍を打倒したのは中国共産党軍である」
という歴史捏造を開始した。

そして
「中華人民共和国は、日本軍を打倒した
 ことによって誕生した」
という、
もう一つの歴史捏造も始めるようになった。

日本の敗戦は1945年8月15日。

中華人民共和国が誕生したのは
1949年10月1日。

「1949-1945=4」という「4年間」は
デリートされてしまったようだ。

毛沢東・中国共産党軍は、この4年間の間に、
蒋介石・国民党軍を打倒して
中華人民共和国を誕生させたというのに、
中国共産党軍が勇猛果敢に日本軍を打倒して
中華人民共和国が誕生したという
「抗日神話」を創りあげるようになったのである。

特に習近平政権になってからの
反日政策への強化は凄まじい。


「南京大虐殺」記念日などを次から次へと
国家記念日に昇格させただけでなく、
昨年は建国後初めて、
国慶節(10月1日の建国記念日)にではなく、
抗日戦争勝利記念日(9月3日)に
軍事パレードを行ったことは、まだ記憶に新しい。
抗日ドラマを毎日放映するなど、まるでたった今、
日本軍を打倒した(抗日戦争が終わった)ばかり
のような勢いである。
中国共産党がいかに勇猛果敢に
日本軍と戦ったかを強調するようになる。



それはなぜなのか?

ひとつは、中共幹部の腐敗や貧富の格差により
危なくなった中国共産党による一党支配体制を
維持するためであり、
もう一つはグローバル化やITの進歩により、
海外のネット情報が中国大陸にも容易に
入り込むようになったからである。

中国共産党にとって
不都合な党の歴史の真実が、
世界のいくつかの国の研究者によって明らかにされ、
それを海外にいる華人華僑たちが知るようになった。
その情報を、大陸にいるネットユーザーも
「壁越え(情報を遮断するGreat Fire Wall、
万里の防火壁を特殊技術で越えること)」
によって見ることができるようになっている。

そのため習近平政権は、
異常なほど言論弾圧を強化している。


2013年に出された「七不講(チーブージャーン)」
(7つの言ってはならないこと)の中には、
「中国共産党の歴史の過ちに関して
 語ってはならないし、
 教育機関で教えてもならない」
という趣旨の項目がある。

要するに、彼らが70年にわたって隠蔽してきた
「中国共産党の歴史の真相」が明るみに出るのを
恐れているのである。

もちろん、日本は二度と再び、
あのような戦争を繰り返してはならない。

その大前提に立った上で言うが、
歴史の真相を歪曲しているのは
中国共産党自身であることを、中国は認めるべきだろう。

日中戦争による犠牲者数を
中国はどんどん増やしていき、
江沢民(元国家主席)が言った数値「3500万人」が
固定されてしまっている。


ここでその数値の論議をする気はないが、
毛沢東が建国後殺戮した無辜の自国民の数は、
それを遥かに超えた数千万人(7000万人という
数値が共有されている)の命に関しては、
中国はなぜ、絶対に言及しないのだろうか?

中国の
この偏った言論弾圧と反日プロパガンダの中で、
日米間のような信頼で結ばれた国同士における
「広島訪問」と「真珠湾訪問」のような現象は
起きにくい。

日本を攻撃する前に、中国はまず
「自らの歴史の真相を直視」
しなければならないのではないだろうか?

日中国交正常化時代から1990年代初期にわたって
日本が中国に差し伸べてきた友好の手を断ち切って、
反日一色に邁進してきたのは、中国である。
それは「中国共産党の歴史の真相」から
人民の眼を逸らさせるためであり、
一党支配維持を堅持するため
であることを、
認めなければならない。

その真実を中国が認めた日に初めて、
日米間のような「かつての敵同士の和解」が
成り立つのではないだろうか。

中国が自らの歴史の真実を直視する方が
先ではないかと思う。その前提でしか、
真の信頼関係は訪れない。

(引用ここまで)








何故、中国共産党が
毛沢東の死後に歴史改竄を
活発化させることができたのか?
それは、日本に有力な協力者達がいるからだ。


★安倍首相の真珠湾訪問に
 ケチをつける人々

 http://blog.livedoor.jp/catnewsagency/archives/15041662.html




★田中宏
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E5%AE%8F_(%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6%E8%80%85)
専門は日本アジア関係史、ポスト植民地問題、
在日外国人問題、日本の戦争賠償と戦後補償等。
一橋大学名誉教授、龍谷大学客員研究員。
公益財団法人朝鮮奨学会評議員

在日韓国人の参政権を実現するため
内海愛子らと定住外国人の地方参政権を実現させる
日・韓・在日ネットワークを結成。
在日本大韓民国民団などと協力して
積極的に活動をしている。




>「南京大虐殺記念館」は1985年に建立

★元社会党委員長の田辺誠らが
 創った南京大虐殺史が
 ユネスコ記憶遺産に

 韓流研究室 2015年10月10日
 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-3815.html







★「南京大虐殺紀念館は日本人が建てた」
 に激震、「拡散しよう!」
 「歴史書の記述が覆る」―中国版ツイッター

 Record china 2013年12月17日(火)
 http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=80643


★「ノーモア南京の会・東京」ニュース
 http://www.jca.apc.org/nmnankin/news1.html
 創刊号(1998年3月)




★南京大虐殺は実は「漢奸狩り」
 http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-232.html
日中戦争における「漢奸」

日中戦争中及び戦争終結後には日本への協力の
有無に関わらず、日本について「よく知っている」
だけの中国人でも「漢奸」として直ちに処刑されたり、
裁判にかけられた。
また、日本に協力する者であれば漢民族でなくても
「漢奸」と呼称した。
この基準に照らせば、最も日本を研究し日本を一番
知っていた蒋介石や対日戦略を立てていた
何応欽、楊杰、熊斌など、中国側の中枢人物も
「漢奸」に該当するという指摘もある。


日中戦争中の「漢奸狩り」

国民政府側の指導者である蒋介石は
自軍が日本軍の前に敗走を重ねる原因を
「日本軍に通じる漢奸」の存在によるものとして
陳立夫を責任者として取締りの強化を指示し、
「ソビエト連邦の GPU による殺戮政治の如き」
「漢奸狩り」を開始した。

国民政府は徴発に反抗する者、軍への労働奉仕に
徴集されることを恐れて逃走する者、
日本に長期間移住した者などは、スパイ、漢奸と見なし
白昼の公開処刑の場において銃殺したが、
その被害者は日中の全面戦争となってから
二週間で数千名に達し、国民政府が対民衆に用いた
テロの効果を意図した新聞紙上における漢奸の処刑記事は
かえって中国民衆に極度の不安をもたらしていたが、
この大量虐殺によるテロ政策を連日続けていたため
暴動の勃発は抑えられていた。
前線に出た中国軍には掠奪など一切の暴虐が
正式に許されていたが、
中国軍兵士の掠奪に異議を唱えた嘉定県住民は
漢奸として火焙りにより処刑されている。

1937年9月の広東空襲に対しては
誰かが赤と緑の明かりを点滅させて空爆の為の
指示を出したとして、そのスパイを執拗に追求する
という理解に苦しむことも行われ、
一週間で百人以上のスパイが処刑された。

(続きはリンク先で)




★Photos document brutality
  in Shanghai
 上海での残虐行為を写真が裏付ける

 CNN  September 23, 1996
 トム・ミンティアー(CNNバンコク支局チーフ)
 http://edition.cnn.com/WORLD/9609/23/rare.photos/index.html
(日本語訳)
 【タイ・バンコク (CNN) 】日本と中国の関係は、
小さな島々の領有権問題の議論連鎖によって、
ここ数カ月緊張状態にあるが、
59年前に撮られた18枚の小さく不鮮明な白黒写真の
存在は、日中関係に更に火に油を注ぐものに
なるかもしれない。
(113 sec./937K QuickTime movie - 注:残虐映像含む)movie icon

 1937年の上海界隈で
スイス人写真家によって撮影された写真は、
すべて中国兵士による日本人捕虜と、日本の軍事侵攻に
協力して逮捕された上海住民に対して行われた
残虐行為を撮影したものである。


 上海に仕事で滞在し、中国人による処刑を見届けるよう
言われたトム・シメンさんが隠していたそれらの写真は
見るもおぞましいものである。
しかし彼は息子にこれらの写真を公表するように言った。

 ジョン・シメンさんは
「父は出版を望んでいた。
 病院生活での経済負担の資金源になるだろう
 と言っていた」と語った。


ジョン・シメンさんは写真を公表するための出版社を
探している。写真一枚につき3千ドイツマルクを支払う
との申し出もあった。しかしながら彼にとって
最も重要なことは、父親が言っていた
上海で起こった事を世の中に知らせることである。

 シメンさんは
「奴らは楽しんでいたと思う。
 首が切り落されるのを待っていて、
 そしてそれでフットボール[サッカー]をした・・・
 考えただけで身の毛がよだつ」と語った。
(13sec./134K AIFFまたはWAVファイル)icon
[首を切断された死体の写真]

 首を木の枠で固定して吊るし餓死するまで
そのまま放置するなど、中国兵は様々な拷問方法で
捕虜を虐待殺戮したと
シメンさんの父は彼にそう言ったという。
[拷問の写真]

射殺され共同墓穴に捨てられた捕虜が多かったが、
特に日本に協力した中国人に対しては、
大きな刀によって首が切り落されたという。

[荷車の上の死体]

「当時日本人に協力した者は、
 中国人にとっては日本人よりも
 更に悪いものでした。
 何故なら裏切り者だからです」
とシメンさんは言う。

シメンさんの父親は、
中国出国に際してネガを破棄したそうだが、
彼の妊娠中の母が写真を服の下に隠して
国外に持ち出したのだそうだ。

「これらの写真は
 日本と中国の一連の戦争において、
 1937年の上海での両国の関わりに関して、
 新たなスポットを浴びせるものとなりそうである」
とシメンさんは語る。
彼はまた、
第二次世界大戦中ドイツのナチスによって
行われた残虐行為とは対照的に、
中国で起こったことの多くが未だ知られていないのが
現状であるとも述べた。


[日中戦争][中国][戦争犯罪]

Red Fox 第二次上海事変における
中国人による日本人捕虜の残虐処刑


(引用ここまで)






私の実家の墓がある共同墓地には、
太平洋戦争でこの地域から出征し、戦死した人々を
一人一人の名前を刻んだ、
大きな大きな忠霊塔が建立されている。
遺族会がお金を出し合って建てた慰霊塔だ。
その奥には、日中戦争や日露戦争の
兵士の墓が建立されている。
こちらは個別の墓になっており、名前と階級
側面には何時どこで亡くなったかを刻んでいる。
この地域が、まだ「村」だった頃
曽祖父など有志5人が墓地の隣の土地を購入し
村人の為に戦死した兵士の墓を残した・・・
恐らく、このお墓には遺骨は納められていない。
父の兄・一郎さんのように
出征した時に両親に残した遺髪などが
納められているのかもしれない。

私は、実家の墓参りに行く時には
必ず、この慰霊碑と墓に花と線香を供える。
祖母がしていたように・・・
古い古い墓群は、町内の人々の記憶から薄れ
年々花を手向ける人も少なくなっている。
それでも・・・今日、
墓参りの後で、奥の慰霊碑に向かうと
冬休みで祖父母の家に遊びに来ていたのか
小学生の女の子がお婆ちゃんと二人で
慰霊塔などにお線香を手向けて、手を合わせていた。

独身のまま戦死した兵士達には、子孫がいない。
甥や姪、その子孫が引き継がなければ
彼らの存在そのものが消えてしまう。
この地で生まれて、どこか遠い異国の地に埋もれ
祖国に戻る事が出来ないでいる人々の御霊を
忘れられたままでいいのだろか?

TVでは相変わらず、
誰が靖国神社に参拝したか
「中韓の批判が~」と犯罪行為のように報道。
東条英機が総理就任時点では、開戦は
もはや避けられなかった状況まで追い込まれており
http://www.geocities.jp/yu77799/Comintern/nakagawa1.html
彼や彼の子孫が責任を負わされて

一方、近衛文麿の外孫は悠々自適・・・
戦争を煽った朝日新聞も、敗戦利権を享受し
歴史捏造の先鋒に陣取っている・・・






★「裏切者」「スパイ」と呼ばれて…
 日本でいま、中国を論じる難しさ

 中国に生まれた作家のホンネ

 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50479







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元反原連&しばき隊『日本会議の研究』著者・菅野完の性的暴行事件とカンパ着服

★性的「暴行」事件を起こした
 『日本会議の研究』の著者・
 菅野完氏をめぐる「運動体」の対応

 週刊金曜日 2016年12月27日
 
http://www.kinyobi.co.jp/news/?p=3692
本誌7月15日号で報じた
ベストセラー『日本会議の研究』で注目の作家 
 菅野完氏が性的『暴行』で訴えられていた

という記事について、記事中に登場する「運動体」
対応に関する記述は「誤解を与えるものである」との
訴えが「首都圏反原発連合」(反原連)からあった。
このため、関係各者に話を聞き、
あらためて詳細を明らかにした。(本誌取材班)
※なお、被害者の体調を配慮し、
 被害者への直接取材は8月以降していません。

同記事では、『日本会議の研究』で注目を浴びる菅野完氏
(ツイッターアカウント「@noiehoie」)が、
2012年初夏に性的「暴行」事件を起こしたとして訴えられて
いたことを報じた。
菅野氏は事件を「事実」と認め、
「反省」の意を示す謝罪文も書いている。
一方、15年12月に被害者は
「事件後の菅野氏の対応や、ツイッターなどでの
 発言を見ると、反省していると思えない」
として
損害賠償を求める民事訴訟を起こし、現在も係争中だ。
16年6月末に警察に出した被害届も受理された。


「運動体」から訴えがあったのは、
以下の記述についてである。

〈女性(編注、被害者)は同氏(編注、菅野氏)所属の
運動体に、ほかに被害が出ないよう周知を頼んだ。
だが、「運動を潰すわけにいかない」「運動と関係ない」
などと言われ、訴えを聞き入れてもらえなかったという

「同氏所属の運動体」とは反原連のことだ。
反原連のコアメンバーであるミサオ・レッドウルフ氏は、
「事件の周知については、
 さまざまな状況を懸念して断った。
 だが、ほかの面において、反原連ができうる対応はした。
 その部分が記事には書かれていない」と話す。また、
「この当時、反原連は12のグループと個人有志で
 構成されていた。
 『運動を潰すわけにいかない』『運動と関係ない』
 という発言は、
 反原連に所属していたあるグループの一部のメンバーが
 被害者を心配し、個人的なメールのやりとりをするうちに
 出たもの。個人としてどう対応したらよいのか、
 苦慮する中でのものだったようだ」と強調した。


「反原連に所属していたのは1週間ほど」

菅野氏が反原連に入ったのは事件後の12年7月25日。
ミサオ氏によると、
「菅野氏は毎週、官邸前抗議に参加しており、
 一部のメンバーとも面識があった。
 反原連に入りたいという話をされたので、
 25日に菅野氏を反原連コアメンバーの
 メーリングリストに入れた。
 脱原発運動には右派や保守層からの視点も
 大事だと思った」
という。

菅野氏は7月31日に初めて、反原連の会議に出席した。
しかし、菅野氏が反原連の会議に出たのは
これが最初で最後となった。
翌日の8月1日に、元反原連のある男性の仲介により、
被害者からの訴えがミサオ氏にメールで届いたからだ。

被害者からのメールには、
菅野氏から性的「暴行」を受けたことが書かれており、
「次の犠牲者を出したくない」ので事件を
できれば組織内で周知してほしいとの旨が記されていた。
「ただ、この時は、20万人もの人が集まるなど
 官邸前抗議が最も盛り上がっていた時期で、
 野田佳彦首相(当時)との面会も控えていたりと
 さまざまなことに手が回らない状態だった。
 私自身、体力の限界を感じながら、

 ギリギリのところで活動をしていた」(ミサオ氏)。

(中略)


菅野氏の依頼を受け、野間易通氏が個人対応

一方、ミサオ氏が組織対応を相談した反原連のコアメンバー
数人には7日、菅野氏から謝罪文の文面を相談するメールが
送られてきた。コアメンバーのうちのひとり、野間易通氏には、
菅野氏から「個人的に謝罪文を渡すための仲介をしてほしい」
との依頼がきた。
(中略)

野間氏によると、
10年に「在特会」(在日特権を許さない市民の会)の
排外主義行動に対する対策を考える取り組みを
していたころに、ツイッター上で菅野氏と知り合った。

(中略)

菅野氏、カンパ金を着服

しかし翌年の13年2月に差別・排外主義に抗する、
野間氏主宰の「しばき隊」が結成され、
メンバーには菅野氏も入った。
野間氏は
「しばき隊は男性のみで構成される組織なので、
 女性トラブルは起こさないだろうと考えた」と話す。
ただこれを知った被害者から
ツイッターのフォローを外され、
数カ月後にはブロックされたため、
菅野氏の謝罪文は渡せないままになったという。

野間氏は
「被害者のEメールや電話番号も知っていたが、
 被害者が謝罪文を受け取る気になるまで連絡を待つ
 という立場だったし、ツイッターをブロックされたので
 自分からは連絡しなかった」と説明する。被害者は、
「反原連の対応窓口が野間さんに変わったのだと
 思っていたので、野間さんが個人として対応していた
 ことは最後まで知らなかった。
 菅野氏がしばき隊に入った後も初めは野間さんを
 信じていたが、
 しばらくして野間さんと菅野氏のツーショット写真が
 ツイッターにアップされているのを見て、
 一気に不信感を抱いた」と話している。

その後、野間氏と菅野氏の関係も決裂。
菅野氏はしばき隊からも去ることとなった。
複数の関係者によると、菅野氏が同年夏までに、
反レイシズムの広報活動のために集められ、
「差別撤廃 東京大行進」のデモの制作費に充てるよう
考えられていたカンパ金の一部を着服し、
使い込んでいたことが発覚したためという。

菅野氏は界隈の運動に関わらないとの旨の誓約書を書き、
運動からパージされたという。
これに対して菅野氏は「コメントできない」と話している。

(引用ここまで)




★『日本会議の研究』著者で
 しばき隊元No.2菅野完氏の
 性暴力事件にみるしばき隊の正体

 韓流研究室 2016-07-15
 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-4310.html







■菅野完(偽名)と野間易通
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■菅野完(偽名)と、
 沖縄で逮捕された男組・高橋直樹(偽名)
 安田浩一(自称ジャーナリスト)

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暴力事件に、集団リンチ事件、名誉棄損事件
性的「暴行」事件にカンパ着服・・・
こんな連中ばかりだな。

「首都圏反原発連合」(反原連)のミサオ・レッドウルフ

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お仲間は
新大久保で中指立てたり

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SEALDs防衛隊だったり
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■TVでは絶対に放送できない市民グループ
★大飯再稼働反対厨低能珍舞祭まとめ
 2012年07月02日
 http://blog.livedoor.jp/tagmog-koiinews/archives/10432491.html
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>絶対大麻やってるだろコイツら

(引用ここまで)





■2013年「差別撤廃 東京大行進」デモで
 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-3115.html
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実行委員のメンバーや
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新大久保で中指立てる
宇都宮健児氏の都知事選選挙応援メンバーが

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男組のデモで
中国や韓国の国旗を持って行進していて

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しかも、
カンパ金の一部を着服されていたなんて・・・




プロ市民って・・・怖いわぁ・・・

そういえば、しばき隊の集団リンチも
発端はお金の流用問題だったような・・・




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和解の力

★首相、日米の「和解の力」訴え…
 真珠湾で演説

 読売新聞 2016年12月28日
 
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20161228-OYT1T50008.html
安倍首相は27日午前(日本時間28日朝)、
オバマ米大統領とともに米ハワイ・オアフ島の
真珠湾(パールハーバー)を訪れ、
1941年の旧日本軍による真珠湾攻撃の
犠牲者を慰霊した。


 首相はこの後の演説で、
不戦の誓いを強調した上で、戦後の強固な
日米同盟を築いたのは「和解の力」だと訴えた。

 日米の両首脳が慰霊のためにそろって
真珠湾を訪れたのは初めて。

両首脳は真珠湾攻撃で撃沈された戦艦アリゾナの
上に立つ「アリゾナ記念館」で、犠牲者の名前が
刻まれた壁に向かって献花し、黙とうをささげた。
慰霊には岸田外相と稲田防衛相が同行した。

 その後、
首相は真珠湾に臨むふ頭でオバマ氏と並び、
約17分間演説した。真珠湾攻撃を振り返り、
「ここから始まった戦いが奪った
 全ての勇者たちの命に、
 戦争の犠牲となった数知れぬ、
 無辜(むこ)の民の魂に、
 永劫の哀悼の誠をささげる」

と述べた。

(引用ここまで)


★安倍首相所感「和解の力」全文
 NHK 12月28日
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161228/k10010822371000.html
昨日、私は、カネオへの海兵隊基地に、
一人の日本帝国海軍士官の碑(いしぶみ)を訪れました。
その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、
母艦に帰るのをあきらめ、引き返し、戦死した、
戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。
彼の墜落地点に碑を建てたのは、
日本人ではありません。
攻撃を受けた側にいた、米軍の人々です。
死者の、勇気を称え、石碑を建ててくれた。
碑には、祖国のため命を捧げた軍人への敬意を込め、
「日本帝国海軍大尉」と、当時の階級を刻んであります。

The brave respect the brave.
「勇者は、勇者を敬う」


アンブローズ・ビアスの、詩(うた)は言います。
戦い合った敵であっても、敬意を表する。
憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。
そこにあるのは、アメリカ国民の、寛容の心です。

(続きはリンク先で)


















マスコミは、「アジアの反応」と言いながら
相変わらず中国と韓国の反応しか報道しない・・・



日頃「寛容が大切」と繰り返していたサヨクの反応は、

・東京新聞の傲慢な反日・佐藤記者


・朝日新聞・・・






・反日外国人ファクラーさん


・沖縄の左翼過激派

 

批判すればするほど空回りな蓮舫さん
 政権交代し、首相を目指しているそうだが・・・














★安倍総理の真珠湾演説に対する
 国内外の反応

 https://togetter.com/li/1064272







2016年の広島と真珠湾における
安倍首相とオバマ大統領の歴史的演説。
これは、2人の首脳の力だけではない。

日米両国の市井の人々の「和解」に向けた
様々な活動が下地にあったからだと思う。

戦争中、伐採の危機にあったワシントンの桜を守り
戦後も管理し続けた地元住民の人々であり、
真珠湾攻撃で亡くなった日本兵を慰霊した人々であり、
差別を受けながらも、アメリカ市民として
信頼と尊敬を受けようと奮闘した日系人であり、
大空襲の後でも、墜落死したB29のパイロット達を
慰霊し続けた日本の各地域の人々であり、
原爆で被爆した捕虜の遺族探しをした人々であり、
そうした市井の人々の活動を意義のあるものと
評価した理性的な日米両市民・・・・
長年の地道な「和解」に向けた活動の賜物だと思う。




「9条さえあれば平和が守れる!」
「反省と謝罪が無いから戦争が起きる!」
と声高に叫び、憎しみの種を撒き続ける人々よりも
地道に、本当に地道に、
平和を願い活動してきた市井の人々の理性こそが
今年、二人の首脳を
広島と真珠湾に向かわせたのだと思う。





両国の、多くの犠牲になった人々の御霊
この日を願っていたのだと思う・・・






「私たち日本人の子どもたち、
 そしてオバマ大統領、
 皆さんアメリカ人の子どもたちが、
 またその子どもたち、孫たちが、
 そして世界中の人々が、
 パールハーバーを和解の象徴として
 記憶し続けてくれる事を
 私は願います。」










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安倍首相、真珠湾攻撃で戦死した飯田中佐の記念碑などへ献花

★首相、飯田中佐の記念碑訪問 
 真珠湾攻撃で戦死

 日本経済新聞 2016/12/27 12:55
 
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS27H1K_X21C16A2000000/
【ホノルル=山口啓一】
米ハワイ訪問中の安倍晋三首相は26日午後
(日本時間27日昼)、
真珠湾攻撃で戦死した旧日本海軍の
飯田房太中佐の記念碑を訪問し、献花した。
岸田文雄外相や稲田朋美防衛相も同行した。

 飯田中佐は真珠湾攻撃で燃料タンクに被弾したため、
機体を米海軍基地格納庫に突入させて戦死した。
米海軍は飯田中佐の勇気をたたえ、基地内に埋葬。
真珠湾攻撃30周年の1971年に記念碑を建てた。





(引用ここまで)




★真珠湾に散った英霊たち
 http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/20111210/1323474812
 空母・蒼龍制空隊分隊長の飯田房太大尉は
カネオヘ基地上空で被弾し、燃料漏れを起こしました
母艦まで帰れないと判断した飯田は
帰投途中で反転しました。
分隊長の覚悟を知った隊員は風防を開け、
敬礼で持って見送りました。
飯田大尉は愛機のゼロ戦とともに同基地に突入して
自爆しました。飯田隊長機に続いて
渥見峻(あつみたかし)一飛曹も燃料漏れのために
後を追う様に自爆しました。

 アメリカ海軍は、敵ながら、壮烈な行為を称賛して、
遺骸の柩(ひつぎ)をアメリカ軍艦旗で包み、
衛兵隊弔銃の礼をもってヌアヌ海軍墓地に埋葬した
といいます。
ヌアヌ海軍墓地には飯田大尉のほか、鈴木三守大尉の三士、
特殊潜航艇の岩佐直治大尉も葬られています。

 ワヒアワには降下爆撃機二機、4戦士が葬られています。
土饅頭の上に十字架をたて英語で
「日本空軍四士戦死 1941年12月7日」と記されています。
撃墜されたとき、搭乗員4名は認識できぬほどの
無残な死体だったといいます。
1機は午前八時頃(攻撃開始とほぼ同じ時刻)一家屋に激突し、
他の一機はパイナップル畑に250キロ爆弾を抱いたまま
墜落しました。
葬儀は軍の当局者が取り扱い、
戦死者にふさわしい礼儀をもって執り行われたといいます。

(全文はリンク先で)









★首相「日米は希望の同盟」 
 日系人との夕食会で

 日本経済新聞 2016/12/27 15:30
 http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK27H1M_X21C16A2000000/













「戦後レジュームからの脱却」を
絶対にさせたくない人々








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  • 韓流に嵌った母と義母の為に
    韓国情報を調べていたら・・・
    韓流ブームに仕掛けられた
    怪しい罠に気付いてしまった。
    韓流の闇と、利権や陰謀
    仕掛け人を徹底研究!
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